第三話:転生☆できるけど働けってさ
銀タコが絶望銀河のガシャドクロとやらを招集するべく金タコの部屋を後にしてから五分ほどが経過した。
玲の霊は、電極が引き抜かれた後の自身の身体を子細に観察していたが、どういうわけかそこに外相が認められないことに首を捻り、シューマンの側へ漂って行った。
「あの、シューマンさん」
「なにかね?」
「わああっ!?」
自分が超常現象の塊であることも忘れ、玲は悲鳴を上げて宙返りを打った。振り返ったシューマンは、自分の足の一本を口吻に収め、あろうことか咀嚼していたのだ。
「モグモグ……いったいどうしたというのかね?」
「い、いやだって、あなた……」
足を食べてるじゃありませんか。震える半透明の指先で、ちゅぽん、と口吻から飛び出し、鋭利な何かで切断されてしまった足先を示した玲だったが、次の瞬間には質問を飲み込んだ。
慌てふためく玲を尻目にシューマンの咀嚼が終了し、出来上がった食塊を嚥下する音がはっきりと聞こえた。玲の中で何かが終わったと思ったとき、ズタズタになっていたはずのシューマンの足先が瞬時に再生されたのだった。
「いったいどうなって……」
「ふむ、我々クトパー星人の触手の先端は、繊細なセンサーとなっていてな。古くなると感度が落ちる故に、定期的に食べて再生させるのだよ」
玲はもちろん食べたことはないが、地球の海生生物であるタコも足を再生させることはできるし、自身の足を食らってしまうこともある。しかしそれは、ストレスや極度の飢餓状態に陥った際に起きるとされ、その場合失われた足は再生しない。
触手――玲にとってはただのタコ足――の先端を瞬時に再生させる、クトパー星人の驚異的な生態のごく一部を目の当たりにし、開いた口が塞がらない玲。
シューマンは残りの七本の足も同様に食べ、その都度再生していく様を例に見せつけるとゲップを一つ残して背を向けた。
「ところで、シューマンさん」
異星人の生態にいつまでも驚いていられない。玲は好奇心と恐怖心がない交ぜになった感情に蓋をして、再びシューマンに話しかけた。
「なにかね? ――モグモグ」
「もう驚きませんよ」
「ちっ。――ゴックン」
ニュッ。
金色のタコ足が瞬時に再生された。玲は意外とお茶目なシューマンの身体を張った冗談に冷たい反応をし、今度こそ質問してやろうと在りもしない肺を膨らませようとした。
「あの、聞きたいことがあります。俺は転生できるんですか?」
玲の質問を聞いたシューマンは「また、それか」とうんざりした顔になった。
「結論だけ言えば、できる。そうさっきから言っているだろう? まあイカダモとかミカヅキモあたりか……サービスでゾウムシの一種にしてやってもいいぞ」
「いやその、人間に」
シューマンが言葉にした生物の名前は、玲にとってどれも聞き覚えのないものだった。しかし最後の奴に至ってははっきりと「ムシ」と言っていたし、「サービス」して虫ならそれ以外の候補がろくなものではないことくらいは予想がついた。
「地球人の定義で言うなら、それは無理だ」
「そんな」
「……すごい顔だな」
「そりゃぁ、そうですよ――」
幽霊は鏡に映らないため玲は自分の顔を見ることができない。しかし霊体となったおかげか生前より感情表現が豊かになった、と玲は自覚していた。
指を傷つけショック死する直前の玲は、自他ともに認める感情の起伏がない人間だった。
といっても、それは生き残り細々と繁殖してきた地球人の半数に共通する特徴だった。
暴走ウィルスは地上の恒温動物のほとんどを死滅させ、天敵がいなくなった世界を跋扈するのは巨大な爬虫類や両生類、昆虫たちだった。そこから隔絶された高山でコンクリート塀に囲まれてひっそりと暮らす人類は夢と希望を失くしていた。
玲にしても、別世界に理想の姿で転生できる――そんな夢物語にいの一番に飛びつき、幼い自分を置いてどこかへ旅立った両親を羨ましいとは思っても恨む気持ちはない。
両親が旅立ってから、玲はずっと一人だった。
豆腐バーガー屋に列を作る連中――貨幣経済から脱却したユートピアでは、本当に順番待ちをしているだけだ――や、しつこく外界の調査をしてなんとかユートピアを出ようと思っているグループに属さない玲のような少年は、十五歳になったら転生する。その日だけを待ち望んで暮らしてきた。
想いを遺して死んだ玲の霊は今、低い木の枝の先端に引っかかってどうにか地上から近いところに留まっている風船のような宙ぶらりんの状態だ。クトパー星人の助けがなければ渇望していた人生は手に入らず、話し相手もいない地球を永遠にさまようか、はたまた玲を見ることができるタコたちと行動を共にするか、どちらにしても転生できなければ暗澹たる未来が待っている。
いっそアストラルストリームに飲み込まれてしまっていればよかった――そうすればいつかはアストラルワールドに行けたかもしれないのに、何故自分は地上に留まっているのか。
そのあたりのことも、霊という存在に詳しいらしいクトパー星人に訊ねてみたい玲は、思いのたけと質問を早口で語ったのだった。
「ふむ。言いたいことはわかった。ガシャドクロのやつが来る前に色々説明しておいた方がよいのはたしかだからな。本来地球人には教えない知識を与えてやってもいい。ただし、それには一つ条件がある」
「なんですか?」
「ズルベチョとして監視員の仕事を手伝う――と約束できるかね」
それで転生できるなら何でもします!
目を爛々と輝かせる玲。シューマンは頷くと、「ズルベチョとは――」と話を切り出そうとした。
そこは適応者でお願いします。玲はきちんと主張してから頭を下げ、やや憮然とした表情になった金タコの話に鼓膜のない耳を傾けた。
適応者。
通常知的生命体は、肉体的な死を迎えると地球人の宗教的概念で言うところの魂――アストラルバディとなってライフストリームに取り込まれる。希に、アストラルバディとなっても自我を残しているものもあるが、彼らは生前大きなライフエネルギーを有していた場合が多く、また何らかの強い想いを遺して死んだものほど意志ある精神体――幽霊となってアストラルストリームから飛び出し、勝手に異世界へ転生するものや、そもそもアストラルストリームの流れに取り込まれず、死した場所に留まったり地上をさまよっていたりするものもある。
彼ら――幽霊が存在するためにはある絶対条件が必要で、それは「肉体が生命活動を行っていない」というものである。
これが、適応者には当てはまらない。
適応者はその身に宿す膨大なライフエネルギーをもって、アストラルバディを肉体から解放する。無意識のうちに魂が身体から離れてしまう幽体離脱体験をもつものはめずらしくないが、もしも彼らの星の近くをアストラルストリームが通過した場合、その強力な吸引力に逆らうことはできない。彼らは肉体を残したままアストラルストリームに飲み込まれ、肉体は目覚めることなく緩やかに死を迎える。
適応者はアストラルストリームの吸引力に抵抗し、その流れに逆らって上ることさえ可能だ。
クトパー星人の研究よれば、アストラルストリームは宇宙開闢より以前から存在する。その流れは彼らの超文明の叡智をもってしても干渉不可能。故に、その中を自由に泳ぎ回るズルベチョ――適応者は大変に貴重な存在だった。
適応者は彼らの研究に必要不可欠な存在であり、異世界――アストラルワールドへ入り込んで別の生を歩む者たちを監視し、その動向を見守る異世界転生監視員をスカウトすることが、転生屋などという商売に隠された真の目的なのだった。
「異世界転生監視員……」
「そう。君にはそうなる才能がある」
シューマンは八本の足のうち二本を口吻の下で絡ませ、地球人で言うところの腕を組むようなポーズを取った。一本の足を床から浮かせ、玲の霊の下半身を指した。
「我々はアストラルストリームの動きに合わせて宇宙を移動している。現在それは火星付近をゆっくりと流れているのだが、この太陽系で発生したアストラルバディは本来すべからくそれに飲み込まれてしまうはずなのだ。こうしてわれわれの母船にやって来た君が不完全ではあるがなんの訓練も受けずに精神体を保っていることがその証拠だ」
「えと、それで、俺は転生できるのでしょうか?」
「できると言っただろう。異世界転生監視員の仕事をしてもらう――という前提で」
「監視員でも何でもやりますってのに……」
やれやれ、何もわかっていないな。
シューマンはそう言うと、腕組み(仮)を解いた。
「いいかね。アストラルストリームの中を泳ぎ回り、異世界の扉を潜ってその先で人間として活動し、また戻って来るというのは君が考えているほど簡単なことじゃないのだ。本来なら肉体が生命活動を終えてしまう前に十分な訓練を積んでだな――」
「おいおい! それをあんたが言っちゃおしまいだろ!」
シューマンの言葉を遮ったのは太い男性の声だった。
何の前触れもなく背後から響いた野太い声に驚いた玲が振り返るとそこに居たのは――
「ズルベチョの可能性があった人間に転生許可証渡した自分のミスは棚上げなんだからな。相変わらず狡いガキだぜ!」
「来たか……ガシャドクロ」
「久方ぶりに後輩ができると聞いちゃあな! 文字通りすっ飛んで来てやったぜ!?」
ふよふよと宙に浮く、虹色のタコだった。




