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(俺が)巫女服好きだと!?  作者: 大久保ハウキ▲
7/7

仮7

 あれから二カ月経ちました。

 私は北方特別清掃社、9班班員番号三番の喜多川クニコです。

 現在私たち9班を含む北方特別清掃社社員は、全員裏月面基地にお世話になっています。

 宇宙人との戦闘がひと段落いたしまして、軍人紛いの戦艦運用から解放された私たちは、本来の業務である清掃活動を宇宙空間で行っております。

 開戦日イコール終戦日となったあの日から、私と副主任はひと月の間泣き続けました。

 恥ずかしい話ですが、私と副主任の想いを寄せる方が同じ方でございまして、この裏月面基地に来た時は二人ともに取り乱しまくりました。

 現在は少し落ち着いておりますので、こうして報告書の作成も出来ている次第です。

 終戦翌日になり、宇宙空間を漂う瓦礫の数も減り、モニターも回復いたしましたが、私の想い人の乗った北海道は完全にその姿を消しており、愕然といたしました。

 それでも私たちに勇気を与えてくれたのは、副主任のFPA装備が解除されていないことでした。

 あの方が万が一亡くなられた場合、或いは副主任とのリンクが切れた場合、副主任の装備は解除されてしまうのです。

 巫女服姿のまま泣き続ける副主任を、なんとか慰めようと私も努力しましたが、結局二人で泣いてしまいました。

 二週間の捜索後、副主任の装備が解除され、もう一度号泣しました。

 それでも、副主任のFPAには制限時間があり、それが切れただけだと私は言い続けました。

 あの日、オペレーションルームごと北海道から切り離され、自動的に脱出させられてしまった私は、あの方のお爺様に助力を要請しております。

 そのお爺様の乗艦されていた護衛艦国後島も行方不明となっていました。

 行方不明とは、イコール死亡ではなく、生きている可能性のある状態だと私は思っています。

 きっとお爺様に救出され、あの方は生きている。

 そう信じようと努力してまいりました。

 その希望を打ち砕いたのは、清掃作業の進む宇宙空間で、護衛艦国後島が無残な姿で宇宙人母艦級の残骸の中から見つかった時です。

 この姿を見た副主任は取り乱し、私の胸の中で泣きました。

 勿論亡くなられたのはあの方とお爺様だけではございません。いくつもの悲しみが裏月面基地にはありました。その中で最も心に深い傷を負われたのは副主任だと誰もが思っています。

 開戦宙域から太陽系の外れまで、宇宙人を追い払う為の作戦は継続中ですが、副主任はアンラッキーの女神隊も抜けられ、私と会う時以外は部屋に籠りきりです。

 私は積極的に捜索や清掃活動に加わることで気を紛らわしました。なにかしていないと、あの方のあとを追ってしまいそうな自分を戒める為です。

 その護衛艦国後島の艦内捜索に私は加わりました。

 これはあの方が私に残してくれた池田銃のお陰です。

 副主任も途中まで一緒に来ましたが、体調を崩してしまい、ナオミさんの操縦する小型艇で裏月面基地に戻されました。

 これはあの方には内密に願いますが、副主任は13歳の女の子としては発達が遅く、未だに生理が来ておりません。しかし、FPA装備時には20歳の体になりますので、それがあります。副主任のそれは相当に重いらしく、20歳の体から13歳に戻った時にその状態ですと、ベッドの上に起き上がるのも辛いのだそうです。

 護衛艦国後島の中には、かなりの高熱で焼かれた人間の跡が多数ありましたが、遺体は一人も回収出来ず、更に艦橋と呼ばれる部分は何処かに吹き飛ばされていました。

 この艦にはあの方のお爺様の他に、退役軍人会の方々が千人程いらっしゃった筈です。一般市民の皆さんには、打ち上げ前に北海道に移住していただいています。

 回収と呼べる状態のものは、焼け跡にしか見えないものだけで、この炭化物を採取し、DNA鑑定に回したくらいです。

 千人中二十五人しかDNA採取は出来ませんでした。

「少な過ぎるな……脱出ブロックの起動が確認されているから、そちらの捜索を上申しておこう」

 主任が口に出された脱出ブロックという言葉が、私と副主任の唯一の希望になりました。

 ──あの方とお爺様は退役軍人会の皆さんとそのブロックに乗って脱出したに違いない。

 ひと月半が経過し、裏月面基地にその脱出ブロックの回収がされた旨、報告がございました。

 しかし、もう涙も枯れ果てた私と副主任は、呆然とその報告を聞くことになります。

「脱出ブロックに乗って脱出した人員九百名全員の無事を確認。ただし、その中に艦橋クルーは含まれておらず、大破した艦橋での生存は絶望的……大伊豆!!」

 それを聞いた副主任は、その小さな体を震わせ、蹲ってしまいました。

 私も副主任と同じ状態でしたが、かろうじて立っていました。

 副主任に代わって、私がFPA隊に志願しようと思ったのはその時です。

 あの方を殺した宇宙人を一人でも道連れに、この命が尽きるまで戦ってやろうと思ったのです。

 私は清掃社に辞表を提出しましたが、富士村社長も鈴板元社長も受理してくれません。

 義理の娘さんである副主任の傍にいて欲しいと言うのです。

 しかし、泣き枯れて、このままでは私も副主任も悲しみの中で精神に異常をきたしてしまいます。

 私は護衛艦隊旗艦択捉島艦長に直訴状をだしました。

 護衛旗艦は開戦直後にエンジンに被弾し、追撃隊を離れて月上空で修復作業を行っており、三日後に修復を終えた他の護衛艦と共に追撃隊旗艦グレートブリテンと合流の為出航が迫っていたのです。

 そしてその護衛艦隊旗艦択捉島の艦長はあの方のお父上です。

 更に択捉島にはあの方の母君も乗艦されていると聞いております。

 私の直訴状を読まれた司令は、急ピッチで出航準備を進める択捉島艦内の食堂に私と副主任を招いてくれました。

「騒がしい場所でスマンな」

 その声があの方にそっくりで、副主任は思わず目に涙を溜めています。

 私も泣きだしたい気分でしたが堪え、私が託された池田銃の話とFPA隊への編入を願い出ました。

「君たちが剣のことをそこまで想ってくれている事実には感謝する……お義父さんが喜多川くんのことを気に入っていたのは聞いていたが、俺たち夫婦も剣の奴が君たち二人のどちらを選ぶかまでは聞かされていなくてな……剣の仇討ちの為に君たちが志願してくれるのは嬉しいが、剣が生きていれば君たちを地球に返すだろう」

「そんな!? 僕たちは戦えます!!」

 激昂しそうになる副主任をなだめたのは、母君でした。

「剣ちゃんが二人とも気に入っていたのは事実よ? 最後に電話で話したときも、私の問いをはぐらかすのに必死だったからね……だから、剣ちゃんは二人とも大事に思っているのだと私たちは判断した。喜多川さんを早急に脱出させ、大伊豆さんを安全圏まで下がらせた剣ちゃんの気持ちを考えると、これからの追撃戦にあなたたち二人を連れて行くのは、剣ちゃんの遺志に反する行為に思えるのよ」

「あいつの愛情表現は俺に似て不器用としか言いようがないが、残った俺たち夫婦は君たち二人ともを剣の妻であると思っているのだよ。だから、君たち二人は俺たち夫婦の大事な娘だ」

 そのお言葉をいただけただけで、私たちはある程度の満足感を得ました。

 しかし、宇宙人を殲滅する気持ちに変わりはございません。

 粘る私たちに母君がこう提案してくれました。

「私たちは三日後に千島護衛艦隊と共にここを出発するけれど、その後に出向する艦が一隻あるのは知っている?」

「……打ち上げ時に強度不足で半壊した沖縄本島ですね?」

「そう、その沖縄は護衛艦としての機能を失い、掃宙艦としての任務を与えられたのよ。つまり、宇宙の掃除屋さんね……その沖縄に北方特別清掃社が全面協力する話は聞いていないの?」

 初耳でした。

 帰ってから御通田主任を問いただすことになります。

「あなたたちの気持ちは嬉しいし、大伊豆さんの最新型FPAの戦力は喉から手が出る程欲しいのも事実だけれど、今にも泣きだしそうな不安定なあなたたちを私も弘史さんも連れて行く気にはなれないわ。戦闘は私たちに任せて欲しいのよ。だから、私たちに出来ることは、その沖縄の乗員としてあなたたちを推薦することくらいなのよ……」

 旗艦グレートブリテンは宇宙人艦隊を現在火星の奥まで追い払っています。

「ありがとうございます。私は沖縄への乗艦を希望します」

「……僕もついて行って良いのかな?」

「私が一緒です。来るべき日の為に、私が副主任を守り通します」

「喜多川さん……ありがとう……」

 ご夫妻との別れ際、母君が私たちを呼びとめました。

「はい! 皆注目っ!!」

 突然大きな声を出されたので、食堂にいた兵士が皆振り返ります。

「全員! この娘たちの顔を今すぐ覚えなさい!! そして、戦場で彼女たちが危険にさらされていると判断した場合、作戦を放棄してでも守るのよ!? 若い世代に平和な地球を残すのが私たちの最大任務なんだからね!? わかったら敬礼!!」

 呆然とする私と副主任の顔を、食堂にいた兵士は皆さんで観察し、一人一人敬礼して去って行きます。

「私と弘史さんだけではあなたたちを完全にはフォロー出来ないからね……」

 そう言って片目を瞑って見せてくれました。

 豪快という意味で、母君はお爺様の血を色濃く受け継いでいる方です。

「そして、最年少の大伊豆さんを守るのは、喜多川さんの役目よ? それに関しては私からひとつアドバイス出来るわ」

 食堂から殆ど人がいなくなったのを確認された母君が、突然軍服の裾を破り、太腿までを見せてくれました。

 それは私のものより旧式ですが、よく使いこまれた義足です。

「あれ? 金属反応?」

 私よりも副主任の方がそういうものを見る目を持っています。

「喜多川さんの持つ池田銃もこうすると、より効果を発揮出来るわ……」

「遺跡級FPAですか?」

「幕末と呼ばれた頃、函館で戦死した賊軍の幹部が持っていた脇差よ? 弘史さんも見せてあげたら?」

 お父上は周囲を見回し、軍服の上着を脱いで中のシャツを捲り上げます。

 その左わき腹に、一見刺青に見える丸い跡のようなものが見えました。

「これは元禄と呼ばれていた時代、主君の仇討ちを成し遂げた浪人の首領が討ち入の際に使った太鼓だ……体に埋め込むことによって、俺も妻も実力以上のものを発揮しているんだ」

「私たちは遺跡級しか使えなかったのだけれど、あの子は最新式の鷹目を装備することが出来た。あの子にだけ辛い思いをさせない為に、私たちも同時期に術式を受けたのよ。父さんは体に拒否反応が出るから、普段は装備していないわ」

「野洲舵家は全員がFPA装備者?」

 遺跡級と名のつくFPAは、遺跡級ですから、博物館や美術館などに展示されるクラスのものです。あの方の家柄が曽祖父からの軍人一家だとは聞いておりましたが、だからといって一家全員がおいそれと装備出来るような代物ではないのです。

 それを体内に埋め込めむということは、公開をしないという意味ですから、私の頭でも計算出来ないくらいの莫大な金額が動いているのです。

 そして、私にその大切な遺跡級を簡単にお爺様が託された理由も、その時初めてわかりました。

 あの方が私と副主任のどちらを選ぶか言葉を濁したと母君は言いました。

 あの方の意志とは無関係に、FPA装備者同士でなくては結婚出来ないという暗黙のルールがこの一家にはあるに違いありません。

 私の気持ちをいち早く察してくださったお爺様が、私と副主任が同じ土俵に立てるようにと託してくれたのだと知りました。

「まあ、こう言うのもどうかと思うんだが、国際条約の四項と六項に違反する事象は地球の各国で起きているんだよ。FPAとは人間外能力の塊みたいなものだし、発表されない対人間へのFPA投入も頻発している。我が家はその対処に選任された家なのだよ……剣はそれをあまり好ましく思っていなかったようだがな……」

「そんな訳で、喜多川さん」

「はい?」

「あなたも野洲舵の一族に名を連ねる気があるならば、FPA装備者になりなさいね? そして正々堂々と大伊豆さんと張り合いなさい。今の大伊豆さんはまだ幼く、精神的な付加も大きい。今は彼女を守るのがあなたの仕事ね……弘史さんの言うように、二人とも私の娘になったと考えているわ。だから、生き残りなさい……」

 そう言って私たちを優しく抱き締めてくれました。

「喜多川さん……」

「どうしました? 副主任」

 裏月面基地に帰る道で、あの日以来すっかり塞ぎ込んでいた副主任の笑顔を久々に見ました。

「僕は剣のことをマザコンと言ったりロリコンと言ったりしたけれど、反省しなくちゃいけないと思ったよ。僕はあのお母さんの足元にも及ばないって気付いてしまったからね」

 確かにあの方が女性を見る判断基準に母君を使っておられるなら、私にも副主任にも勝ち目はございません。

 翌日私はラボを訪ね、アッキーさんにお願いして義足に池田銃を埋め込む作業をしていただきました。

「恋は盲目だねぇ……」

 アッキーさんがそう言いましたが、私の決意を揺らがせることはありません。

 後続の護衛艦隊を率いてご両親が先発し、私たちは沖縄本島への配属直訴を鈴板元社長に行いました。

「剣ちゃんのご両親は随分機密事項をペラペラ喋るのね……まあ、それくらい家族だと判断してくれていて、私の艦に乗るように勧めるのだから、私の責任も重大か……」

 沖縄本島の艦長には鈴板元社長が就任しています。

 富士村社長はあの方のご両親の推薦で、千島列島艦隊の艦長に就任され、元々の清掃社1班と2班を率いて出発されていました。護衛艦の中でも小さな部類に入る千島列島艦隊は、小回りがきき、清掃社の業務には向いているのです。

 鈴板元社長は私と副主任の顔を暫く交互に眺め、決断してくださいました。

「いいわよ。元々9班は連れて行くつもりだったしね……地上で言うところの指揮車両班がいないからどうしようかと思っていたので丁度良いわ」

「母さん……ありがとう」

 副主任はいつの間にか鈴板元社長を母さんと呼べるようになっています。

 これもあの方の存在のお陰なのだと副主任が私に語ってくれました。

 明日に出航を控えた掃宙艦沖縄本島の通信室に、旗艦グレートブリテンより通信が入ります。

 通信の主はグレートブリテンFPA隊隊長に就任した、アンラッキーの女神の一人で、王女と呼ばれる方です。

 通信室に呼ばれたのは私と副主任、鈴板元社長でした。

 私は面識がございません。

 過去に戦意高揚の為に作られたアンラッキーの女神十三人が写ったポスターは合成ですので、副主任も面識がないものだと思っておりました。

『久し振りだね。魅窈ちゃん』

 そう挨拶したのは王女様です。

 王女様の年齢が副主任の年齢と同じだと気付いたのはその時でした。

「うん。王女ちゃんも元気そうじゃないか」

 言葉は悪いですが、まさに『タメぐち』です。

 あとで確認したところ、この王女様は小学生の一時期、札幌に極秘留学されていたのだと判明しました。副主任はその時の御学友ということです。

「殿下、本日はどのような御用件です?」

『ああ、香由貴さん。その節はお世話になったね……今日はちょっとプライベートなことで魅窈ちゃんと喜多川さんに伝えたいことがあってね。回線は王室の特秘回線だから、どんなに喋っても大丈夫だよ……喜多川さんは初めましてだね?』

「はい、お初にお目に掛かります、王女殿下……」

『まあ、『僕』が王女だからと言ってかしこまる必要はないよ。僕もひいお婆ちゃんが女王なだけのただの13歳の女の子だ』

 言われてみれば、副主任と王女様は実に共通点の多い方でした。

 お二人とも最新式FPAの装備者で、狂人病ワクチンの元となる髪の毛を供出している点、供出しているので、髪が短く、顔が中性的なことも共通点に思えます。

「私と副主任に御用件とのことですが……?」

 王女様は暫く無言で私と副主任の顔を交互に眺められました。

 正確にはモニターを見てなにかを確認しているようでした。

『思ったよりは元気そうで安心したよ。魅窈ちゃんの性格上、精神的に押し潰されて酷いことになっているんじゃないかと思っていたんだけれどね……マイケ、僕の勝ちだ』

 王女様の後ろに控えていたマイケと呼ばれた執事風の大男は、恭しく頭を垂れ、王女様の差し出したグラスにワインのような色の赤い飲み物を注ぎました。

『殿下の慧眼、恐れ入りました』

 私たちが元気かどうかを賭けてでもいたのでしょうか?

『フム……美味しい……魅窈ちゃん、それでね』

「うん」

『僕たちグレートブリテンの現在位置はそっちにも伝わっていると思うけど、僕は今火星と木星の中間くらいの位置にいるんだよ。宇宙人はかなりの高速で退却を続けているし、僕たちは後続の護衛艦隊との合流待ちで少し速度を落としているんだね……そのお陰かどうかは知らないんだけれど、ある発見があったのさ』

「発見?」

『うん。護衛艦隊との合流時間まで余裕があったんでね。激しい戦闘後にこの宙域の清掃活動を行ったんだよ……そこであるものを見つけたのさ……それを魅窈ちゃんと喜多川さんに伝えたかったのさ』

 私の鼓動が激しくなりました。

 副主任も驚いています。

 王女様の発見したものの画像が送られて来たからです。

『さて、その画像に写っているものはなんだと思う?』

「護衛艦国後島の艦橋!?」

 叫んだのは私と副主任同時でした。

『なかなか良い反応だね。野洲舵将軍の言う通りだ』

「野洲舵将軍……お爺様が生きておられたのですか!?」

『うん。二カ月近く漂流していた割に元気だよ。今はグレートブリテンの客将として働いて貰っている……魅窈ちゃん、まだ泣くには早いよ?』

「だって……お爺ちゃんが生きているってことは……」

『そう……『彼』も生きているさ』

 私の頭の中でなにかが外れたようで、モニターがかすみます。私は手で涙を拭うことも忘れて、モニターに映った次の画像を見ました。

「剣っ!!」

「野洲舵さんっ!!」

 映し出された画像はグレートブリテン内の病室のようです。

 全ての目を閉じ、酸素マスクをつけたあの方が、静かに眠っている様子。

『彼の意識が回復してから通信しようと思ったんだけどね、まだ少しかかりそうなんだ。野洲舵将軍はサバイバルの天才みたいなところがあるから、体力充分で戦闘までこなせる状態だけどさ、彼は結構弱っていてね……三十八人の艦橋クルーの生命維持を二人でしていたみたいだからさ……』

「剣っ! 剣……ああ……剣……生きて……」

 副主任はモニターにかぶりつきになり、感情を表に出して泣き崩れます。

 私も立っていることが出来ず、元社長に抱き付くようにしてしまいました。

 腰が抜けるとはこういう状態なのだと思います。

『殿下……これは私の勝ちでしたな……』

『ムウ……まさか魅窈ちゃんがこんなに感情的になるとは……僕の負けだ。好きなワインを開けて飲んで良いよ……あ、僕の誕生日に仕込んだ分はダメだ。あれはこっちに魅窈ちゃんと喜多川さんが合流した時に開けるから』

『かしこまりました……』

「王女殿下、殿下のお国でも飲酒は20歳からではないのですか?」

『そうだよ、香由貴さん。僕もそこまでの不良娘ではないんでね。勿論ノンアルコールだよ。さて……感動の再会は魅窈ちゃんと喜多川さんが来てからで良いけどね。僕の用件はこれからだ』

「? 王女ちゃん?」

『香由貴さん、北海道打ち上げ計画遂行後の北海道跡地再生計画はどれくらい進んでいるのかな?』

「え? ええ、お陰さまで岩盤隆起技術と干拓技術を併せたので、三年後には殆ど陸地は再生出来る計算です……」

『フム……僕も16歳か……それなら充分可能だな……』

 この執事と賭けごとをする不良王女様は一体なにを考えているのでしょう?

『魅窈ちゃん、喜多川さん』

「うん?」

「はい?」

『正直に告白しよう。僕はこのモテモテ男、野洲舵剣に一目惚れしてしまったんだよ』

 数瞬の空白。

「へ? 王女ちゃん……今なんて?」

『僕は16歳までに今回の宇宙人大戦を終結させ、再生された北海道に移住する。ひいお婆ちゃんには既に断ってあるよ。王位継承権は僕一人しかいない場合を除いて、放棄した。野洲舵将軍に相談したところ、それは正々堂々、騎士道に乗っ取って遂行すべきだと忠告されたのでね。出会ってからのハンデが僕にはあるが、君たちが到着するまでにその差くらいは埋める自信がある。つまりは宣戦布告したいんだよ。二人とも、地球に帰ったあとで恋愛バトルするつもりだったんだろう? そこに僕も混ぜてくれよ?』

 なんという豪快快活な宣言でしょう。

「そんな……喜多川さんの魅力にすら僕はまったく及ばないのに……そこに王女ちゃんが参戦して来た場合、僕に勝ち目はまったくないじゃないか!?」

 私の魅力というのは意味不明です。

 そんなことを言い出せば、家柄云々をあのご両親やお爺様が気になさるようには考えられませんが、私の両親は一般人で、しかもただの会社員である私より、義理の娘とはいっても副主任は社長令嬢で、王女様はその名の通り王女様です。

 それに、私は25歳です。

 お二人より12歳も年上の私の方が完全にオバサンで不利ではないですか。

『僕もまだ13歳のガキンチョだ。ついでに言えば世間も良く知らない。家柄や年齢で彼が僕たちを選ぶとは僕には思えないよ? 今見た感じでは喜多川さんが魅力で一歩リードと僕には思える……最終的に選ぶのは彼だけど、その勝負に僕が参戦を表明しただけだ。僕は彼の眼中にはないかも知れない。君たちが出会ってからの数カ月の濃い内容は野洲舵将軍に詳細を聞いたよ。君たちがグレートブリテンに追い付くまでの期間で、その内容より濃いインパクトを与えられるかが、僕の鍵になる。スタートダッシュで遅れた分、僕が最も不利だ』

「本当に剣ちゃんはモテ男ねぇ……」

「母さん! そんな他人事みたいに言わないでよ? 有り得ないくらい王女ちゃんは強敵じゃないか! そんなのズルいよぉっ!」

「私も副主任以外の参戦は認められません……私みたいな普通の女が、副主任と王女様を相手に戦いを挑むなんて……しかも三年後ならば尚更です。私は28歳になっています……お二人の肌艶にだんだん差が出来てしまいます!」

「三者三様の言い分ねぇ……まあ、そうやって悩むのも恋愛の一部、私は口出ししないから、三人で存分にやりなさいよ。私が剣ちゃんなら、どこか一夫多妻制の国にでも亡命して、三人とも妻にするわ。野洲舵家の総資産はちょっとした国の国家予算くらいあるしねぇ……それくらいお金持ちなんだから、妻の三人や四人養えるでしょ? まあ、最終的に選ぶのは剣ちゃんだから、三人とも抜け駆けなしで、正々堂々とね?」

 こうして、私と副主任は、あの方が生きていることを知った喜びと、もう一人の参戦者王女様の出現による悩みを抱え、木星付近に向けて出発しました。


……俺は……どれくらい寝ていたんだろう?

 目を開けると、見たことのない部屋だ。

俺は奇妙なくらい体が沈むふかふかのベッドに寝かされている。

 少なくとも国後島の艦橋じゃないよな? 

 祖父に連れられて国後島の艦橋に戻った瞬間に、宇宙人母艦級の破片が直撃し、艦橋ごと吹き飛ばされた。

 全てのコンピューター機器が止まった状態で、祖父と俺のFPAを使って酸素を作り、生き残った乗員に供給し続けた。

 二週間くらいは記憶が鮮明だが、その後俺は意識を半覚醒状態にして、酸素供給に全てを使っていたようだ。

 どこまで流されたんだろう?

 こんなふかふかなベッドに寝ているということは、救助されたんだな……

 いくらFPAのお陰で食物を摂らなくても六ヶ月は生きられる体だとは言っても、流石に空腹だ。

 左腕に点滴の針が挿してあるな。

 まだ焦点が定まらん。

 これは鷹目の酷使による後遺症みたいなものだが、こんなに長く鷹目を使ったことはないからな、果たして治るんだろうか。

「牛乳が食べたい……あと、喜多川の作る弁当が食いたい……」

「お? 気付かれたようですぞ」

 誰だ? 聞いたことのない声がする。

 声の方向に目を向けると、大きな男がいる。熊主任?

 いや、線が細い。声の質も違う。

 その観察より先に手前に置かれたトレーに乗った食い物が目に入る。

「さあ、剣! 僕の手作りだ! 食べてくれ」

 副主任? 大男の横に小さいのがいる。

 しかし、副主任が料理しているのは見たことがねぇぞ。

 大体、その小さいのは、巫女服姿だぞ? FPA装備中の副主任なら、20歳の筈だ。

そもそも、俺とのリンクが切れている副主任がFPA装備出来る筈もない。

……美味そうな匂いは喜多川の弁当で、作ったのは大きさが副主任の女の子だよな……女の子? いや、俺もそこまでバカじゃねぇ。わざわざ巫女服を着た男の子の訳ないよな。この子は確かに女の子だ。

現状の理解が出来ん。

「どうしたの?」

「スマンがまだ目がよく見えないんだ。現状の説明を乞う。まず、君たちは誰だ?」

「ああ、そっか。鷹目は使い過ぎると乾き目になるんだっけ? マイケ、目薬持って来てよ」

 まいけ? 人の名前なのか? マイケ? 舞家、真池? 日本語を喋っているようだが、髪の色が微妙に黒くないような……

「僕はアンラッキーの女神隊の隊長だ。名前は訳あって名乗れない。王女と呼んでくれ」

「王女? アンラッキーの女神は隊長が変わったのか? 確かウチの副主任が隊長だった筈だが……」

「魅窈ちゃんは剣が死んだと思い込んでしまって、リタイヤしたんだよ。代わりに僕が隊長になった。現在アンラッキーの女神隊は僕も含めて十二人だよ」

「そうか……王女ということは、ここはグレートブリテンの中なのか?」

「うん。剣と国後島の艦橋クルーは敵母艦級の爆発に巻き込まれて、火星の方向に漂流していたんだよ。二週間前に火星で戦闘を行って、後続が追い付くのを待っている時に、FPAの反応を掴んでね、捜索したら国後島の艦橋を見つけたのさ」

「……そんな方向に飛ばされていたのか……」

「まあ、地球の方向じゃなくて良かったよ。あのボロボロの艦橋が大気圏にでも突入していたら、助からなかったよ?」

「そうか……ウチの爺ちゃんはどこにいるんだ? 国後島の艦橋クルーもだが……」

「剣と違って皆頑丈でね。グレートブリテンの客将客員として働いているよ」

「流石は退役軍人会だな……」

 なんとかベッドに体を起こしたが、俺はまだ完全ではないらしい。

 座っているのに目眩がする。

「剣は滅茶苦茶無理したんだから、まだ起きてはいけないよ? お爺さんと話すなら呼ぶよ」

「ああ、いや。呼ばなくていい。呼ぶと五月蠅いからな……王女。俺は何日くらい意識不明だったんだ?」

「二週間だよ……月上空での開戦から二カ月経っている」

「……そんなにか……どうにも札幌に移ってから寝てばかりいるな……質問ばかりで悪いが、北方特別清掃社の連中がどうなったか教えてくれ……」

 その質問と同時にマイケが戻って来た。

 よく見えないが、目薬を持って来てくれたようだ。

どうにも体がだるい。腕が思うように上がらず、俺は王女に目薬を点してもらった。

 少し目が開いた気分だ。

 焦点がはっきりとする。

「君は副主任に似ているな……髪の長さのせいだろうか?」

「まあ、僕も狂人病ワクチンを作るのに髪の毛を供出しているからね。札幌に留学している時も魅窈ちゃんと似ているとよく言われたよ」

「そうか……最新FPA装備者イコール狂人病ワクチンを作れる髪の毛を持つ者だったな……俺は札幌に移り住んでから間がないので、君が留学していたことを知らないんだ」

「うん、それは調べたから知っているよ。さっき途中になった質問の答えとしてはだね、剣が特に気にしている二人を含め、全員無事だよ。社長の富士村さんが千島列島艦隊の指揮官になって、現在グレートブリテンの後方十日の位置まで来ている」

「……俺が特に気にしているか……随分俺の情報を詳しく調べたんだな?」

「まあね、その辺りはおいおい話すよ。魅窈ちゃんも喜多川さんも無事に裏月面基地に退避したけれど、剣が行方不明になっていたので、取り乱してしまってね。剣のご両親に直訴して、護衛艦択捉島に乗り込もうとしたんだけれど、その辺はうまく諭されたみたいで、現在は十五日後方にいる掃宙艦沖縄本島のクルーとして、艦長鈴板香由貴さんとこっちに向かっているよ」

「随分心配をかけてしまったようだな……俺が無事だというのは伝えてくれたのか?」

「勿論だよ。僕はこう見えても王女だし、隠し事は嫌いなんだ。それに、魅窈ちゃんとは仲良しだからね」

 そうか、副主任にも友達がいたんだな。

 それも大英帝国の王女。

 その王女が俺の看病をしているのはなぜだ?

 しかも巫女服で……手作りの料理まで用意している。

「俺もそこに配属されるんだろうか?」

「まあ、最新型のFPAはパートナーがいないと装備出来ない仕組みだから、惜しいけどそっちに引き渡すことになるだろうね……」

「俺は爺ちゃんと違って、観察眼能力以外これといった特殊能力はないぞ?」

「いやはや……これも情報通りだね。無自覚なんだ?」

 副主任と同い年の子供に呆れ顔をされる。

「なにがだ?」

「女の子二人を同時に泣かせる色男だってことにさ……」

「……確かに副主任も喜多川も俺に対して特別な感情を抱いているようだが……俺は人に好かれることにあまり慣れていなくてな……どう表現して良いかよくわからんのだ」

 俺は小学生の時から、かなり奇妙な人間だと同級生や同窓生に言われ続けて来た。

 その俺が色男?

 まあ、確かにこの20歳のモテ期を逃すと、一生恵まれない気はするが、どうしたものやら。

「そこに僕も加わることにしたんだよ。だから三人の女の子が剣を狙っているのさ」

「あ?」

 王女の冗談に付き合ってやれないという表情をしてみたが、俺の疑問はそれで解けた。

 この子も俺のことを好きらしい。

 だからこんな個室で俺の看病をしていたんだ。

 王女自らの手で目薬点された一般人は俺が世界初かも知れんな……

 しかし、意識のなかった俺に惚れる理由はなんだ?

 しかも、俺はなんの違和感もなく王女と喋っているぞ……

「二人が合流して、僕の前から剣が去る時までに、僕も剣の大事な人の一人になっていたいのさ。そして、地球に戻ってからが勝負だね。その時は正々堂々戦うよ。剣が僕を選ばなくても悔いを残したくはないからね……僕と魅窈ちゃんは仲良しだけれど、どちらも譲れない願いがある。それが剣なんだよ」

 そんな力説されてもな……

「それで、君はわざわざ巫女の格好までして、俺の気を引くつもりなのか?」

「だって……好きでしょ? 巫女服」

「いや……俺は巫女服が好きって訳じゃないんだが……」

そう言いかけたが、王女の着る巫女服が恐ろしく似合っていて、俺は口をつぐんだ。

どうやら最終的な判断をするのは俺らしいという漠然とした不安と、俺の人生初のモテ期は一体いつまで続くのかというちょっとした不安が入り混じりながら、俺は天を仰いだ。

                                        了



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