5 愛は恋愛だけではない
あれから俺はずっと食堂を利用している。
メニューは日替わりの定食が朝から晩まで1種類だけ。
しかし好きな時に好きなだけ食べれる。
ところでサリーの特盛、あのサイズがもともとあるのかと思っていたらサリー専用のサイズらしい。
いや見ていてマジすごいから。
こちらの世界は魔法があるから、質量不変の法則なんてものがないにしても、スレンダーなサリーのどこへアレが消えるのか不思議だ。
定食を盛り付けてるおばちゃんに聞くと何回もおかわりに来るのでちょっとしたジョークで始めたらしい。
へ~なんて感心してると三日目ぐらいから小さい食器に盛り付けた特小ってメニューが追加されるようになった。
しかも混雑時には注文不可のデザートが最初から付いてる。
うん、お子様ランチ。
つい「お子様ランチだっ!」 って叫んだらメニューに 『オコサマランチダ』 って書かれるようになった。
日本語で叫んじゃったんだよな。
兎に角、俺がおもいっきり喜んだってのはおばちゃんたちにしっかりと伝わったらしい。
それで語源不明の『オコサマランチダ』はこの食堂の定番メニューになり、訓練明けのよれよれになった兵士さんたちが何も受けつけようとしない胃に詰め込むために注文されるようになった。
非常に理不尽だ!
食堂の横にはバスケットボールのコートが2面取れる位の空き部屋があった。
天上も十分高く床は板張り、まるで体育館。
その一角に ”王子様のお願い” でマットを敷いてほしいとお願いを出す。
もちろん俺の訓練用だが専用にはしない。
翌日、さっそくマットが運び込まれた。
ついでにいろいろな大きさのボールとか頼んでなかったけどありがたい。
ブランコも有った。
せっかく用意してくれたのだからと一人揺らしてみる。
人生とは……哲学的になる俺。
これはこれでいいかもしれない。
「マリス君お待たせ」
「こんにちわ、ディーンさん」
待ちくたびれて滑り台の斜面で寝てしまっていた。
うん、強化魔法が習えるのがうれしくって夕方からってのを朝から待ってたんだ。
基本暇だってのはあるけど、うん、なんだろ、待ちきれなくて我慢できないんだ。
たぶんそれは、異世界で過ごした記憶があっても俺自身がマレリウスだからだと思う。
だからか、俺はキャイキャイ言いながらディーンさんとボールを追いかけていた。
サッカーのような球技、この世界にもあった。
食事をとりに来て何気なく声がする方を見た人は皆足を止めた。
なんて楽しそうなんだろう。
魂に後付された俺が消えそうになるくらい魂が震える。
マリスはこんな風に だれかに遊んで 欲しかったんだ。
ディーンはときどきマリスの足がぎりぎり届くか届かないところにボールを出していた。
届かなくてもボールは壁に跳ね返り戻って来てまたパス。
そんなことを織り交ぜているうちに、何度かに一回はマリスがそのボールを正確に拾うことができるようになった。
無意識による魔力での体力強化。
予想外とは言えない物の、十分以上の成果にディーンは目を細める。
誠実な騎士は嘘をつかないのだ。
途中でふと見えた見知った顔、俺はミランダさんにパス。
ミランダさんは上手にトラップ。
マリスは所詮3才児、トテトテと走っているだけ。
だからいくら動きやすいっても侍女お仕着せの長いスカート姿のミランダさんでも十分についていける。
3人で走り回り、最初に俺のスタミナが切れる。
ごろりとマットの上にひっくり返る。
青空じゃなくて天井なのがほんと残念。
瞬きするだけのはずだったのに、そのまま……。
コテンと寝てしまったマリスに思わずミランダさんと顔を見合わせて笑ってしまう。
そのままマリスを間に挟んで座る。
暇だったからほんの軽い気持ちでマリスのお願いに付き合ったつもりだった。
しかしそれは違ったとはっきり悟る。
自分はミランダさんに会いたかったんだ。
そんな様子を女官長は人ごみの中で見ていた。
王族全般の生活に責任のある女官長は委任されていないとはいえマリスのことも気にかけていた。
王子のためのおもちゃの一つも要求されたことがない。
だから心配していた。
だからマット以外にボールなんかも加えてみた。
それで様子を見に来ると王子は実に楽しそうに居残り組の王妃の侍女と遊んでいる。
女官長はマレリウス王子の顔を知っているのが王宮内では自分一人しかいなくて、王妃付きの侍女でもリーダー格のミランダが今まで会ったこともないとは想像もできなかった。
ティナは王様付の侍女。
違いが判る男? ポルターを味見役にしてサリーにお茶の入れ方を指導していた。
思っていた以上に不器用なサリー。
だからポルターは何度もお茶を飲むことになる。
クールな顔のままティナだけにわかるように、もうパンパンなどとお腹をさすったりしている。
吹き出したいけどティナもプロ。
表情を変えずに淡々と指導する。
でもその瞳が笑っていることがポルターには分かった。
見つめ合うだけで通じ合う、冷たいイメージのために誤解されることの多い二人には初めての経験だった。
上手にお茶が入れられない1名を除いてあっという間に時間が過ぎる。
「え~ディーンさんに結婚申し込まれたの⁉」
早くポルターさんをつかまえなくっちゃ、とレイナはあせる。
もう一人いた遊び人みたいなのは頭になかった。
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