50 あなたの名は?
ノルト夏宮の一室、サリーに女は尻をたたかれたのにもかかわらずすぐにまたシーツを引き寄せ潜り込んで寝てしまう。
いっしょに寝ていた少年は上半身を起こしサリーと目を合わせる。
マリス坊ちゃんじゃないっ!
驚きに息が止まる。
マリス坊ちゃん=マレリウス王子!
確かにそう聞いてすっ飛んできたのに別の人。
やらかしてしまった大失敗にサリーは完全に固まってしまった。
ベッドから降りつつ少年はサリーに一言発する。
「服」
乱入してきたのが侍女であったのでマレリウス王子は平然と起き上がって命令した。
一言で服を着せよと。
マレリウス王子の主観では、王子たるもの常に泰然としていなければならないのである。
取り乱さずに日常的な命令を発したつもりだった。
しかし平然としているように見えてマレリウス王子の心臓はバクバクと高速で脈動していた。
恥ずかしかったのである。
自分が今裸だからではない。
そもそも王族は自分で服を着ないのだ。
普段から入浴もすべて侍女にさせる。
だから誰に素っ裸を見られても平気だ。
王子としては素っ裸で抱き合っているところを見られたことよりも、武人としてシーツを毟られるまで乱入者に気がつかなかったことが問題だったのだ。
だからいかにもお前が入ってくるのに気が付いてたよと泰然としていればごまかせるはずだった。
しかし起き抜けにパニクった余波で重大な点がコロッと抜けていたのだ。
それにマレリウス王子は左腕からこの姿になってまだ日が浅い。
「服」
もう一度命令しながらまだ完全に起動していない頭を必死に起動させる。
そう言えば今日マレリウス付きの侍女が復帰してくるのだった。
それがこの侍女、サリーという名だった。
頭に小さな角、そう修羅族。
まだびっくりして口をあいたまま固まっているサリーを見てマレリウス王子は仕方なく服は自分で着ることにする。
それにしても驚きすぎなんじゃないだろうか。
ところでこの世界、常に命を懸けた生活をしている本物の武人だったら寝所に乱入を許すことなどありえない。
ちょうど同じ時刻フェアネス皇国の宿舎で半開きの口からよだれを垂らして寝ているマリスでさえ五感の一部は覚醒させていて魔力で結界も張っているのである。
安全な王宮の中であってもシーツをめくられてからやっと目覚めるなんてもってのほか。
つまり非常に恥ずかしい。
恥ずかしい。
だから侍女が入って来たのに気付かなかったのを無かったことにした。
こいつまだ固まってるな、もしかして頭の回路でも焼き切れたんじゃなかろうか、などと王子は考え出したが現実の時は一分も経過していない。
「デンカー、まだ寝てんのかー」
「ルルー、朝ごはん早く食べに行こうぜー」
「二人ともちょっと待ってよー」
乱暴にドアを開けて飛び込んできたのは子供が3人。
「カイっ、あんたたち何でここにいるの⁉」
「あっ、姉ちゃん。もう着いたんだ」
サリーは解凍した。
「オレたちデンカの親衛隊になったんだよー」
「首ちょんぱ痛かったんだからー」
「ルルったら殿下に抱っこしてもらわないとまだおもらしするのよー」
子どもたちは口々にサリーに話しかけるのでサリーが状況を理解するには時間がかかった。
「もしかしてそこにいるのってルル?」
「そう」
カーン村の子どもたち、マリスを助けに夏宮にやってきて……処刑された。
反逆者のほう助。
斬首刑……子供たちが言うところの首ちょんぱが一切の酌量もなく執り行われた。
そんな目にあって子供たちは笑う。
でも大丈夫。3秒以内に落っこちた首を拾ってくっつければOKだと.
つらい修行をしてやっと身に着くかどうかの鬼人化ができるようになったと。
王子と一緒に鬼の姿になって魔獣退治をしてたりするのは楽しい遊びだと。
ただ子供たちは刑罰として身分が最下層の流民になりカーン村に帰れなくなった。
それでマレリウス殿下に面倒見てもらっているのである。
「おはよう、ございます。マレリウス殿下」
サリーが状況の理解をする前に明けたままにしたドアから入ってきたのは夜叉族の知的美女。
サリーと王子にぺこりと会釈してからベッドの横へ。
サリーと同じようにいきなりシーツをめくって寝ているルルのお尻をひっぱたいた。
もっと遠慮なく力を込めて。
ピシッ!
「ルルっ、起きなさい」
「いった~ぃ!」
むくりと起き上がった美女は一瞬で小さくなる。
「お姉ちゃんひどいっ!あ、サリーねぇちゃん」
頭は考えることをストップしていたが野性的な直観力がサリーに非常識な真実を教えた。
「もしかしてあなたルルたち?」
「そうです」
「そうだよ」
「ウン」
一つの口から三つの言葉、蘇生し損ねたルナたちは融合していたのだ。
戦場において修羅族が用いる最期の切り札阿修羅、倒したはずが融合してさらに強力になって復活するという。
修羅のリーシェはついやってしまったのであった。
「マレリウス殿下、内務卿がお呼びです。お医者様がお話があるとか」
どうやら親しい仲だろうと推測したマレリウス王子はサリーへの説明をルナたちに任せて内務卿の待つ部屋へ。
「レイリア様」
内務卿たちと出迎えた医師はいきなりマレリウス王子を王妃の名で呼んだ。




