お正月の事件 ~色の研究
私、千堂茜が入った高校には探偵同好会と言うものがあった。会長は自称名探偵の宮下五月。
探偵同好会と言っても、推理小説を読む会ではない。学校内外の事件に首を突っ込み解決する探偵同好会だ。基本、同好会に部室はないので、活動場所として調理室が使われて、料理部に入ったはずの私も、いつの間にやらそのメンバーに含まれ、事件を解決を手伝うことになっていた。
それからというもの、私は、コ○ン君や金○一君、真っ青の事件呼び込み体質になってしまい、私はお正月に帰った田舎で2件の事件に巻き込まれることになってしまった。
■ダイイングメッセージ
秋元さん家の姉妹失踪事件を解決した私は(実際は宮下五月が推理したのだけど)、事件以降、身長と体力以外にも、一目置かれる存在となった。
それだけならまだしも、私のことを名探偵と勘違いして、事件を持ってくるのだから、対処に困ってしまう。
しかも、その事件は、再び秋元さん家絡みの事件だったりする。
そもそも、秋元さん家の姉妹失踪事件の遠因として、餅を喉に詰まらせて、亡くなった二人の祖父、友蔵さんの死がある訳です。
この友蔵、お爺さん。
餅を喉に詰まらせて、意識を失う前に、メッセージを残したらしい。
お亡くなりになった今となっては、まさに、ダイイングメッセージに昇格した(?)のですが、困ったことに誰も、そのメッセージの内容が判らない。
遺言状はだいぶ前から弁護士に預けていたようで、だいたいは、丸く収まったのだが、一つだけ決まらないものがあった。お爺さんの書斎にある金庫の中身に関してである。
その金庫は、自分で設定できるテンキータイプで非常開錠キーなし、誰も番号は知らず、中身も不明。
遺言書の中に、あるメッセージを解いて、金庫を開けたものが財産を受け取れるとの旨の記述がある。
どうも死に際に残したメッセージがそれに該当するのではないかと、親戚一同は考えた。
死ぬ間直の人間が、複雑なメッセージを残すわけがない。というが、一般的な常識ですが、このお爺さん、日頃から暗号を考えているミステリ好きらしく、事前にメッセージを用意してあったようだ。そのため、どうにも、素人には難しい。
事件に関係あるならばまだしも、死ぬ間際に趣味で残した、ダイイングメッセージの解読などは、警察はやってくれない。私立探偵に頼もうにも、こんな田舎だから近くに探偵なんぞ居ないし、いくらかかるかも判らない。
親戚の一部が試すなど、あれやこれやと揉めている間に、姉妹失踪事件が起こってしまった。そのまま、金庫の番号を残せばよかったのに、つくづく、罪作りなお爺さんである。
面白いが、まったくはた迷惑な話だ。
もっとも、私は、面白そうだし、断る理由も思いつかないので引き受けたのだが....
◇ ◇ ◇ ◇
千堂は秋元家を訪問していた。地方の農家の家は、総じて立派な作りだが、『秋元家』というより『秋元邸』と表現したほうがより適切なお屋敷だ。
葬式に来たときも、立派だと思ったが、内装は更に豪華だった。
通されたリビングには外観が和風なのに洋風で、天井が高く、ゆったりとした設計で、シャンデリアもあり、調度品も豪華だった。
リビングに通された千堂は、やたらふかふかのソファーに身をしずめている。私としては、固い方が好きなのだが、どうして金持ちは、やたらふかふかのソファーが好きなのだろう。
「茜ちゃん、ごめんなさいね。またご無理を言ったみたいで」
愛子ちゃんと桜ちゃん姉妹の母、秋元恵子がお茶とお菓子を出しながら頭を下げた。
「いえ、どうせ休みで暇ですからからね、気にしないでください」
少しばかり世間話をした後、見せもらえたのが、問題のメッセージが書かれた一枚の紙。
餅を喉に詰まらせた状態で書いたため、かなりのなぶり書きで以下のようなことが書かれていた。
赤 2
白 2(1)
緋 1
オレンジ 1
青 1
緑 1
黄 1
黒 1
金 1
銀 1
文字と数字の組み合わせによる暗号。
ダイイングメッセージにしては、かなり長い。最後の方は、どうにか書いたという感じで、お爺さんの必死さが伝わってくる。
問題の金庫は、自分で設定できるテンキータイプで非常開錠キーなし。
マニュアルから七桁であることは判っている。
それに対して、色の種類は、10種類。数が多すぎる。
親戚の一部の人たちは、一晩中虱潰しに試したというが、駄目だった。それもそうだろう、七桁と言えば、九百九十九万九千九百九十九通りもあるのだから。
そもそも、誕生日かそこらで開くようだったら、暗号なんて残さないだろうに。
特徴的なのは、色と数字の組み合わせであること。あと、白後ろだけ、(1)が付いていることだろう。この辺が判れば、暗号も解けるのだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇
「どうでしょうか?何か判りそうですか?」
「う~ん、難しいですね。東京に居る友達に電話で相談しても良いですか?」
私は、恵子さんに許可を取ると早速電話をした。当然、私の信頼する名探偵、宮下五月に対してである。
宮下五月は女性の私から見ても、小さくて可愛らしい女の子だ。髪型はミディアムのふんわりとしたボブ。瞳は丸くて大きく、少したれ目。顔の作りは小学生に間違えられる程の童顔。黙っていれば、本当に愛らしい女の子だった。でも、可愛いのは外見だけ。言動も行動もガサツで、お洒落や色恋沙汰には無関心。好きなものは推理小説で、憧れの人物はコロンボに金田一幸助とファッションに問題がある人物。そのため、「見た目は子供、中身はオッサン」という残念な女の子だった。
私は、紙の内容をFAXで送ると、先にこれまでの事と次第を話した。
「どおっ?判りそう」
「一見、難しそうだけど、全部書いているから、難易度はだいぶ落としてあると思うの。ミステリを多少なりとも知っている人なら、解けると思うよ」
「えっ、もう判ったの」
「何となくね。ちょっと、確認してくる。五分後に電話して来て」と言って、五月は電話を切った。
五月からかけると言わないのは、長距離電話の料金を気にしてのことだろう。
五分後、再び五月にかけてみると、すぐに五月が出た。
「たぶん合っていると思う。でも、茜ちゃんには教えない」
「なんでよ」
「友蔵さんは、茜ちゃんが探偵同好会に入っているのを知っているんだから。これはたぶん、家族に対する謎々でもあるように、茜ちゃんに対する謎々でもあるのよ。茜ちゃんでも解けるから頑張ってね」
「そんな、出来ないから頼んでいるのに」
「茜ちゃんが、現状持っている知識で、ほとんど解けるわよ。じゃあ、ヒントだけあげる」
「第一に、緋を使っているところ。赤が入っているのにね。第二は、橙ではなくて、オレンジを使っている点。もし、色を漢字一文字で表したいのなら、オレンジ色は橙と書くべきでしょ。でも、わざわざオレンジと書いてあるの。意味深じゃない?」
「確かに、そうだけど...」
「じゃあ、最後の大ヒント。友蔵さんの書斎で考えた方が良いわよ。じゃあ、頑張ってね」とだけ言うと、五月は薄情にも電話を切った。
五月は、私がが、現状持っている知識で、ほとんど解けると言った。
五月が、そういうだから、間違いはないだろうけど...そう言われてもね。
私は、五月に言われたとおり、書斎で考えることにした。
友蔵の書斎には、ビジネス本なども数多くあったが、本棚には有名なミステリ作家の全集などがびっしりと並んでいた。
シャーロック・ホームズに三毛猫ホームズ、館シリーズに、金田一君やコナン君もあった。
恵子さんが、子供の頃を懐かしんでいるのだろうか、本棚を眺めながら寂しそうに言った。
「千堂さんもご存知の通り、父は、暗号を考えて人に解かせるも好きだったんです。私が子供のとき、作るたんびに見せてくれたんですけど...私には難しすぎて、結局ほとんど解読できたことがなかったんです。父も諦めたのか、途中から見せなくなりました」
私も何回か解いた事があるが、きっと、そのときの問題は、友蔵さんは、これらの本を読んだり眺めたりしたりしながら、暗号を考えたのだろう。
そうだ、友蔵さんの気持ちになって考えてみよう。
私は、本棚の本を取ろうとした。
そして、そのとき、あることに気が付き、五月が言っていることの意味が全て理解できた。
■色の研究
「判った」と私は興奮して、思わず声を上げた。
これなら全て、当てはまる。
「暗号が解けたんですか」と秋元恵子。
「たぶん出来たと思います」と私は、少し弱気になったが、「これですよ」と言って、本棚にある「緋色の研究」の本を指した。
「確かに、緋色が入っていますが...どうしてこれで番号が判るんですか」
どうやら、恵子さんは、シャーロックホームズには疎いらしい。
「シャーロックホームズシリーズには、『緋色の研究』の他にも『赤毛組合』や『オレンジの種五つ』みたいに色のついた題名があるんです。」と本棚を指差した。
そして、色の付いた題名を紙に書き出した。
o 緋色の研究
o 赤毛組合
o オレンジの種五つ
o 青い紅玉
o 緑柱石の宝冠
o 白銀号事件
o 黄色い顔
o ブラック・ピーター
o 金縁の鼻眼鏡
o 赤い輪
o 白面の兵士
題名の中の色に関する言葉の数を数えてみますと、次のようになった。
赤 2
白 2
緋 1
オレンジ 1
青 1
緑 1
黄 1
黒 1
金 1
銀 1
オレンジは、本来は色のことではなく、実を刺しているのだが、ヒントかミスリーディングのために入れたのだろう。
「ほとんど、一致しますね」
「白 2(1)とあるのは、どういう意味ですか?」
「白 2(1)とあるのは、書斎の本では白銀号事件となっていますが、『Silver Blaze』のタイトルが訳し方の違いで、白銀号事件と銀星号事件になる場合があるからです。では、数字はどこから来るかと言いますと、タイトルを良く見てください。数字が入っているタイトルもありますよね。」
そして、今度は、数字が付いた題名を紙に書き出した。
o 四つの署名(四つのサイン)
o オレンジの種五つ
o 犯人は二人
o 六つのナポレオン
o 三人の学生
o 第二の汚点
o 三人ガリデブ
o 三破風館
「8作品ありますけど...」
あれ、おかしい。金庫の鍵は、七桁だから、数が合わない。方向性は良いはずなのだが、何か見落としているようだ。
そうだ、白銀号では、英語のタイトルを考慮している。日本語と英語では、題名が大きく違う作品があるのではないだろう。
少し調べてみる。
「判りました。数字が付いているのは、8作品ですけど。金庫の鍵は、七桁なので合いません。しかし、『犯人は二人』は、原題は、『The Adventure of Charles Augustus』で、数字は入ってないんです。ですから、たぶん、抜かすのはこれです。後この数字をどう並べるかですが、事件順と発表順が考えられます。発表順は調べるのは簡単で、順序も明確ですが、事件順は面倒なので、後にしましょう。昇降順と下降順が考えられますが、両方試せばいいことです」
「『4563233』か『33233654』だと思うんです」と言って、千堂は番号を打ち込んだ。
すると、カチッと音がした。おそらく、鍵が開いたのだろう。
千堂と秋元恵子さんは、金庫の中のものを取り出した。
9冊の古本だ。しかも、英語で洋書。
表紙には、「A Study in Scarlet」と書かれている。
「何ですかこれ?」
「邦題は、緋色の研究。シャーロックホームの本です。たぶん、残りの物も、そうです。」
残りの本には、「The Sign of Four」「The hound of the Baskervilles」などと書かれていた。
本には英語の鑑定書らしきものが付いていた。どうやら、初版本であることの証明書のようだ
「父がこんなものを持っているとは知りませんでした。四年ほど前、イギリスに旅行したんですけど、その時に内緒で買ったんですかね。父らしいですね....茜ちゃん」
「はい」
「この本、貰ってもらえますか?」
「えっ、良いんですか?たぶん、高いと思いますよ。正確なことは判りませんが、初版本かもしれませんよ」
状態は良い。たぶん、相当の高値のものだろう。
「良いんです。父の遺言には、最初に見つけた人と書かれていますし」
しばらくの押し問答の後、結局、私が貰うことになった。
思わぬ、お年玉。
そして、その本は、今、私の部屋にある。