15.明日、クルクを発ちましょう
「マオ様、Eランクへの昇格おめでとうございます!」
その日の夕方、俺たちは受注していたクエストもすべて報告し終え、ギルドに集まっていた。
日中は喫茶店として賑わうギルドだが、夜になると酒場へと姿を変える。ここでは冒険者が毎夜集まり、クエスト達成祝いの宴会をしたり、パーティ同士の情報交換に勤しむのが通例なんだそうだ。
そして本日の俺たちはといえば――俺がFランクからEランクに昇格したお祝い、という名目でちょっとした宴会を開いていた。
発案してくれたのはもちろんヴェインだ。そんな彼は、それはそれは良い笑顔で何度も拍手してくれている。気恥ずかしいけど、ちょっとうれしい……。
「マオにしては偉いわ。よくやったわ。この短期間で私に追いつくなんて、大したものよ」
「おう、ありがとな」
ニコも何やら上機嫌な様子だ。物言いは上から目線ではあるが、祝福してくれているのは充分伝わってくるので俺も何やら照れくさい。
ふたりからの祝福を受けながら、俺は胸元に提げたタグを取り出してしげしげと眺めてみる。
鉄色に光るタグ。Eランクの証だ。
これで晴れてクズ鉱石から脱出である。バンザイ!
うっとりタグを眺める俺と、さっそくご馳走にかぶりついているニコを交互に見つつ、ヴェインが改まった口調で言う。
「この三日間、おふたりの力量を見ていましたが……これならまったく問題ないでしょう。明日、クルクを発ちましょう」
「え! 明日?」
急な話だ。肉の丸焼きに噛みついていたニコも、ぴたりと動きを止めている。
「これ以上クルクに滞在しても、冒険者として得るものはあまりありません」
それはそうかもなぁ、と俺は頷く。
討伐クエストのみならず、既に軒並み採取クエストなどもクリアしてきた。
クルク周辺での活動には慣れちゃったというか、ぶっちゃけマンネリ化しているのである。
それに、貼り出されるクエストは大体がD~Fレベルのものなので、冒険者ランクもなかなか上がりづらい現状だった。
「えっ! マオさんたち、もう出立されるんですか?」
ちょうど掲示板のクエストを貼り替えていたミーナさんが、ヴェインの発言を聞き咎めたらしく近づいてくる。
「えぇ、まぁ」
「そんなぁ……あなた方がいれば大体のクエストを完璧にこなしてくれてたのに。残念です」
「あはは……」
あからさまな言葉に俺は苦笑する。
ギルドから提示された報酬に難癖つけたり、討伐数をどうにか偽ろうとするパーティなんかをいくつか見かけていた。そういう荒くれ者たちに比べれば、たぶん俺たちはまともなパーティとして認識されていたに違いない。
「魔猪丼と凶鳥の丸焼き、追加でお願いします」
「あ、はーい! ただいま」
ニコのオーダーに、ミーナさんが慌てて離れていく。
ヴェインはそんな遣り取りを尻目に、残った机の上の料理を隅に寄せてから、地図を広げた。
俺とニコに見えやすいように地図を展開したヴェインは、反対側から上半身を乗り出しつつ、
「ここクルクから、街道沿いに進んでいくとエランの街があります。見晴らしの良い丘が続くので、危険も少ない道のりでしょう」
長い指の先でわかりやすく、クルクからエランへの道を結んでみせる。
ふむふむ、と俺は頷く。エランの街はこのあたりだと都会に属するほうである。誕生日を迎えるスフの子どもたちは大抵の場合、エランにあるぬいぐるみだとか、装飾品だとかを親にねだるのだ。
それに原始教会があるのもエランだ。俺もそこで【天職】の神託と、名付けを行われたのだと、やはり母から聞いたことがある。
「ただ、クルクから歩いていくと最低でも三日はかかる距離です。食事は現地調達するとして、野営の準備は念入りに――」
「あ、それならさぁ。このクエストとかちょうど良いんじゃない?」
なんにも聞いてなさそうだったニコが立ち上がり、さっきミーナさんが掲示板に貼りつけていたひとつのクエスト依頼を指差す。
「ほら、商人をクルクからエランまで送り届ける、護衛クエスト。これなら荷馬車にもタダで乗れるわ」
「報酬も二万レクですか。悪くないですね。……それはいいですが、食べながら歩き回るのはよしなさいニコ。みっともないですよ」
「はーいはい」
窘められたニコが舌を出しつつ、再び席に戻ってくる。やはりモグモグしたままで。
そこにミーナさんが、両手に大きなお皿を持ってやって来た。
「お待たせしました、魔猪丼と凶鳥の丸焼きですー!」
「ありがとうミーナさん。それとクエストを受けたいんだけど、いいかしら?」
「まだ受付時間内なので、構いませんよ。先ほど出したばかりの護衛クエストですか?」
「さすが! 話が早い」
ニコがまたモグモグしたまま立ち上がろうとしたところで、ヴェインが嘆息しつつ先に立ち上がる。
「……あなたは注文の品を先に食べていてください。手続きは私がやっておきますから」
「そう? 悪いわね。じゃあよろしく」
「頼むな、ヴェイン」
俺の方を見て軽く頷くようにしてから、ヴェインがカウンターのほうに歩いて行く。
その背中を見送り、俺もようやくテーブル上の料理に手をつける。
セヴィレト王国は、高い山々に囲まれて災害が少ないのと、温暖な気候の関係もあり、農作物がよく育つ。
スフから売り出された生野菜をふんだんに使ったポトフを味わいつつ、俺はゆっくりと息を吐いた。
「なに? 疲れたの?」
溜息かと思ったのか、ニコが話しかけてくる。俺は「いや」と首を振った。
「こうやって無事Eランクに昇格できたからさ、次はDランクを目指すわけだろ? まだ目標のBランクは遠いけど……これからのことを考えるとちょっと楽しみっていうかさ」
「そうよね。私ももうちょっとでスキルポイントが貯まるし。次はどんなスキルを取得しようかしら? うふふ、悩む悩む」
「……? なに、スキルとかスキルポイントとかって」
「え?」
「え?」
え?
「し、知らないの? スキルを? スキルも?」
「……知ら……ない」
既視感のあるやりとりに、俺はちょっと泣きそうになっていた。
何なのこの世界。俺が知らないこと多すぎないですか? ねぇ?
「いずれはお伝えしようと思っていましたよ。今はまだ必要無いと判断していただけです」
「あ、ヴェイン。手続き終わったのね」
屈託なくニコに呼び掛けられ、「ええ」とヴェインが頷く。
席まで戻ってくるとヴェインは俺の顔を眺め、
「隠居生活の長かったマオ様はご存じないと思いますが、」
「隠居はないだろ! 俺まだ十六歳の若者だぞ!」
「……はぁ。それでですね」
面倒くさそうにスルーされたぞ、おい。
「冒険者の証として誰もが所持しているタグですが――個人の冒険者ランクを表し、その冒険者の身分証の意味を果たすと同時に、もうひとつ大きな役割を持っています」
「大きな役割?」
「それがスキルポイント。達成したクエストに準ずるポイントが得られ、それらは特定のスキルを得るのに引き換えとして消費します。
……まぁ、分かりやすく言えばお店で使えるポイントカードのようなものです。無いよりちょっとお得だな、みたいな」
分かるような、分からないような……微妙な例えだった。
首を捻っていると、横からさらにニコが、
「スキルには種類があって、戦闘系・生産系・特定職業系の三つにわかれるわ。
戦闘系は、ギルドに登録している冒険者であれば、誰でも覚えられるスキルで、主に戦闘時に使用するスキルね。
生産系は、同じく冒険者であれば覚えられるけど、料理とか採取とか採掘とかのレベルを上げるスキルが多いのよ。
最後に特定職業系は、名前の通り、自分が選択している職業のみに許された独自のスキルを指すわね。これに関しては職業によって、初期から習得済みのスキルもあるわ」
「つけ加えておきますと【勇者】の場合、特定職業系のスキルも全て取得できますよ」
「え! そうなの!?」
と、説明してくれつつヴェインの言葉にさらに驚いたりしていた。忙しいな。
しかし、なるほどな。つまりスキルというのは、その冒険者の実力を飛躍的に上昇させるわけではないものの、何らかの助けとして力を働かせてくれるものらしい。
俺が魔王やってた頃は、そんなものガル魔国にはなかったが……よくよく思い出せば、勇者アイリスは戦闘中に、聞いたことのない魔法名みたいなものを口にしたりしていた。あれはひょっとすると、魔法ではなくスキルの類だったのかもしれない。
「ギルドの受付に置いてある魔道具にタグをかざすと、現在貯まっているポイントが確認できますよ」
そう言われると、好奇心は当たり前にくすぐられる。
さっそく俺は受付までてってと早歩きで向かい、魔道具の操作方法をミーナさんに教えてもらいつつ、数分後に再び席に戻った。
「十八ポイントだった。これは多いの、少ないの?」
ちなみにその魔道具は、光る球体をぶらさげたランプのような形をしていて、漏れ出る光にタグをかざすと空中にポイント数が浮かび上がるという、これまた不思議な代物だった。名前は発行機というらしい。
スキルの確認もポイントの消費も、その機械で行えるとのことだった。
俺の質問にヴェインは「多くはないですね」と答える。そりゃそうか、俺まだ駆け出しだしなぁ。
「なぁなぁ、ヴェインとニコはどういうスキル持ってんの?」
と聞いてみると、ヴェインが薄く微笑む。なんか新しいおもちゃに騒ぐ子どもを見るような生温かい表情である。……否定はしないけど。
「私は今のところ、【筋力強化】や【防御力強化】など、ステータスを底上げするのに使用していますね。戦闘系のスキルで、汎用性が高いですから」
「堅実ねヴェイン。私はせっかくだから特定職業系のスキルを増やしたいんだけど……でも消費ポイントが多いから、まだ一つしか取得してないわ。今のとこ【鳴声(猫)】だけね」
「……【鳴声(猫)】ってなに?」
嫌な予感を覚えつつも、思わず俺は訊いた。
ニコは「何を当たり前なことを、この素人」みたいな顔をしつつ、
「ニャー杖を装備している場合、ぶら下がった猫の仮面がランダムでニャーニャー鳴くの。ふふー、かわいいでしょ?」
とか宣った。
……しばらくの沈黙を経て、俺とヴェインは静かに視線を交わす。
「マオ様はこのように、考え無しにポイントを浪費しないようお気をつけください」
「任せとけ。俺はもっとまともなスキルを選ぶから。アホニコとは違うから」
『ニャーニャー』
ちょうどニャー杖がニャーニャー言っていた。
そのおかげで俺たちの会話はニコには聞こえなかったらしい。ナイスだ、ニャー杖。




