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「オヤジさん、参考までにお聞きしたいんですが、杜松の実とリコリスはどれ位ずつ欲しいんですか?」


蒸留に使うならそれなりの量が必要なはずだが、果たして?


「そうじゃの、1kgずつあれば半年分は作れるのじゃが、何せ杜松の実がのう、それだけ集めるとなればかなりの手間じゃからのう。


リコリスもじゃ。薬師も欲しがるで、なかなか纏まった量は手に入らなくての。


運良く手に入ってもせいぜい100gが良いところでの。一月分も作れんのじゃ。こんな事になるとは思ってもみんかったわ。」


・・・・えーと、俺の収納にはどちらも70kg入ってますが。これ、お手伝いしちゃおうかな?ウォルターにも良くしてくれたし、手伝っても良いよね?


「何をこんなに拘っておる、と思うじゃろうな。じゃがの、この香り付けをしなければ、儂の火酒にはならんのじゃ。お前さんは火酒を飲んだ事はあるかの?」


こ、この流れは!もしや飲めるのか!?


「はい、ポルカ村では飲んでいました。」


なるべく平静を装っていう。いかにも物欲しそうにして反感を買いたくないからね。


「ふむ、ならば儂の火酒の違いが分かるじゃろな。1杯飲んでみい。そうすりゃ儂の拘りも分かるはずじゃ。」


オヤジさんはよっこらせ、と立ち上がると、小さなカップを持ってカウンターの裏にある潜り戸に潜っていった。胸の動悸が止まらない。深呼吸をして気を落ち着ける。


オヤジさんはすぐにカップを持って戻ってきた。異世界で初めてのジン。どんな味なのだろうか?


「ほれ、飲んでみい。お前さんならきっと違いが分かるじゃろ。」


そう言ってカップを差し出してくれた。緊張しながらカップを受け取る。ふわりと杜松の実とリコリスの香りが漂う。俺は香りを存分に楽しんでからユックリと口に含んだ。


度数の高い酒特有の口の中をピリピリさせる刺激と舌に感じる甘さ、そして複雑な香り。ジックリと舌の上で転がしながら味わい、ゴクリと飲み干してユックリと口から息を吐く。


「ほう、若いのに飲み慣れとるの」


オヤジさんは嬉しそうに言う。そう、強い酒を飲むにはちょっとしたコツがあるのだ。


まずは何度か深呼吸し、そして大きく息を吸い込み息を止める。


それから酒を口に含んで舌の上で転がし、ジックリと味わう。


それから徐に飲み干し、ユックリと口から息を吐く。ここがポイント。


息を吐く時に鼻から吐いてしまうと、強烈なアルコール臭で噎せてしまうのだ。これが出来るようになると強い酒も楽しめるようになる。


「ああ、美味しい。すごく美味しいです。」


お世辞ではなく心から美味しいと思った。オヤジさんは俺の顔を見て満足そうに笑顔で頷いている。おカミさんも笑顔だ。


俺はユックリと味わいながらカップの中のジンを飲み干した。その香りと余韻に浸る。


「お前さんのように、本当に美味いと思って飲んでくれる客ばかりなら良いんだがの。金儲けのタネや、自分の力を示して自慢話をするために欲しがるようなヤツは、相手にしたくないんじゃ。それくらいなら、いっそ造らなくても良いか、とも思っとる。」


いやいやいや、こんな美味いジンが飲めなくなるなんて、世界の損失だ!それだけは絶対に避けなければ!


「いや、長々と愚痴を聞いてもらって済まんかったな。おかげで儂も落ち着いたわい。


ところでお前ら、宿はどこにしたんじゃ?飯はもう食ったのか?」


突然オヤジさんが訊いて来た。


「それがこの狼とは泊まれないと宿に断られまして。食堂も断られそうなので、今から詰所に野営できる場所を聞いて、そこで携帯食を食べて寝ようと思っていたところです。」


正直に話す。こんな所で見栄を張ってもしょうがない。


「そうか、そりゃあ大変だ。若いのが飯抜きは辛いじゃろ。儂が一緒に行って話をつけてやる。肉と魚、どっちを食いたい?」


オヤジさんがそう言ってくれる。ありがたいな。


「ジニアルでは肉料理をいただいたので、魚を食べたいです。」


そう言うとオヤジさんは大きく頷いた。


「おう、任しておけ。おいお前。一緒に行くぞ。ついでだ、儂らも飯にしよう。」


オヤジさんがおカミさんに向かって言う。


「そうね、いつもはお店が終わってから軽く食べるだけだものね。たまには良いわね。」


おカミさんが前掛けを外す。久々に会った祖父母と外食に行くような感じだ。懐かしくて胸がいっぱいになった。


「さあ、行くぞ。なに、儂に任せておけ。」


そう言って俺の肩を叩くオヤジさん。


「よろしくお願いします。」


俺は頭を下げ、ウォルターと一緒にオヤジさんの後をついて行った。






オヤジさんの説得が功をなし、俺たちは無事に飯にありつけた。大きなマスを三枚におろして焼いたムニエルは絶品だった。ウォルターにも頭や尻尾を炙った物を出してくれた。


オヤジさんとおカミさんも仲良く並んで食べている。前世の妻を思い出し、少し切なくなった。


腹一杯になり、支払いをしようと思ったらオヤジさんが立ち上がる。


「若いもんは年長者に甘えれば良いんじゃ。のうお前。」


オヤジさんがそう言うと、おカミさんも笑顔で頷く。


「ありがとうございます。遠慮なくご馳走になります。」


そう言って頭を下げる。2人とも嬉しそうに微笑んでいた。


すっかりご馳走になり、さあ、詰所に行こう、と思ったら、意外なことを言われた。


「なあお前さん、今晩泊まっていかんか?寝室は狭くて儂ら2人しか寝られんが、店の方なら構わん。屋根がある分安心してゆっくり寝られるじゃろ。」


オヤジさんがそんな事を口にしたのだ。


「そうそう。せっかくのご縁だから、泊まっていきなさい。軒先を貸すしか出来ないけどね。」


おカミさんも笑顔でそう言ってくれる。胸が熱くなった。


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。ただ、欲しい物があるので先に雑貨屋に寄りたいのですが、まだ開いてますかね?」


そう言うとオヤジさんが大きく頷いた。


「おう。この時間ならまだ間に合うじゃろ。どれ、ついて来い。」


オヤジさんはそう言うと先に立って歩き出した。俺たちはその後ろに着いて行った。


案内された雑貨屋は店終いの準備をしている所だった。ギリギリ間に合った、のか?


「おう、すまんがこの若いのに買い物させてやってくれ。ポルカから来た冒険者なんじゃ。」


オヤジさんはそう店主に言ってくれた。


「ああ、あんたか。そうだな、冒険者なら急ぎの物もあるだろう。良いぞ、見ていきな。」


店主はニッコリと笑った。ありがたい。


「すいません。欲しいのは採取物を入れる皮袋なんです。大きめの物を6枚、それと財布に使える小さめの皮袋を2枚お願いできますか?」


そう頼むと店主は手早く揃えてくれた。


「大きい方は1枚銅貨60枚、小さいのは1枚銅貨20枚、合わせて銀貨4枚だ。」


店主の声に合わせて銀貨を4枚取り出して支払う。


「遅くにありがとうございました。明日の朝には出なければならないので、おかげで助かりました。」


店主に礼を言い、深く頭を下げる。


「なーに、良いって事よ。俺たちも冒険者相手に儲けさせてもらってるんだ。気にするな。」


ポンポンと肩を叩かれる。俺はもう一度頭を下げて、オヤジさんに続いて店を出た。






オヤジさんの店に着くと、フロアの端を指し示してくれた。


「ほれ、そこなら2人とも身体を伸ばしてノンビリと寝られるじゃろ。布団を貸してやれなくてすまんな。」


オヤジさんに声をかけられたので、俺は首を横に振る。


「とんでもありません。森で眠るのに比べれば天国みたいです。ありがとうございます。ゆっくりさせていただきます。」


そう言うと2人は嬉しそうに頷き、おやすみ、と声をかけて寝室へ向かった。


2人の足音が消えたのを確認して、俺は皮袋を取り出して準備を始めた。







翌朝、5時頃に目が覚めた。ウォルターを外に出して用を足させ、汚物を収納する。店のトイレを借りて収納した汚物を処理し、ついでに自分も大小の用を足した。


朝の日課でポーションを作成し、収納する。


昨夜準備した物は収納に入れてある。いつ渡そうかな、そんな事を考えていると、夫婦がやってきた。


「おう、早いかもしれんが朝飯じゃ。食って行け。」


そう言って2人で運んでくる。パンとスープの簡単な朝飯だったが、何よりもその気持ちがありがたかった。


ウォルターにも肉から取り除いた筋や脂、ダシを取った骨を出してくれた。


「ありがとうございます。いただきます。」


そう言って2人で美味しくいただいた。夫婦はずっと笑顔だった。





「お世話になったお礼にお店の掃除をします。掃除道具をお借りできますか?」


おカミさんに言うと、嬉しそうに箒と塵取り、バケツと雑巾を持ってきた。


「じゃあ遠慮なく手伝ってもらうわね。まずは掃き掃除をお願い。」


そう言って笑顔で箒を渡してきた。ウォルターを外で待たせ、テーブルに椅子を上げて隅から隅まで綺麗に掃いていく。


掃き掃除が終われば拭き掃除だ。テーブルとイス、カウンターを綺麗に拭きあげる。


掃除が終わった頃にオヤジさんがやって来た。手に何か持っていた。


「おうおう。随分と綺麗になったじゃねえか。さすがに若いもんは力があるな。」


そう言いながら嬉しそうに笑う。


「本当。これなら2〜3日掃除しなくても大丈夫そうだわ。」


奥さんがペロリと舌を出しながら茶目っ気たっぷりに言った。


「おいおい、それじゃ困るぞ。」


オヤジさんもそう言いながら笑った。


「ほれ、土産じゃ。持って行け。」


オヤジさんはそう言うと俺の手を取り、小さな木樽を渡してきた。容量は2Lあるかないかくらいだろう。小さな小さな木樽だった。


「オヤジさん、まさかこれ・・・・。」


俺がそう言うと、大きく頷いた。


「お前さんは本当に美味そうに儂の火酒を飲んでくれた。本当に嬉しかった。きちんと味が分かる者に飲んでもらうのが、酒職人の一番の喜びじゃ。だから持って行け。」


オヤジさんは本当に嬉しそうにそう言った。横でおカミさんもニコニコと笑っている。


もう作れなくなるかもしれないのに、もう最後かもしれないのに、惜しげもなく俺に土産だと渡してくれた。涙が出そうだった。


「ありがとうございます。大切に、大切に飲ませてもらいます。」


目に浮かぶ涙を隠すように深々と礼をした。溢れそうな涙が収まるまで。




「さあさあ、そろそろ船の時間じゃない?遅れないように行きなさい。」


「おう、そうじゃ。冒険者は時間をきちんと把握して行動せにゃならん。常に早め早めの行動を心がけるんじゃ。忘れるなよ。」


2人がそう声をかけてくれ、店の入り口まで送り出してくれた。俺は小樽を収納にしまい、ウォルターを呼び、2人に話しかける。


「何から何までお世話になり、本当にありがとうございました。最後に一つだけ我儘を言わせて欲しいのですが、お願いできますか?」


そう2人に話しかける。2人は顔を見合わせ、笑顔になった。


「何じゃ、言うてみい。せっかくじゃ、聞いてやるぞ」


「そうよ、まだ若いんだから、ウンと甘えなさい。」


2人がそう言ってくれたので、収納から昨夜用意した2つの皮袋を取り出して、オヤジさんとおカミさんに1つずつ手渡しする。


「受けた恩は必ず返す、それが冒険者の決まりです。だからこれは、僕から2人への恩返しです。受け取ってください。」


そう言うと2人は笑顔で受け取ってくれた。無事に受け取ってもらったので、気づかれないようにそっと後ろに下がり、ウォルターの背に乗る。


「おう。そう言うことなら遠慮なくもらうが、一体なんじゃ?ん?この香りは?」


「あらあら、ずいぶん重たいわ。こんなにいっぱい悪いわねぇ。あら?これって?」


そう言いながら2人が皮袋を開けて、中身を覗き込み、目を見開いて驚いた。


「お、おめえ、こいつは」


「あ、あんた、どうして」


袋の中には杜松の実とリコリスを10kgずつ入れてあった。俺はウォルターの上から笑顔で言った。


「オヤジさん、おカミさん、本当にお世話になりました。それと、美味しい火酒と食事をご馳走様でした。


いつか必ず、必ずまた遊びに来ます。その時は、オヤジさんの自慢の火酒を浴びるほど飲ませてください。約束ですよ。それじゃお元気で!」


俺は2人にそう言って笑顔で手を振り、ウォルターに念話を飛ばして港へ向けて走り出させた。2人の驚いた顔を最後のお土産に。









ミルド村のドワーフ夫婦の作る火酒はどんどん評判になり、毎日客が並ぶようになった。


しかし夫婦は頑なに1日30杯の上限を崩さず、毎日時間を決めてクジ引きを行い、当たった者のみに酒を出していた。


相手が冒険者だろうが貴族だろうが関係なく、すべての客に平等に接することでますます人気が高まった。


そうして販売制限を設けることによって在庫され、熟成された酒はますます味が良くなっていった。


それに気付いたオヤジは、仕込んだ樽のうち何樽かを店に出さずに酒蔵で寝かせ、長期熟成のヴィンテージ物を作るようになった。


仕込んだ樽に年号を入れ、何年物、と管理するようになったのだ。


そうやって造られたその貴重なヴィンテージ物の酒は、たった一人の冒険者にだけ振舞われるようになるのだが、それはまた別の話。




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