雲行きが…。02
店の扉が荒く開かれた。その音に、俺も店の主人も目を丸くして驚いた。
息を切らせた友人、サムスが俺を探して駆け寄ってきた。
「こ、こんな所にいたのか!。大変だ!リネットちゃんがモンスターに襲われたんだ!!」
「なにっ!?」
俺は自分の顔色が悪くなっていくのが分かった。自分の娘を失うかもしれない、そんな不安は俺の中でどんどん大きくなっていった。
俺は店を飛び出していた。場所はすぐに分かった。人だかりが出来ていて、かなりの大騒ぎになっているからだ。人垣を掻き分けて中心部に行くと、血だらけになった娘のリネットが静かに横たわっていた。片腕は裂けて骨なども見えていたし、足なんかは途中で無くなっていた。
俺はそれを見た瞬間に、『あぁ、リネットは助からないのか』という気持ちとなぜリネットなのかと言う思いで一杯になった。一体この子が何をしたというのだ?。
崩れ落ちる俺に、叱咤する声が響いた。
「貴方はその子のお父さんなんでしょう、諦めたら駄目だよ!!」
俺はその声のした方へ振り向く。すると其処には先ほどまで一緒にいた可憐な少女が、険しい顔で俺を見ていた。
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「貴方はその子のお父さんなんでしょう、諦めたら駄目だよ!!」
ボクは思わず声を張った。柄にもない事をしたので、後で喉を痛めないか不安ですけど…。今はそんな事言って入られません。店を出るときに、念のためにエリクシールとかが入った四次元巾着を引っつかんで出てきました。
どうやら正解だった様です。パッと見たところ、かなり酷い有様でした。
「退いてください!」
ボクはギャラリーを押し退け通る。顔を顰める人もいましたが気にしていられません、何せ女の子一人の命が懸かっているんですから。
モンスターから受けた傷は左腕の肘あたりから肉が裂け中の骨が見えていました。右脚は太腿位から喰い千切られたかの様な状態で、通常ならまず助かる見込みはありません。
(普通のエリクシールじゃ、たぶん無理だわ…。)
『如何するの?』
(エリクシールの効果を引き上げるために、魔力を注ぐ。やり過ぎは良くないけれど、今のままじゃ足りないから。)
「なぁ!助かるのか?、俺の娘は助かるのか!?」
男性が叫びながら、周囲を見渡すがそれに応えられるものはボク以外に居なかった。
「助けてみせるよ!。」
四次元巾着から紅い液体の入った瓶を取り出す。色は血の様に紅く、されども血ではない液体。それがこのエリクシール。別名エリクサーとも言われるアイテム。賢者の石を材料に使っている訳ではないために、その効果は半分以下までに低下してしまっている。
ボクは指を刃物で少しだけ切り、血液をエリクシールへと入れる。この時忘れてはならないのが魔力を注ぎながら行うこと。
元から血液はその人の魔力を豊富に含んでいるので、効率的には非常に良いのですが気分的には良いものでは無いです。
ボクの血液がエリクシールに入って瞬間に液体が淡く輝き始めた。これは、錬金術の反応で必要なことです。治まるまで待つこと数秒、エリクシールはキラキラと輝きを放っていました。
「これなら!?」
そう思い、即座にエリクシールを飲ませました。顔を顰める人が多々いましたが、気にしません。
女の子はゴクリと音を立ててゆっくりと飲み干しました。飲み干した瞬間に、女の子の身体が光り出して治る頃には欠損している所は全て再生が終わっていました。
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俺は、いや俺たち周りの皆んなは一体何が起きたのか分からなかった。錬金術師の少女が紅い怪しげな液体をリネットに飲ませたかと思うと、助からないはずであろう傷が一瞬で治っていた。
エリクシール、その名前は錬金術師以外でも有名な代物。旧時代ではエリクシールを作るのに数多の命が失われたと聞く。本当かは分からないが…。
「リ、リネットは、助かった、のか?」
俺は、愛娘が助かった事に対して歓喜した。リネットが生きていてくれた、その事にしか頭に無かった。
「ありがとう、娘を助けてくれて」
心から俺は感謝した。少女の肩に手を置いた瞬間、少女が倒れた。顔色を見ると、血の気が引いた様に真っ青になり脂汗まで出ている。
「お、おい!如何したんだ!」
訳が分からなかった。周囲の連中も、何か化物でも見る様な視線を少女に送る。俺は如何したら良いのか分からずにしていると、元冒険者のマッシュが騒ぎを聞きつけ駆けつけて来た。
そしてこちらを見るなり叫んだ。
「お嬢ぉぉ!!!!」
鬼気迫るものがあったが、どうやらマッシュもこの少女と知り合いらしい。
「マッシュ!。良かった、助けてくれ!」
「退け!」
マッシュは俺を一喝して、少女から距離を置かせた。
「なんてこった!魔力の枯渇がひでぇ!。どうなってやがんだ、お嬢の魔力なら並大抵の事じゃこんな事になる筈がねぇ!。おい、バッカス!。状況説明しやがれ!」
俺は包み隠さず話した。娘のリネットがモンスターに襲われた事、死ぬ筈だったリネットを紅い液体に自らの血を入れて飲ませた事で助かったまで全て。
話終わるとマッシュは絶句していた。
「エリクシールに自分の血を入れた、だと!?」
どうやらマッシュは少女がエリクシールを作っていた事は本人から聞いていたらしい。だが、その後が問題だった様だ。
「な、なあ、自分の血を混ぜるとどうなるんだ?」
「あのなぁ、人の血ってのは一番魔力が乗りやすい物なんだよ。恐らく、入れる前の段階のエリクシールじゃあ助けられなかったんだろうさ。」
「な、なに!?」
「お前ぇ、お嬢の錬金術師としての腕知らねえだろ?」
「あ、ああ。」
「はっきり言っておくぜ?。材料さえあればお嬢は何だって作れる。それこそ賢者の石すらもな。完全なエリクシールなんざ楽勝だろうよ。だがな、そんな事すっと良い事なんざ無えって常々言ってたんだ。」
「な、なんでだよ。遠慮なく作れば…。」
「じゃあ聞くがよ、雑貨屋の近くに品質も良く品揃え豊富な店があったらお前ぇはどっちに行く?」
そんなのは決まっている、品質が良く品揃え豊富な店の方だ。其処まで言われて思い至る。
近くにある店の害にならない様にしていたのか、と。
マッシュとそんな事を話していたら、むくりと起き上がる気配があった。
紅い髪を靡かせ、逆らう者を射殺す様な鋭い視線、まるで別人だった。
「イヴの姐さん、起きて大丈夫なんで?」
「マッシュ、肩を貸しなさい。流石にあのレベルの魔力消費は洒落にならないから。」
「へい」
そう言ってマッシュは、先程までと似ても似つかない少女を起こしながら肩を貸す。
「お前、あの娘に感謝するのね。それと、周囲のゴミ共の視線、あの娘が知らなくても私は忘れない。そんな視線をあの娘に向けたお前たちを。」
そう言い残して、少女とマッシュはこの場を後にしたのだった。




