9.この世界で唯一の存在
何だ、急に?
「へっへ。見つけたぜ、嬢ちゃん」
気がつけば俺たちはすっかり囲まれていた。
取り囲んでいるのは、端から端までガラの悪い半裸の男たちである。
……明らかに穏やかな空気ではないな、こりゃ。
とりあえず俺は三六〇度、くまなく観察してから、
「お前の知り合い?」
試しにそう問うてみると、ニコは何故か「やれやれ」みたいな、呆れたような表情をしていた。
「さっき言ったじゃない。山賊に襲われてるって」
「あれ現在進行形だったの?! そういう重要なことは先に言ってくれませんかね!?」
「ごめんねごめんねー」
「いま謝られましても!」
焦る俺に対し、ヴェインは涼しい顔をしていた。
あれ? もしかすると……。
「ヴェイン、お前最初から気づいてた?」
「はい。彼らが「おい、あそこだ。ったく、逃げ足ばかり速い嬢ちゃんだぜ」「まったくだ。手間かけさせやがる」と話しているあたりから」
「「「会話全部筒抜け……!?」」」
愕然としている山賊たち。しかし俺の方がもっと愕然としている。
「言えよそれなら。気づいた段階でさっさと教えてくれよ~」
「……? マオ様はお気づきになられなかったのですか?」
心底不思議そうな顔をするヴェイン。
「そうです、マオはお気づきになられなかったのです……」
「それでニコ、といいましたか。あなたと彼らの関係性は?」
しょんぼり項垂れるもののヴェインにはスルーされた。ひどい。
ヴェインに名前を呼ばれたニコは「は、はい」と背筋を正している。
「関係性というか……私、一方的に彼らに追い回されていて」
「追い回されている?」
「それがですね、私に関して二属性の魔法が使えるなんてデタラメな情報が流れてるらしくて。高値で売れるに違いないって何度も襲撃されて困っていたのです」
「なるほど。複数の属性魔法の使い手は珍しいですからね。見たところあなたの職業は魔術師ですか?」
「はい。ここまでどうにか地形を利用して、光魔法ブッ放して逃げてきて……街に逃げ込んだら迷惑がかかるかもだけど、体力も限界だったし。助けてくれそうな冒険者が通りかからないかなーって、思って」
答えるニコは暗い表情だった。話の内容は本当らしい。
すると森の中で響いてた爆発音のようなものは、逃げながらニコが放っていた魔法によるものか。
それで街の近くで行き倒れのフリをして、自分以外の冒険者を待ち構えてた、と。
……アレ。それより今の会話、なんか引っ掛かったな。
「ちょっと待て。何でヴェイン相手だと敬語なんだ?」
「そりゃ、こんな白馬に乗ったイケメンみたいな美男子が現れたら敬語にもなるでしょ」
逆に睨まれてしまった。
それからニコはふんっと鼻を鳴らし、俺のことを茶碗にこびりついた米粒を見るような目で見遣る。
「アナタ、見たとこ、この人……ヴェインさんの召使いだよね? 山賊から私を守ってちゃんと戦えるの?」
「何で俺が戦うの前提なんだよ」
「ここまで事情を聞いたのに見捨てるつもり?」
なんちゅー言い草だ。
しかしニコの言う通り、長々と説明を受けた以上、不可抗力だが見て見ぬフリはしにくい。とんだ策士である。嵌められた俺もどうかしてるけど。
「……あーでも、俺、魔物と戦ったのも昨日が初めてでさ。それでいきなり対人戦っていうのはちょっとなー、どうかなー」
俺は分かりやすく渋った。
それにはもちろん、明確な理由があるのだが……
「この期に及んでゴチャゴチャうるさいわね!」
とかニコは言っているし、
「この期に及んでゴチャゴチャうるせぇな!」
と山賊のボスっぽいオジサンも言っている。ついでに周りの人相の悪いお仲間も「そうだそうだ!」とか騒いでいる。
なんか妙に息が合った野次だけど……あんたらグルとかじゃないよな?
「いや、別に戦うのはいいんだが……武器らしい武器も、護身用のナイフくらいしか持ってないっていうか……」
俺はまだごにょごにょ言い訳していたが、山賊ボスのヒゲおじさんはかなり短気だったようだ。
「お前ら、いいからやっちまえ! まずはあの格下っぽい赤毛のガキからだ!」
ソイツが手にした斧を掲げると同時、雄叫びを上げながら周りの山賊たちが俺向かって突っ込んでくる。
うわ、どうしよ。
思わず視線を飛ばす。
ニコは俺が渡した水筒の中身を飲み終わり、濡れた口元を呑気に拭っていたのだが――俺の視線に気がつくと、片手に握った魔法杖を「くるくる」となれた手つきで回転させた。
「何よ、頼りにならないわね。いいわ! それなら――私の力を見せてあげる!」
外衣を翻し、ニコが前に出た。
「ライトニング!」
彼女が唱えると同時である。
魔法杖の先端に垂れ下がった猫? のお面のようなモノの目の部分から、勢いよく光の奔流が発射。
放たれた光の筋は勢いよく山賊たちを吹っ飛ばす。ニコは全方位から押し寄せてくる敵相手にも怯まず、自分と杖とをうまく回転させながら次々と魔法を放ち、相手を翻弄していく。
その威力は勝ち気な宣言通り、なかなかのものだった。
詠唱破棄自体が高等技術なのだが、それより、詠唱破棄したにもかかわらず魔法の威力が高いという点が優秀だ。
連続して魔法を打てるのも、自身の魔力量に物を言わせての芸当だろう。
「ヒイイ!」とか「うわああ!」とか悲鳴を上げながら、山賊たちもニコの魔法に翻弄されまくっている。
彼女が光魔法を駆使する限り、誰も俺たちの周りには辿り着くことはできないだろう。
「スゲーじゃん。この調子なら」
ひとりでも楽勝だな――なんて呟きかけたとき。
「……そういうわけでもないみたいですよ」
ヴェインがぽつり、と囁いた。
その次の瞬間、ニコがその手から魔法杖を取りこぼした。
「えっ?」
見れば、その場に蹲り……肩を抱いてぶるぶる震えている。
恐怖感? それともまさかの魔力切れ?
しかし答えはそのどちらでもなかった。
「く、くう――だ、ダメ。いまは出てきてはっ」
「は……?」
「グ、あ、ああっ――!」
身悶え、その場に膝をつくニコ。
なんか両腕だけ素早く動いてるように見えるけど……俺の角度からではよく見えない。
俺は慌ててニコに駆け寄った。急病とかだとシャレにならないからだ。
「お、おい、ニコ? 大丈夫か?」
「…………」
その細い肩に手をかける。
同時に、ぎこちない動きでニコが振り返った。
俺は、たぶん思いっきり「ポカン」と口を開いていただろう。
最も大きな変化は目の色。
さっきまで蜂蜜色だった瞳は、静かな紫色に。
表情は喜怒哀楽が激しい先ほどまでのそれではなく、クールなものになっている。
……よく見たら、前髪の分け目も変わってるな。さっきまでは左目が見えてたけど、今は右目が見えてるから。
いや、だから何なんだ?
何が何だか分からず俺が呆然としていると……彼女はその小さな唇を開いた。
「……我が名は、ヤミ。普段はニコの陰として生きている……禁じられし存在」
ニコとまったく同じ声色だった。
でも口調と一緒にがんばって、ちょっと声色が低くなっていた。
ポカン状態の俺を放置し、ニコ……じゃない、ヤミだかがふらっと立ち上がる。
「我が半身たるニコは光魔法を使いこなすが……ヤミが得意とするのは闇魔法。光届かぬ深淵で、我は今宵も狂気の宴にこの身を投じる」
「……そういう設定?」
ヤミはちょっと黙った。
それからぽつりと。
「……設定とかでは、断じて無い。これは堕天使の定めし、追憶の宿命」
そして……ふっ、と悲しげな吐息を吐いた。
俺は、大きく深呼吸し――青空に向かって叫ぶ。
「――――コイツ面倒くせえええええ!」
マジで、面倒、くせえぇ――――――!!!!!
「この状況で……その程度の低い小芝居よく持ってこれたな! 逆に尊敬するわ!」
「んなッ、し、芝居とは失礼な! じゃない……コホン。ヤミの好感度を上げるには、暴力的な言葉遣いはオススメしない。普段はニコが表舞台に出ている以上、ヤミは必然的にレアキャラでエンカウント率低いので、もっとやさしくすべし……」
「やかましいわボケ! アレだな。お前、普段は光魔法しか使えない女の子が実は別人格で闇魔法を使いこなせるなんて超絶格好良いとか思っちゃってる痛々しいアレだな」
「だ、だって実際に格好良――」
「つまり二属性魔法の使い手なのにその利点を自ら封じてるキャラ付け重視のアホの子だな!?」
「ひゃうっ!?」
ヤミはだいぶびびって涙目にさえなっていたが、普段は温厚と名高い俺もさすがに声を荒げずにいられなかった。
何せ――
「だとしたら……魔王様と同じ、ですからね」
俺にしか聞こえないくらいの声量で、ヴェインが呟く。
事情に関しては違うだろ、といちゃもんつけたくなるが……結局そうだ。
コイツは過去の俺と同じ。自分で自分の首を絞めている。
……だったら。
「っあー、もういい! じゃあニコ――じゃない、ヤミは闇魔法で援護してくれ。前には出なくていい」
「え? え?」
目を白黒とさせているヤミに、俺は素早く指示をする。
「ヴェイン、前衛頼めるか?」
「はい。お任せを」
いっかい、思いきり深呼吸。
…………よし。
覚悟は決めた。
「じゃ、俺は――ちょっとだけ本気出すよ」
そう言って俺は、笑う。
+ + +
……何なんだろう。
すっかり困惑しながら、クール冷徹キャラに似合わぬ右往左往なんてしちゃいながらも、ヤミはぶつぶつ唱える。
「ダ、ダークヴェイル」
お気に入りの杖の先端にぶら下がった猫のシンボルから、暗黒の気が放たれる。
霧はあたりに充満し、敵対する山賊たち全員の動きをほんの少し鈍くする。
闇属性の攻撃魔法ならともかく、支援魔法はといえばこれくらいしか使えるものはない。
むしろ、何であんなパッとしない赤毛の男の子の言うことに素直に従っているんだろう? と自分でも不思議な気分だったりするけど……。
「ありがとうございます、助かります」
だけどいちばん不思議なのは、そんなことじゃない。
礼儀正しく頭を下げてくる、ヴェインさん――美しい銀髪の男は、先ほどから明らかに手を抜いている。
剣技に関して門外漢である、魔術師の自分から見ても分かる。
山賊たちは戦闘指南を受ける弟子みたいに軽くあしらわれているだけで、この男の足元にも及んでいない。
ヴェインさんは息切れもしていなければ、何の気負いもない。
次々と繰り出される凶器は彼の整った顔を掠りもしない。
少しでも本気を出せば、たかが二十人程度の山賊たちはあっさりと黄泉の国に葬ってしまいそうなほど、ヴェインさんの実力はずば抜けている。
それなのに、それだけだ。
彼は手にした大剣を攻撃のためには一度も使っていない。
ひたすら捌いて、振り落とすくらい。何だかずっと、時間稼ぎでもしているみたいだ。
だとしたら何を――待っているんだろう?
違う……この人は何を、見たいんだろう?
その答えはすぐに分かった。
「ヴェイン、ちょっと離れてくれるか!」
「はい!」
呼ばれると同時、高く空中に舞い上がったヴェインさん。
その軌跡に見惚れかけながらも、ヤミはどうにか……その視線の先にいる、一人の少年を捉える。
こちらもやはり緊張感無くブンブンと無邪気に肩を回している、赤髪の少年の姿。
「よーし、そんじゃ行くぜ」
それから。
杖も何も手にしていない彼が仁王立ちのポーズで放った、あまりに馬鹿げた言霊に。
ヤミは目を見開いた。
「えー、アクアショットにサンダーボルトにストーンブラストにウインドカッターにファイアーボールにライトニングセイバーにダークシャドウにゼロインパクト」
……は――――?
子どもが考えた早口言葉みたいな。冗談みたいな。
馬鹿馬鹿しいような魔法名の連続発声。
……でもその結果は、一目瞭然だった。
鋭く撃ち出された水球に吹っ飛ばされ、雷に感電し。
そこに石の雨を降らされ、刃の如き風に切り裂かれる。
逃げ惑う間もなく進路を火炎が塞いだところに。
光の剣が突き刺さり、黒い影に支配され――最後に、ズドンと。
地面が巨大なクレーターを作って、沈み込んでいた。
為す術なくそのクレーターに呑まれていく山賊たち。
「どわあああああああ!!?」
「ちょっ、おまっ、ちょちょっ」
「なっ、バっ、んなアホなッ、んぐグぐ!」
そんな語彙力のない悲鳴たちだが、傍から見ていたヤミも、口を開いていたら同じようなことを口走っていたかもしれない。
それほど今、目の前で展開された光景は――まるごと規格外すぎる。
常識の欠片もない。
最初から最後までまるで非常識。
それは誰も彼もが当たり前のように信じ切ってきた現実を、容易く打ち破ってしまうかのような、超非現実的な代物だった。
詠唱破棄。
それに魔法の連続使用。
それだけならば不可能ではない。ニコにだって出来る。ついさっき、やってみせたばかりなのだ。
だけど……いま目の前であの赤髪の男の子が行った芸当は、違う。
ちょっとすごいとか、魔法のセンスがあるとか、――断じて、そういう生易しいレベルではない。
「ニコは光魔法。そしてヤミは闇魔法を使いこなせる。そうでしたよね」
いつの間にか背後に接近してきていたヴェインさんが、言う。
ヤミはようやく自分が口を半開きに硬直していたのを自覚して、慌ててこくこく頷いた。
「……う、うん」
「しかし系統だけで言うならば、あの方は――」
つられて、見る。
ヴェインの視線の先では、一人の人物が「ちょっとやりすぎた?」というような困り顔をしていた。
ヴェインはしばらく眩しいものを見るように、目を細めていたが……その横顔は、どこか誇らしげだった。
「あの方は八属性全ての魔法を使いこなせる、この世界で唯一の存在なのですよ。……昔から、そうだったのです」




