10 騎士
時間はあっという間に過ぎ俺も今8才、背も伸びたのでやや大盛りになった俺専用のオコサマランチダの置いてあるカウンターにも手が届く。
王宮での俺の存在感はこれ以上なくならないほど薄く、上級貴族はもとより王族の誰とも声の届く範囲に近寄ったこともない。
妹姫も生まれたが王宮警護の下級聖霊たちが邪魔をして合わせてももらえない。
その代わり王宮の外へは出ることができるようになった。
この世界、陸上の移動は馬か馬車。
俺は馬に乗れるようになったが馬には乗れない。
言葉遊びみたいだが真実だったりする。
俺が騎乗するのは馬ではなくて鹿。
この辺りをよくうろうろしているでっかい角を生やした魔獣でも霊獣でもないありふれた鹿の子ども。
名前はラン。
ランは去年の夏、ワルターさんやレイナさんたちと馬の練習がてら森へ出かけたら、帰りにこいつが王宮までくっついてきた。
付近に親の気配はまるでなく、追い払っても追い払ってもついてきた。
俺の髪の色がこいつと同じ明るいブラウンなので仲間だと思ったのかもしれない。
乗ってきた馬を厩舎に入れるとこいつも勝手に空いた場所に入る。
その場所にランと名札が掛かっていたのでオス鹿だけどランになった。
馬に飼い葉をやってブラッシングすると隣から首を伸ばして自分もとせがむ。
厩舎の主任さんは、まぁマリスくんのだからな、と厩舎に入れる許可をくれた。
それ以来手綱を付けてないのをいいことに勝手に厩舎に出入りしている。
夜になると戻って来て朝になると出ていく。
ランはものすごい焼きもちやきだ。
俺がほかの馬に乗ろうとすると怒って威嚇する。
そのくせ鞍を置くのはすごく嫌がる。
だから最低限度、紐と金属の輪で作ったあぶみを巻き付けて最低限の馬具にしている。
踏ん張りがきかないと騎乗して槍が使えないからね。
うわさに聞く兄貴は弓の名手で剣も使うらしい。
だから俺短い槍! なんだけど危ないってんで先っちょがないただの棒。
逃げたんじゃないぞ。
比較されるのがヤダって逃げたんじゃないぞ!
八角の棒を振り回して気分は孫悟空さ。
ますます反体制側に流れて王子様から遠ざかってる気がする。
朝、サリーの乗る馬の手綱を引いて王宮の門を出る。
どこから見ても俺が従者みたいだ。
俺は大きくなっただけだけどサリーは大化けして美人になった。
ニキビが無くなったらスゲー美人って物語の王道だから、母上の使ってる乳液とか後わけのわからない物を取り寄せて使用してみた。
びふぉー、あふたぁ。
化けた。
ふぅ。
門を出たらすぐにどこからかランがすっ飛んでくる。
一応野生でない証はつけてあるが街中をランは堂々とやってくる。
簡易型のあぶみを巻き付け反対側を絞って手綱にして騎乗。
ゆっくり歩かせ王都の門を出たところで加速。
俺、王子様なのにフリーパス。
殿下~お待ちくだされ~なんて侍従かなんかが追いかけて来るのが普通だと思うが、俺はサリーを連れただけで自由に出入りしている。
王宮では全く俺の存在を忘れてしまっているらしい。
サリーが乗る馬、ノルト種は毛深く馬としては大柄で足は太くやや短い。
毛深くてノルトの冬にも適応し雪中を駆けまわることができる。
しかし雪があるとランが圧倒的に速いんだよなー。
驚くことにはランよりサリーの足のほうが速い。
だからサリーは目的地である郊外の砦が見える場所までくると馬から飛び降りて走っていく。
「アレン様~~~~」
アレンは砦の副隊長。
サリーは美人になるとともに愛に目覚めた、らしい。
やれやれとサリーに置いて行かれた馬の手綱を取る。
主人公補正どこ行った?
独身美女って転生者である主人公に惚れるんじゃなかったのか?
今のところはサリーが一方的に求愛中。
婚約でもなんでももう勝手にしてくれってんだ。
見えてきたのは小さいが石造りのしっかりとした砦。
ここは王都を守る最後の盾。
ここの守備隊長が出世したワルターさん。
俺は毎日天気がよければ王都を離れられないレイナさんの作ったお弁当を運んでいる。
ま、パシリになる代わりにここで武術を教えたもらってるんだけどね。
この砦は新兵の養成所でもあるから設備が揃ってるんだ。
サリーが副隊長室にすっ飛んでいったので俺は隊長室に。
来客の気配がするが一応ノック。
トントントン。
1回でいいんだけどどうしても3回叩いてしまうんだよな。
「マリス君、ちょうどいい所へ来たね。入って」
「来客のところ失礼します」
隊長室はちょっとした会議ができるようになっているので広い。
その片隅、応接用のソファーに二人の客。
体格のいい老人と俺と同じくらいの少年。
やたら美少年が多いよなこの世界は。
しかしワルターさんが俺の名を君付けにするなんて、怪しい。
「彼が今話していたマリス君です。マリス、今日帰るときにこの人たちを王宮まで案内してほしい。レイトスさんにルー君だユーロラシアから太陽神殿に巡礼にいらっしゃった」
「マリスです。はじめまして」
「レイトスです。ここまで来たときに馬車の車軸が折れましてね。ワルター隊長殿にお世話になっています。これは孫のルー、ちょうど王宮に戻られる方がいるとお聞きしましてぜひ案内を、とお願いしたのです」
「マリス君、馬車の修理はあと1時間ぐらいかかるだろうからその間にアレやってくれないか?」
「またアレやるんですか~」
「ゾイルダー男爵のせがれという活きが良すぎるのが入ってね。早めにガツンと〆とかないとめんどくさいんだ。レイトスさんもせっかくですから見学していかれると良いですよ。面白いですから」
「そのアレって何ですかな」
「新兵殺しです」
ワルターさんはくっくっくと悪人笑いしている。
まいったなー、やりたくないなー、危ないから。
国務にほとんどの時間を費やすノルトの国王にも一人になり休息できる時間がある。
1人っきりの部屋、夏宮の王宮には似つかわしくないみすぼらしい部屋、安っぽい壺などが飾られてある。
国王はいきなりその壺を頭上高く持ち上げると、ぶち投げた。
ふ~。
感情を押し殺し常に威厳を保たなくてはならない国王、誰にも入らせないこの部屋でのみ感情を爆発させる。
『この国を守護する国王となるべき者が、なんと軟弱な、情けない。』
国王は自分自身の目で最も優秀な仔馬をマレリウスのために選び出し冬宮の厩舎に預けた。
その仔馬が夏宮に返されてきた。
『馬には乗れません』
武術の教師を付けなかったのが悪かったのか。
いや男の子ならば自分で馬に乗りたいと言うはずだ。
なんと軟弱な。
鍛えなおさねば。
そうだ、少し早いがアレをさせよう。
名案が閃き心が落ち着いた国王は、いそいそと割れた壺の破片を片付け執務に戻った。
もちろんワルターさんのアレと、王様のアレは違います。
次回 明日 新兵殺し