23.頭悪そうな屋敷に侵入しましょう
ヴェインの口から大方の事情を聞き終えたニコは、「ふーん」と喉を鳴らした。
「じゃあそのシスカって子が、"八架連"じゃないかって噂されてた女の子だったんだ」
「シスカという名前の者は在籍していないので、無関係でしょうけどね」
ヴェインが肩を竦めて言う。しかしその一言はニコにとっては不思議だった。
「何でそんなこと知ってるの? "八架連"のメンバーで名前が判明してるのは、"蠱毒女帝"――ヴェリミリナ・クォーケンフロムくらいなのに」
「……私はガル魔国に渡ったことがあるので、そのとき耳にしたんです」
そういうものか。ニコはとりあえず納得することにした。
「んで、そのシスカって子の汚名返上のための情報を仕入れなきゃいけない、と……。また聞き込みでもする?」
「それはとりあえず後回しにしましょう。まずは相手方を調査してみたいと思います」
「相手方って、被害者の上級貴族のこと?」
ヴェインが頷く。
「……私が感じた「きな臭さ」は、どうやらその人物に起因しているようなので」
迷いなく進む彼についていっていたら、気がつけば、十字路の先を北へと折れていた。
そこでようやくニコはヴェインの意図に思い至った。……この先にあるのは、貴族街だ。
魔法杖をぎゅ、と強く握りつつ、ヴェインの後ろをついていく。
エランの街中で見かけた民家に比べると、明らかに三段階ほど潤っている大きな家々の街並みを抜けた先に、その屋敷は存在していた。
まず浮かんだのが「頭悪そうな屋敷だな」という感想だった。
しかしそれ以外に適当な評価が思いつかない。目の前に屹立するのはそれほどに頭悪そうな屋敷だったのだ。
まず、塗装は何から何まで金ピカ。視界に入る限り、外観はすべて金ピカ尽くし。
そしてこれこそ冗談でしょという感じだが、大きな屋敷の屋根には、まるで海賊旗のように突き出した銅像が刺さっていた。
雨風にやられたのか、若干傷んでいるようだが……お腹がぽっこりと出た、頭髪の薄いオジサンの銅像である。
きっと、この家の主はお腹が出た頭髪の薄いオジサンなんだろうな……、とニコは考えた。
そしてその人物は、このエランの街で最大の権力を有しているということも。
「……あの趣味の悪い銅像ごとこの屋敷をぜんぶ溶かしたら、結構儲かりそうね」
呟いたのは無意識だったが、それを聞いたヴェインは少し笑ったようだった。
「面白いこと言いますねニコ。……あ、それとヤミに交代してもらえますか?」
「んなっ!?」
思わずニコは顔を真っ赤にした。
「人に物を頼むときは言い方ってもんがあるでしょ! もっとこれから先に待ち受ける苦難や未知の世界を感じさせるような台詞で誘ってよ! もっと私を楽しませてよ!」
「……別人格の存在は否定しないんですね」
ヴェインは呆れたように呟いてから、渋面で言い直す。
「――この先は危険です、ニコ。このままではあなたの陽なる精神は崩壊してしまうでしょう……今このとき、道を切り開くに必要なのは闇の一族の力――」
「…………呼んだ?」
「あ、思いがけずあっさり出てきましたね」
「ちょっとだけわくわくしたから。棒読みだったけど……許す」
ささっと前髪の分け目を変えたヤミが、紫色の瞳を輝かせる。
「それで? ヤミは……何をすればいい?」
「ハイディングを頼みます。この頭悪そうな屋敷に忍び込もうと思いますので」
「……わかった。任せて」
手にした魔法杖をくるくる、と器用にヤミが回転させると、先端についた黒猫の装飾が「にゃー」と鳴いた。
足元に黒い魔方陣の紋様が現れると同時、ヤミが唱える。
「――ハイディング」
初級闇魔法【隠蔽】。目眩ましの魔法だ。
特定職業系スキルの中にある盗賊の【幻惑】に効果は近いが、あちらと異なり【隠蔽】の場合は術者以外の人物も対象とできるのが強みである。
ただしあくまで他者から隠すのはその姿のみなので、物音を立てでもすればすぐ存在は感知されてしまう点は注意が必要だ。
「申し分ないですね」
ヴェインは頷きつつ、自らの身体を見回した。
ヤミの魔法効果により、ふたりの身体は黒いオーラに包まれたようにくすんでいる。うまく【隠蔽】が発動した証拠だ。
また、術の対象同士であるヴェインとヤミはお互いの姿を認識できているので、激突したりといった心配ももちろん不要である。
「持続時間はどれほどですか?」
「ん……ちゃんと計ったことはないけど、二十分くらいは問題ないと思う」
「充分です。では行きましょうか」
そう言うと、ヴェインは人気の無い屋敷の裏手へと回った。
しかし三百六十度、これまた金ピカの高い柵に囲われているので簡単に侵入はできそうもない。
どうするの、とヤミは訊こうとしたが――その前にヴェインが動いていた。
――片手のみで柵を掴み、残った身体を一気に引き上げる。
一瞬、宙ぶらりんになった彼はそこで反動をつけると、さらに上に筋肉質な腕を伸ばし、自分の身長の二倍近くあっただろう柵を容易く登ってしまっていた。
……しかもほぼ、物音も立てずにだ。ほぼ神業に近い。
「超人って言うか、変人……」
思わず呆れるヤミだったが、そこでヴェインが柵の上で膝をつきながら、下に向かって大きく腕を伸ばしてきたので、慌ててそれを掴む。
……その後。
着地失敗によって響き渡った彼女の尻餅の音で、屋敷の警備が数人駆けつけたりしたが、どうにかしてふたりは屋敷内への侵入を果たしたのだった。
+ + +
「(あの成金野郎……許せない。ヤミのお尻を……大事にしてきたお尻を……よくも)」
「(だいぶ誤解を招く物言いになっていますね……あ、止まって)」
臀部をさすりつつ前傾姿勢でついてくるヤミを、ヴェインが制止する。
前方の廊下の角から現れたメイドは、ひっそりと佇むふたりに気づくこともなく、小走りに右側に曲がっていった。
息を殺してやり過ごすと、ヴェインはメイドがやって来た方角へと足を向ける。
そちらにあったのは二階へと続く階段だった。
ヴェインは無駄に豪奢――というか、金回りの良いのを客人に見せつけるような造りになっている屋敷内を見回しつつ、ヤミに合図を送り二階へと登っていく。
広い階段だったが、今度は誰ともすれ違うことなく二階へと到着した。
足音を絨毯に吸い込ませるようにゆっくりと歩きつつ、ふたりは二階の突き当たりへと辿り着く。
これまでいくつか見た中でも、明らかに豪華な造りをした扉が待ち構えるように立っていた。
「(……ここ?)」
ヤミが吐息のような声で呟く。
【隠蔽】は他者から姿を隠す魔法なので、扉や壁などをすり抜けることはできない。
ここに屋敷の主人が居るとしても、むしろ居るならば、扉を開けようとすればさすがにバレてしまうだろう――
足踏みしていたそのときだった。
「アクシデントがあったときは、どうなることかと思ったが……」
ヴェインとヤミは顔を見合わせる。
それで意思疎通としては充分だったので、お互いに、扉の両脇に立つようにして息を潜ませる。
今の声は、部屋の中からだった。どうやら扉が薄いせいで、話し声が外に漏れてしまっているらしい。
「これでどうにか、次の納期に間に合いそうだな」
話し相手はわからないが……偉そうな口調からして、この声は屋敷の主である上級貴族のものだろう。
ヤミは耳をそばだてつつ、「実は私たちの存在に気づいていて、この後「居るのは分かっている、出てこい」とか言われたらどうしよう? とソワソワしていたりした。それくらいデカい声だったからである。逆に言うと、注意しなくてもめちゃくちゃ聞き取りやすいしむしろうるさいくらいだった。
「クク。まあ、そうだな。余計なことをしたあの娘の命運も、これで終わりだ」
「(!)」
ヤミは無言で息を呑む。
声は続けて、こう言い放った。
「――死刑だ。大事な商売の邪魔立てをする娘など、不様に死するべきなのだからな」




