転生勇者が英雄になった理由
『勇者に暗殺された魔法使いは、復讐を決意する?(仮)』を連載しています!
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「そんな……どうして……」
勇者としてこの世界に転生して数年。俺はついに魔王の部屋にたどり着いたのだ。
幾多の困難を乗り越え、ハーフエルフの王女様、ロリっ子獣娘、実は500歳になる吸血姫を仲間にここまでやってきた。
しかし、今は頼りになる仲間はいない。皆、この魔王城の中で懸命に戦っているのだ。だから、俺は一人で戦わなければいけない。それなのに……
「どうして、エリンがそこにいるの?」
「どうしてって、私が魔王だからよ」
魔王城の玉座の間の荘厳な椅子に優雅に腰掛けていたのは、見たことのある顔だった。
エリン・クロード。俺を転生させた賢者で、今までどこからともなく現れては、俺たちのパーティーのピンチを幾度となく助けてくれた恩人だ。
「何言ってるの? 俺たちの代わりに魔王をやっつけてくれたんでしょ」
エリンは「違うわ」と言って首を横にふる。
「そろそろ、おしゃべりは終わりにしましょう。勇者と魔王なのだから」
エリンが立ち上がると同時に巨大な炎系魔法を俺向かって放つ。
「待ってよ、俺にはまだ聞きたいことが山のようにあるんだよ!」
魔王殺しの聖剣を横凪に振るってエリンから放たれた魔法を切り裂く。魔法の残り香が俺の髪の毛を数本、チリチリと焦がしていく。
「私は君に教えたいことなんてないもの」
エリンは取り付く島もなく、縦横無尽に高レベルの魔法を放ち続ける。
「これもなにかの試練なの? もっと強くならないと本物の魔王を倒せないとか?」
もしかしたら、これはエリンが俺たちを試しているのかもしれない。本当に魔王を倒せるレベルになっているのかを。
しかし、そんな俺の考えはエリンの一言で覆される。
「そんなわけないでしょ! これを見たら私が魔王だって信じるしかないでしょう!」
エレンが長い前髪をかき上げる。そこにあったのは、複雑な魔法陣。それはこの世界の住人なら誰もが知っている魔法陣だった。500年前、魔王が当時の賢者によって一部の力を封印されたと言われる魔法陣に間違いない。
その魔法陣が体に刻まれてるということは、魔王であることの証明だ。
「そんな……ほん、とうに……エリンが魔王だったんだね」
「さっきからそう言っているでしょう。さあ、茶番はこのぐらいにして殺し合いをしましょうよ」
心底楽しそうに笑うエリン。
俺の心には様々な思いが吹き荒れる。
転移したての魔法陣の中から見たエリンの整った顔。
この世界の常識を教えてくれたエリンの優しい声。
不味すぎて食えたものではないエリンの料理の味。
魔物から俺を守ってくれたエリンの力強い腕。
そんなエリンが俺の前に間違いなく魔王として立っている。
「そんなの、無理だよ」
俺には出来ない。エリンを殺すなんて無理だ。
「国王と約束したんでしょ。ナリニア村の女の子と約束したでしょ。砂漠の案内人と約束したんでしょ。竜人の姫と約束したんでしょ。魔王を殺すって」
「それは……」
「私は魔王で、君は勇者なんだよ。戦わないと」
できればエリンと殺し合いなんてしたくない。でも、俺は勇者。
今までの旅の中で様々な人が俺を助けてくれて、沢山の人々の想いを受け取り、今ここに立っているのだ。
俺は魔王殺しの聖剣の柄を握り直す。
「いい顔になったわね。私も本気で行くわ」
「魔王エリン・クロード! 勇者・ハコベラユウキがお前を倒す! 覚悟しろ!」
魔力を流し込まれた聖剣が青白く光を放ち、俺は大好きだった人を殺すために新たな一歩を踏み出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「強くなったわね」
私は玉座の間の冷たい床に横たわっている。
好きで寝ているわけではない。もう、立つ力もないのだ。
理由は単純で腹部にポッカリと開いた大きな傷。魔王殺しの聖剣によって切られた傷だ。
そんな私を見下ろすのは、ユウキ。私が召喚した転生勇者。
「エリンに結構厳しく鍛えられたし、もう何年も魔物と戦ってきたから……」
「そう……そろそろ最後にしてくれないかな? 結構、痛いんだよ、これ」
どこからどう見ても私の負け。私は決着がついた勝負で悪あがきはしない。
「分かった……でも、最後に一つだけ答えて」
魔王殺しの聖剣を私の喉元に突きつけてユウキが声帯を震わす。
「いいよ」
「どうして、エリンは俺を召喚したの? どうして、育てたの? 最後はこうやって殺し合わなければいけないのに」
ユウキは一つだけといったくせにいくつもの質問をぶつけてくる。
私は、その全てに一言で答える。
「私を殺してほしかったから」
私の夢は死ぬこと。
生まれ持った強大な力のせいで死ぬこともできずに1000年この世界に生き続けている。
世界征服を誓った友達は死んだ。
共に生きることを誓った愛した人は死んだ。
可愛がっていて弟子は死んだ。
そして、何人もの仲間を見送り、ただ、仰ぎ見られ恐怖される存在になって私は孤独な存在になった。
この世界になんの価値も見いだせないぐらいに。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なんで……なんで、俺にそんなことさせるんだよ。そんなことのために俺を選んだのかよ」
「別に選んでなんていないわ。たまたま召喚されたのが君だっただけ。他意はないわ」
エリンの瞳の奥が一瞬、揺らぐ。
「さぁ、答えたわ。殺して」
エリンはそう言ってまぶたを閉じた。死を待つように。
俺の瞳から勝手に水滴が流れ出る。頬を伝って流れ落ちた雫はエリンの頬をポタポタと濡らす。
「どうして泣くのよ? あなたは魔王を倒した英雄になるんだわ。もっと喜びなさい」
喜べるわけがない。大好きな恩人を殺すのだから。
「恩人を殺さなきゃいけないのに喜べるわけ無いだろ……」
「私は君を利用してたんだよ。それにいっぱいひどいこともしてきたの、君が想像もできないくらいのことをいっぱいいっぱいしてきたの! 君が思っているような人間じゃないの、私は!」
「そんなの関係ない! 俺の知ってるエリンは優しくて、強くて、頼れる人だよ」
「だったら! 恩人の願いを聞いてよ。お願いだから、私を殺して……」
エリンの両腕が聖剣の刀身をがっしりと掴む。肉の焼ける匂いが俺の鼻に届く。
「だめだよ。やっぱり俺にはエリンを殺せないよ」
「分かったわ。君が殺してくれないなら……」
エリンが決意の炎を瞳に宿す。
そして、急にエリンが起き上がる。そこに聖剣があるのに。
「ダメっ!」
俺が聖剣を引っ込めるよりも早く、エリンの喉が刀身に触れる。
そして、エリンの背中から聖剣が突き出した。
刀身を握っていたエリンの両腕が地面に落ちる。
音のなくなった玉座の間に俺の叫び声だけがいつまでも響き続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そこから先のことを俺は覚えていない。気が付けば王都の城門をくぐっていた。
僕を出迎える盛大な歓声。
舞い上がる紙吹雪。
出迎えに来た国王。
誰もが夢見る栄誉がそこにあって、それを俺は手にした。
俺は、愛する人を殺して英雄になった。
読んで下さりありがとうございます。
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