029
さっきとは逆のカウンターに案内される。
パーティションで区切ってあり、フロアからは見えないようになっている。お茶はお断りした。さっき飲んだばかりだからね。少ししてイエルクさんがやってきた。手には皮袋を持っている。
「タカさん、貴方には驚かされてばかりです。」
微笑みながら言うイエルクさん。こちらも苦笑いを返す。
「雷神様の森のおかげですよ。」
そう返すと大きく頷く。
「いや、全くその通りだと思います。どれも最高の品質で、しかもサイズも立派だったと聞きました。やはり人が入っていない恩恵なのでしょうね。
貴方が来てくれたおかげで品切れだった薬草類も補充できました。大助かりです。」
そう言いながら皮袋を開け、中身を並べだす。
「今日の報酬は合計で棒銀貨6枚と銀貨5枚です。ご確認ください。」
一回の納品で65万円。まあ何日かかけて集めた物だからな。
毎日これだけ稼げる筈はないだろうが、これなら冒険者になる価値はあるだろう。
「棒銀貨6枚に銀貨5枚、確かに受け取りました。ありがとうございます。」
確認して収納にしまう。
「ソロ冒険者への一回の支払いだと、私が来てからの最高金額ですよ。出張所でこんな金額をお支払いするとは思いもしませんでした。しかも登録したばかりのルーキーですからね。貴重な経験です。」
イエルクさんが楽しそうに言う。
「恐縮です。明日からは南の森に入って見たいと思います。」
「それは良い。是非この村の狩り場を体験してください。貴方がどんな獲物を狩ってくるのか、とても楽しみです。」
「良い物を納品出来るように頑張ります。ではこれで。宿屋に向かわせていただきます。」
「はい。お疲れ様でした。」
ウォルターに声をかけて外に出る。昼はとっくに過ぎている。さすがに腹が減ってきた。
「ウォルター、お腹減ったろ?雑貨屋に行って内臓を入れられる桶を買って食堂へ行こう。」
「はい主。お伴します。」
ウォルターの背に乗り、まずは雑貨屋に向かう。1日に何度も通りを歩いているので、住人達もだいぶ見慣れてきたようで怖がらなくなってきた。のしのしと通りを歩く。
雑貨屋の前でウォルターを伏せさせ、店に入る。年配の女性が店番をしていた。
「すいません、大きめの桶か盥が欲しいのですがありますか?」
声をかけると女性が笑顔でカウンターを出てくる。
「おや、新顔さんだね。そうさね、桶も盥もこっちにあるだけだけど、これで用が足りるかい?」
そう言われ店の奥の棚に案内される。桶はどれも深めの手つき桶で、ウォルターの食器には向いてないな。盥は2種類しかないが、深さも大きさもちょうど良さそうだ。
「小さい盥を3つください。盥を洗うタワシも一つお願いします。」
「あいよ。用意するから、適当にその辺を見てておくれよ。」
そう言うとガタガタと音を立てながら重ねた盥を降ろす。周囲を見回していると木の椀が目についた。数種類の大きさがあり、どれも綺麗な木目が出ている。
こういうのも持ってたほうが良いな。椀を大小2つずつ、大きめの木皿を2枚手に取りカウンターへ向かう。
「おや、それもかい。ありがとうね。ええ~と、これとこれと、これがこうだから、っと。うん、銀貨4枚と銅貨20枚だね。」
「分かりました。これでお願いします。」
銀貨4枚と棒銅貨2枚を収納から取り出して渡す。
「はい、丁度だね。ありがとうね。持てるかい?」
女性に訊かれたので、
「収納持ちなので大丈夫です。」
と答えて見ている前で収納する。
「あらー、やっぱり収納は便利だねぇ。私も収納があれば品出しなんかも随分楽になるんだけどねぇ。羨ましいわぁ。」
ニコニコと話す女性に軽く頭を下げて表に出る。ウォルターはすぐに立ち上がって近寄って来て、俺の前で伏せる。ウォルターの背に乗り、食堂へ向かってもらう。どんな飯が出てくるのかな?
食堂の前でウォルターを伏せさせて降りる。とりあえず入口脇で待つ様に告げ、ドアを開け中へ入る。
まだ人が集まるには早い時間なので、食堂は閑散としていた。いや、食堂の広さがそう感じさせるのだろうか。
元は開拓団の食堂だっただけあり、100人は入れそうな広さだ。縦に並べられた長テーブルを何台か残し、横向きにして独立して並べ直して、残りは撤去したのだろう。
現在の座席数としては50席くらいだろうか。かなり余裕のある並べ方だが、まだまだスペースが空いている。
これだけ広ければ掃除も大変だろう。そう言えば、常設の雑用依頼に「食堂の掃除」というのがあったな。子供の小遣い稼ぎには丁度良いのか。
遅い昼飯なのか、早い晩飯なのか、食事をしながら一杯やっている冒険者が何人かいる。大物を仕留めて早上がり、って感じなのかな?いかにも冒険者らしいか。
調理場と食事スペースを区切るカウンターに向かい、声をかける。
「すいません、一人前お願いできますか?」
奥には3人の女性がいて、そのうちの一番若い女性がこちらに向かってきた。
「あら、新顔さんね。はじめまして。うちはメニューは決まってて、朝と昼はパンとスープのセットか麦粥のどちらか、夜は定食になってるの。
今は夜の仕込みの最中だから、パンとスープのセットか麦粥しか出せないんだけど、どっちが良い?」
森ではずっとパンだったのでここは麦粥にしよう。
「麦粥をお願いします。それとこれを冒険者ギルドでもらってきました。確認してください。」
そう言って、イエルクさんに渡された手紙を中を確認してから渡す。
「へえ、冒険者ギルドであんたの食い扶持を負担するなんて、よっぽどの大物なんだね。
てか、あんたどっから来たの?定期船が着くのは明日のはずだけど?」
でっかい目で見つめられる。ちょっとキツめの顔立ちだが美人さんだ。あまり女性慣れしていない俺はドギマギしてしまう。
「森で狩りをしていてこの村に辿り着いたんです。事情があって二週間ほど滞在することになったので、どうぞよろしくお願いします。
それと、私が使役している狼がいるのですが、一緒に食事をしたいのです。食堂の一番後ろのスペースならご迷惑にはならないかと思うのですが、宜しいでしょうか?」
ウォルターの大きさは言わずに狼だとだけ告げる。ちょっとズルい手だが、言質を取ってしまえばこちらのものだ。
「ああ、狼を使って狩りをしているのね。それで森に深く入りすぎて、流れ流れてこの村まで来たと。
あんた運が良かったね。ここの森は深い所だと中型魔獣なんかも出るらしいから、腕に覚えのある冒険者でも命を落とすことがあるんだよ。最近デカいクマが出たばかりだし。よく無事だったもんだ。
ここに辿り着けた事を女神さまに感謝しなきゃダメだよ。飯食ったら礼拝所で感謝の祈りを捧げてきなよ。」
そう言うと寸胴のような大きな鍋の所に行き、丼のような大きな木椀にタップリと粥を注いで、盆に乗せて持ってきた。
「森で迷ってたんなら、しばらく野草と肉しか食ってなかったんだろ?大盛りにしておいたから腹一杯食いな。狼の分はどうする?と言っても、肉から取り除いた筋や脂身くらいしかないけど。」
「お気遣い感謝します。遠慮なくご馳走になります。狼の分は森で獲った獲物を用意しているので大丈夫です。こう見えて収納持ちなんですよ。」
そう答える。
「分かったよ。床は汚さないようにお願いね。あと、吠えたりしないようにちゃんと面倒をみてね。」
思いの外スムーズにお許しが出た。
「ありがとうございます。一旦テーブルに置いてから呼んできますね。」
そう告げて一番奥のテーブルに向かう。入り口から遠い奥の席に盆を置き、外へ向かう。
「ウォルター、中で食べて良いって。おいで。」
そう声をかけると立ち上がり、尻尾を振りながら寄ってくる。ドアを押さえて中へ入らせる。
「こっちだよ。」
席の方へ連れて行く。テーブルの脇に盥を出し、森林ウサギの内臓を出してやる。あ、水、どうしよう?
「マスター、異世界EDCギアのナルゲンボトルをご利用ください。」
いきなりアイが話しかけてきた。
「どういう事だい?ナルゲンボトルは確かにあったけど、あれは1Lしか入らないし、そもそも中は空のはずだけど?」
アイに質問すると、驚く答えが返ってきた。
「マスター、ルーテミス様が仰っていた事をお忘れですか?付喪神としてマスターの元に一緒にいる道具達は、全て何らかの魔道具となっています。
それぞれマスターを助けるための能力を手にし、マスターのお役に立てるのを今か今かと待ち望んでいるのですよ。まずはナルゲンボトルの能力をお確かめください。」
そう言われて異世界EDCギアのフォルダーを意識し、ナルゲンボトルを探し出す。するとナルゲンボトルの能力が表示された。
「ナルゲンボトル。どんな衝撃にも壊れず、熱によって変質する事もない。中は清らかな水で満たされており、いくら注いでも空になる事はない。」
・・・・・・空知らずの水筒?これ、マズくない?昔話であるじゃん。後から後から水が湧いてきて止められなくなって、大きな川や湖や海が出来ちゃうってやつ。大丈夫かな?
「傾けて注いでいる間は出続けますが、立てれば止まります。マスターの手を離れても止まります。事故は起きないと思われます。」
あ、ちゃんと安全装置はあるのね。良かった。これで安心して使える。
しかし、付喪神となった道具達が魔道具になっているとは思いもよらなんだ。これは使う前にいちど能力を確認しないとダメだね。気をつけよう。
俺は気を取り直してナルゲンボトルと盥を取り出し、盥に水を満たしてやる。
満水状態のナルゲンボトルは、確かにいくら水を注いでも立てると元通り満水状態に戻っていた。砂漠地帯などに行ってこれで水売りをすれば生きていけそうな気もする。
あ、逆に狙われるか。
軍隊にこれ一つあれば、大幅に荷物が減るもんな。やべーやべー。あんまり見せびらかさないようにするか、マジックバックと同じで容量が大きくなってる、って事にしておくか。
空知らずで無限に湧く、と言うのは誰にも明かせないな。そんな事を考えながら直ぐに収納へしまった。




