さようなら
「さようなら。」
自分の言葉に深く傷つく。
でも、それは私への罰の痛み。
* * *
校舎裏から教室へ戻るまでの記憶が曖昧だった。
ずっと、どう伝えるかどうやったらうまく笑えるか。それだけを考えていた。
気づいたら、教室前。
胸に手をあてて、ゆっくり深呼吸する。
今は無理に笑うのはやめよう。
無理に笑っても、颯にはバレちゃうから。
静かに、教室のドアを開ける。
颯はぼんやりと外を見ていて私に気づいてないみたい。
私は、そっと颯に近づくと颯の名前を呼ぶ。
私の存在に気づいた颯は、微笑みながら私を見る。
だが、私の顔を見るとすぐに表情を曇らせた。
「紗枝、どうかしたの?」
「あのね、颯。今までごめんね。」
「え?」
私の言葉に颯は首をかしげた。
私は、自嘲気味に微笑んだ。
そうだよね。いきなりこんなこと言われても困るだけだよね。
「ごめんね。今まで縛ってきて。」
「縛る?なんのこと?」
「小さな頃にした約束があったからずっと私の傍にいてくれてたんでしょ?加奈ちゃんより私を優先してくれてたのも約束のせいだよね。」
「何をいってるの?」
颯は困惑した表情を浮かべている。
私の言いたいことが全く理解できないって顔だ。
全く、昔から色々な面で鈍感なんだから…。
私は、小さく微笑むと話を続けた。
「辛かったよね。昔の約束のせいで彼女の加奈ちゃんと一緒にいれなくて。デートをしなかったのも私との約束があるからでしょ?」
「ちがっ…!」
慌てて、否定してくれる颯。
本当に優しい人。
その優しさを拒否しないといけないと思うと涙が出そうになる。
私は、泣きそうになりながら必死に言葉を紡いだ。
「加奈ちゃんに言われたの。幼馴染みだからっていつまでも甘えるのはよくないって。
…確かにそうだよね。ただの幼馴染みなのにいつまでも甘えてちゃダメだよね。
だからさ。自立って程のものじゃないけど。私、颯に頼るのやめる。」
「紗枝…。」
颯が悲しそうな表情で私を見る。
…やめて。そんな表情で私を見ないで。決心が鈍っちゃうよ…。
颯の悲しそうな表情はみたくない。でも、今は目をそらしちゃいけない。
「もう、約束は守らなくていいよ。無理に傍にいなくていい。
私に、近づかないで欲しいんだ。」
「何で…?」
「甘えてしまうから。だから、近づかないで欲しい。話しかけないでほしいの。
…我が儘ばっかりでゴメンね。
でも、これが最後だから。
だから…、お願い。」
颯は俯いたままなにも言わない。
私は、微笑んだ。きっと、泣き笑いにしか見えないだろうけど。
私は、目の端に浮かんだ涙をそっとぬぐって机の上の荷物を持って教室を出た。
「さようなら。」
教室から出る前にそっと呟いた。
颯に聞こえたかどうかは分からないけれど。
* * *
颯の家に着くと荷物をまとめて隣の家に運んだ。
颯の両親に一人で生活する許可をもらった。
その時、理由を聞かれたけど誤魔化した。
水道や電気が使えるようになるまで颯の家にお世話になったけどその間颯とは一言も話さなかった。時々、何か言いたげに私を見ていることに気がついていたけど無視した。
加奈ちゃんが以前よりも積極的に颯に話しかけているところを度々見た。
その度、胸が痛んだ。
その度、泣きそうになった。
私は、辛くて悲しいばかりだけど。
颯を、自由にできたんだから。
今まで、颯はずっと我慢していたはず。
だから、今度は私が我慢する番。
例え、どんなに辛くても苦しくても我慢して見せる。
それが、私にできる唯一のこと。
颯が幸せになれるなら。
私は、なんだって我慢しよう。
どんなに辛くても苦しくても。
"さようなら"
小さな頃の約束がなくなった今、君は私から離れていくだろう。
だから、
"さようなら"