8.おいでませ中2ヒロイン
前回のあらすじ。
道ばたに女の子が倒れてました。以上。
「うう……」
そしてその子は、何やら苦しげに呻いている。
俺とヴェインは顔を見合わせ、近くまで駆け寄った。
地べたに俯せで倒れている。
背中から足元まで長い外衣に覆われていて、傍らに魔法杖まで落ちているということは、どうやら魔術師っぽい。
特にこのあたりは強い魔物は棲息してなさそうだったけど……誰かに襲われたのか?
どうやら意識はあるらしい。
細い右手をクルクの方角に伸ばすようにして、女の子は小刻みに身体を震わせている。
「あの、大――」
「う、うぅ。クルクまであと少しなのにぃ」
何だ? 何か言ってる。
妙にでかい声なので、耳を澄まさなくてもハッキリ聞こえる。
「こんなところで力尽きるなんて、可哀想なニコ……あーあ、せめて通りがかりのお優しい旅人さんに美味しいごはんがもらえたらな~……あとちょびっと、お金を恵んでもらったら言うこと無しなのにぃ――」
伸ばしかけた手を、引っ込める。
……ちらちらこっち見てる半笑いの目と、目が合ったので。
「先に進もう」
「ですね」
ヴェインと頷き合い、気にせず先に行くことにした。
「……ちょ、ちょっと! こんなに可愛らしい女の子が助けを求めてるのよ!? 無視しないで!」
追い越してしばらく歩いたところで、そんな風な怒鳴り声がきこえた。
振り向くと、先ほど地べたに這いつくばっていた女の子が、服の埃を払いながらぷんすか怒っていた。
歳の頃は俺と同い年か、少し下くらいだろうか?
明るい茶髪に、片方は長い前髪に隠れた蜂蜜色の瞳。
魔術師御用達の裾の長い外衣とは対照的に、とんでもなく丈の短いスカート。
仁王立ちする細い両足は黒ニーハイを纏っている。
……確かに、可愛いっちゃ可愛いですけど。
「く、クク。この高貴なる姿を前に言葉もないみたいね。いいわ、名乗ってあげる」
無言で観察する俺を何やら誤解したのか、その女の子は急に調子よく言い放った。
「我が名は――ニコ!」
ニコ?
「しかしその名は世を忍ぶ仮の名前に過ぎぬ! 封印されし我が真の名前は――」
「迷子?」
「そう! 人呼んで迷子――じゃない! あれ、何だったかな……」
真の名前忘れちゃったのかよ。
「マオ様、時間の無駄です。行きましょう」
ヴェインに言われたので、ほーいと返事してついていく。
「なんだっけ?」って感じで考える仕草をしていたニコは、俺とヴェインが再び背を向けたのに気づくと慌ててダッシュしてきて、目の前まで回り込んできた。
「と、とにかく私はニコ。見ての通り可愛らしい女の子よ。おいでませメインヒロイン様、って歓喜の涙に打ち震えながら、迎え入れてくれてもいいのよ?」
「そうかガンバレ。じゃあ俺たちはこれで」
「聞けい。それで私、お腹が空いて困ってるの。お金をちょうだい。あるいは食べ物を寄越せ」
新しいスタイルの強盗?
俺はちょっと悩んでから、肩にかけた魔法鞄に仕舞っていた水筒を取り出した。
「マオ様?」
ヴェインが咎めるような声を出す。
しかし俺が笑みを返すと、諦めたような溜息を吐いただけだった。
「ほら」
「わ、わわっと」
放り投げた水筒を慌てて受け取るニコ。
自分が要求したくせに、何か信じられないものを見るような瞳でまじまじと見つめてくる。俺は頭を掻いた。
「悪いが食べ物は持ってないんだ。それで我慢してくれるか?」
「……いい、けど。でも何で? 私のこと、疑ってるんじゃないの?」
「疑ってるというか、」
引いてるんだが――
「――本当に困ってるなら放っておけないだろ」
これで体力を確保して自力でクルクに行けるなら良し。
無理だというなら、別に背負ってやるのもやぶさかではないわけで。
ぶっちゃけ――だからさっさと街に向かいたいな、という気持ちだった。
スフからここまで過酷な旅路というわけでもなかったが、数時間は歩き通しだ。
横で平気そうな顔をしているヴェインだが、あのボロボロの外套を鑑みるに――スフに来るまでの合間にだって、かなり体力を消耗したハズ。
それに今日も、朝から母さんの説得なんて面倒事を押しつけちまったし、案内まで任せてしまった。
ヴェインはずっと軽い調子で請け負ってくれているが、疲れはあるだろう。
クルクまで行けばきっと宿屋がある。
そこでいい加減、腰を落ち着けさせてやりたかった。
だが俺のそんな思いを、出会ったばかりのニコが読み取ってくれるはずもなく。
彼女は水筒と俺の顔を何度か見比べてから、深刻そうな表情をしてみせたのだ。
「……そう。いいわ、そこまで言うならアナタには話してあげる」
「どこまでだよ」
「あれは気の遠くなるような嵐の晩の出来事だった――」
なんか始まっちゃったよ。
「ある休日。両親、それに幼い弟と一緒に町まで出掛けていた私は、山賊に襲われたの」
「山賊に……?」
「両親は必死に抵抗した。でも無駄だった。山賊は馬車を倒し、怯える私たちを一箇所に集めた。そして、娘たちだけはどうか助けてくれと懇願した、父と母は――」
ニコは変なところで言葉を句切る。
そうして目蓋を震わせてから、深く俯く。
まるで……今にも頬を伝いそうな水滴を、俺の目から隠したかのように。
ま、まさか……。
「ご両親は――?」
「――今も実家で元気に暮らしています」
「………………」
よ、良かった。
……いや冷静に考えると何も良くない。何だ今の茶番は。
「でもっ! 怖いと泣きながら私に、震えてしがみついていた弟は……」
「実家で元気に暮らしてるのか?」
「家出しました」
家出しちゃったかぁ……。
俺の兄ちゃんと一緒だ……。
「そんなこんなで私は目覚めた。禁断の呪われし真実の因果の果てにある全てを滅する強大なる力に」
「なにて?」
「それこそが――太陽と共に歩む"ニコ"ではなく、月の光を浴びる"ヤミ"としてのもう一つの人格。二度と許されることはない、私の負った原罪……」
何やらブツブツ呟いているニコを尻目に、ヴェインが話しかけてくる。
「マオ様。何ですかアレ」
アレ、とちょいちょい指差す先はもちろん、自分に酔ったように延々と喋り続けているニコだ。
俺は厳かに頷いてみせた。
「古い書物で読んだことがある。アレは恐らく――中二病だ」
「はぁ……チュウニビョウ、ですか」
「?」マークをいっぱい浮かべて首を傾げるヴェインに、「説明しよう」と咳払いする。
「中二病の始まりは、遥か古代という。次元の狭間より訪れた迷い人が負っていた病で、その病魔は彼の者を中心として世界中に広がってしまったらしい」
「迷い人が……つまり、こことは別の世界から運び込まれた未知の病原菌によって引き起こされる病、ということでしょうか」
「そうだな。罹ったが最後、症状が和らぐことはあれど死ぬまで治ることはないというしな。それなのに罹患率の高さは尋常ではなく、思春期を迎えた少年少女の多くが散々苦しめられてきた病だ」
「恐ろしい奇病ですね……。具体的にはどんな症状が出るのですか?」
「症状には個人差があるため、一概には言えないが――黒い色を好む習性があるな。指ぬきグローブやマント、包帯なんかの小道具も好きらしい。あとはやたら難しい言葉を使いたがる。彼らは輪舞曲と書いてロンドと読み、幻想と書いてファンタズムと読むという」
ヴェインは一度、未だにまくし立てるように喋り続けるニコを見遣った。
美しい顎のラインに手を当て、美青年は呟く。
「ふむ。奇行が目立つ病ということでしょうか? しかしうるさいだけで特に害はないような……」
「そう侮るなヴェイン。彼らは往々にして自分を中心とした壮大な、どこかからパクってきたような物語を創作してしまうこともあるんだ。自分に特別な能力があると思い込み、選ばれし特別な存在だとか考え出しちゃってな。
やがて家族や周囲の人間は否応なしに巻き込まれ、その妄想の海に引きずり込まれることとなる。そして彼らは――」
ヴェインが俺の言葉に聞き入り、ごくりと息を呑む。
「――――最後には寿命を迎え、死ぬ」
「何と恐ろしい……!」
「それは普通だっ! ってそんなに詳しいのおかしくないっ!? アナタももしや――」
はっ、と何かに気づいたような顔をしているニコに対し、俺は背中を向ける。
……ザ、と良い感じに靴が砂の上を滑り、音を立てた。
「勘繰りはやめろ、女。……過去を探られるのは、嫌いなんだ」
……ふっ。
決まった。
「は、はわわっ! やはりお仲間!?」
ニコはきらきらと目を輝かせて俺を見た。
よせやい。恥ずかしくなるじゃねぇか。
ふむふむ、とやっていたヴェインが拍手を打つ。
「……あー、なるほど。魔王様も一時期、血糊とか十字架とかブラックコーヒーとか好んでいた時期が」
「やややややややめいッ!」
ほんとにやめて! さっそくお家に泣きながら戻りたくなっちゃうから!
「え? 魔王?」
「「あっ」」
「いま、魔王って――」
ヴェインはヴェインで失言しちゃってるしな!
俺は訝しげなニコに、大慌てで首を横に振る。
「違う違う聞き間違い! 俺の名前はマオ! こっちはヴェイン! よろしくな中ニコ!」
「中ニコって何よ!? 私の名前はニコなんだけど?!」
よ、よっしゃ。何とか矛先を逸らせたな。
そこにタイミング良くというべきか、抜けたばかりの背後の森の方から……数人の足音が近づいてきた。
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