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10.新魔王、爆誕

 

 ムシャムシャムシャムシャ、と休みない咀嚼音。


 同席者の遠慮無い食べっぷりを横目に、俺も注文した魔猪(レッドボア)丼をモグモグ食べている。

 魔猪(レッドボア)というのはよく魔国領でも走り回っていた、真っ赤な毛色をした猪突猛進な魔物なのだが……ヴェインが「けっこう美味しいですよ」なんて勧めてくるものだから手を出してしまったのだ。


 しかしこれが存外、いける。生臭さを消すためか大雑把で濃い味付けをされていて、けっこう美味いし食べ応えがあるのだ。

 こんがり焼かれた肉は、見た目ではあの凶暴な魔猪とは分からないし。機会があればぜひまたリピートしたいところだ。


「はぁ。もぐもぐ。むしゃむしゃ。ゴックン。……美味しかった。おかわり」

「まだ食うのかよ」

「というのは半分冗談。ありがとうございます、ご馳走してもらって」

「いえ、困ったときはお互い様といいますからね」


 ニコに小さな頭を下げられ、微笑むヴェイン。


 捕まえた山賊たちを街の憲兵隊に引き渡して、俺たちは無事――とは言い難いが、クルクに辿り着いていた。

 行き倒れの腹ペコ娘演技をしていたニコだが、実際にお腹は空いていたらしく、俺たちが街中の大衆食堂に入ると当たり前のように同じテーブルに着いた。

 そしてヴェインにたかった。意外なことにヴェインは「愛らしい女性から昼食のお誘いを受けるなんて光栄ですね」なんて軽く請け負っていたのだった。

 これが彼の前世である、姦毒女帝ことヴェリミリナであったなら「ならば飢えて死ね、かしましい子豚よ」くらいは言い放ちそうなもんだけど……ヴェインは誰にでも人当たりの良い青年のようだ。


 そして俺もニコと共に、ヴェインに奢ってもらうことになったとさ。……まぁ、俺は手持ちの金も少ないからね。いつか返すし大丈夫。

 そんなスマートなヴェインの態度に、食堂の店員たちや客の女性たちまで目をハートマークにしていたりする。現在進行形で。

 直接言われたニコはといえば色気も何もなく「よっしゃ」とか拳を握り、既に三杯も魔猪丼を食べ終えていたが。


 そういえば憲兵隊がやって来たあたりで、ヤミはニコに戻っていた。

 戻っていたというか確実に同一人物なのだが、そこは言わないでおいてやろう。

「人……多い……怖い」とか呟きながらふらつき、せっせと前髪を戻すと次の瞬間には「あ、あれれ~? いつの間に山賊が倒れているなんて、おかしいぞ~?」とか棒読みの演技をしていた。俺とヴェインはそんなニコを生温かい目で見守ってやったのだった。


「にしても……」


 ずずっ、と食後のお茶を啜りながらニコ。


「マオだっけ。いったいアナタ、何者なの?」


 俺は呼び捨てかよ。

 黙っていると、ニコはきつい目をして言い放つ。


「八属性魔法――その全てを自在に操る人なんて、今まで聞いたことも見たこともない。アナタ何なの?」


 問い詰めてくるニコに対し、どう言葉を返したものか悩んでいると……ヴェインがちら、と視線を送ってくる。

 あ。さてはあの設定を俺から説明しろってことか?

 俺は腕組みしつつ、なるべく真顔を保って返答する。


「俺はマオ・イーベル。まぁ……ちょっとした貴族の息子なんだが、事情があってな。身分を隠して冒険に出ることにしたんだよ。こっちのヴェインはその頃から俺の執事的存在で」

「って設定?」


 ヴェインが噴き出した。

 俺はそんな執事的存在をギロリと睨みつつ、反論する。


「ちげえよ。事実だよ」


 やり返して来やがったコイツ。絶対ヤミとしての記憶あるだろフツーに。


「職業は? 冒険者ランクは?」


 すっかり怪しみの表情をしているニコがさらに訊いてくる。

 別に隠すことでもないかと、素直に答えることにした。


「天職は【勇者】。それと冒険者登録はまだしてない」

「ゆっ――」


 ガタンッ、とニコが興奮のあまりか立ち上がりかけ、テーブルが大きく揺れた。

 周囲の注目の目線が集まりかけたが……ニコはすんでの所で口を両手で覆う。

 それから小声で、


「…………【勇者】。八属性すべてに魔法適性を持つと言われる、超絶レア職……」

「納得したか?」

「するか! 適性があったって実際使えるかどうかは結局、別だし。伝説の勇者アイリスだって、最終的に三属性までしか使えなかったって話なのよ?」

「詳しいな」

「ちょっと調べれば分かることよっ」


 ひそひそ話ながら怒鳴られる。

 それを言われるとこっちも苦しい。俺はぽりぽり頬を掻いた。

 さっきは自分でも気分が落ち着かなくて、思わず八属性魔法を一気にブッ放してしまった。

 そうでもしないと、内側から爆発してしまいそうだったのだ。溢れ出そうな、濃密な魔力の塊が。


 ……自分でも気がついている。

 記憶を取り戻してから、一分一秒が経つごとに、俺の魔力量は怒濤の勢いで増え続けている。

 おそらくは、魔王デスティアとしての全盛期に――戻りつつあるのだろう。

 ただのマオだった頃から、一般的な魔力量じゃないとしょっちゅう両親からは指摘されていたが、それでもまだ、常識の枠にはギリギリ当てはまっていたと思うのに。……たぶん。


 だから、人に向けて魔法を使うのは少しだけ、恐ろしかったのだ。

 魔法の威力は最低限のレベルに調整できたし、大した怪我を負わせず全員捕縛できたけど。


 だけど……やはり、今後も力は抑えて戦う必要があるだろう。

 勇者アイリスに憧れ、彼女と同じ天職【勇者】に生まれ変わった俺だが――彼女のように全力を出して戦う機会というのには、今後もそうそう恵まれなさそうだ。


 それは、魔王だった頃と何一つとして変わらない、ということでもあるんだけど。


「……む? 何やら外が騒がしくない?」


 ニコの呟きに顔を上げる。

 周囲の人々も何やらざわついていた。


 何事かと思っていると食堂の暖簾をくぐって顔を出した男が、上擦った声で言う。


「おい、大変だ! 国王様の演説があるみたいだぜ!」


 俺は咄嗟に立ち上がる。

 国王演説――?


「それって二十八年前にあったっていう、空に映る演説みたいな?」

「あ、ああ。同じ手法で行われるらしい。空にはもう、国王が映ってるんだ!」


 俺の問いに男は頷き、また外に戻ってしまう。

 男の勢いに感化されてか、周りでのんびり食事を楽しんでいた人たちは騒がしく立ち上がると、次々と外に飛び出している。

 ふと、ヴェインと目が合う。


「また演説が行われるということは……セヴィレト王国の行く末に関わる発表でもあるのかもしれませんね」

「俺たちも行くか」

「ええ」


 既に店内に残っているのは俺とヴェイン、それに困惑顔の店員くらいである。

 眼鏡の女性定員さんは何やら悲壮な顔つきで呟いている。


「誰も料金支払ってない……このままバックれやがったら全員呪ってやる……」


 確かに、この騒ぎに乗じた食い逃げ心配だよな……。

 でも大丈夫。俺たちはちゃんと、お支払いするからな!(ヴェインが)

 と心の中で唱えつつ、外に出てみた。


「ちょっとマオ! 何やってんの。もう始まるわよ」


 なぜか頬を膨らませているニコに片手を挙げて応じるが、彼女には近づけそうもない。

 先ほどまでは通行人も少なかったのに、狭い路地は建物から出てきた人波でごった返していたのだ。


「うぷっ……」


 うお、斜め横で「よく見えねぇ!」とか騒いでるおっさんに肘打ちされた。地味に痛い。

 困っているとヴェインが「肩車でもします?」なんて訊いてきた。しませんけど。


 そうこうしている内に、演説が始まる。


『――親愛なる我がセヴィレトの国民たちよ。

 私はセヴィレト王国第七代国王、アーク・ル・セヴィレトである』


 おお……。

 二十八年前当時、俺はまだ生まれてなかったが――それは想像していたよりずっと、壮大な景色だった。

 見上げた青空の端から端までに、透明なベールのようなものが掛かり、その中に国王の姿が大きく映し出されている。


 実際の色彩こそ不明だが、映像は鮮明だ。

 それに背景の青色に溶け込むようにして微笑んでいる国王の姿は、実に決まっている。

 音声も聞き取りやすい。耳にキンキン響くような感じではなく、自然と頭の中に滑り込んでくるような柔らかい感じ。


「投影機……か」


 俺が生きていた頃は、ここまで洗練された魔道具ではなかったけど。

 しかし俺……魔王が死んでからは、もう三十年もの年月が経過している。

 その間に残された技術者たちの涙ぐましい努力があったんだろうなぁ、なんてしみじみと考えてしまう。


「あれがアーク国王……渋くて素敵な方ね」

「二十八年前もなぁ、そりゃもうイケてる若者でなぁ。まぁ今も活かしとるな、ワシの次に」


 ざわざわと周りの人々も、空を見上げて嬉しげだ。

 アーク国王は、別に彼の目に見えているわけではないだろうけど、そんな国民一人一人の顔を眺めるような挙動をしている。


 当時、二十歳という若さで国王の座に即位した彼だが、その人気は五十歳を迎えた現在もうなぎ登りである。

 政治家としての手腕も大したものらしく、貧民に厳しい法律を次々と改正し、罪人への罰則は地位に関係無く厳しく強化。

 だが、特筆すべきはやはり、隣国であるガル魔国との関係改善に努めた点だろう。両国が三十年前は考えられなかったほどの温和な交友を行えているのは、このアーク国王あってのことだ。


 また、妻とふたりの娘に囲まれた子煩悩な人柄も、支持を集めているのだとか。

 ここまで欠点のない王様というのも逆に珍しいだろう。全部、母から聞きかじった話だけどね。


『この偉大なる空の一部を借り、皆に向けて最初の演説を行ってから早くも二十八年の時が経った。

 前国王一派は残らず国外に追放した。王国と魔国との間には、流通のための橋が架けられた。

 皆の支えと助けがあったからこそ、ガル魔国との友好的関係を築いてこられたと私は思っている』


 頷く者や、拍手する者が多く居た。俺も笑顔で何度か手を鳴らす。


『そして、だ。……記念すべき本日、さらに両国の関係は大きく発展することとなるだろう』


 国王は微笑を零すと同時、一歩、斜め後ろへと下がった。

 ん? と思うと同時だった。


 画面外から、国王ではない別の人物が――姿を現した。


「んん~…………?」


 俺はそれを見て、思わず目を細める。

 たぶん周りの大多数の人間も、同じような反応をしていただろう。

 それくらい、演説の途中に現れた人物の格好は奇抜なものだった。


 ――たった一言でいうなら、それは()()()だ。


 頭の上に二つ、長いツノが生えたような形をした特徴的な兜。

 全身は鎧に包まれており、肌は少しも覗くところがない。

 一応、国王よりは小柄なように見えるものの、それも遠近法のせいで、どこまで信用できるものか分からない。


 さすがに演説の場だからか、得物らしいモノは帯刀していないが……怪しさでいうと限界突破だ。兵士が一目見れば「曲者じゃー!」って叫んで斬り掛かっちゃいそう。


 だ、誰?


『………………』


 そしてその人物は、しばらく言葉を発さなかった。

 兜の下、ギラつく赤い眼光だけが、この映像を見守る国民たちを見詰めている。それも余計に、呼吸さえ忘れるほどの圧迫感を見る者に与えている。

 穏やかな演説にはあまりにそぐわない武者の姿に、誰も彼もが笑顔を忘れて凍りついていた。


 だが国王はそんな鎧武者を庇うように再び前に出て、その人物の横に並んだ。


『今こそ、皆に紹介しよう』


 彼は笑顔で続ける。


『この人物こそが、我が友好国――ガル魔国の新魔王である――と』


 ………………何ですと?



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