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(俺が)巫女服好きだと!?  作者: 大久保ハウキ▲
2/7

仮2

 個室に帰って午前中で半分程読む。

感想としては『恐ろしく読み易く、さくさく進むが、意味を本当に理解出来たかは不明』

 事実をそのまま記憶し、それを書いただけで、当人の感想めいた物は書かれていない。

「……シバ書きという奴だな」

 百年くらい前に実在した、日本の小説家の書き方に酷似していることから名付けられた書式のことだ。

 歴史小説を書いた当人が百年経って軍の教材に使われることを想定して書いた物とは思えないが、報告書のお手本として軍の教材に使われているから思った事だろう。

 その書式によく似た文章を、副主任は小学生にして体得している。

 末恐ろしい子供だ。

 冷蔵庫から牛乳を取り出して昼食にしていると、ドアのノックを聞きとる。

「副主任にしては早いな……どうぞ、開いているよ」

 ドアに鍵をかけないのは、軍隊時代の癖だ。

スクランブル時に飛び起きた別のパイロットが、寝惚け眼でドアに衝突したのを見てから、基本的に俺はドアに鍵をかけない人間になった。

「本当に鍵がかかっていないなんて……不用心ですね?」

 ドアを開けて入って来たのは喜多川だった。

義足の検査の為だろうが、彼女もこの一週間で見たことのないスカート姿だ。

「割と耳も良くてな、廊下を人が歩いて来れば、目が覚めるように訓練されている。起きているなら尚更だよ」

「そうですか……お弁当作って来たんですけど、一緒にいかが?」

 そう言って二つある弁当箱をひらひらさせた。

「ああ、ありがとう。病院はもう良いのか? それに、今日はもう上がったと思っていたんだが?」 

 受け取りながら疑問を口にする。

「ええ、本来なら今日は病院で午前中検査、午後から休みなんですけどね。副主任の登校日は別なんです。先程エレベーターで一緒にならなかったら、忘れているところでした。まあ、実際主任も忘れていたみたいですけど……」

 それもそうか、緊急事態でも起きた場合、車両班は俺しかいないという訳にもいかないからな、運転だけならまだしも、昨日のような的確な指示は俺に出せるとも思えない。

「それで俺と弁当か? 確かに俺は自前で弁当を作れるほど器用ではないが……」

「まあ、そんな感じです。野洲舵さんとゆっくり話している時間もないから、こっちも少しは観察させてもらわないと……それとひとつ頼みがあるんですよ……」

「頼み?」

 俺は喜多川に椅子を勧めながら、弁当のふたを開ける。

ちょっと見たことのない唐揚げが入っているが、基本的に美味そうだ。

「食べながらで良いんですけれど、ちょっと私の足を見てくれませんか?」

 そう言って喜多川がスカートを太腿まで捲り上げる。

俺は食べかけの唐揚げを吹き出しそうになった。

「な、な、な! いきなりなにをする!?」

 珍しく動揺してしまった。

 こう言うのもどうかと思うが、喜多川の素足は細くて奇麗だった。

空軍落ちの元パイロットには刺激が強い。

5歳年上の喜多川は、9班の中ではかなり美人なんだ。

「? 義足を見て欲しいんですけど……」

 俺の動揺は無視かよ。

 まあ、それは置くとして、俺は喜多川の左足膝下に目を向けた。

 基本的に技術が進んでいるので、義足と本物の足の区別は殆どつかない。

母が義足になった時、俺は生まれていなかったがその写真を見たことがある。

それに比べると雲泥の差だ。

「き、奇麗なものだな。実物の足と大差は感じないが、何年取り替えていないんだ?」

「ここに就職が決まった時に取り替えたから……三年です……」

「俺は医者ではないからなんとも言えんが、その当時と比べて、多分右足が成長しているんじゃないか? 太ったという意味ではなく、筋肉が発達したという意味だぜ? それに伴って微妙に足の長さに変化が現れているから、左足を引きずっているんじゃないだろうか? 靴のかかと辺りの減り方からの推測だが……」

 そう言いながら思わず喜多川の義足に手を伸ばしてしまった。

「あっ! 駄目っ!!」

 妙に艶っぽい口調で言われて手を引っ込める。

「ごめんなさい……人工だけれど神経も通っているから……触られるのはちょっと……」

 喜多川が顔を赤くした。

 俺もなにをしているんだろうという思いで、顔を赤らめる。

「スマン……ちょっと興味が湧いてしまった」

「え?」

「……こう言うのもどうかと思うが、俺のお袋も義足でさ。喜多川のみたいに奇麗な義足ではなかったんだが、妙に懐かしくなってしまった……」

「マザコン?」

 かなりひいた目で喜多川に呆れられる。

「いや……ノーマルなつもりだが……」

 俺は一体なんの言い訳をしているんだろう。

「まあ、野洲舵さんの女性の趣味は蔑視しないですけれど……一応カレシもいますから……」

 喜多川もなにを言っているんだか。

「いや、それは置いてくれ。結局俺にその義足を見せるのが頼みごとなのか?」

「ええ、副主任も含めて、私の足が義足だと一週間で気付いた班員は初めてだから、その歩き方の癖を見抜いた野洲舵さんに私の歩き方を矯正して欲しいんですよ」

「そのお代がこの弁当なのか?」

「ええ、そのつもりです。現金とかの方が良かったでしょうか?」

 俺は頭の中で義足による歩き方の矯正方法をいくつか思い浮かべ、そんな大袈裟なことは思いつかないので、職場の仲間から金を貰うことを否定した。

 それに、喜多川の弁当は美味かったんだ。

「わかった。ワンレッスン一食で頼むよ。矯正とか治療なんて範囲のことは俺には出来ないからな。ただ、俺が言うのもどうかと思うが、喜多川の歩き方で義足だと見抜ける人間はそんなに多くはいない筈だぜ?」

「その鷹目の能力ですね?」

「ああ、空軍にもそんなに数はいなかったし、少なくともこの会社内でそれを持っているとすれば、副主任だけだろう。あの子の目は俺の能力に近い気がするんだ」

 そう言って机の上に出したままの報告書を指した。

「それは……二年前の副主任の報告書? それを読んでそう思ったんですか?」

「ああ、昨日の業務中にも少し思ったんだが、モニターに映った黒い塊を見せられて、すぐに人間の一部だと判断出来る目は少なくとも持っている。この2年前の報告書も裏付けるには充分だったよ。社長の記憶術能力も受け継いでいると考えて、この文章は完璧だ」

 なんの気なしに言ったあとで、額を思わず叩く。

 9班で副主任の正体を知っているのは熊主任だけだった。

「……野洲舵さんって……結構うっかりさんなの?」

「いや……そんなことはない筈なんだが……言い訳させてもらえれば、あの『俺の目で見抜けない』副主任の話になると、どうにも口が滑る……」

「野洲舵さんの能力も完璧ではないんですね?」

「俺の能力は基本的に観察力であって、超能力じゃないからな……」

「そうですか、なんとなく安心しました……では、今の後半部分は聞かなかったことにさせていただきますね?」

「そうしてくれると助かる……」

 俺はどうしてこんなに副主任のことになるとむきになるんだろう?

 そのことは一旦忘れ、俺はそのまま喜多川と楽しい昼を過ごした。

 出動要請もないまま、夕方を迎え副主任が帰社する頃、俺は分厚い報告書を読み終えていた。

 報告書を読む俺を喜多川は黙って観察している。

「もう夕方か……読むのに六時間かかるようでは、書くのに一晩という訳にはいかないな……これを読む俺を観察してなにかわかるのか?」

「いえ、特には……ただ、真剣に報告書を読む男の横顔もなかなか良いものだと再認識したくらいですね」

 喜多川は俺をからかっているんだろうか。

表情から窺うことが出来ないという意味では、流石に副主任の直下で指揮車運営班の一人と言えるだろう。

 そんなことを思っていると、当人が帰って来た。

姿を見た訳ではないが、足音で判別出来る。

「あれ? 喜多川さん、こっちにいたんだ?」

 鍵がかかっていないドアのことは無視して、ノックひとつで入室して来た。

制服のままだ。

「ええ、野洲舵さんを観察していたんです」

「僕はお邪魔だったかな?」

「いえ、そういう関係にはならないですから……」

 俺は黙って二人を観察する。

現場班の連中とは違った雰囲気を持つ二人だ。

 現場班の連中は女性でも筋肉質な感じがするし、行動的で大酒飲みの印象。

対照的に二人は線が細い。

喜多川はそれでも25歳の女性らしい体形を持っているが、副主任は胸も尻もスラリとしており、やはり男女の区別がつかない。

 僕という一人称で喋る女の子もいるからな。

迂闊に間違うとあとが面倒そうだ。

 声の雰囲気は女性的なんだが、声変わり前の男と間違えそうでもある。

 それこそトイレまで尾行していけば良いのだろうが、生憎とこのビル内にあるトイレは全て個室で、男女の区別はない。

確認しに行けば変人を通り越して、変態や変質者だよな。

 顔が中性的過ぎるんだ。

整い過ぎているとも言う。

 母親が社長だからそれは仕方がない。

しかし、俺もそうだが、母親似の息子という存在もいるからな。

それにしては社長に顔が似ていない気がする。

髪の長さも微妙で、男の子でも通りそうだ。

 結局聞きそびれた。

 二人を観察している間に館内に警報が鳴ったからだ。

「着替えますので、失礼!」

「僕もだ!」

 二人は俺の部屋から駆け出して行く。

俺も私服のままだから、清掃社の制服に着替えなければならない。

昨日の出動で消毒液の臭いがまだ残る制服に袖を通す。

 五分後には熊主任のオフィスにアッキーとオオシタ以外は全員集合していた。

「大伊豆の学校が終わってからで助かったな」

 集合を確認した熊主任が班員を見回しながら口を開く。

「昨日の晩、国際条約違反の夜襲が小樽で発生し、敵を退けたとの一報だ。敵の国籍、所属軍の有無は不明……これは厄介なことかも知れん。アッキーとオオシタにも非常招集をかけた。二人が到着するまでに情報収集を指揮車班で頼む」

「了解」

「FPA部隊の有無は?」

「……そんなものが投入されていれば、小樽の駐留部隊で防げておらんよ」

 そう言えばFPAの説明をしていなかったな。

 何の略かは俺も知らない。英語の頭文字を取った物だとは思う。

アジアプロデューサー連盟や外国記者協会、分損不担保の略語ではないことだけは確実で、簡単に言うとデラックスな宇宙服だ。

 普通の宇宙服は主に宇宙空間での作業を目的に作られている。

だが、FPAは宇宙での戦闘を目的に作られた兵器だ。

これを地球上で使うことを国際条約は禁じている。

大きさは宇宙服より一回り大きいだけのものが多いが、機動力は空軍の戦闘機を凌ぐ。

 宇宙戦での武器使用制限は基本的にない。

対戦相手が宇宙人だと想定されているからだ。

言語やコミュニケーションが出来ないと想定される宇宙人に対しては、問答無用で攻撃が許可されている。

それを人間同士の戦争に使うことを禁じているのは当たり前なんだが、世界は広く、武力を誇示したい連中も結構いる。

 俺の所属していた空軍部隊を襲った連中も、そういう輩だったんだろう。

製造は主にアメリカとロシア、イギリス、中国が行っているが、独自開発している国もあり、規制は難しい。

北海道にも確か研究機関が存在する筈だ。

地球上で最も危険な殺戮兵器で、未確認情報だが、ただの一機も撃墜された記録がない。

国際条約を違反する国は、時折その節度を守らない。

ちなみに遥か昔、ヒロシマ級以上の核爆弾という大量殺戮兵器があったそうだが、コスト面と維持費の問題、使用後の放射能汚染問題と人道的配慮とやらで百年程の歴史で終わっている。

一説によると、地球の衝突コースに入った流星を迎撃するのに全て使い果たしたとも言われている。

その後、確実に単体の攻撃を目標に研究されたのがFPAだ。

最初は対人兵器として研究されたが、あまりの破壊力に宇宙での戦闘のみを目的に生産されることに目的が変更された。

俺の知る限り、日本にその部隊はない。

だが、敵国は別だ。

「北海道でFPA部隊を投入した記録はないから、大丈夫だよ。万が一投入された場合は、こちらの負けだからね……僕らに仕事の依頼が来ることもないよ」

 まあ、そうだろうな。

 どうもまだ空軍にいた頃の癖が抜け切れていないようだ。

最後の空戦で部隊が全滅したことを引きずっているんだろうか。

「剣はFPAが空戦ではなく地上戦をやると本気で考えるのかい?」

「……国際条約を破棄するなら、第七項を守らないだろ? あくまで可能性の問題だ。現状の敵対国家でFPA所有国が敵にいるのだから、常に頭に入れてあるさ」

「そこまで人間は愚かなのかね?」

 副主任は俺を諭す教師のような口調になったが、俺の頭は警報音が鳴りっぱなしだ。

「……人間は愚かだよ。人間同士で戦うことを止めないからな。痴話喧嘩口喧嘩の類から大規模戦闘に至るまで、人間は争いなしでは生きられない愚かな動物だ」

「成程。その通りだ」

 熊主任のオフィスから地下一階に急行し、指揮車電源を立ち上げる。

喜多川が各都市の監視モニターの過去二十四時間から現在に至るまでの映像をダウンロードし、運転席と助手席のモニターに回してくれる。

「戦闘開始時刻、昨日午後十一時五十五分。終了時刻は本日午前六時十分」

「……今は午後五時二十五分。戦闘終了から戦勝清算に随分時間が経っているな。上陸艇を海に沈めちまったか?」

「……午前零時十分に上陸されている」

 副主任に言われ、俺はモニター映像を零時十分まで早送りする。

土地勘に欠けるが、漁村か何かで、見張り小屋を盾に銃撃戦が行われている映像が出た。

少し離れた海上で火柱を上げて轟沈しているのは、海上警察の哨戒艇のようだ。

「上陸者数二十二名」

「少ないな……」

「剣」

「ん? なんだ?」

「FPA部隊に遭遇したことってあるの?」

「え? ああ、俺の空軍最後の仕事で偵察飛行中に部隊はFPA部隊からの奇襲を受けて全滅しているぜ? まだあれから半月も経ってない……俺は目が良いから、別の空域を飛んでいて、奇襲の連絡を受けて駆けつけた時には、もう誰も飛んでいなかった……だから遭遇した訳じゃないな」

「そっか……それで少ない人数の敵襲の場合、そういう考えが浮かぶんだね?」

「ああ、まあ、空軍ボケだ。陸上戦でのFPA部隊運用の記録がないことくらいは知っているんだがな……数十秒の単位で俺の所属部隊が全滅してゆくのを止められなかったのは、ある意味トラウマだ……遺体の回収はおろか、機体の残骸すら海から上げてやれなかったからな」

 そんな会話をしながら浜での攻防戦を早送りで見続ける。

 流石に十三年前から北海道を防衛する部隊は慣れたもので、俺は陸上戦に関しては素人だが、良い動きで敵兵を追い詰め、殲滅している。

「……さて、たった二十二名の上陸者に対して、六時間も戦闘が続いた理由はなんだろう?」

「こっちの被害者数は?」

「海上警察隊の哨戒艇2隻撃沈、乗組員八名の死亡確認。敵上陸後、迎え撃ったこちらの兵力百二十名、内、戦死者六名。重軽症者四十二名です」

「……FPA部隊ではないにしても、こちらの被害も甚大だね……この映像を見る限り、こちらが優勢に見えるし、上陸者二十二名とやらは素人みたいに固まって銃撃戦を行っているだけだ。こういうのは不謹慎だけど、死にに来たようにしか見えない」

「……同感だな」

 俺はあまり映りの良くない深夜の海岸映像を注視した。

 撃たれて倒れて行く敵兵は影絵のようにしか見えないが、そのシルエットははっきりと映っている。

俺は巻き戻して海岸上陸直後から見直した。

「……二十二人いないな……上陸者は本当に二十二名で間違えないのか?」

「ええ、防衛隊の正式記録です」

「浜での攻防は二十分で終了しているね。僕も数えてみたけれど、十八人しか撃たれていない」

「俺も同じ数だ。あとの四人はどこだ? 喜多川、別角度の映像はないのか? もっとひきの映像でも良いんだが……」

「気象庁のお天気カメラ映像がありました。そちらに転送します」

 かなり遠い絵になったが、時折光る銃口のお陰でなんとか見られる。

「成程……画面奥で時折変な方向に撃っているように見える。残り四人は別行動で上陸したか」

「ん? お天気カメラ壊れたのかい? 二十五分で映像切れているよ?」

「今朝気象庁職員が調べた結果、その時刻に狙撃され破壊された模様とのことです」

「つまり、十八人倒すのに二十分弱掛かり、あとの四人を捜索して倒すのに五時間半も掛かったってことか……サイボーグでも送り込んで来たのか?」

「敵の人種は不明ですが、サイボーグであるとの報告はありません」

「じゃあ、単純にその四人が強かったってことだね」

「そうなるな……二十二人全員の死亡は確認出来ているんだよな?」

「はい。銃撃戦の末、その四人も含めた全員が死亡しています」

 俺たちが何故こんな会話をしているかというと、俺たちは軍人ではなく特別清掃社の社員だからだ。

特別清掃社は銃器の携帯を許されているが軍隊でも警察でもない。

そして、指揮車運用班の役割は現場班の安全確保だ。

生き残った敵がいた場合、その現場は安全とは言い難い。

昨日のテロ現場は警察の現場検証も終わっていたし、犯人グループの逃走も確認され、片付ける為の安全確保はされていた。

つまり、逃走し損ねたアホな犯人グループが立て篭もっていた場合、この会社の出番はまだ先になる。

「剣。何か問題がある?」

「……二十二という数だ」

「人数が割れないから問題?」

「ああ、上陸に使われたのは潜航艇だよな?」

「はい、敵国製の十二人乗りです」

「その潜航艇は帰還或いは退避したのか?」

 言われて気付いたのか、喜多川がキーボードに何か入力する。

「いえ、浜に無人で放置されていたとあります」

「そもそもその手の潜航艇は操縦者が三人いなければ運用出来ない。敵国の最小小隊人数は三人。隊長、副長、通信員。その潜航艇も三人の運用者が乗っていた筈だ。まあ、人種国籍不明だから、それでも良いのかも知れんが、気になる。たったの二十四人で遂行出来る任務で、二十二人は死んでもオッケーな任務だと憶測するのは考え過ぎか?」

「二人生き残れば出来る任務となると……爆弾テロもそうだね」

「二人のスパイを送り込むのに二十二人の味方を犠牲にするというのも考えられる。有能なスパイが二人いれば、爆弾テロも諜報戦も出来るからな」

「社長に報告して指示を仰ぎます」

 暫く待機していると、社長から返答があった。

『映像解析班の解析結果、あと二人の上陸を確認したわ。軍と警察で小樽市内を捜索中だって』

「じゃあ、現場の清掃はやってもオッケーかな?」

『そうね。潜航艇内に忘れ物でもしていない限りは、戻って来るとも思えないわ』

 俺たちは軍隊でも警察でもなく、捜査するのが仕事じゃない。

 上手く上陸した二人はそちらに任せ、俺たちの出動が決まった。

 車を走らせること三十分。大きな太陽の沈む小樽の海が見えて来る。

 高速道路の出口付近で一度指揮車を停める。軍が検問をしているんだ。

「おいおい。もうテロリストは札幌を壊滅させて小樽に舞い戻ったのかい?」

 検問を取り仕切る兵士に社員証を見せながら挨拶。

空軍と陸軍では冗談の質は違うのかも知れないが、この兵士にはウケた。

「そんな訳ねぇだろ? 念の為だよ。念の為」

 笑いながら通行を許可してくれる。

「さて、先ずは海岸清掃だな……」

 俺の後ろで言いかけた熊主任の声が止まった。

 今通って来た検問が前置きなしで爆発したからだ。

「な? なんだぁ!?」

 俺は急ブレーキで車を停めて、窓を開けようとする。

「剣!! 前見て!!」

 副主任の声で我に返った俺は、アクセルを踏んだ。

 俺たちの指揮車の目の前にロケットランチャーを構えた男が一人立っていたからだ。

その砲身からは今撃ったばかりの煙が上がっている。

止まっていれば次の目標にされる。

 男は逃げようともせず、指揮車に撥ね飛ばされる。

轢いたのは俺だ。

「……副主任、喜多川。俺たちの分の防護服を出して着替えろ」

「え? どうして?」

「ベッキー! ドアを開けるな!! ヘルメットをかぶってバイザーを下げろ!!」

「野洲舵……一体どうしたんだ?」

 俺は撥ねる寸前に男の顔を見た。

「副主任の報告書を読んだばかりで良かったぜ……今の男……『狂人病』感染者だった!」

「なんだって!?」

「熊ちゃん!! あの野郎、生きているぜ!?」

 ロケットランチャーはどこかに吹き飛んでしまったようで、男は腰から拳銃を取り出す。

「なんてこった!! 撃って来たぞ!?」

 俺は車を急発進させる。

バックミラーで確認すると、男は散々指揮車に向けて撃ったあと、最後に自分の頭を撃ち抜いた。

確かに正気の沙汰じゃない。

「大伊豆、喜多川、防護服を着ろ! ベッキー! 野洲舵と運転を代われ!!」

ベッキーに運転を代わってもらい、車内の後方に移動すると、オオシタの様子が明らかにおかしい。

「主任!! オオシタの様子が変だ……!!」

言い掛けたモリサの首にオオシタが噛み付いていた。

「押さえろ!! オオシタは感染している!!」

 車内は軽くパニックだ。

防護服に半分足を入れた副主任が俺のほうに吹っ飛んで来る。

 続いて河乃とアッキーが飛ばされて来て、俺は受け止めきれずに転ぶ。

 やっとのことで主任と不二雄がオオシタを取り押さえる。

「クソ……空気感染かよ……」

「つまり、二十二人を犠牲にして上陸した二人の目的は……」

「狂人病ウィルスによるテロだ……」

 言いかけた俺の舌がもつれる。

 アッキーが鞄から注射器を取り出し、俺の腕に刺した。

 続いて喜多川、モリサ、オオシタの順に注射する。

 これは副主任の報告書にあった、狂人病予防接種だろう。

感染後に効くのかは効果不明だと書いてあった記憶があるぞ。

それに、狂人病のワクチンが開発された話も俺は知らない。

「熊ちゃん!!」

 ベッキーが声を上ずらせる。

「なんだ!?」

「こ、この街ヤバいよぉっ!! そこいら中に感染者がいるじゃん!?」

「喜多川! 社長に連絡しろ!! 救援要請だ!!」

 俺より先に喜多川が回復し、通信機に向かう。

どうやらこの注射の効き目は個人差があるようだ。

俺は酷い頭痛と変な汗をかき、副主任の両肩を思い切り掴んだまま動けない。

 ナオミとアッキーはモリサの手当てをし、不二雄と河乃はオオシタを抑えつけている。

「く……スマン……体が動かねぇ……」

 俺に肩を掴まれている副主任はじっと我慢の表情だ。

このままでは副主任の肩に俺の指が食い込みそうだ。

「剣! 気をしっかり持って! 大丈夫だ! 治る!」

「うわわわ! 熊ちゃん!! なんか囲まれたぁっ!!」

「くそ! これでは前にも後ろにも行けん!! ベッキー、緊急事態につき撥ねて良し!!」

「そ、そんなこと言ってもよぉっ!!」

「運転代われっ! 俺がやる!!」

 熊主任に運転を代わり、ベッキーは助手席に移る。

 そりゃそうだ。

班員たちは特別清掃のプロであって、戦闘のプロじゃない。

 熊主任は構わず感染者たちを撥ね飛ばした。

流石に札幌防衛戦の生き残りだ。

「くっ!」

 防弾ガラスに何かでかい弾が当たった。

銃器用の防弾ガラスに耐えられない衝撃。

 運転席のガラスを貫き、後部ハッチに当たって爆発する。

「うわっ!?」

 オオシタを抑えていた河乃と不二雄が車外に放り出され、人の渦に飲み込まれる。

 かろうじて壊れた後部ハッチに掴まっていたオオシタも、ナオミの手が届かず後部ハッチの部品と一緒に落ちた。

 俺は副主任を押し倒す形で、運転席の背もたれにぶつかる。

モリサとアッキーは爆発の衝撃を食らい、頭を抱えて転がっていた。

通信をしていた喜多川も気絶したようで、椅子から転げ落ちる。

喜多川の頭の辺りから血が流れていた。

俺と副主任と喜多川は防護服を着ていないんだ。

俺の右腕にも破片が刺さっている。

「ナオミ! 三人の回収は出来そうか!?」

「……主任……無理です」

「く……右腕に刺さった破片のお陰で、少し動けるようになった。副主任、喜多川を見てやってくれ……」

 今の衝撃で肩から手が外れたんだ。

 副主任は素早く起き上がり、喜多川を助ける。

 俺は床を這って進み、運転席にいる熊主任とベッキーの様子を見る。

 こんな激戦の中に初めて入ったと思われるベッキーは助手席で気絶していた。

ギャーギャー騒がれるよりはマシだ。

熊主任は防護服にかなりの量のガラス片が刺さっていたが、気丈にも運転を継続している。

「主任、車を山の方向に向けてくれ。遠回りだが、山を抜けて定山渓方面に抜ければ、札幌に戻れる……」

 そこまで言って俺も気絶したようだ。


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