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6 オコサマランチダだは子供だけの食べ物ではない

 食堂のおばちゃんです。


 毎日毎日同じ日の繰り返し。

夫は早く亡くなり、息子は嫁をもらって寄り付きもしない。

キャサリンなどという貴族っぽい名前を持つおばちゃんは同じような仲間数人とひたすら食堂で機械的に定食を作っていた。

偉い人=うるさい人はほぼみんな夏宮のほうに行っている。

ここに来るのは食べることができれば満足な下っ端ばかり。

どうしても作りやすさがメインの定食になる。

そんなある日、顔見知りの見習侍女を連れた男の子が食堂にやって来た。

どこにでもいそうな普通の子。

茶色い髪も茶色い目もうちの息子と同じこの国では一番多い標準品。

王妃様もそうだったかね。


「特盛」


 この侍女は何度もお代わりに来る。

それが面倒で本来はサラダなどを作るボールに主食もおかずも詰め込めるだけ詰め込み、盛れるだけ盛った特盛。

男の子が頼んだのは少な目と二つなれべてカウンターに出した。

おそらくこのカウンターの高さだと男の子には手が合届かないだろうが知ったこっちゃない。

自分の仕事はカウンターに並べるまで。


 湧き上がる楽しそうな笑い声。

ふと顔を上げるといつもつまらなそうにしている侍女たちと、疲れてぐったりとしていることの多い兵士たちとがあの子と一緒のテーブルについている。

いつもなら食事が終わったならば席が空いていてもじゃまだと追い出すところなのになぜかそれができない。

いつまでもあの楽しそうな声を聞いていたい。


「ごちそうさまでした。おいしかったです。また明日きますね」

「おいしかったよ、お邪魔して悪かった」

「ありがとう、おいしかった」……。


 口々にそういいながら彼らは出て行った。

動作が止まってしまう。

心をぶん殴られたみたいだった。

今日の定食は昨日と同じで手抜きし放題、あんな笑顔でおいしいなんて言われる代物ではない。

恥ずかしくなった。

悲しくなった。


 一区切りついて明日のためのミーティング。


「明日のメインは香草焼きにして……」


 あんたの自慢料理だけど手がかかるからいやだって言ってたじゃない。

じゃあ私も、手を上げて発言していた。


「明日は久しぶりにデザートを最初から……」


 自分たちが食べたくなったら作るデザート。

申し訳程度に食堂にも時間限定でちょっと出す。

それを最初から出そうなんて思わず言ってしまったよ。


「それいいわね」


 次の日。

まだあの子が来るはずのない時間。


「あれ? 料理人さん替わった?」

「あんた何年私の顔見てんだよ!」

「ごめんごめん、ほんとおいしかった。ごちそうさま」


 そう言ってくれる声が聞きたくって料理を覚えたんだっけ。

忘れてた。

あの子たちも来くるころかな。

今日はまだ手のかかるデザートは出せない。

ゼリーに果物を乗せたもの。

あ、特盛の子が来た。

デザートの器は小さい。


「そんな悲しそうな顔をしなくてもお代わり自由だよ」


 ニパーッと広がるうれしそうな笑顔。


「ありがとうおばさん」

「ありがとうございます」


 先に礼を言ってくれたのは男の子。


 今日はあの子たちだけじゃなくてほとんどの人が ごちそうさま って声をかけてくれた。

私たちはなんでこんな楽しい仕事をつまらなくしてたのかねぇ。


 人が途切れた時間、私はしげしげとお椀を手に取り眺めていた。

大きすぎる、かねぇ?


「どうしました?」


 おや、お客さん、口に出してたかね。

魔術師の方?

他のことを考えていても手はおかずを盛り付けて定食を作る。 

女性の高位の方がおいでになるとはめずらしい。


「そのお椀で大きすぎるって、どうしたんです?」

「いぇちょっとね、最近3歳の子が来るんだけどここにある食器はちょっと大きすぎるんじゃないか、なんて思ってねぇ」

「それならすぐ作れますから」

「え? ありがとうございます」


 魔術師の特徴あるローブを着込んだその女性が一つ指を鳴らすと手近なところから順にドアが開いていき、その反対から何かが這いずるような音が聞こえてきた。

へ?


「どこに置けばいいかしら?」

「そ、そこの棚に」


 それが木属性の魔法なのは分かるけど。

どう見ても豆の蔓に見えない物が小さな食器をいっぱい吊り下げて廊下の向こうから伸びてくる。

蔓が器用に棚に食器を乗せると急激に花を咲かせ、さやが大きくなって……。

瞬きしたときには床に置いてあった籠いっぱいの豆。


「ここまで大きくなったのに豆を作らないで枯らすのはかわいそうですから」

「ハイ」


 あの化け物じみた蔓がかわいそうとか、よくわからなかったが自然にハイと口から出る。


「ではそれをその子用に」


 手にいきなり重みを感じるといつの間にか自分は小さなカップをつまんでた。

驚いて視線を戻すともうあの人はいない。

今用意した定食も無い。

あの人たちのすることはよくわからないからねぇ。


 さっそくその小さな食器で定食を作ってみたよ。


「オコサマランチダ!」


 あの子ったらものすごく喜んでくれた。

かわいいおめめをまんまるにしてさ。 

しかしこれって異国ではそんな名前がついてんのかい?


 驚いたことにオコサマランチダはごつい男どもがよく食べる。

訓練で胃が受け付けないときに食べるんだってさ。

確かに胃に優しいけどね、わかってるよ、あんたたちの目がデザートにだけ行ってるのを。

デザートだけ頼めばいいのに。

バカだねぇ。

 




次回3/17

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