第12話 恩返し
包丁の人は舌なめずりをして、斧の人が下品な笑い声をあげて、剣の人が刃先をなめながらこちらに近づいてきます。
完全に絵が凶悪犯のそれです。
「はっ、降参するなら今の内だぞ」
「大人しく負けをみとめたらどうだ?」
「そうだそうだ。それなら、男は大人しく返してやる。ただし、そっちの女は見た目がいいから、後でお楽しみさせてもらうけどな」
アリオだけでも無事に帰れるのなら、と一瞬思いましたけど、たぶん無駄な事です。
そう言われて大人しく退くようなアリオではありません。
案の定……。
「お嬢をお前たちなんかに渡すもんか。そんな事させないぞ!」
怒ったアリオがそう言い返していました。
その気持ちは嬉しいですが、これからどうしましょう。
「ライオンのとどめは、このボリー様が、俺様がやってやる!」
「いや、カリアンに任せた方がいいだろ」
「はぁ? ライオンなんておっかねぇ。ジョージにやらせろよ」
ですけど、不幸中の幸いで仲間割れ?
をし始めました。
彼らの名前というどうでも良い情報を耳に入れながらどうしたものかと悩みます。
その間、アリオがこっそり彼らの背後に回り込もうとしましたが、
「油断大敵だぜ!」
「油断するかよ!」
「ガキが!調子に乗ってんじゃねえ」
彼らに見つかってしまいました。
これは本確期なピンチ。
アリオの背後は崖。
もみあっていたら、落下しかねないので、大変です。
不利な状況に冷や汗をかいていると、ふいに上空から羽ばたきの音がしました。
視線を上にあげると、獣使いの里で飼育している飛行獣ワイバーンは空を旋回していました。
「お嬢様ー、ご無事ですかー!」
そして、その飛行獣の方から聞こえてくるのはトールの声。
どうやら、助けに来てくれたようです。
ありがたいです。
とっても。
あとで、叱られるのは怖いですが。
トールが大声で、近況報告します。
「今、里では大変な騒ぎになっていますよー!」
そういえば無断で出てきた事を忘れていました。
私達がいなくなってる事に気が付いて、皆は心配したのでしょう
手紙くらい残しておくべきでした。
それで、トールが私達が行きそうなところまで様子を見に来たらしいです。
「特に里長さまが、ひっくり返ってしまって大変なんですからねー!」
……父様ごめんなさい。
「うわあ、トールだ。あいつに怒られると、説教が長いから面倒なんだよな」
そんな思いがけない援軍を見たアリオは、苦々しそうな表情で呟いていますが、文句を言えるのは無事であるからこそですね。
「トール、来てくれてありがとうございます」
「状況は何となく分かりました、加勢させてもらいます!」
礼の言葉を受けとったトールは、上空から弓で密猟者たちを攻撃しました。
彼の主な仕事は、獣たちの世話ですが、弓術もたしなんでいるのです。
飛行獣を操る事ができるので、自警団の活動の時に役立てて、無法者達や侵入者への警告や攻撃手段用としているみたいです。
密猟者たちは予想しえない脅威の飛来に、てんやわんや。
あわてて崖を降りていこうとしてます。
「あれ、大丈夫でしょうか。あわてて降りていって落っこちちゃわないと良いんですけど」
「自業自得だと思うよ。あんな奴等、さすがに放っておいても良いと思う」
一安心。
と思ったけど、思わぬ援軍はトールだけではなかったようです。
何やら巨大な生き物の気配が近づいてきた、と思ったら、大きな羽ばたきの音が聞こえてきました。
まさかと思い視線を上げると、そこには里の外で治療を受けていたはずの竜の姿が。
手負いとはとても思えない迫力。
竜が存在するだけで、その場の空気は一変します。
限界までのびきった糸を連想させますね。
やがて、竜は大きく口をあけます。
「――――!」
そして、威嚇するように密猟者たちに一鳴き。
密猟者たちは悲鳴を上げながら、転がっていきました。
あれは、お亡くなりになられたかもしれません。
ならず者三人衆を完全に追い払った後、竜は崖の上にふらふらと降りてきました。
体にまかれた包帯は、血でにじんでいます。
無理をしたせいで、傷がひらいてしまったようです。