057
桟橋に辿り着くと、水夫がカワイルカに餌を与えていた。よく見ると魚ではなく肉を切り分けた物だった。水夫が投げる肉を器用にキャッチして食べている。
俺のようなアラフィフ世代は、イルカと少年が主役のアメリカンドラマを観て育っているので、実に心に響く状況だ(笑)。
「餌は魚じゃないんですね。」
水夫に声をかけると笑顔で振り返った。
「おお、もう来たのか。早いな。
こいつらは普段は魚を食ってるだろ?だからこうして仕事をする時は、ご褒美として肉を与えてやるんだ。そうすると張り切って働くんだよ。
胴体に繋ぐ革帯を用意したら、肉が食えるって大はしゃぎするんだ。可愛いもんだぞ。俺はこいつらの世話がしたくて水夫になったんだ。」
へえ、ゴツいのに可愛い物好きですかそうですか。そのギャップが女の子をメロメロにさせるんですね分かります(笑)。
俺も手持ちの肉をやってみたいけど、下手に良い肉を与えて水夫さんたちの肉を食わなくなったら困るから、余計なことはしないでおく。
一通り餌を与えると、水夫は服を脱いで水に入り、イルカたちを繋いでいく。
先頭を引くリーダー役は決まっているそうだが、体調が悪い時などはサブリーダーと交代させるそうだ。人間と同じだね。
水夫が水から上がり、身体を拭いて服を着ていると他の水夫たちと船頭がやって来た。
「今日も餌やりご苦労さん。若いの、早いな。感心だ。」
船頭は水夫と俺に向かってそう言うと、船室の入り口を開けてくれた。俺は会釈して船室に入る。
もう一人の水夫と御者は手早く船体の点検をしていく。分業がしっかりしてるのね。
船室で寛いでいると、フェローズのメンバーがやって来た。
「早いな。まさか船で寝たのか?」
リーダーのアルヴィンさんに訊かれた。
「いえ、色々ありまして、ドワーフの夫婦がやっている酒場に泊めてもらいました。朝晩の食事までご馳走になりまして、とても助かりました。」
そう言うと驚いた顔をする。
「あの頑固オヤジに気に入られたのか。お前さん、大した人たらしだな。」
失礼な。人徳と言ってくれ(笑)。
「この言葉遣いのせいか、年上の方にはよく可愛がっていただいてます。ポルカ村でも村長と奥様にお世話になりました。」
そう言うとアルヴィンさんは何度も頷いた。
「お前みたいに若い冒険者で、それだけ丁寧な言葉遣いをして礼儀正しい奴はいないからな。俺もどこかの物好きなお貴族様が身分を隠して冒険ゴッコしてるのかと思ったぜ。」
ああ、やっぱりこの言葉遣いだと平民には見られないのか。かと言って今更崩すのもなんだしなぁ。どうするべきか。
「私は父とウォルターの3人暮らしだったので、この言葉遣いしか知らないんです。変えた方が良いのでしょうか?」
思い切って尋ねてみた。あまりにも他の冒険者と違うようなら考えなきゃならん。
「いや、そのままで良いと思うぞ。お前のその丁寧な言葉遣いや礼儀正しさは、昇級して高位冒険者になった時に必ず活きてくる。
せっかく身についたものだ。それをお前の魅力として活かせ。親父さんに感謝するんだな。」
アルヴィンさんはそう言ってくれた。他のパーティーメンバーもウンウンと頷いている。マスター級冒険者のお墨付きだ、このまま行こう。
「揃ったな。早いが出港する。おい、出港だ。」
船頭が俺たちに出港を告げ、水夫たちに命令する。舫い綱を外して水夫が飛び乗り、船はゆっくりと動き出した。
船の中でカールズの町について教えてもらった。
ヴァレンティナの次に大きな町で、人も物もたくさん集まっている。
職人もたくさん住んでおり、武器や防具も質の良い物が揃っている。
エルフやドワーフ、獣人たちも住んでいて、冒険者にも少なからずいるが、特に差別も無く仲良くやっている。
名物は魚の酢漬けと葉野菜のサラダ。
娼館があって銀貨3枚くらいで遊べ、なかなか可愛い娘が揃っている、など。
先輩、最後は余計です。未成年に何を教えてるんですか。ダメじゃないっすか。一泊しかできないのに。頭の中がそれでいっぱいになっちゃいますよ(笑)。
ついでにヴァレンティナについても訊いてみる。
王都だけあり町も住人も洗練されている。
職人は貴族のお抱えが多いが、囲われるのを良しとせず、腕一本で頑張っている職人も少なからずいる。
人間以外の種族も平民として差別無く暮らしている。
フルーツのサラダが有名。
貴族や高位冒険者が利用する高級酒場や高級食堂、高級宿があり、金に見合う品質とサービスを提供している。
もちろん娼館も最低でも棒銀貨1枚と最高級の金額だが、女性もサービスも最高級で、男なら誰もが夢見る桃源郷、など。
そこまで言われたらもう行くしかないよね。金はあるし。
あ、でも、娼館の女性を抱くのは愛のない行為だと女神様に怒られちゃうかな?
いや、ダメならそもそも娼館を開くことを認めないか。こうして娼館が憚りなく営業しているという事は、女神様がお許しになっている、という事だ。うん、そうに違いない。
という事で、前向きに検討しよう。ご利用は計画的に(笑)。
そんな下世話な話でからかわれていると、船頭の舌打ちが聞こえた。
何事かと外を見ると、めちゃくちゃな動きをしている船が一艘いる。カワイルカが暴れて制御不能になっているようだ。カワシャチでも出たか?
俺は素早く船頭に近づく。
「カワシャチですか?」
端的に尋ねる。
「ああ。背鰭が見える。間違いない。」
船頭も短く答える。このままだと衝突の恐れもある。放っておくわけにはいかないだろう。
「多分撃退できます。スピードを落とさせてください。外に出ます。」
短く告げてウォルターに念話を飛ばす。
「ウォルター、またカワシャチのようだ。やれるか?」
すぐに返事がくる。
「もちろんです主。やりましょう。」
ウォルターが立ち上がる。
「カワシャチです。魔法使いさんが雷系の魔法をお持ちなら手伝ってください。」
そう言うと
「分かった。任せてくれ。」
そう言って立ち上がる。
「俺の弓も効くと思う。手伝おう。」
そう言ってアルヴィンさんも立ち上がった。このまま接近すれば弓も届くか。2人の射程が分からないので、先頭に立ってもらおう。
「フェローズのお2人はそれぞれ舳先へ移動してください。指示はアルヴィンさんにお任せします。私たちは船室の屋根に上ります。」
そう言って船室から飛び出し、ウォルターの背に乗って船室の上に飛び上がらせる。
しっかりと組まれた平屋根は、俺たちが乗ってもビクともしない。
俺はウォルターから飛び降りてショットガン用バンダリアを取り出すと襷掛けにし、レミントンM870MCSロングを取り出し、しゃがみこんで膝射姿勢を取る。
H.C.A.R.を使おうかとも思ったが、大口径でパンチ力の高いスラッグの方が効果的だろう。
それに、試射もしていない銃を他人の命に関わる場面で使うのは気が引ける。経験のある銃で確実に対処すべきだと判断した。
フォアエンドを操作し弾を込める。ジャッキィンッ!良い響きだ。
安全装置を外し、肘と膝を使って銃を安定させる。俺は向かって左側、船の周囲に浮かぶ背鰭の一番遠くにいるやつに狙いを定める。
「ウォルター、向かって右側の一番遠い背鰭を狙え。アルヴィンさんの合図で撃つぞ。」
「分かりました主。いつでも撃てます。」
ウォルターからパチパチと爆ぜる音がする。また全身に雷を纏っているのだろう。全く、頼もしい相棒だ。
「引きつけるぞ。もう少しだ。もう少し・・・・今だ撃て!」
アルヴィンさんが叫び矢を放った。魔法使いさんも雷系の魔法を放っている。どちらも自分に一番近い獲物に放ち、確実に傷を負わせていた。
俺とウォルターもアルヴィンさんの合図で攻撃を開始する。
ドムッ!ジャキィン!
高いところに登って角度がついたおかげで、放ったスラッグ弾はカワシャチの背中に突き刺さり大穴を開ける。血が吹き上がった。
撃たれたカワシャチは激しく暴れながら水の中へ沈んでいった。
バシイィッ!
ウォルターが放った雷球がカワシャチの背中に当たり、紫電が走るとカワシャチは動きを止めた。
フェローズの2人は自分に一番近い獲物に連続で攻撃を浴びせ、確実に屠ろうとしている。さすがに堅実だな。
「ウォルター、右の敵は任せる。できる限りやっつけろ。」
「畏まりました主!お任せを!」
ウォルターは次々と雷球を放っていく。俺も負けじと撃ちまくる。
ドムッ!ジャキィン!
ドムッ!ジャキィン!
ドムッ!ジャキィン!
ドムッ!ジャキィン!
ドムッ!ジャキィン!
角度が良いので次々と狙いを変え、1頭に1発ずつぶち込む。バンダリアからからスラッグ弾を取り出して撃った分の弾をシャコシャコと込めていく。
満装弾になったらすぐに射撃開始だ。船から離れて逃げようとする背鰭に狙いをつける。
ドムッ!ジャキィン!
ドムッ!ジャキィン!
ドムッ!ジャキィン!
3頭はギリギリ狙えたが、逃げ足の速い2頭が射程から出てしまったので諦める。
「ウォルター、そっちはどう?」
ウォルターに状況を確認する。
「1頭逃してしまいました。申し訳ありません。」
ウォルターがこともなげに言う。いやいや充分だから。
「こっちも2頭ほど逃した。でも充分な成果だ。良くやってくれたねウォルター。ありがとう。お疲れ様。」
そう言って頭をワシワシと撫でてやる。ウォルターは嬉しそうに尻尾を振った。
レミントンM870MCSのフォアエンドを操作し、弾を抜いて安全な状態にして不足分の弾を込め直し、安全装置をかけて収納する。バンダリアにも使った分の弾を補充して収納する。
アルヴィンさんが呆れた顔でこちらを見上げていた。うむ、当然そうなるわな。
「お前ら一体何頭やったんだよ。そもそも、そのデタラメな威力の魔法は何なんだよ。」
「私よりもはるかに強力な雷球を連続で撃ち出すなんて、どれほどの魔力なんですか。」
俺はウォルターと顔を見合わせてから、笑顔で答えた。
「これがヴァレンティナに呼ばれた理由です。」
その一言で2人とも納得してくれた。
カワシャチに追われていた船は何とかコントロールを取り戻し、衝突は回避された。
向こうの乗員乗客たちは皆大きく手を振り、口々に助かった、ありがとう、と叫んでいた。俺たちも笑顔で手を振り返す。
俺は船頭に、念のためこのまま屋根の上で見張りをすると告げ、収納からポルカで購入した帽子を取り出して被った。茶色い方だ。緑は森の中用だ。
アルヴィンさんたちも舳先で警戒を続けるようだ。優秀な護衛だね。じゃあ見張りは任せちゃおうか。
日が中天に登り、時間は昼になったので、ウォルターに尋ねる。
「ウォルター、朝飯、足りなかったろ?昼はシカにするかい?それともイノシシかい?」
ウォルターはすぐに返事をする。
「シカでお願いします。」
俺は下から見えない位置に盥を出して、水とシカの丸肉を入れてやる。はみ出してるけど、きっと上手に食べてくれるだろう。
俺自身は携帯食料を試す事にして、水と共に用意する。
「ウォルター、食べて良いよ。いただきます。」
そう言って携帯食料を齧ってみた。めちゃくちゃ硬くて塩っぱい。塩の塊を齧っているようだ。味?塩味と言うより塩の味だね(笑)。
ガリガリと噛み砕きながら携帯食料をよく見てみる。穀物を挽いて粉にした物に塩水を加えて練り、荒く砕いた穀物を加えて混ぜ合わせ、さらに塩をまぶして焼いて乾燥させた、という感じか?
みんなこれそのまま食ってるの?これは早急に改良が必要だろう。
とりあえず口をつけてしまったので、水をガブ飲みしながら何とか食べきる。
これ、こんだけ塩っぱいなら、水を入れたカップにぶち込んで煮たらどうなるんだろう?お粥と言うかオートミールっぽくならんかな?時間が取れたら試してみよう。
口直しにナシを取り出して齧る。皮が厚いので丸齧りを嫌がる人も多いが、俺は気にしない。
ムシャムシャと食べて行き、残った芯を皮に投げると、大きな魚がガポン!と音を立ててかぶりついた。
巨大なナマズのようで、体長は2mを超えるだろう。道具を揃えて釣ってみてぇ(笑)。
ウォルターはシカを綺麗さっぱりと平らげ、水も綺麗に飲み干した。よかよか。食欲があるのは良いことだ。
そうしていると2時過ぎにはカールズに到着した。桟橋への接岸を待ち、船が舫い綱で固定されたらウォルターに乗って桟橋へ飛び降りた。
船頭に声をかけられたのでそちらを見ると、冒険者ギルドからの依頼書を持っていた。一度ウォルターから降りて依頼書にサインをし、改めてウォルターの背に跨った。
そのまま桟橋の上を陸上へ向かってもらい、大きな石門の前で止まってもらう。さあ、都会へ踏み込むぞ。




