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22.マオ様がすごいのなんて今さら当たり前のことです(真顔)

 

 オシャレカフェをヴェインと共に出たニコは、んんっと声を出しながら伸びをした。


「はぁ~……それで、これからどうするの? マオは牢屋の中でギャンギャン泣き喚いてるかもしれないけど、出てくるまでのんびり待つ?」


 ニコとしてはもちろん、現在唯一シャバに残ったパーティメンバーであるヴェインに話しかけたつもりだった。

 しかしいろんな角度で伸びをしながら待つものの、返事がない。


 あれ? と不思議に思った直後だった。


「……おや。これはこれは。あなたとお会いするのも久しぶりですね」


 ヴェインの言葉の意味がわからず、「んん?」とニコは大きく首を傾ける。

 しかし振り返らないまま、ヴェインは何やらボソボソと口を動かしている。

 誰かと話しているのか? まさかマオじゃないし? と思いつつ、ニコは長身のヴェインを避け、その前方に視線を向けたのだが――


「……っあ!?」


 その光景を目にした途端、大声を上げてしまった。

 そんなニコを咎めるように、ヴェインがようやくこちらを見る。


「ここでは人目につきますので、移動しましょう」

「う、うん」


 そう言って歩き出したヴェインに小走りでついていく。


 結局、彼と共に、商人たちと別れた街の入口まで戻った。

 だがそれでも人の目が気になるのか、ヴェインは迷う素振りもなく街を抜け出すと、荷馬車で駆けた丘の上まで移動する。……随分と注意深い行動だ。


 しかしその理由は、ニコにもよく分かっていた。


「このコ、またマオが召喚した精霊……なの?」


 空中を漂いながら、ヴェインにくっつくように移動してきた小さな精霊。

 緑色のつぶらな瞳をぱちぱちと瞬かせては、きゅう、くぅ、みたいな、形容しがたい不思議な声で鳴いている。

 シルエット的には何となく兎にも似た、愛らしい生き物なのだが……兎には存在しない羽で作られた冠と、翼を有したその人ならざるモノ。


 風雲精霊(シルフ)――


 ……まさか上級水精霊である水魚精霊(ウンディーネ)に引き続き、上級風精霊の風雲精霊(シルフ)を目にすることになるなどとは思ってもみなかった。


『……っ! ……きゅ!』


 ぱたぱた、ときめ細やかな翼をはためかせながら、風雲精霊(シルフ)がふよふよとヴェインとニコの周りを旋回している。

 その様子をぼんやり見つめていると、外衣(ローブ)の裾を引っ張られてニコはつんのめった。


「うあ! わわわ!」


 危うく足を滑らせかけたところを、次は逆方向に引っ張られる。


『きゅ! きゅ!』


 ふわふわの毛に覆われた前脚を引き寄せ、精霊が楽しそうな鳴き声を上がる。

 言葉の意味はわからないけど……どうやらこの精霊はニコのことをからかって遊んでいるらしい。


「ニコ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だけど……」


 水魚精霊(ウンディーネ)は好奇心旺盛ながら、少々気弱な性格のように見受けられたが、この風雲精霊(シルフ)はまた違う。きっとイタズラ好きの精霊だ。

 ……もっと馴染みある表現を使うなら、近所の悪ガキっていうか。


「待って。おかしいわ」

「何がですか?」


 そこで一つ、辻褄の合わないことに気がついて声を上げると、すぐにヴェインが反応する。

 長身の彼を見上げながらニコは早口に言った。


「地下牢に入れられる際に、マオはたぶん荷物をすべて没収されてるわよね。あのマジックバッグだって」

「はい、そうだと思いますが」

「だったら、シルフを喚ぶのに何の触媒を使ったの? ウンディーネのときだって、一応、テキトーだったけど水は撒いていたじゃない?」


 ……ヴェインはふむ、と顎に手を当てた。

 そして至って真剣に宣うには、


「マオ様のことなので、自分の吐息とかじゃないですか?」


 ニコは目をひん剥いた。

 何言ってんだこのイケメン?


「吐息って……それじゃつまり、上級精霊のシルフにとってマオの吐き出す呼気が、最高級の結晶と同じくらいの価値に値するってことに――」


 反論のつもりで口にしながら……途中でニコの言葉は勢いをなくしていく。


 もしかしたら本当に――そうなのか?

 数万から数十万レクというとんでもない値段の結晶や鉱石。

 それに匹敵するほど、あのマオの呼吸ひとつが、精霊にとって……価値あるもの?


 ニコはここしばらく、共にパーティの仲間として過ごしてきたマオのことを思い返す。


 マオ・イーベル。田舎町スフ出身の、赤毛の男の子。

 天職は【勇者】。職業もまた【勇者】。最近冒険者になったばかりで、ランクもEランク。

 まだまだ駆け出しで、あと向こう見ずなところもあるので、ちょっと危なっかしい一面もある。


 だけどニコだって知っている。

 マオは普段はあまり前衛に出ようとはしないが、何度か見た限り剣の腕前も相当なもので、おそらくあのヴェインにさえ引けを取らない実力者だ。

 しかも著しく召喚魔法に優れた使い手なのかと思いきや、八属性魔法を端から端まで使いこなし、昨日なんかは無属性魔法の超巨大な防御術式――【防御壁(シールド)】まで、無詠唱で展開していた。


 伝説に残る勇者――"金の荒星"アイリスだって、たぶんマオほど破天荒ではなかったはずだ。


 彼はいったい……何者なんだ?


 マオがいないのをいいことに、ニコは何度も自身の胸中で考えあぐねていたその問いをヴェインにぶつけようとした。

 しかしそれをどうやら、ヴェインも鋭く察知していたらしく、彼はニコが口を開く前に先手を打ってきた。


「私からは話すことはありませんよ。何も」


 ……むっ、とニコは頬を膨らませる。


「おや、ブスですね」

「女の子に向かってブスって言ったこの男?!」

「まぁそんなことはどうでも良いのです。シルフが困っています」


 マジで至極どうでも良さそうに話を切り上げたヴェインが、宙に浮かぶシルフに向かって手を伸ばす。

 何かと思いきや、そんなヴェインの仕草に応じるようにして、シルフは前脚と胸の白い毛に挟むようにして握っていた紙切れを、彼の手へと渡した。


「何、それ?」

「マオ様の指示ですね。おそらく、詰め所内にある紙とペンなどをシルフに持ってこさせて、私たちへのメッセージを記した。それをまたシルフに頼んで、私たちの元に運ばせたのでしょう」

「……そもそも上級精霊は、召喚者の命令をそこまで忠実には実行しないはずじゃないの……?」


 どんな魔術書を読んでも、物語の中においても同じだ。

 精霊というのは基本的に、人間によって使役されるのを良しとしない。

「攻撃しろ」とか「防御しろ」とか単調な命令を聞くことはあっても、ヴェインの言うように、本当にそんな細かな指示を素直に実行できるものなのだろうか。……とても信じられる話ではない。


「マオ様の命令――というかお願い事の場合は、その例には当てはまらないんでしょう。シルフのみならず、ウンディーネも自在に使役していましたし」

「ギャー!」


 ニコは思わず叫んでしゃがみ込んだ。

 これ以上真顔で聞いてると頭がおかしくなりそうだったのだ。


「だからそんなの有り得ないのにー! 有り得……ないのよね!? ああっ、もう……考えてたらよく分からなくなってきたっ。ていうか無駄に中二の心を掻き立てるチート設定モリモリで羨ましいこと山の如し、よ!」

「……そう気にすることでもないのでは?」

「マオ様がすごいのなんて今さら当たり前のことですし、とか思ってそうなヤツに言われても説得力ありませーん!」


「はぁ。思ってますけど?」みたいな冷たい目に見られつつ、「それで」とニコは咳払いする。自分が騒いでいたら話が進まない自覚は、一応あるのだった。


「その紙切れ、なんて書いてあるのよ?」


 ニコに指摘されるまでもなく紙の表面に目を落としていたヴェインが、


「……やはり予想通り、あの方は牢屋の中でも厄介事に首を突っ込んでいるようです」


 と溜息のような、苦笑いのような、何やら不思議なものを含んだ呟きを落とす。


「要約すると、「殺人未遂罪の疑いをかけられた少女を助けたいので、お前らふたりでいろいろ情報集めてきてくれ。それ使って俺が何とかするから。あとシルフはもうすぐ一度消えちゃうと思うから、夕方前にもう一度召喚して送る。そのときメモでも持たせてくれ。以上、シクヨロ」……って感じですね」

「……はぁ?」


 とつぜん何の話? と首を傾げるニコ。

 そしてその直後、マオの言った通り、風雲精霊(シルフ)の姿がふわり――と、風の中に溶けるように消失していた。


「あ、ホントに消えちゃった……。んで、何。殺人未遂って何のコト?」

「どうやらそれを、私たちが調べなければならないようですね。……詳しくは街に戻りながら話します、行きましょう」

「ちょ、ちょっと!」


 またさっさと歩き出すヴェインに、ニコは慌ててついていく。

 ……ほんのちょびっとだけ、マオの存在が恋しくなりつつあるニコだった。



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