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1 覚醒 泣いたが漏らしてはいない

お稲荷さんの縁日、初午はつうまの日はキツネばかりがもてはやされタヌキに構うものは誰もいない。

 マレリウス・ヴァン・ノルト

ノルトは最北にあるノルン王国の王族のみが名乗れる国姓、ヴァンは王太子の位、名のマレリウスは建国の英雄と同じ。

この名を持つ者、つまりマレリウスは父方のノルト王家から火の加護をあらわす紋章を、母方のユスラエル公爵家より水の紋章を左腕に受け継いだハイスペックな王子様だ。


 人族と分類される人類のうちにあって魔法を使える一部の者は聖霊から加護を受けている。

そしてその加護の証として体のどこかに痣のような紋章を持つ。

その聖霊、創世の最初に神に創られ世界の基本原理を司るもの。

土、水、金、火、木の五行を司るものに、光、闇を加て七曜。

あと二つ失われた聖霊があるともいうが、兎に角、人は五行の聖霊のいずれか一つから紋章を授かり、その属性魔法を使うことができる。

まさにファンタジー。

王子が持つ紋章はどちらも加護として最上級のもので、それを二つも持つなんてとんでもなくすごい、はず。 

 

 そんな王子様は3才、朝からぎゃんぎゃん泣いていた。

誰もいない。

毎年のことだが夏至を挟んだこの時期、国王夫妻を始め王宮のほとんどがバイピクス山の近くにある夏宮に遷る。

これは山麓にある太陽神殿で夏至の式典を行うためもあるが、氷雪に閉ざされる冬を耐えるために温泉のわき出る火山帯に作られた冬宮が、高緯度にあるにもかかわらず夏は暑すぎて暮らしづらいからである。

マレリウス王子も本来は夏宮に移るのだが何故かここに一人放置されている。

ほとんどの人が出て行った冬宮ではあるが、それでも王子という身分の者を世話をする者が残っているはずだ。

なのに誰も来ない。

おなかがすいた。

そして泣き疲れて眠るをまた繰り返す。

もう涙も出ない。

代謝ががよく小さな体はすぐに衰弱し、簡単に死へと進む。

その状態になって生存本能が別の世界の人格を起動させた。

19才まで生きた記憶、ニッポンの大学生だった。


 この世界の神話では、宇宙は神の持つ本の1ページでしかないという。

インクがにじむと重なる反対側の紙に写ることがあるように、平和な国ニッポンで史学科の大学生などしていた俺の魂が隣の世界に住む少年に写りこんだ。

絶望の涙がその魂をにじませてしまったものと思われる。

魔法がある世界。

ここは何でもありだと納得するしかない。


 俺の大学生の思考能力でなら、この体にある記憶を分析し今有る危機の原因を突き止め対応策を導きだせるに違いない。


 幼いから記憶力が良いのだろう、俺はすぐに原因らしきことを思い出した。 

あれは数日前、乳母が泣きながら俺を抱きしめた。

それからこう言ったんだ。

『殿下、私がお世話できるのは3才まででございます』

それから小さな声で何かぼそぼそと、確か『ご不憫な』とかなんとか聞こえたような……。

そして最後にこう言ってたはず、『まだ殿下ご担当の女官様が着任されていませんのでご挨拶も引き継ぎもできませんでしたが……』って。

つまり俺の世話係が引き継ぎされてないとか?

ま、いいや。

女官が来なくても下働きの侍女が掃除くらいしに来るはずだ。

なのになぜ来ない?

そうだ!

泣きながら寝ていたベッドから椅子を足場に高い位置にある鍵を外す。

部屋のドアを開けて外側のドアノブに掛かっていた『入るな』の札を裏返す。

俺の世話をしていた乳母はいつもそうしていた。

これで誰かが来るはずだ。

来てくれるはずだ。

まったくつまらんことで死にかけた。

安心したら力が抜けてその場所で倒れこんでしまった。

くそっ!

早く誰か来いっ!


 待つほどもなくドアがノックされる。

ノックに返事をすると入って来たのは掃除道具を持った少女、ドアを開けたすぐそこに仰向けに倒れている俺を見つけて固まる。

中学生くらいか、ニキビ面で決して美人だと言えないけど、天使様だ。

俺は倒れこんだまま両手を合わせてお祈りポーズ。


「掃除は後にして何でもいいから食べるもの持ってきて。大至急」


 入って来た侍女はいきなりそんなことをドアを開けた真正面でぶっ倒れている子供に言われて目を丸くしたが、持ってきたバケツとぞうきんをそのままにしてドアも閉めずにすっ飛んで行った。

速い!


 すぐに走って戻ってきた彼女は俺が座るお子様用の椅子につけてある小さなテーブルの上に食器を並べた。


「大至急とのことでしたので下の者が使う食堂から持ってきました。常に食事が用意できるところはそこしかありませんので」

「それでいいよ。ありがとう」


 出されたパンとシチュー、それはそれはうまかった。

ただの水だけどこれもおいしい。

生命の危険が過ぎると雑事にも気が行くようになる。

侍女さん走ってきたよね、これ持って。

コップの水は全くこぼれていない。

どんな運動神経してるんだろう、この子。


「食べていらっしゃるのに申し訳ありませんが、お掃除させてください。急げと言われているんです」

「いいけど、君、名前は?」

「遅くなって申し訳ありません。王妃様付きの侍女を昨日から申し付かりましたサリーです」


 王子の部屋は王妃の居住区の一角、だから王子様担当でなくても王妃付きの侍女が掃除に来る。

来てくれてホント良かった。


 俺には全く知るすべがなかったのだが、乳母が暇を取って実家へ戻ったのに後任の女官が任命されなかったのは、女官たちの役割分担の隙間に俺が落っこちてしまっていたからだ。

本来、夏至に生まれた俺に付けられる女官は、俺の誕生日である夏至の日に女官長が推薦して王妃が王子付きに任命するものである。

ただし、この場合の女官長は俺が生まれた場所であり、今現在王妃が滞在する夏宮の女官長でなければならない。

その夏宮の女官長、俺が生まれた時のごたごたで罷免された前任者と交代した新任で俺とは全く会ったことがない貴族の未亡人。

更に王妃に新しい命が宿ったらしいということで自分の管轄外の冬宮にいる王子様のことにまで頭が回らなかった。

一方、冬宮の女官長は新任女官の挨拶が無かったので気にはしていたのだが、俺の居る王宮の区画には管轄外で立ち入ることも赦されていなかった。

つまり俺の部屋に来ることができるのは掃除担当の下級侍女たちだけ。

貴族でもない侍女たちに俺の部屋にかけてある『入るな』の札を無視することはできなかった。

そもそも王位継承者第一位である王子様を冬宮に一人置いておくことが問題なのだけれど。




 サリーは食べている俺をそのままにパタパタと掃除を始める。

鼻歌を歌いながら楽しそうに拭き掃除。

床を掃くときは俺を椅子ごと片手でひょいと持ち上げあっちへこっちへ。

いくら掃除していいといってもあまりにも無礼な奴だ。

しかし怒る前にその手際の良さとバカ力にあきれてしまった。

しかも椅子のテーブルに乗っているコップの水が波ひとつ立てない。

どんな武術の達人なんだ。

よく見ると額に小さな生えかけの角、修羅族か、どうりで力が強いはずだ。


 俺の居住区は3LDKで通称若獅子の間、乳母が離乳食を作っていたので小さいながらキッチンもある。

トイレも俺専用。

寝室のベッドは大きくて天蓋付き。

シーツを交換していた彼女、顔をぎーっとこっちに向けてにっこり笑う。


「坊ちゃま、うちの弟もよくやっちゃいます。秘密にしておきますね」




 誤解だ~! 

でも泣いてたとも言いづらい、う~。 


 夏宮にいる賢く勇ましい父国王陛下も、優しく美しい母王妃殿下も息子がこんな目にあっていたことを知らない。

ハイスペックに生まれた王子は、優秀なスタッフに取り囲まれて順調に育っている ”はず” だから。


 ところで王妃が王子に付けた女官や乳母が立場が上の女官長に出す依頼は形式上 ”王子様のお願い” という形で決済に回され大抵そのまま受理される。

こりゃ何とかしないとえらいこっちゃと動き出した王子が好き勝手に乱発したりするようなものではない。

俺は乳母がしていたように依頼を部屋にあった用紙に書いてサリーに持って帰らせた。

冬宮の女官長はいきなり書類をアタされて不思議に思ったが筋が通っていたので受理しそのように手配した。

まさか本当に3才の王子が書いたとは思わないで夏宮から王妃が直接命じているものだと理解した。


 その俺が直接出した本物の ”王子様のお願い” 、俺専属の侍女を付けてくれ。

すぐに実行された。


「サリーです。今日から、坊ちゃま専属になりますのでよろしくお願いします」


 次の日ぺこりと頭を下げたのはあの修羅族の侍女。

手元の任命書に書いてある俺の名を指さしながら目を驚きに広げる。

そう、俺が王子様だ、驚け、頭が高い。


「あれ~、坊ちゃんもマレリウスなんですね。殿下と同じ名前が多すぎです。え~と5番目のマレリウス様じゃ分かりにくいですね。う~ん、おもらしのマレリウス様?」

「おぃっ!」


 どうも王子に仕えろじゃなくてこの部屋で働けとだけ言われたみたいだ。

俺の呼び名は何とか愛称でマリス坊ちゃま、商家のボンボンみたいだがそれで手を打ってもらった。

非常に理不尽だ。






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