14.スライム討伐
「それじゃ、行きましょ。今回のクエストはずばり――「スライム六体の討伐」よ!」
「初級の初級という感じのクエストですね」
「まぁなー。何せ俺にとっては初クエだから……」
三人で呑気に会話しつつ、俺たちは森の中に入っていく。
それは俺とヴェインがスフからクルクに抜ける際に通った、背の低い木々が密集した小さな森だ。
「でも、二日前に通ったときは魔物なんて一度も見なかったけどなぁ」
俺は革の胸当てや、新調したばかりのブーツの調子を確かめつつそう呟く。
クルクの街に着いてからは、すでに二日が経っている。
一昨日はとにかく宿で休むことにして、昨日は買い物と、ギルドで受けられるクエストの吟味。
そしてようやく今日、こうして討伐クエストにチャレンジしに来たというわけだ。
――Cランクの冒険者なら、Cランクの魔物一匹程度なら問題なく倒せる。
そういう基準で作成されているのが冒険者ギルドのランクだ。
ただし、今回の俺たちのようにB・E・Fランクの混合パーティの場合は、全員のランクの合計値の平均値以下のクエストを受けるよう推奨されている。
だからD~Eくらいの魔物相手なら問題ない――ということになるが、クルクの近くには実際、大して強い魔物は棲息していないらしい。
というわけで、Fランクの粘性体討伐クエストを引き受けてきたわけである。それくらいしか手頃なものがなかったのだ。
「それは、私や山賊たちが好き勝手にぶっ飛ばして追いかけっこしてたからよ」
外衣の長い裾を翻しつつニコ。
そうか、と頷きつつ、俺は立ち止まる。
……ここならいいだろう。森の中でも若干開けているし、奇襲も喰らわなそうだ。
「あれ? ちょっとマオ、何してんの。さっさと行くわよ」
訝しげに少し戻ってきたニコに、俺は一本指を立て宣言する。
「その前に、まずはお互いに出来ることを共有しとこう」
ヴェインは頷くものの、ニコは不服そうだ。
「えー……」
「えー、じゃない。地味でも大事なことだぜ」
「だって……ヴェインが強いのはわかってるしぃ。マオもどーせ大量に魔法は使えるんでしょ? それだけ認識してれば充分じゃない?」
「あのな、お互いの力量を把握してこそ、パーティとしての真価は発揮されるんだぜ」
アホのニコのために俺は指を立てつつ、解説してやる。
「使える魔法の把握。魔法の詠唱に必要とする時間や条件。それが分かってればお互いのサポートもできるし、安心して背中も任せられるだろ?」
まぁ、別に俺も今まで誰かとパーティ組んだ経験とかないから、両親に聞いたイメージで言ってますけど。
だけど前世でなら、似たような経験はある。魔物や人間を相手にして領地を守るため出陣したとき、魔王デスティアは――背中を支えてくれる幹部のみんながいたからこそ、頑張ってこられたのだ。
「あの、マオ様」
そのとき、ちょっと言いにくそうにヴェインが話しかけてきた。
「何だよヴェイン」
「ニコが先に進んでいますが……」
「――えっ!?」
うわ、マジだ。
人の話を聞かないことに定評のあるニコは、勝手にずんずんと森の中を突き進んで行っている。
「ちょ、おい。ニコ! ドアホの中ニコ!」
「ただの悪口やめろー! 御託はいいわ、さっさと始めるわよ」
ヴェインとふたりで走って追いかけると、すぐ先でニコは立ち止まっていた。
その小さな背中の先に――まさしく今、青スライムがぴょんこぴょんこと跳ねている。
粘性体。
性質は無属性で、Fランクの中でも最弱のモンスターとしての呼び声が高かったりする魔物。
俺たち冒険者の存在に手前の一匹が気づいたかと思えば、跳ねながらスライムたちが襲いかかってきた。
そのタイミングで、ヴェインが呑気に提案する。
「でしたら……実戦でお互いの力量を確認するのはどうですか?」
「それいい。採用ね。じゃあまずわったしー!」
ニャーニャー鳴いている魔法杖を振りかざし、無駄にポーズを決めながらニコが唱える。
「シャイン!」
初級光魔法、【光弾】。
シンプルな攻撃魔法だが、杖先にぶら下がる猫の面が口元から吐き出した大きな光の玉は――ニコが杖の向きを動かすと同時、地面の粘性体たちに激突。
容赦なくぷよぷよの身体を二体分、爆散させる。おお……。
「私は見ての通り、光魔法が得意よ。初級か中級程度の魔法ならだいたい使えるわ」
「それは頼もしいな」
「まぁ、あとは? 闇魔法が使えるなんて噂もあるけど、それに関しては私はまったく」
「はいはい心当たり無いんだな。オーケーオーケー」
「そうだけど、なんか腹立つ……」
とりあえず俺とヴェインが並んで拍手しておくと、ニコは「どや!」とカメラ目線でポーズを決めていた。うざったいな……。
「それと誰も聞いてくれないので一応解説しておくと、この魔法杖はニャー杖っていうの! けっこう高かったんだから!」
とのことでした。やっぱうざったいな……。
といっても、魔法の威力は以前確かめたとおり、申し分ない。何でコイツEランクなんだろう? Dランクに上がるには知能テストでもあるんだろうか。
「……ふむ。Eランクというのが不思議ですね。あくまで個人的な感想ですが、低く見積もってもCランク程度の腕前はあるように見受けられますが」
お、ヴェイン。俺もそう思ってた。
てっきりニコは「私もそう思う!」とか喜ぶのかと思いきや、ヴェインのその言葉に、そっと目を逸らした。
「……パーティ組んでくれる人いないから。難易度低いクエストしか受けられない」
「「あー……」」
納得……。
「……じゃ、じゃあ次は俺で」
「気まずい雰囲気で流された……」
「俺が使えるのは八属性魔法。種類としては、主に攻撃魔法や召喚魔法だ。回復魔法や支援魔法は使えないってこともないが、あんまり得意ではないな」
それとたぶんだけど……。
魔王としての記憶を取り戻してから、使える魔法の種類も大幅に増えたっぽい。まだ怖くてぜんぜん試してないけど。
「攻撃魔法はともかく……駆け出し冒険者が召喚魔法?」
そして何やらニコにぷっと笑われていた。何だよ。
ぷぷっと頬を膨らませたニコが得意げに言い放つ。
「あのね、マオ。無知なアナタに教えといてあげると、精霊を召喚するためには触媒が必要なの。主に使われるのは純度の高い魔術結晶。それを手に入れるには、街の道具屋で購入するか、ダンジョンで採掘するか……くらいしかないの。超貴重な代物なのよ」
「それくらい知ってるよ、俺だって」
「道具屋で買うにしたって、ほんの小さな結晶も数万レク。値の張るものだと数十万レクもするのよ? ダンジョンだって国内のダンジョンじゃ、ほとんど採掘できた例は無い。基本的に出回ってるのはガル魔国で採れたものばっかりだから、お高いのよ」
「んー……」
見せたほうが早いか、やっぱし。
俺は魔法鞄に入れていた小瓶を取り出す。
中身は今朝、井戸で組んできたただの水だけど。
「ウンディーネ、来い来ーい」
「……ちょっと、地面に水撒いて何やってるの?」
「俺の場合はこれでいいんだよ」
「はぁ~? だからね、そんな犬猫にするような適当な呼び掛けにはそもそも上級精霊は応じないの。精霊を喚ぶには複雑な魔術式を地面に描いて、中央に触媒を配置し、複数の魔術師を集めて対応する詠唱を三重か五重で唱え…………て……」
「よっ、久しぶりウンディーネ」
散らばった水滴から。
水の膜に覆われた透明な腕が生える。
瞬きの間に、腕のみならず全身が現れ、魚のようなヒレを持つその精霊は、俺の顔を確認するなりパァッと顔を綻ばせた。
『……! ……?』
「おう。この前は急に悪かったな」
喜びの感情を表現しているのか、水魚精霊は空気の中をまるで水中を泳ぐようにして接近してくると、がばっと俺に抱きついてきた。
そして俺は頭から水浸しになる。まぁいいか……今日は暑いし。
「……待って。待って待って。ウソ……ウンディーネ……!?」
ニコはといえば魔法杖さえ取りこぼし、驚きのあまりか口元を両手で覆っていた。
大きな目はさらに見開かれ、驚愕に染まっている。
「ほ、本の中でしか見たことない! な、なんであんなテキトー極まりない喚び方で……? マオが勇者だから? でも勇者アイリスだって一度も、精霊なんか召喚できたことないはずなのに――」
『……っ?』
いろいろ叫ぶように唸っていたニコの動きが、ぴたりと止まる。
何やら騒いでいるのを不思議に思ったのか、水魚精霊がそんなニコに近づき、見下ろすように首をこてんと傾げたからだ。
あうっ! とニコがなにか、変な声を出した。
「か、かわいぃ……♡」
かと思えば、口端から涎を滴らせる勢いで呟いている。
どうやら水魚精霊に見惚れてしまったらしい。そうなるのも分からないでもないが……。
「ニコ、すごく顔が気持ち悪いぞ」
「女の子に気持ち悪いとか言うなバカ!」
「それでウンディーネ。あそこのスライムたち、二匹くらいでいいから倒してくれるか?」
『っ~!』
ニコを無視し、水魚精霊に指示を出す。
空中でくるん、と華麗に反転した透明な精霊は、木の幹のあたりで逃げ惑っていた粘性体を背後から捕らえる。
『……っ! ……』
腕が伸び、循環する水の中に二体の粘性体が閉じ込められる。
まるで水牢だ。もがもが、としばらく苦しげにしていた粘性体たちだが……数秒と保たず、やがて動かなくなる。
よっしゃ、と俺は拳を握る。
「お見事です、マオ様。精霊を使役する腕前は以前とお変わりないようですね」
ひっそりとヴェインに囁かれ、思わず苦笑する。
以前、というのは外套を纏った不審者然とした格好で、ヴェインが俺の家に押しかけてきたとき――のことではなく、無論、俺が魔王デスティアであった頃のことを指すのだろう。
その頃から俺はしょっちゅう、精霊を召喚しては一緒に遊んでいた。
そのときの水魚精霊と、目の前の水魚精霊は同一の個体なのか? ……正直、俺にはよく分からない。
だが、幼い頃、俺が初めて召喚魔法を試したとき――水魚精霊以外の精霊も、俺を見て、何やらとてもうれしそうな顔をしていたから。
もしかすると彼らは――最初から俺のことを、よく知っていたのかもしれない。
「じゃあ、また今度ゆっくり遊ぼうなウンディーネ」
『~っ!』
ハイタッチを交わすと同時、水魚精霊の姿は淡く、溶けるようにして消えていく。
もちろん死んでしまったわけではなく、触媒にした水の効力が切れたために精霊界に戻ったのだ。
ニコはといえばまだ名残惜しそうに、水魚精霊の消えていったあたりを眺めていた。
「次はヴェイン、よろしく」
「承知しました。改めてお伝えしておきますと、私の職業は【重戦士】です」
「……【重戦士】? 三属性も魔法が使えるのに?」
帯剣していた巨大な剣をヴェインが抜くと、ニコが不思議そうに首を傾げる。
しかし「そうですよ」とヴェインは事も無げに頷く。
それからがとんでもなかった。
振り返ったヴェインが大剣を振りかざしたかと思えば――その切っ先は既に、木々の間を逃げようとしていた二体の粘性体を串刺しにし、貫いていた。
四散する粘性の液すら残らず避け、ヴェインは液に汚れた剣を一振りすると鞘に戻した。
……この間、約三秒。
俺とニコは硬直したままだった。ヴェインの動きが神業すぎて、理解が追いついていないのだ。
「なに今の……?」
「さ、さあ……?」
口を半開きにしている俺たちのところまで颯爽と帰ってくると、ヴェインは何事もなかったかのように会話を続ける。
「ですので基本的な戦闘の流れとしては、私が盾役として前に出て、その間にマオ様やニコが魔法詠唱を行う、という形がいいでしょう。【重戦士】でも魔法は使えないわけではないですが、やはり威力は格段に落ちますからね」
というのも、ギルドで職業を選択すると、それに見合った形でステータスに変化が生じるのだそうだ。
例えばパーティの防御役を受け持つ【重戦士】の場合、防御力を中心に身体能力全般が強化されるが、魔法攻撃力は大幅にダウンする。ヴェインはそのことを言っているのだろう。
しかしそれだと、
「それだと若干バランス悪くないか? ヴェインの負担が大きいというか」
どうにか散らばりかけた意識を取り戻して反論すると、
「EランクとFランクのお守りくらい、余裕ですよ」
爽やかに微笑まれてしまった。言ってることは事実だし有り難いけど、ほぼ悪口じゃねーか。
「ではこの調子で、どんどん狩り続けましょう」
「え? でもスライム六体の討伐はもう終わったよな? これ以上魔物倒しても……」
「ご安心を。倒した魔物は自動的にタグに換算されますから、本日中にギルドに戻って該当するクエストを事後受諾すれば問題ありません」
その二日後には、俺はEランクに昇格していた。……主にヴェインのスパルタ教育によって。




