狭間からのプロローグ
「で、思い出したかの?」
「うん、思い出したよ。いくつか質問いい?」
「おうおう、良いぞ。申してみよ」
「ここはどこか教えてもらえる?」
「ふむ、ここは世界と世界の狭間じゃ。普段は認識することも出来ない場所じゃよ。」
世界と世界の狭間、ね。なるほど、この宙に浮いてる一つ一つが世界なのね・・・。
「あと一つ、ボクは死んだの?」
「あぁ、その事なんだがな・・・。死んだのには違いない。」
そう言葉を濁しているのは若い、といっても30代くらいの男性だった。
「煮え切りませんね、一体どういう事なんです?」
「すまん!!」
いきなり謝られた。どうしたんだろうか、何か彼はボクに対して何かしたのだろうか・・・。ハッとなったて自らの身体を確認するが何も変わっていない。首を傾げる。
「いやいや、なにもしてないから!!」
「ならどうして謝ったんです?」
「いや~、その・・・・。」
「キミはイレギュラーなんだよ。」
割って入ったのは若い女性で、見た目は20代前半だった。
「イレギュラー?」
「そ、この馬鹿がやらかしてキミを男の子で作っちゃってね・・・。」
そう言うと女性はジト眼で男性の方を見ていた。間違ってってなに?。
「どういう事ですか?」
「うむ、それなんじゃが、お主は元々女子の予定だったんじゃよ。それをこの馬鹿者がお主を弄った結果男児として生まれたのじゃ。」
「お、男の娘って良いじゃん?」
「事故に遭ったのは?」
「それもこの馬鹿のせい。無理なことしたからその皺寄せが寿命に来たわけ・・・。」
「ふーーん、全部この人のせいなんですね・・・。」
そう言うと冷たい視線を30代の男性に向ける。身体をクネクネしながら悶えている。正直気持ち悪い。でも困った、一度きりの人生をこんな変態のせいで無駄にさせられたのだから。
「ボクはこれからどうなるんですか?」
「それなんだがの、もしよかったら別の世界で別の人生でも送ってみらんか?」
「えっ!?良いんですか?」
「もちろんよ、良ければ次の人生の容姿をあっちで決めましょう?」
「あ、はい。」
「あと、私の事はシャンティと呼んでくれて構わないわ。」
「ボクは不破鈴音です。」
「よろしくね、鈴音ちゃん」
「はい、よろしくお願いします。」
そう言いながら握手をする。なんだかお姉ちゃんみたいな人だなぁ・・・。
「ん?どうしたんだい?」
「あ、いや、なんだかお姉ちゃんみたいだなって」
そう言うとシャンティさんは少し顔を紅くしてこう答えた。
「そ、それなら別にそう呼んでも、良いんだぞ?」
「ん?お姉ちゃん?」
「はう!?」
何だろう、今の反応は。可愛い・・・。もう一回言ってみよう。
「シャンティお姉ちゃん」
「はうぅ!!?」
これは、いい。反応が面白いからついついからかっちゃいたくなる。それはそれとして、サクッと決めてしまお。
「行きましょ、シャンティお姉ちゃん?」
「え、えぇ、解ったわ。でも、恥ずかしいから、さんでお願いするわ・・・。」
「はーい」
そんな会話を繰り広げつつ鈴音とシャンティは別の場所へと向かった。無論言うまでもないが原因の男は放置されたあげく何も出来ないように縛られていたのだが、どうにも変な性癖の持ち主なのか悶えていた。
「さて、早速なのだけれど容姿はどうする?」
「そうですね、今更これから新し見た目は違和感しかないのでこの姿でお願いしたいです。」
「そっか、そうだよね。でも髪の色はどうする?。黒髪じゃ向こうではかなり目立つよ?」
「じゃあ、そこは目立たない色でお願いします。」
「性別は?」
「女の子で。」
「・・・、・・・性別は?」
「女の子で。」
「やっぱり?」
「はい。なんだかんだで女装してる時が一番しっくりきていたので。」
「だよねぇ、何せ魂は女性だものね~」
「そうなんですか?」
「そうだよ、鈴音は本来女の子で生まれる予定だったんだけど。あの馬鹿が、ね」
「それなら納得です。だから女性服がしっくりきたんですね。」
どうやらボクは本当に女性で生まれる予定だったらしい。あの人はホントに最低ですね。それにしても、それならこのボクってのは止めた方が良いのかなと疑問に思った。
「あの、一人称は治した方が良いんでしょうか?」
「ん?。あー、ボクってヤツ?。別に良いじゃない?。人それぞれだし。」
そうやって一蹴した。すごい豪快な人だ・・・。そっか、でも変える必要はないんだ。ちょっとした事なのに妙に嬉しかった。ボクがボクであり続けることができそうだからかな。
「それと世界はどこにする?。色々候補はあるんだけどね・・・。」
「それなら、魔法とか錬金術とかが使える世界はありますか!?」
「ん?、あるけれど、そんなところになると何かと不便だぞ?」
「ボク、錬金術に興味があったんです!!」
そう、このご時世魔法や錬金術等はゲームの中だけの存在だ。ましてそれが自在に扱えるなんて夢のようだ。ボクだって年頃の男の子だったしゲームくらいは少しやっていた。とはいえ、RPGとかが主だったけど。
「錬金術師になって工房とか開きたいんですよ~」
「錬金術師、ね。大変だぞ?」
「望むところです!!」
「本当に良いのか?。私はもっと別の世界で生活するのもアリだと」
「いえ、錬金術師で!!」
「拘るね・・・。」
そう言って渋々ではあるが、世界を渡る準備が着々と進んでいった。ボクとしては嬉しい限りである。なにせ現代ではなることのできない錬金術師になれると云うのだから。
ただ、やはり気になったのは現代にいる家族やここねちゃんたちの事だった。
「あの・・・。」
「ん?どうしたんだい?」
「ボクがいた世界の様子って見れますか?」
「・・・・・・。それは、あの世界に残してきた家族の事が心配なのかい?」
「・・・はい。やっぱり家族、ですから。」
「そうだね、見ることは出来るよ。ただ、私はお勧めできない。」
「えっ?。どうしてですか?」
「私は、君が傷付くことを分かっていてそんな事は言えないよ・・・。」
「どういう、事ですか?」
もしかして、と可能性が過る。それは一番考えたくない可能性。それは一番悲しい可能性。
「あの、それって・・・。」
「やめておいた方がええよ。」
「おじいさん。」
「長老!?」
「儂もそれは見せたくはない。だからのぉ鈴音、今は次の新しい世界に行くことだけを考えるのじゃ。」
なんとなく、何となくだけれど察してしまった。おそらく元の世界にはボクがいた痕跡が無くなっているのだろう。それはつまり、あの世界から弾き出されたと云う事。
「それでも!。それでも、いいから、見せてはくれませんか?」
ボクはそれでも最後に皆がどうしているのか見たかった。この眼に焼きつけておきたかった。それはボクがあの世界と別れる為に必要な事だと思ったから。
「そこまで言うのであれば、止めはせん。好きにするとええ・・・。」
そう言ったおじいさんの後ろ姿は力なく、純粋にボクの事を心配してくれているのが分かった。
「じゃあ、覚悟はいいか?」
「・・・はい。何時でもいいです。」
少しボクの身体は震えていた。これはどの感情に起因するものか分からなかった。
ふわりとシャボン玉のような物がボクの前に飛ばされてきた。そのシャボン玉はボクの前でピタリと止まった。
「それを、覗いてごらん?」
「は、はい。」
ボクは恐る恐る、それを覗いた。するとそこには見慣れた光景が浮かんでいた。紛れもない、ボクの家だった。
ボクはしばらくの間覗き続けた。するとそこにはここねちゃんが出てきた。
『ねぇ、美咲姉。』
『ん~?』
『あの子、どうしたの?』
『あの子?』
『うん、ほら、あの、よく女装させてた・・・。美咲姉の■。』
『えっ?』
『だから、■■ちゃんのこと』
『・・・誰?それ?』
『えっ?』
『うちにそんなこ居ないわよ?』
『・・・そっか、そうよね。私なに言ってんだろ?』
『どうしちゃったの?』
そう姉さんとここねちゃんが会話していた。それを見てやっぱり、と内心思った。けれども、次の瞬間眼を見張る出来事が起きた。
『あ、あれ、なんで私泣いてんだろ?』
ここねちゃんは泣いていた。何故だかは自分にも分からないらしい。それでも、泣いていた。ボクは思わず見るのを止めた。見たくなかったから。
「・・・どうだった?」
「辛い、ですね。でも、漸く決心が着きました。」
「そうか、なら良かった、かな。」
ボクはこの時に、自分の中にあった元の世界への未練は無くなった。
そうしてボクは新しい世界へとわたる為にシャンティさんとの準備を進めていった。ここでの生活は充実していた。それもそうだ、なにせ優しい義姉と一緒に色んな事を学んだ。主に生活する為の家事スキルに錬金術についてだ。シャンティ義姉には感謝しきれない程です。およそ三か月ほど生活し学び終えた頃にはもう旅立つと云う時だった。
「これで、最後だな。」
「そうですね、長いようで短かったです。」
「ああ、そうだ。最後にに餞別を、な」
「餞別?」
「あぁ、向こうで生活するにあたって、何か秀でていないと結構きついんだ。その、なんだ、妹が別の世界に旅立つわけだし、あんまり苦労させたく・・・。」
そこまで言うとシャンティさんは顔を真っ赤にしている。ボクの事を心配してくれている良いお姉ちゃんだなぁ。
「ありがとう、シャンティお姉ちゃん!!」
そう言って思わず抱きついてしまった。嬉しかった、さっき会ったばかりの人間に対してここまでしてくれるなんて思わなかった。この時ボクはもう身体を得ていた。これは次の世界、エフィンバウムで生きていく為の身体だ。もちろん、女の子の身体なので今までと勝手が違うので慣れるまで苦労した。
「あぁ、私も、鈴音と触れられて、嬉しかったよ。ありがとう、リーン」
時間だった。伝えたいことがあったのに、無情にも旅立つ時が来た。仕方のないことだと、望んだことではあったけれども・・・。それでも、もう少し一緒に居たかったな。
「ありがとう、お姉ちゃん。」
ボクの目から涙が零れる。ボクがここで生活し妹として扱ってくれたお姉ちゃんへの感謝の言葉。届いたかな?。
こうしてボクのリーンとしての人生は、これから始まります。