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ミルド村は水上輸送の中継地となっており、ポルカ村よりも大きかった。森を開拓して大きな畑も作られている。


自分で開墾した土地は1ヘクタールまで貰える事になっていて、どんどん移住者が入っているそうだ。


野生動物の討伐依頼も多いので冒険者も多く訪問し、長期に滞在する者も少なくないらしい。宿、取れるかな?


通りを歩いて町の中に進むと、宿場町らしく宿が4軒、食堂が2軒、酒場が2軒あった。どこも賑わっている。


村の中は個別に自由行動だと言われたので、とりあえず一番近い宿に入り、詳しく話を聞く。


どの宿も料金は同じで、食事は無く素泊りのみ、大部屋での雑魚寝で銅貨50枚、8人まで泊まれるパーティー用の大部屋で銀貨5枚、個室は無しだそうだ。


村の出入り口から近い宿から埋まって行くそうで、この宿は今日はいっぱいだと言われてしまった。


食堂について聞くと1軒は肉料理が、もう1軒は魚料理が得意だそうで、それぞれに常連がついているほど評判が良いらしい。


2軒ある酒場のうち、1軒は普通の酒場だが、ツマミの木の実に一手間加えられていて非常に美味く、女性に人気らしい。


もう1軒はドワーフの夫婦が営業しており、自作の特性火酒が売りらしい。ただし特性火酒は1人1杯限定で、その味に魅入られて何日も通う宿泊客もいるそうだ。


忙しい最中に色々教えてもらったので、棒銅貨を2枚握らせて礼を言って出る。酒の1杯くらいは飲めるだろう。


俺は一番奥にある宿へ向かう。途中の宿に立ち寄って満室で断られるくらいなら、最初から一番空いていると思われる宿に向かうのが一番だ。


俺の目論見通り空きはあった。が、ウォルターと一緒に泊まりたいと言う俺の申し出にはウンと言ってはもらえなかった。まあ、しょうがないさ。


「ウォルター、今日は野宿だ。面倒だから食事も外でしよう。良い機会だから携帯食料を食べてみるよ。」


そう言うとウォルターが申し訳なさそうにしている。


「主、私が一緒にいるせいで宿に泊まれず申し訳ありません。主だけ宿に泊まっていただいても構わないですよ?私は宿の裏で寝ても大丈夫ですから。」


そんな事するかい。見損なうな。


「たとえ一晩とはいえ、家族と離れ離れになるのはイヤだからね。気にしなくていいよ。詰所に行って野営できる場所を教えてもらおう。」


そう言うと嬉しそうに尻尾を振る。うんうん。めんこいぞ。


途中食堂を覗くと、どちらもなかなかの混み具合だ。やはり食事も自前で済ませた方が良いな。


酒場もどちらも混み合っていた。ドワーフ仕込みの火酒、飲みたかったなぁ。まあ、機会があればまた来れば良いさ。


そんな事を思っていると、酒場からガックリと肩を落とした男たちが何人も出てきた。何事かあったのだろうか?


「あの、どうしてそんなに気落ちされているのですか?何かあったのですか?」


そう尋ねてみる。


「ああ、実はな、ドワーフの親父が仕込む特性火酒を飲みに来たんだが、残念ながら売り切れだったんだよ。


実は俺はここのオヤジの火酒が大のお気に入りでな。2月に1度は依頼を受けながら飲みに来てたんだ。


前回までは1人1杯は飲ませてもらえたんだが、今月から1日30杯限定になっちまっててな。楽しみにしてたのにありつけなかったってわけさ。


何でも仕込みに必要な材料が手に入らなくて、作れないらしいんだ。このままだとあと1ヶ月も保たないから、仕方なく制限したらしい。全く残念だよ。」


それは確かに残念だ。でも、酒の仕込みに必要な材料って何だ?


「その足りない材料って、麦とか芋とかでは無いって事ですね?この辺では採取できないんですか?」


続けて尋ねる。どんな材料で酒を造っているんだろう。


「採れることは採れるんだが、かなり深く森に入らないといけないらしくてな。しかも薬師たちも欲しがる素材だから、売りに出てもすぐに買い占められてしまうようなんだ。


かと言って冒険者に依頼を出すほどの余裕は無いみたいでな。オヤジもカリカリしてるんだよ。」


そんな話を聞いている最中だった。


「ええい!無いもんは無い!文句があるなら帰れ!二度と来るな!さあさっさと出て行け!お前らもだ!今日はもう終いだ!帰れ帰れ!」


元気な怒鳴り声が聞こえた。売り切れだというのにしつこく強請る客にブチ切れたのだろう。何人もの客が追い出されてきた。おカミさんが客たちに謝っている。あーあ、大変だ。


俺の話していた冒険者は肩を竦めて苦笑いしながら歩き出した。追い出された他の客たちもブツブツ言いながらもう1軒の酒場に流れていくのを見送り、店を閉めようとしているおカミさんに声をかける。


「すいません、大きな声が聞こえましたが、何かあったのですか?詰所から人を呼んできましょうか?」


親切心で声をかけた風に装って話しかける。


「ああ、心配かけてすまないね。人は呼ばなくて大丈夫だよ。うちの亭主がちょっとばかり癇癪を起こしちまってね。全くしょうがないんだから。」


おカミさんが溜め息をつきながら言う。可哀想に。職人の奥さんは大変だな。


「私は今晩一晩だけこの村にお世話になる旅の冒険者ですが、よかったら事情を聞かせてもらえませんか?お力になれるかもしれませんし、余所者の方が話しやすいこともあるでしょう?」


そう言うと、おカミさんが微笑んだ。


「そうだね、もしできたら、愚痴を聞いてもらえるかい?良かったら中に入っとくれ。」


おカミさんは閉店の下げ札をドアにかけ、中に入っていった。俺とウォルターも後に続く。


「今日は終いだ!もう1軒の酒場に行け!」


髭面のオヤジさんから怒鳴り声が飛んでくる。頭から湯気を立てながら大きなカップを傾けている。


「すいませんオヤジさん、私は酒場の客ではありません。おカミさんの話し相手です。すいませんが場所をお借りします。」


そう言って頭を下げる。


「はん!うちのかかぁの話し相手だと?モノ好きなヤツだ!だが、うちのかかぁの客なら無碍に帰すわけにもいかん!ちょっと待っとれ!」


オヤジさんはそう言うと大きなカップに並々とエールを注いで持って来た。もちろん自分とおカミさんの分もだ。


「おお、変わったお客も一緒にいたんだの。気付かずにすまんな。ちょっと待っててくれ。」


オヤジさんはそういって優しくウォルターを撫でると、奥に入って水を満たした桶を持って来た


「ただの水ですまんの。たんとお飲み。」


そう言いながらウォルターの前に置く。良い人だ。


「私はタカと言います。ポルカ村から来た冒険者です。明日の朝にはこの村を出る身ですが、おカミさんがお困りのようだったので、お話を聞かせてもらおうと声をかけさせていただきました。良ければ愚痴でもなんでも、聞き相手になりますよ?」


そう言ってカップを掲げると、夫婦もカップを掲げてきたので軽く打ち合わせ乾杯をする。


口にするとポルカ村で飲んだエールよりも炭酸が強く、喉越しが良い。美味い。夢中でカップを傾け、一息で飲み干す。


プハァッ!と息を吐くと、夫婦揃って嬉しそうな顔をしている。


「良い飲みっぷりだねぇ。ねえあんた。」


「おう。若いのになかなかやるもんじゃ。どれ、もう一杯付き合え。」


そう言うと俺のカップを奪い、自分たちのカップと一緒に持ってお代わりを注ぎに行った。


「ありがとうね。あんたのおかげで少し機嫌が直ったよ。」


おカミさんは小さな声でそう言うとウインクした。


「若いの、すまんが愚痴を聞いてくれ。」


エールで満たされたカップをテーブルに置くと、オヤジさんはそう言った。


「儂は実は酒職人での。元々はヴァレンティナで酒を造っておったんじゃが、自分の造った酒を飲んで喜ぶ人の顔を直接見たくなってな。ここまで流れてきて酒場を開いたんじゃ。今は裏の蒸留所で酒を造りながらこの店で客に出しとる。


最初は順調だったんじゃが、だんだんと客が増えてくると造る量が足りなくなってしまってのう。しょうがなく1人1杯までと制限をかけたんじゃ。


じゃが、そこにさらに追い討ちをかけて、香り付けに使っている香草が手に入り辛くなってしまってな。このままだと造ることすら出来なくなってしまう。そこで1日30杯まで、と制限をかけたのじゃ。


そうしたら、希少価値がどうとかでますます客が殺到するようになってしまってのう。終いにはヴァレンティナで高く売れるから卸してくれと言う商人や、金はいくらでも払うから定期的に収めてくれという貴族まで現れてな。


そんな輩の相手をするだけでも面倒なのに、そんな所に売るくらいなら今目の前にいる自分たちに飲ませろ、と言って騒ぎ立てる者まで現れてな。とうとう頭にきてしまったのじゃ。お前、すまんかったな。」


オヤジさんはそう言っておカミさんに頭を下げた。あら、良いわねラブラブで(笑)。


「オヤジさん、香草ってどんな物が必要なんですか?私はポルカ村出身なので、もしかしたら都合できるかもしれません。教えてください。」


そう言うとオヤジさんは顰めっ面をする。


「確かにポルカ村なら手に入るじゃろうが、依頼を出すほどの余裕がないんじゃ。」


職人だから、あまり儲けを重視していないせいでお金がないのね。分かる分かる(笑)。


「試しに教えてください。私は採取もやっているので、覚えておきますよ。」


そう言うと、孫に話すように優しい口調で話し始めた。


「そうじゃな。一番欲しいのは杜松の実じゃ。これが香りの根っこなのじゃ。


杜松の実をベースにリコリス、アンジェリカ、オリス・ルートを加えて、オレンジ、レモン、グレープフルーツの皮を干した物を加えるんじゃ。


アンジェリカとオリス・ルートは手に入るのじゃが、杜松の実とリコリスが手に入らん。これがないと儂の火酒の香りは出せんのじゃ。」


オヤジさんは溜め息をつく。


待って待って!それ、ジンじゃん!俺の一番好きな酒!これは絶対に手助けしないと!



次話からしばらくの間は一日置きの更新とさせていただきます。

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