番外編 勇者アリスの旅立ち
その者は勇者だ。生まれた時から勇者になる事が決まっていた。本当は嫌だった。普通の子として生まれ、普通に恋をし結婚して家庭を作る。
だが、それは許されない。その者は勇者だから。内心では旅など行きたくもなかった。このご時世、魔王なんぞいるはずが無いと。
実際、魔物の凶暴化などは皆無だ。それなのに勇者として扱われる。意味が解らない、そう思った。
勇者、アリス・エルフィールド。それが勇者の名前。アリスの美貌は見たものを魅了する。それは性別など関係なく、万人はアリスを見た瞬間に虜になるだろう。そんな勇者は聖王都・クラフティンベルにある学園の生徒だ。
「おはようございます。」
私が挨拶すると、頬を染めながら返事を返す。何とも、複雑な気分ですね…。
「お、おはよう!」
「おはようございます、アリス様。相変わらずお美しいですわ!」
一人は男子生徒で、運動神経も良く学園の人気者です。そしてもう一人は、縦ロールがトレードマークで見た目はザ・お嬢様!と言った感じです。
「おはようございます、シュルツくん、マリアンヌさん」
お辞儀をしながら、挨拶を返すと二人はポーッとした顔で惚けていた。
「さぁ、行きましょう。遅刻してしまいますわ」
二人に対して先に進む様に促す。こう見えて私は無遅刻無欠席の皆勤賞が貰えるほどの優等生です。自分で言うのもなんですが…。
歩くたびに靡くブロンドの髪、すれ違う人は全て振り返るほどに整った顔立ち、それに加えてエメラルドを溶かし込んだかの様なグリーンの瞳がアリスという人物を別次元の存在へと昇華させている。
そんな中、一人の青年が勇気ある特攻をかける。つまり、告白だ。周りの男子勢は頑張れと声援を送る。無論女子も例外ではないが、中にはアリスを神聖視する者もいるのでそれらからは侮蔑の眼差しが送られてくる。
「ア、アリスさん! 俺と、つ、付き合って下さい!」
「ごめんなさい、貴方には私よりももっと素敵な方が訪れますわ。それに、私はいずれこの町を離れてしまいます。申し訳ございません。」
深々と謝罪すると覚悟していたのだろうか、何処となく晴れやかな顔をしていた。本当に私は最低だ…。
「アリス、どうしたの? そんな暗い顔して。」
「リリィなんでもないわ。」
幼馴染のリリィ・クラフティンベルが話しかけてくる。心配してくれているのは分かるが、今はそっとしておいて欲しいのでなんでもない様な事を言う。
流石に付き合いが長いせいか、簡単に看破させる。
「そうは見えないけれど?」
私はひと息ついて、答える。
「私はこんな所で何してるんだろうって、ね?」
「成る程。でも来月でしょう? 旅に出るのは。」
「えぇ。ねぇ、本当に魔王っているの?」
長年気になっている事を口にする。
「それは分からないわ。だって誰も見たことが無いんですもの。それを確認する事も含まれているのでしょう?」
「えぇ。どうにもあの女神が信用できないのよ。」
「神殿の連中が聞いたら卒倒する話ね?」
「仕方が無いわ。実害が出ていないんですもの。疑いたくもなるってものでしょう?」
人一人の人生を無駄にするのだから、対象者はたまったものでは無い。
「神託は、今日だったかしら?」
「えぇ、学園が終わったらそのまま直行よ。」
顔を顰めながら、アリスは答える。正直行きたく無いと言う思いがそれだけでも伝わる。これだけでもわかる様に、リリィに対して信頼している事が伝わる。
ファリスはアリスを抱きしめ、頭を撫でる。
「ふふ、顔に出ているわよ?。」
「リリィにしか見せないから、大丈夫。」
「それは嬉しいわ。」
しばらくした後、二人は別れ学園での授業を終えてアリスはそのまま神殿へと向かった。
「なぁ、サンテグリルの錬金術師の噂聞いたか?」
「なんかすげぇ便利なもん作って売ってるって話だけど?」
神殿に向かう途中に、冒険者であろう人達が話しているのが聞こえた。今時錬金術師とは珍しいとアリスは思ったが、そのまま気にせず進んで行った。
『なんでも、■■もーーーーできるアイテムすら作れるんだとよ!』
その一言がアリスの耳に入る事は無かった。
「これはこれはアリス様。お待ちしておりました。」
「ご苦労様です。神託の間に行きます。」
「はい、荷物はお預かり致します。」
シスターが進言し、アリスは荷物を預ける。どうせ鞄しか無いし、貴重品などは皆無なので問題は無い。
「お願いいたします。」
鞄を渡すのと同時に口にする。預けた後は、そのまま神託の間へと足を向ける。
神の威厳を感じさせる様な重厚な扉が軋む音を立てながらゆっくりと開いていく。中は神殿内よりも澄んだ空気と、濃い神気で満たされている。中の泉は聖水よりも遥かに濃い神気を含む水で、悪魔などは触れることなど許されない。寧ろ、触れようとすれば消滅させられる程の水なので絶対に近寄らないのだが…。
アリスは片膝をつき、述べる。
「勇者アリス、神託を受けに参りました。」
瞬間、濃密な神気を纏った女性が現れる。
女神・アビースティアである。プラチナ色の長い髪をふわりとさせ、赤い瞳はまるでルビーを溶かし込んだかの様な鮮やかさがあった。
ーやはり、信用できない。
何度会おうと、アリスは本能的に思う。何故だかは分からないが、何度自問しようと同じ答えにたどり着く。
「お久しぶりですね、アリス。」
「はい。アビースティア様もお変わり無い様で…。」
「神はうつろわぬ者、変わりようがありませんよ。」
「本日の神託は一体どの様な?」
アリスはさっさと終わらせるべく、本題を聞く。
「もう少し世間話もしたいですが、いいでしょう。次の月にはお前は旅に出ますが、まずはサンテグリルを目指しなさい。」
「何故か聞いても?」
アリスは疑問に思う事を口にした。
「サンテグリルには錬金術師がいます。彼女の協力無くして魔王は倒せない。故に、彼女協力を取り付けるのです。」
「分かりました。その方のお名前は?」
「リーン・ファンテと言うそうです。」
本当にいるかも分からない者相手に自分以外の人間を今更巻き込むのはやはり気がひける。その事が余計にアリスの表情を曇らせる。
「では、神託を終わります。アリス、魔王を倒して下さい。」
「はい」
さっさと神託の間を出て行くアリス。アリスの中でやはり胡散臭さがあり、信用出来ない。そもそも、魔王を倒すのになぜ人間の力が必要なのかが分からない。女神ならば自分で倒せば良いと常々思う。
「お帰りなさいませ、アリス様。」
「ただいま戻りました。」
「それで、神託は?」
「サンテグリルの錬金術師に協力してもらえとの事です。」
「サンテグリル、ですか。」
サンテグリルはこのクラフティンベルから結構な距離がある。行けない事はないので、アリスとしては問題はない。
「なにかあるのですか?」
「いえ、あそこは冒険者ギルドが錬金術師ギルド潰しをしているらしい、と。」
「どうしてその様な事に?」
「それは、その、サンテグリルの冒険者ギルドのギルドマスターが錬金術師を嫌っていまして…」
アリスは呆れた。個人の好き嫌いで他のギルドを潰そうなどと言語道断である。その事に対して苛立ちを露わにするアリスに神官は怯えている。
「ごめんなさいね、少しそのギルドマスターにはお灸を据えに行かなければならないわね。」
「は、はいぃぃぃ」
アリスの顔は笑顔だが、目が笑っていないし不機嫌さが目に見えてわかる。アリスは国王からある程度の権力が与えられている。国の不利益になる様な者をその場で処断する事さえ可能だ。その代わりに、幼い頃より実家から離され教育されてきたのだ。
やはり父母に会いたいと言う思いは少なからずあるので、いつも我慢している。アリスとて、まだ13歳だからしょうがないだろう。
「錬金術師は国の発展には必要不可欠、それを個人の好き嫌いで潰そうとするとは…。叛逆にも等しいですね…。」
聞こえないくらいの大きさでのその呟やきが聞こえてしまったのだろうか、神官の顔が青ざめていた。
その後アリスは神殿を後にし、王城へと向かう。現在の住まいは王城の一室だ。
門衛が敬礼し、アリスが「ご苦労様です」と答えると顔を赤くしていた。言うまでもないが、王城でもアリスの人気は異常だ。見た目が美少女で所作は淑女のそれときたら言う事ない程だ。
「生まれは普通でも育ちで違うのは実証されていますし、貴族の方も気にせずに庶民の方とご結婚されれば良いのに…。」
そう呟くと数人の貴族は眼を逸らす。わかっていた事だが、私でないと駄目だと思っている人達だ。最早1パーセントの可能性すらないので他の貴族からは憐れみの視線だけが向けられる。
スタスタと慣れた道を行く。冷えた床や壁がアリスの心を表しているかの様だった。
「お帰りなさい、アリス!」
「ただいま、プリム。」
「なんか元気ないわね!。どうしたの?」
「女神の神託を受けたのよ。」
「あ〜、あのインチキ女神か!。なんであんなのの言う事聞くの?。悪い魔王なんていないのに。」
「そうなのよね、私以外は女神が絶対だって思ってるから…。」
そう、このクラフティンベルは全てがあの女神によって回っている。まるであの女神の庭だ…。早くこんなところを出て色んなところをプリムと共に見て回りたいと言う気持ちが最近では更に大きくなっている。
「ねぇプリム、ここから出たら何処に行きたい?」
「ん〜? 私はアリスと一緒なら何処でも良いけど、海には行ってみたいわね!」
「海か〜、私も行った事ないな〜。」
「アリスってばここから出た事ないでしょ〜?」
「ふふ、そうだね。あと一ヶ月、一ヶ月だから…。」
あと一ヶ月でこの牢獄から出られる、そう考えると少しだけ希望が持てた。
そうして旅立ちの日まで、何とかプリムと共に耐えようやく念願の旅立ちの日が訪れる。
「勇者アリスよ、魔王討伐の旅は心して行くがよい。苦難の旅路になろうが、我々王家も全力でサポートするゆえ」
「はい。」
正直そんなサポートいらないと内心で呟く。だが、決して顔には出さない。長年培ってきた技術だ、どうという事はない。
「では、行ってまいります。」
「アリス! お帰りをお待ちしておりますわ。」
「リリィ様、はい必ず戻ります。」
嘘だ。本当は戻りたくないし、戻る気もない。リリィには悪いとは思うが、彼女も例外なく女神派なのだ。
「それでは、失礼します。」
そう言い残しアリスは王城を、そしてクラフティンベルを後にする。クラフティンベルの外でプリムと無事に合流し、プリムはアリスの肩に乗りアリスは歩き始める。
「まずは何処に行くの?。」
「さぁ?。決めてないわ。だってこれから始まるのよ、楽しい日々が!。だったら二人で決めたいじゃない?」
「そだね!。でも一応サンテグリルには行くんでしょ?」
「そうね、それは仕方がないしね。」
「じゃあ、当面の目標はサンテグリルにする?」
「寄り道しながらゆっくり行きましょ?」
「あいさー!」
こうして勇者アリスは旅立った。この世界を回り、己が眼で見極める為に。
自分の人生を棒に振ったあの女神が正しいかどうかを…。
番外編ですね。
後々関係してくるので、最初らへんにぶっこんどこうかなと。
アリス「そうして忘れるんでしょう?」
プリム「酷いよねー!」
いやいや、それは、ない、よ?




