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ギルドの建物内に戻りカウンターへ向かうギルマスの後に着いて行く。カウンターに辿り着くとギルマスが声を上げる。
「オットー、昨日作った宿泊費用の支払い依頼書兼予約書を持ってこい。例の本部絡みの奴だ。アナベル、こちらが宿の利用者のタカだ。宿への案内を頼む。
まだ日が沈むまでは時間があるが、宿に着いた後はどうするんだ?なんならアナベルに町を案内させるが?」
ギルマスが提案してくれた。こちらとしては願っても無い事だ。が、確認はしなくてはならない。
「私としては非常にありがたいのですが、アナベルさんはご迷惑ではありませんか?お仕事は大丈夫ですか?」
別に町をぶらつくだけなら案内無しでも何とかなるからね。仕事を中断させて迷惑をかけてまで案内を頼みたいとは思わない。
「はい、とりあえずの仕事は終わってます。私は大丈夫ですよ。」
アナベルさんが笑顔で答える。ギルドの女性職員はみんなお胸が立派なのかと思っていたが、やはりスレンダーな方もいるようだ。
ただ、他の女性職員と比べて控えめなだけで無いわけではない。むしろ形は良さそうだ(笑)。
「アナベル、今日はタカを案内してそのまま上がっていい。着替えなどを済ませて帰宅の用意をしてこい。肝心の書類を忘れんなよ。
タカ、すまんが少しだけ待ってやってくれ。じゃあまた明日の朝な。」
ギルマスはそう言って俺の肩を叩いて離れていった。部屋へと戻るのだろう。後ろ姿に会釈し、フードコートへ移動してイスにかけて待つ。
数分でアナベルさんがやって来た。水色のブラウスに濃い茶色のスカートが赤い髪と良く合っている。
肩掛け鞄を襷にかけてパイスラっすか。小さくても魅せ方を心得てますね(笑)。
「タカさん、お待たせしました。それではご案内いたしますので、ご一緒にお願いします。」
アナベルさんが笑顔で言う。俺は立ち上がって頭を下げる。
「どうぞよろしくお願いします。宿に行く前に、雑貨屋と八百屋、武器屋を見たいのですが、案内をお願いできますか?」
アナベルさんに尋ねる。
「はい、よろしいですよ。では一番近い武器屋から参りましょう。こちらです。」
アナベルさんの後に続く。武器屋は冒険者ギルドの二軒隣だった。かなり大きな店構えだ。
分厚い扉を開いて中へ入る。フロアには様々な鎧や盾が飾られているが、武器は置いていない。
「いらっしゃい。一階は防具専門だ。武器が欲しいなら二階へ上がってくれ。」
カウンターにいたオヤジが声をかけてきた。フロアを見回すと二階に上がる階段があった。
なるほど。武器職人と防具職人の共同経営で、一階と二階に分かれてる感じなのかな?重量のある防具を扱う店が一階になったのだろう。
同じ店舗で武器も防具も揃えられる、しかも共同経営で一階と二階に別れる事で売り場面積を広く取る事ができ、取扱う商品を増やせる。理に適っている。結構なやり手だな。
「はじめまして。見たいのは防具です。私は猟師なので、軽くて音を立てない防具が欲しいのですが、チェーンメイルを縫い込んだ革のジャケットとチャップスなんてありますかね?」
オヤジにそう尋ねると嬉しそうな顔をした。
「ほう!お前さん、良く分かってるな!
最近は猟師でもブレストプレートが欲しいだのハーフプレートメイルが欲しいだのと言いやがる!見た目の格好良さしか考えてねえ!
こっちも商売だから欲しいと言われれば売るが、正直そんなのの相手が嫌になってきたところだ!取って置きを見せてやるからこっちきな!」
笑顔で手招きされたのでオヤジの元に向かうと、俺の体つきを一通り眺め、いそいそと後ろの扉を開け、中に潜っていった。
数分で戻ってきたオヤジは濃い茶色の革ジャケットとチャップスを持ってきてカウンターに置いた。
「裏地にチェーンメイルを縫い付け、外地を被せて縫い合わせてある。
着丈は長めに作ってあって、腰部分をベルトで締めれるようにしてある。
袖も長めだが手首の所でベルトで締めれば下がって来ないようになってる。
襟は立てて留められるようになってる。もちろん襟にもチェーンを縫い込んである。
両肘と両肩には打ち出した鉄板も仕込んである。いざという時にはショルダータックルやエルボースマッシュを決められるぜ。
下腕の外側には帯状の鉄板を縫い込んである。手甲を内蔵してるってわけだ。
チャップスも裏地と外地の間にチェーンメイルを挟み込んで縫い合わせてある。
そうそう、チャップスは蒸れ防止のために股の部分だけ抜いてあるのが普通だが、腰ベルトに掛けるフック付きの前垂れを追加してある。
巻き上げて固定して股の部分を開放して使っても良いし、前垂れを使ってフルガードにしても良い。
裾は広く長めに作ってあるが、ベルトで締めればバタつかない。脛部分には帯状の鉄板を縫い込んである。脛当て内蔵ってわけだ。
どちらも外地には蜜蝋をしっかりと塗り込んであるから防水性も抜群だ。もし水が染み込むようになったら、自分で蜜蝋を塗り込めばまた元通りだ。
どうだ若いの?気に入ったか?」
オヤジはとても良い笑顔で言う。自分が考えうる最高の商品なのだろう。自信に満ちた笑顔だ。
「はい、とても気に入りました。身に着けてみて良いですか?」
オヤジに尋ねると笑顔で頷く。
「あたぼうよ。さあ、着て見せてくれや。」
オヤジの許可が出たので試着する。チェーンメイルを仕込んであるため重量はそれなりにあるが、驚くほど動きやすくて快適だ。
しかもどれだけ動いても縫い合わせてあるチェーンメイルの音がしない。チャリチャリ、シャリシャリ、と言うような金属音が全くしないのだ。これには驚いた。
よほど丁寧に縫い込められているのだろう。どれほどの手間と時間をかけて作られたのか、想像するだけで頭が下がる。
「オヤジさん。これ、買わせてください。お幾らですか?」
俺はオヤジに尋ねる。オヤジは笑顔で答えた。
「おう、ジャケットは3金貨、チャップスは2金貨だ。どうだ?払えるか?お前なら特別に分割でも良いぞ?」
オヤジは俺が若いので一括で購入するのは無理だと踏んだのだろう。分割払いというリスクを背負ってまで俺に売ってくれようとするその優しさには真摯に答えなければならない。
俺はポケットの中から出したように見せかけて収納から革の小袋を取り出す。財布として硬貨を入れてあるのだ。そこから金貨5枚を取り出し、カウンターに置いた。
「ほう!お前さんの若さでこの大金を即決で払うか!大した大物だな!将来が楽しみだぜ!」
オヤジは上機嫌だ。ついでにもう少し欲しいものがある。
「オヤジさん、鉢金と革手袋も貰えますか。どちらもこのジャケットに合わせた色で、革手袋は拳に補強の入った物をお願いします。」
そう言うとさらにオヤジの笑みが深まる。
「お前、ますます気に入ったぞ。すぐに用意してやる。」
そう言ってオヤジはまた奥の扉へと消えていき、すぐに戻ってきた。
「着けてみな。」
それだけ言ってカウンターに置く。
鉢金はズレ防止に頭頂部にもベルトがあり、頭頂部のベルトは後頭部まで、ベースの鉢金ベルトには側頭部まで小さな金属プレートが幾つも縫い込まれていた。ラグビーのヘッドギアのような感じだ。
厚みは大したことないのでこの上から帽子をかぶることも可能だ。
革手袋はもろファイティンググローブだ。鉄板を打ち出したドーム状のナックルガードと、手の甲と指の部分には小さい鉄板が縫い込まれている。手首はベルトで締められるようになっている。
どちらもサイズぴったりで、まるで誂えたかのようだ。オヤジを見ると満足そうに頷き、
「合わせて金貨1枚だ。」
とだけ言った。俺は黙って金貨を1枚取り出してカウンターに置く。
「これで安心して仕事に励めます。ありがとうございました。」
そう言って深々と頭を下げた。
「良いって事よ。こっちも久しぶりに気持ちが良い商売が出来た。今夜は美味い酒が飲めそうだぜ。」
オヤジはそう言って心底嬉しそうな顔で笑った。




