059
受付嬢は受付カウンターのすぐ横にあるドアから出てきた。
「こちらです。」
そう言って前に立って歩き出す。ああ、良いケツだ。思わず手を伸ばしたくなる。
こちらの女性はお胸が立派な人が多いのでどうしてもそっちに目が行ってしまうが、俺は本当はお尻と脚が好きなのだ。
若干タイトめなスカートに包まれたケツが目の前でプリプリと揺れる様に目は釘付けだ。
事務室前のカウンターを通り過ぎ、廊下に出て階段を登る。階段を登ってギルマス部屋に向かうわけだ。
すれ違いなどは考慮されていないようで、階段の幅はそれほど広くない。
目の前でくねるケツに躓いたフリをして顔を埋めてやろうか、などと不埒な事を考えていると階段が終わってしまった。残念。
受付嬢はドアの前に立ちノックして声をかける。
「ギルドマスター、お客様をお連れしました。」
「おう、入って良いぞ。」
野太い声が帰ってくる。
「タカさんもご一緒にお入りください。失礼します。」
受付嬢はそう言ってドアを開けて中に入る。俺とウォルターも続いて中に入った。
ギルマスは立派な机に向かっていて、俺たちが入ったドアはギルドマスターの正面側にあった。
向かって左側面の壁にもドアがある。こちらは直接事務室へ向かうためのドアなのだろう。
俺たちから見て右手の壁は書棚と小さいキッチンが設えられていた。その隣にもドアがある。恐らくはトイレだろう。
ギルドマスターが建物内をあまりウロウロとしなくても良いようになってるわけだ。
ギルドマスターは俺に向けて軽く手を挙げた。
「よく来てくれた。まずはかけてくれ。シエナ、すまんがお茶を頼む。」
そう言ってギルマスは立ち上がり、応接セットに向かう。
俺はシエナさんの案内に従って対面のソファーに腰掛ける。ウォルターは俺の後ろでお座りして、ジッとギルマスを見つめている。
「まずは自己紹介だな。俺はここのギルドマスターをやっているオスカーだ。元ブレイブ級冒険者だ。」
ギルマス、スゴい人なんですね。ブレイブ級って言ったら、上から2番目、実質トップじゃないですか。
冒険者の等級については、ポルカ出張所で登録時に説明を受けた通り、低い方から順に
・ルーキー
・ビギナー
・レギュラー
・エース
・ヴェテラン
・マスター
・グランドマスター
・プロフェッサー
・ブレイブ
・ヒーロー
となる。ヒーローは厄災級の魔獣を倒すとか、国に仇なす者を討ち取るとか、戦争で大活躍するとか、国が認めるような大手柄を立てた者に与えられる名誉級で、過去にヒーローを名乗ったのは3パーティーしかいないとか言ってたはずだ。
実際問題、厄災級の魔獣なんてそうそう出ないし、戦争や反逆者の出現だってそうそうある事ではない。
と言う事は、普通に冒険者としての活動をしている者の中では最上位、と言う事だ。どれくらい強いんだろう。ちょっと気になる。
「私のような者にギルドマスターから直々のご挨拶、誠に痛み入ります。
私、ポルカ村から参りましたレギュラー級冒険者、タカと申します。
この度はグランビア王国王都ヴァレンティナに御座います、冒険者ギルドグランビア王国本部からの要請で罷り越しました。
こちらの街で一晩お世話になります。どうぞ宜しくお願いいたします。」
俺は立ち上がって挨拶し、頭を下げる。ギルマスは驚いた顔をした。
「そんなに畏まることはない。俺はギルドマスターになったおかげで名誉男爵の称号はあるが、元は平民でただの冒険者だ。もっと楽にして良いぞ。さ、かけろ。」
そう言ってソファーに座るよう促されたので、遠慮なくかけさせてもらう。シエナさんがお茶を持ってきてテーブルに並べると、ギルマスに手紙を渡した。
ギルマスは直ぐに封を開け、手紙を取り出して徐に読み出した。
手紙を全て読み終わると、お茶を手に取った。
「冷める前に飲んでくれ。話はそれからだ。」
そう言って自らお茶を飲む。俺もいただくことにする。
「いただきます。」
そう言ってカップを手に取り、お茶を一口飲む。普通の紅茶だが渋みが軽く香りが良くて飲みやすい。
「美味しい。」
思わず口にするとギルマスが微笑んだ。
「分かるか。シエナはうちで一番お茶の淹れ方が美味いんだ。他の連中にも評判でな。シエナの淹れたお茶を飲みたいがために、わざわざ訪問してくるやつもいるくらいだ。」
ギルマスがそう言うと、シエナさんが笑顔で言った。
「ならばお茶汲み手当をお願いしますね、ギルドマスター。」
ギルマスは肩を竦める。
「分かった分かった。昇給を考えておくから、もう一杯頼むよ。」
そう言ってお茶を飲み干す。俺もお代わりが欲しかったので残ったお茶を飲み干す。
シエナさんが直ぐにお代わりを淹れてくれた。再びお茶が並べられたところでギルマスが声を上げる。
「さて。すまんがシエナ、外してくれ。」
途端に目つきが変わる。さすが元ブレイブ級冒険者だ。切り替えが早い。
シエナさんが部屋を出ると、ソファーに備え付けられた魔道具に手を乗せる。ブンッ、と言う低い音と共に部屋の圧力が若干高まる。
一瞬目の前がチカチカしたが直ぐに収まる。遮音の結界を張ったのだろう。こちらも気持ちを入れ替える。
「お前たちだけならヴァレンティナまで1日で到着する、そのため単独行動をしたい、とあるが、本当に可能なのか。どんなに肉体強化をかけても不可能だと思うのだが。」
ギルマスが問いかけてくる。うん、普通はそうだと思います。でも、俺たちは普通じゃないんです。
「そうですね、質問に質問で返して申し訳ないのですが、ギルドマスターは一角狼についてはどれくらいご存知でしょうか?」
ギルマスに尋ねる。
「一角狼か。元は森林狼だが、魔素を取り込んで魔獣になった低級魔獣で、単体ならCクラス、群れるとAクラスの討伐対象となるな。
攻撃的な性格をしているが頭が良く、家族や群れの仲間を大事にする。
実際、アルファ(チームリーダー)を中心に連携をとって攻撃してくるから非常に厄介だ。エースクラスのパーティーなら一角狼が単独でも手も足も出んだろう。
一騎討ちならマスタークラスでようやく勝ち目が出てくるが、アルファが相手ならグランドマスターでも梃子摺るだろう。そのウォルターはアルファなのか?」
ギルマスが訊いて来る。まあ、普通に考えたらそう思うよね。
「実はこのウォルターは、元々存在するのか、突然変異した特殊個体なのかは分かりませんが、一角狼の上位種のようなのです。
角が3本あるのは、魔力を扱える量の表れなのだと思います。具体的に言えば、ウォルターは雷、風、土の魔法を使えます。威力もかなり強力です。
そして、身体能力も一角狼狼の何倍も優れています。走らせれば馬の2倍以上の速さで走れます。しかも1日中休みなくその速さで走ることが出来るのです。
なので、私が彼に乗り、落ちないようにしがみついていれば、ヴァレンティナまで1日で行くことは充分に可能です。」
地球の競走馬は80km前後のスピードが出るらしいが、整備された馬場を走る専用馬だから出来る事。競走馬でもない馬で街道を走るなら、50kmも出せれば恩の字だろう。
そして馬はそのスピードを維持し続ける事は出来ない。せいぜい保って十数分だろう。
だがウォルターは、障害物さえなければ、いや、多少の障害物があったとしても、確実に3桁以上のスピードで走り続ける事ができる。
途中休みを取ったりしなければ、ヴァレンティナまでは3時間もあれば着いてしまう計算だ。俺が耐えられれば、だが。
まあ、ウォルターは走る時に、風魔法でウインドスクリーンみたいな物を展開して俺を風圧から守ってくれているそうなので、俺自身は身体強化で握力を強化して、モフモフにしっかりとしがみついていれば良いだけの話なので、すごいのはあくまでもウォルターだ。
「お前、その狼が3属性の魔法を使えるって言うのか?それが本当なら上級魔獣と同格かそれより上って事になるぞ。それがこんなに人に懐くとは、俄かには信じられんな。」
ギルマスは驚きながらそう言う。そうだろうなぁ。面倒だなぁ。
「ヘイゼルのジョナサンからは、お前さん達の実力を見た、と連絡が来てはいるんだが、どうにも信じられなくてな。済まんが俺にも見してもらえんか。」
やっぱそう来るよなぁ。でも見せられるのは攻撃力だけなんだが。
「お見せできるのは我々の攻撃力だけですが、それで宜しければ。」
そう言うと、ギルマスが首を振る。
「まだ陽が高いから、外の練兵場が使える。その狼の移動力を見させて欲しい。」
そう来ましたか。仕方ない、お付き合いしましょうかね。とは言っても、実際に付き合うのはウォルターだけどさ。
「分かりました。単純に走る速さをお見せすればよろしいですか?」
ギルマスに尋ねると大きく頷く。
「ああ、それで良い。じゃあ早速練兵場へ行くか。」
そう言ってお茶を飲み干す。俺もせっかくなのでお茶を飲み干してウォルターに話しかける。
「ウォルター、ウォルターが走る速さを見たいって。ちょっと付き合ってやって。」
そう言うと、ウォルターが返事をくれる。
「主の仰せのままに。参りましょう。」
ギルマスが立ち上がったので俺たちも立ち上がる。
先程入ってきたドアを潜り、階段を降りて廊下を歩くと外に出る扉をギルマス自らが開いた。
サッカーグランドよりも広いくらいの練兵場が目の前にあった。その横には体育館のような建物がある。魔法の訓練場だな。
「話は単純だ。その狼を全力で走らせてくれ。どれだけのスピードを出せるのか、それを知りたい。」
うーん、このくらいならものの数秒で端から端まで到達できると思うけど。
「ウォルター、合図したらあっちの建物に向かって全力で走って。そして、あの建物を飛び越えちゃって。あとは適当に建物の屋根の上を飛びながら、ぐるっと回ってスピードを落としながら戻ってきて。」
そう伝える。
「畏まりました主。いつでもどうぞ。」
ウォルターから返事が来たのでギルマスに伝える。
「では向こうの建物に向かって走らせますので、どうぞご覧ください。ウォルター、行け!」
俺が声をかけると同時に、ウォルターは弾かれるように飛び出した。カタパルトから打ち出されるかのようなものすごいスピードだ。
瞬きする間に練兵場の端まで辿り着くと、大きくジャンプして魔法訓練所を飛び越え、そのまま飛び去って煌めく星になった(笑)。
「ぐるりと回ってスピードを落としながら戻ってきます。どうでしたか?ご納得いただけましたか?」
ギルマスに尋ねると呆然としている。あんなスピードを見たらそうなるよね。
「あ、ああ、狼の力は分かった。だが、お前はあれに乗って耐えられるのか?俺は身体強化が使えるが、正直あれに乗って振り落とされずにいる自信はないぞ。」
ギルマスがそう言った。普通の身体強化はせいぜい3倍くらいまでしか強化できないみたいだからね。俺は100倍までイケちゃうから、全然平気なのよね。
「はい、私も身体強化が使えますし、何よりウォルターが風除けのシールドを張ってくれますので、問題ありません。戻ったら乗って見せましょうか?」
ギルマスにそう尋ねたところでウォルターが飛び跳ねながら戻って来た。
「ああ、そうだな。実際にお前が乗り熟しているところを見せて貰えば納得できる。すまんが頼む。」
ギルマスに頭を下げられてしまった。しゃーない、やるか。
「分かりました。ウォルター、今度は俺を乗せて、今と同じようにぐるっと一回りして。風除けのシールドを忘れないでね。」
わざと声に出して伝えながらウォルターに乗る。
「畏まりました主。しっかり掴まっていてくださいね。では参ります。」
俺が身体強化を10倍でかけて、ウォルターの鬣のような毛をしっかりと掴んだのを確認し、自らシールドを張り終えると、ウォルターは弾丸のように飛び出した。
見る見る建物の壁が迫り、ドンッ、と言う垂直方向への衝撃と共に宙へ舞う。
そのまま次々と建物の屋根に着地しては飛び跳ねながらスピードを落としていき、ぐるりと近所を回って練兵場に着地する。
呆然としているギルマスの元に向かいながらさらにスピードを落としていき、立ち竦むギルマスの前で足を止めさせてウォルターから滑り降りる。
「いかがでしたか?ご満足いただけましたか?」
ギルマスに話しかけるとようやく我に返ったようだ。
「ここまで凄まじいとは思いもしなかったぜ。ジョナサンが大袈裟に言ってるんだとばかり思っていたが、こりゃあホラでも何でもねえな。
分かった。ヴァレンティナまでの単独行、認めるよ。」
ギルマスが納得顏で頷いた。
「中に戻ろう。お前たちの宿に案内させる。明日は8時にギルドに来てくれ。
その後、門で出発の手続きを終え次第出てもらう。ああ、門までの道は他の冒険者や市民もいるのでな、スピードには注意してくれ。」
ギルマスはそう言ってニヤリと笑い、ギルドへ向かって歩き出した。俺はウォルターを連れて後に続いた。




