13.目指すはBランク
――国家認定機関、冒険者ギルド。
通称ギルドと呼ばれるその組織は、セヴィレト王国内、また現在はガル魔国領内にも数多くの拠点を築き上げている。
その主な役割は、冒険者に仕事を紹介・斡旋することである。
依頼人は国そのもの(多くの場合はギルドから、という形式に直されるが)である場合や、厄介事を抱えた一般客から直接持ち込まれたものまで多数。
つまり俺も――今後冒険者としてやっていくと決めた以上は、ここに登録しなければまず話にならないということである。
そうして踏み込んだクルクのギルド内はといえば、先ほどの演説の話で持ちきりだった。
「魔神って強そうだったな。ランクで言うとS級ボス?」
「バカ、今や魔神は国賓みたいなモンだろ? 斬り掛かったら国家反逆人。下手したら死刑だぞ」
「わかってるけど……勇者求む、みたいなこと言ってたじゃん」
「案外、自分と同レベルの勇者を待ち構えてるとか? あはは」
魔神の話で盛り上がる冒険者たちの間を通り抜ける。
クルクのギルドは、国内に散らばるギルドの中でも拠点としてはかなり小さなものらしいが、それでも三十人近い人間が大声を上げて話している様子にはけっこうな迫力があった。
「何してるのマオ。さっさと登録してきなよ」
俺がきょろきょろしていると、ニコが後ろから肩をつついてきた。
そう、既に冒険者登録を終えているヴェインやニコと違って、俺はまず冒険者登録というやつから始めなければならないのだった。
「……おう」
ニコに言われずとも分かっている。さっきヴェインからも説明受けたし。
と思いつつ通路で右往左往していると、見かねたのかヴェインが声を掛けてきた。
「ひとりで大丈夫ですか? マオ様。よろしければ私も一緒に」
「お、俺だってひとりでできるもんっ!」
ギルドに来て保護者同伴はさすがに恥ずかしい。慌てて拒否る。
「左様ですか……お気をつけて」
心配そうなヴェインを残し、俺はとりあえずカウンターの方に近づいていってみる。
広々としたカウンターには三人の受付嬢が居たが、全員が忙しそうに冒険者の相手をしている。
振り返ると、両手を組んですっかり母親みたいな顔つきになっているヴェイン。
その後ろではニコが「えーっと、めぼしい依頼は……」とか呟きながら掲示板の貼り紙をうろうろ眺めていた。コイツの場合は俺から興味をなくすまでが早すぎるな。
「はい、次の方どうぞー」
おおう、もう俺の番だ。
ヴェインにはとりあえず心配すんな、という意味で片手を振り、俺は左隅のカウンターに近づく。
片手を挙げている、右目に泣きぼくろのあるお姉さんは、俺と目が合うと営業スマイルを浮かべてみせた。やさしそうな人で良かったー。
「わたくし、クルクのギルドで受付を担当しております、ミーナです」
「俺はスフから来ました、マオです。よろしくお願いします。俺、まだ冒険者登録をしてないんですが……」
「承知しました。では新規登録の用紙を用意しますね」
てきぱき言い、ミーナさんはカウンターの台の下から一枚の羊皮紙を取り出した。
「私が丸印をつけたところに、必要事項をご記入ください。下の枠線内はこちらで使用する欄なので、空白のままにしてくださいね。文字の記入が難しいようであれば、私が代筆いたします」
「は、はい。大丈夫です、書きます」
差し出された紙とペンを受け取る。
さてさて、と目を落とせば、ミーナさんが丸印をつけた項目はたったの三箇所だ。
――『名前』。
――『年齢』。
――『天職』。
びっくりするくらいシンプルだ。
特に迷うことなく、十数秒で記入が終わる。
ちなみに天職【勇者】ってだけでは、世間的には冒険者と認められたわけではなかったりする。
それはつまり「あなたには【勇者】の才能がありますよ」と、判を押されただけみたいな状態なのだ。
冒険者ギルドで職業として登録を終えるまでは、俺はただの十六歳の職無しのガキというわけである。自分で言ってて悲しくなるけど。
俺は書き終えた登録用紙をミーナさんに返した。
「ありがとうございます。マオ・イーベル様、十六歳ですか。わあ、若い」
「へへっ……それほどでも……」
どういう反応をしたらいいか分からず、ニヤけて頭を掻いてしまった。俺、なんか気持ち悪っ。
「そしてマオ様の天職は……え? …………ゆ――――【勇者】ッ!?!」
声がでかいですミーナさーん。
その瞬間、ギルド内に居た数十人の冒険者の目線が、一気に突き刺さるように飛んでくる。
「「「「「…………勇者?」」」」」
あ。……なんかヤバい感じだな。
あまり目立つのも本意ではない。ここは適当にはぐらかしておこう。
「……な、なんつって! ですよね、【勇者になりたい夢見がちなパン職人】って、結構なレア職ですからねー。びっくりするのもムリないよなー、あははー!」
とかアホ丸出しにでかい声出して笑う俺。
途端に数人がぼそぼそと、俺を見ながら会話を交わし始める。
「何だよ、【勇者になりたい夢見がちなパン職人】って」
「聞いたことないな……レア職ならスカウトするか?」
「アホ、パン職人をパーティに入れてどうすんだよ」
「アホはお前だ、毎朝パン焼いてもらうに決まってんだろ」
ふぅ。何とか誤魔化せた……か?
「し、失礼しました」
こほん、と咳をするミーナさん。
いえいえお気になさらず、という意味を込めて俺は軽く首を振る。ミーナさんの表情が少し綻び、
「では……希望職に関しても、こちらで?」
気遣ってくれたのか、紙に印字された天職欄を指先で示してくれる。
俺はこくり、と笑顔で頷いた。
実は、教会で授かった【天職】通りの職業を選ばなくてはならない、という決まりは無い。
表向きには、誰がどの職業を選択してもいい。大成するかどうかは別だけど。
その証拠に、剣士や武闘家、それに暗殺者や盗賊などなど……ギルドの机に置かれたリストには、あらゆる職業が記されている。
どれも気にならないわけではなかったが、やはり俺は【勇者】以外は考えていなかった。
何故ならそれは――世界中でたったひとり、勇者アイリスが抱いていた称号なのだから。
「あ、でも……リストには、その、無いんですね。俺の天職」
「ああ……【勇者】と【魔法剣士】は、職業リストからは除外しているんですよ」
「え? 何でですか?」
「この二つの職は、他の職業以上に、生まれつきの才能がないとどうにもならないんです。興味本位で選択した結果、命を落とす方が多かったので……【天職】として持ち合わせた方でなければ、ギルドでは選択できない職業となっています」
「なるほど……」
「その点、キミは大丈夫。ちゃんと【天職】として授かっているんだから」
急に営業スマイルではない、無邪気な微笑みで囁かれてしまった。
ド。……ドキッとした。不覚にも。
「……ふふ、なんてね。というわけでこちらが、先ほど作製したばかりのマオ様専用のタグです。冒険者としての身分を証明する大切なものですよ」
茶化すように笑うと、ミーナさんは後ろ手に隠し持っていたそれをカウンターの上に置いた。
長いチェーンに通されているタグの表面には、ミーナさんの言葉の通り、俺の名前がフルネームで刻まれている。
色合いは何ていうか……妙に暗いというか。
言っちゃ何だが、ドブみたいな色なんだけど……?
という俺の疑問に気がついたのか、「こっほん」とミーナさんが咳払いしてから語り出す。
「タグの色が表すのは、即ちその冒険者さんの強さ……ランクです。
Sランクは白金。Aランクは金。Bランクは銀。Cランクは銅。Dランクは青銅。Eランクは鉄。Fランクはクズ鉱石……じゃなかった、名も無き鉱石で作られています。もちろんすべて本物の素材を加工して作っていますよ!」
ここでまた輝くばかりの営業スマイル!
……しかし俺は聞き逃さなかった。
「あの、今クズ鉱石って言いましたよね?」
「言ってないです。名も無き鉱石ですよ、新種のレア素材です」
「いや、でも確かに」
「クズさんうるさいですよ」
「すみませんでした」
どうやらすべては俺の聞き間違いだったみたいだ。……そういうことにしとこう。
「ここ三十年のことですが、セヴィレト王国とガル魔国では、冒険者ランクや魔物のランクの基準を画一的にすることによって、誰にでもわかるよう配慮し、「すぐ死んじゃうおバカな冒険者の数をなるべく減らしてこーよ活動」が推進されてきました」
「あれ? 次はバカって……」
「よくありがちな「へっ、Bランクの魔物だろうと俺たちCランク三人が居れば勝てるぜぇ!」っていうクソな勘違いを減らそうという活動ですね。Cランクが三人集まっても倒せる限界はせいぜいCランクの魔物三体。こう明確に定めることにより、実力に見合ったクエストを受けていただくことが可能となりました」
「…………な、なるほど」
今のも俺の聞き間違いかな?
いつの間に汗だくになっている俺に対し、変わらず表情はにこやかなミーナさん。
「ランクが上がるにつれて、受諾できるクエストも増えますし、冒険者としての特権も得られます。
我が国にはSランクの冒険者はまだひとりもおりませんが……魔国の冒険者に負けないよう、マオさんも張り切ってください!」
「は、はい」
「クエストを成功していけば評判も上がり、ランクはどんどん昇格していきますよ。がんばってくださいね! はいでは次の方~!」
+ + +
カウンターから外れて振り返ると、ふたりはテーブル席に座って待っていた。
「! マオ様!」
大袈裟にも立ち上がっているヴェイン。
それに首に通したチェーンを持ち上げ、ぶんぶんタグの部分を振っているニコ。
「おや、まぁ。クズランクの坊やじゃない」
ちなみにそのタグの素材は見たところ鉄。つまりEランク。
……今の俺はこのアホより格下なのかぁ。
「な、何よそんな恨みがましい目して。あげないからね!」
ニコは慌ててタグを服の下に隠した。取らねーよ。
「無事に冒険者登録は済みましたか?」
「うん。クセのある受付さんだったけど……何とかな」
首のタグを証拠に見せると、ヴェインが安堵の表情になる。
俺が席につくと、それと同時にニコが再び口を開いた。
「さて。これからこの三人でやっていくわけだけど……パーティの方針のために聞くわね。ふたりは今後の目標とかはあるの?」
「え?」
「え? じゃないでしょ。私はとりあえず適当に魔物倒して、適当にお金稼いで、それなりの有名人になれたらなって思ってるけど」
すげぇ漠然としてんじゃん。
などと軽くツッコもうとしたところで……それどころではないことをようやく自覚する。
――そう、俺はすっかり失念していた。
共にパーティを組む、ということの意味をだ。
俺の目的は、当面のところは冒険者としての経験値を積むことだが……いずれは魔神や魔王軍幹部に会う、というのが当然、見据えた先の目標としてある。
それはつまり、俺の前世だとか、正体だとか、勇者との関係とか……そういうものについて、ニコに話す必要性が出てくるってことじゃないのか?
今さら気がついた重要すぎる事実に、焦って顔を上げれば。
こちらを見ていたヴェインは口をぱくぱくと動かした。
「だから言ったでしょう」……か。
リスクマネジメントがどう、と言ってたのはこのことなんだろうけど。もっと分かりやすく教えてくれれば良かったのに。
いや考え無しの俺が悪いんですけどね!
「ほら例えば、Bランク目指すとか。ドラゴンを倒したいとか? クエスト百個達成したいとか! 故郷の母ちゃんに会いたい~! とか……そういうのでいいんだけど」
黙ってしまった俺に、ニコは身振り手振りを交えながら話しかけてくる。
どうやら気を遣わせてしまったらしい。
うーん……と俺は腕を組み、しばし黙考する。
俺はニコに嘘を吐きたくなかった。
トチ狂った中二病女子であっても、これから旅路を共にしようという仲間なのだ。その場限りの嘘を吐くような関係では、きっと仲間とは呼べない。
しかし――全てを馬鹿正直に打ち明けるという選択が正解とも、思えない。
それに俺のことを話してしまえば、必然的に、俺に協力してくれているヴェインの正体にだって話は行き着いてしまうだろう。
俺の勝手な判断で、さすがにそこまでは決められなかった。
迷った末に俺は、本当のことを、ちょっと濁し気味に話すことにした。
「ああ、えっと……魔神に会う。会おうと、思う」
俺の言葉に、ニコは頬杖をついたまま、ぱちぱちと何度か瞬きをした。
その顔つきを言い表すなら……きょっとーん、って感じだった。
「何で?」
「……さっきの演説で言ってただろ? 魔神が。勇者を待ってる、みたいなことを」
ニコの表情が次第に薄暗くなっていく。
すすす、と俺から離れていったかと思うと……ティーカップを置いたヴェインの耳元でひそひそ話し始めた。
「(……あの演説、別に天職【勇者】を待ってます、って意味じゃないよね?)」
ヴェインもまたひそひそを返す。
「(……違うと思いますよ。しかしマオ様は、そういう風に受け取ってしまわれたのでしょう)」
「(不憫すぎる……魔神はマオなんか眼中にないだろうに……)」
「(存在も知らないだろうに……)」
「おい全部聞こえてんぞさっきから」
耐えかねて文句を洩らすと、ヴェインとニコは似たような顔で俺を見てきた。
やめろ。可哀想な生き物を見るような目で俺を見るな。ヴェインに関しては絶対おふざけでやってるし。
「とにかく、俺は――魔神に会いたいんだよ。あんな……気になるだろ? 魔王を継ぐ存在とか言われてたらさ」
「そりゃ確かに……私だって気になるけどね。なにせ顔も見えなかったし。重そうな鎧着てたし」
「まぁ相手は王様だからな、会おうと思って会える相手じゃないだろうけど……夢はおっきく、って言うだろ? だから俺の夢は魔神に会うこと! 以上」
よし、言い切ってやったぜ。
そうしてふんぞり返っていると、しばらくの沈黙を挟んでから、ニコがぽつりと言った。
「ふーん……ま、いいんじゃない?」
「……いいのか?」
「フツーじゃなくて、なんか面白そう。私、フツーじゃないことのほうが好きだし」
俺の顔を見て、にやっとニコが笑う。
それはもしかすると、出会ってから初めて見たかもしれない――彼女の素直な笑顔だった。
「何にせよ、魔神に会いたいなら冒険者ランクはどんどん上げていかないとね。演説見る限り今は王都に居るんだろうけど、しばらくしたら魔国領に戻るんだろうし」
「? 冒険者ランクって、何で?」
「そんなことも知らないの?」
ニコはすっかり呆れたような表情をしてから、
「あのね、セヴィレト王国とガル魔国を隔てる大河の間に、橋が架けられたでしょ?」
「ああ、流通経路として使われてるっていう」
「あの橋、渡るためには許可証が必要なのよ。生産職でも戦闘職でも、Bランク以上っていう、シンプルだけど厳しい条件が。――私はEランクで、駆け出しのマオは最下層のFランクでしょ?」
「最下層言うな」
「はいはい、最底辺のFランクね。で、ヴェインは?」
ヴェインは無言で、首元に下げたタグを取り出した。
タグの色は――銀色。
ミーナさんの説明によれば、確か……上から三番目。Bランク、ってことか。
「も、もう、いい加減驚かないから……」
とか言いつつ、カップを握る手ががちがちに震えているニコ。
俺はといえば、ニコからの説明を受けた時点でその事実に気づいてはいた。
というのも、今朝ヴェイン自身が言っていたことだ。
――『私が魔国に行ったのは、十歳の頃でしたから。戻ってきたのは十九のときですね』
即ち、十歳、あるいは十歳になる以前には、既にヴェインはBランクの資格を有していたということだ。
転生しているはずの俺を見つけるために。それだけのために。
なら――俺だって、魔神に会うためには、その困難を乗り越えなくてはならない。
「とりあえず、ガル魔国に渡るためには冒険者ランクを上げなきゃいけない、ってこったな」
目標が分かりやすいのはいい。
勇者の称号を持つ俺が、目の前に顔を見せたら……きっと魔神アイリーンは、めちゃくちゃ驚くことだろう。
それときっと、再会を喜んでくれるだろう。……なんて。
その瞬間のことを考えると、自分でも気が早いとは思うが、俺は楽しみな気持ちが抑えきれないのだった。




