16.ラブコメってるところ恐縮ですが、敵襲です
一方その頃、魔王城にて。
「あ~~~~~~~、っっもう!」
五十六階建ての遥かなる王城、その最上階に位置する執務室にて暴れる、とある存在があった。
もちろん、その正体は――先日、セヴィレト王国内にてその存在が明かされたばかりの魔神、である。
ただし自身の使う執務室においては、魔神はあけっぴろげに素顔を晒している。
重くてゴツゴツした鎧武者の格好は、人前における正装のようなものなので、普段はもちろんその衣装は脱ぎ、部屋の隅に放っていた。
……実際動きにくいし暑いしと、良いところ無しなのだ。もうちょっと改良できないかなぁ、なんて、魔神は現実逃避気味に考えたりしていた。
鎧やら書類やらが散乱した室内に、コンコン、と軽いノックの音が響く。
「どうぞ」と答える余裕もなかった魔神だったが、ノックの主は「失礼します!」と元気に部屋まで入ってきた。返事がないのは慣れっこなのだ。
「わぁ……魔神さま、大丈夫ですか? いつになく荒れてますね」
「ぜんぜん大丈夫じゃない……」
気心の知れた相手の顔に、魔神はハァ――と深い溜息を吐く。
先日、セヴィレト王国に渡り、アーク王と並び立っての演説を行い……その翌日には、とんぼがえりでガル魔国へと帰国していた魔神。
大地の切れ目とでも呼ぶべきか、本来、王国と魔国の国境付近は下を巨大な河川が通る大崩れの崖によって隔てられている。
その崖に関しては橋が架けられたことにより、Bランク以上の冒険者であれば誰でも通行できるようにはなったが……結局その先はといえば、険しい山脈がいくつも連なった獣道が続く。
逆に言うなら、たかだかBランク風情の冒険者では、ガル魔国の領地に踏み込むより先に、その山中で命を落とすだろう。
――だが、側近である彼女の存在が、そんな理をすべて覆してくれた。
三十年前当時は、アイリス率いる勇者一行でさえ踏破するのに数ヶ月を要した山脈を……彼女ひとりの力で、一日足らずで制覇してしまったのだから。
――そう。魔王デスティアの直属の配下たる魔王軍幹部。
通称、"八架連"のひとりである彼女が。
「うーん……お仕事、私も少しは手伝えればいいのになぁ……」
そんな凄まじい実力者である、などと微塵も感じさせないことを言い出す彼女。
魔神は小さく嘆息してから――そんな彼女に、柔らかく微笑んでみせた。
「いや、むしろ感謝してる。こうしてすぐ帰ってこられたおかげで、書類仕事もあんまり溜まらずに済んだんだし……」
「そうは言ってもすごい量ですよ? 魔神さま、埋もれちゃいそうですもん」
その通りだった。天高く積み上げられた書類は、「雑魚も積もればビッグスライム」のことわざ通りに厄介な相手となっている。
ふてくされるのを止め、再び判子をぺたぺた押し出した魔神は、そこで大事な用件を思い出した。
「あ――そうだ。そういえば例の件だけど」
「はい? ……あ、アーク王からご報告いただいた、エランの街の噂のことですね」
「そう。……できれば、調査に行ってもらいたいと思ってて。頼める?」
「もちろんです! 元よりそのつもりでしたから」
「ありがとう。なら視察という形で書類も用意しておくから。それを国境付近の兵士に見せてもらえば――」
魔神の言葉に逐一頷きつつ、
「うふふ。これでヴェリミリナさんと再会できたらとっても素敵ですね……!」
と、彼女はうっとりと表情を綻ばせる。
「それにもちろん」と弾む声で何を言うかと思えば、
「――魔王さまにも!」
「…………ッ!?」
予想外の一言に、思わず魔神は椅子から転げ落ちた。
「ね? ね? 魔神さまも早く会いたいですもんね? 魔王さまに!」
「……何度も言ってるけど、あっちも転生してるとは」
「限らなくっても! だって私も、また魔王さまに会いたいですから――今回もちゃんと、探してきますからね!」
「よ、よろしく……」
「はい!」
無邪気な言葉に、頬を引き攣らせつつ魔神は答えるしかないのだった。
+ + +
「いやぁ、こんな別嬪さんがわしらの荷馬車を護衛してくれるとは……ありがたいのう。なんだか寿命まで延びそうじゃあ」
商人――名前はオルラマさん、というその立派な白ヒゲを蓄えたおじいさんが言う。
その相手は無論、我らがパーティの紅一点である――
「ふふ、お上手ですね。でも褒めても何も出ませんよ?」
――ニコなわけはなく、優美な男戦士・ヴェインだった。悲しいね。
その遣り取りを聞いていつも通りぷんすか怒り出すかと思われたニコだが、珍しく静かに澄ました顔をしていた。
俺は思わず心配になり、そんなニコに声を掛ける。
「おい、大丈夫かニコ? 腹でも壊したのか? 拾い食いでもしたか?」
「……失礼なこと言わないで」
低音な声音を聞いたところでようやく、俺は彼女の変化に気がつく。
裾の無駄に長い外衣にミニすぎるスカート、手にした魔法杖、それらはいつも通りだが……前髪の分け目が変わっていて、紫色の右目がこちらをジトっと睨んでいる。
あ、ってことはヤミモードか。久しぶりに見たな。
俺たちは現在、荷馬車の荷台に乗り、エランの街にのんびりと向かっていた。
実質パーティのリーダーを務めるヴェインは、そういう事情というよりは依頼人であるオルラマさんに整った容姿を気に入られたことにより、手綱を握る彼の横に。
特別気に入られていない俺とヤミは、積荷を避けてどうにか狭い荷馬車の中に腰を下ろし、尻をたびたび襲う激痛に耐えていた。
がったんごっとん揺れるたび、ほんとに痛い! 尻!
「うぅ……」
固い木板に座る隣のヤミもなんかぷるぷるしていた。ニコならともかく、ヤミがそんな風にぷるぷるしているとちょっとかわいそうだな、という不思議な感想が浮かぶ。間違いなく同一人物なんだけどな……。
「マオ様、それとニ……ではなく、ヤミ。代わりますか?」
俺たちの様子を気遣ったのか、前方のヴェインが振り返ってくる。
ちらりと横目で見遣ってみると、ヤミは気丈にも首を振っていた。
「……平気。……こんなの、あの"実験"の数々に比べれば、ぅう……」
絶対我慢してるよ……何で今日に限ってヤミモードで来ちゃったんだよ、お前……。
「ボロい馬車ですまんのぅ、お前さんら」
「いいえ、むしろ有り難いくらいです。徒歩よりはよっぽど速いですから」
オルラマさんの言葉にそう笑顔で応じるヴェイン。
確かに、三日間歩き通しになるよりは、馬車で移動できたほうが気楽ではある。……たぶん。そのはず。
俺は腰をさすりつつ、ヴェインに聞く。
「俺もヘーキ。ところでヴェイン、あとどれくらいでエランに着くんだ?」
「この速度なら順調にいけば、今日は野営をするにしても、おそらく明日の昼前には到着できるかと思いますが」
荷馬車は合計して三台あり、俺たちの乗るそれは先頭である。
俺たち三人は護衛として、商人の人たちと、積んでいる商品を守るのが任務だ。といっても今のところは、特に注意するような出来事も起こっていない。
「……ん?」
とか思っていた直後。
出発してきた、クルクの街のあった方角から――何やら土煙のようなものが上がっているのが見えた。
不安定な木板の間でどうにか立ち上がり、後方の様子に目を細める。
「何だあれ」
「……? 何かあった?」
ヤミがこちらを見上げている。
「お前もちょっと見てくれるか?」
俺はそんな彼女に手を差し出す。
ヤミは数秒、逡巡したようだったが、やがておずおずと俺の手を握って立ち上がる。
「わっ?」
そのタイミングでちょうど、荷馬車が大きく揺れたので、体勢を崩しかけたヤミの身体を俺は慌てて受け止めた。
「だ、大丈夫か?」
「え、あ、う――うん。ありが……」
俺の腕の中にすっぽり収まっていたヤミだったが、
「……んひゃっ!?」
しばらくすると、変な声を上げて後ろに飛び退った。いや、そんな嫌がられるとちょっと傷つく……
「マオ様、ラブコメってるところ恐縮ですが、何かあったならとっとと報告してください! 嫉妬で気が狂いそうなので!」
そこにヴェインの叱責が飛んでくる。す、すみません?
俺は再び、後方へと目を移す。少しずつ近づいてきたそれは……
「――あれ……」
ヤミがゆっくりと指差す。
荷馬車の列に猛烈な勢いで迫っているのは――魔猪の群れだった。




