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閉じられた箱

作者: ぱずー

 僕が目を覚ましたのは数時間前のことだ。正確に何時間経ったのかは分からない。僕は時計を持っていないのだ。もちろん携帯電話といった時間を確認可能なツールも持っていない。この部屋には壁掛け時計や置き時計の類もない。殺風景な部屋だ。生活感という言葉とはかけ離れている。まず、窓がない。この異様さは僕が幾多の言葉を用いるまでもなく伝わるだろう。部屋に窓がないことなど、通常有り得ないのだ。快適な生活を目的として作られた部屋ならば。明かりは天井に備え付けられた蛍光灯から注がれている。これといって不自然な感じはなく、ごく普通の蛍光灯である。

 部屋のほぼ中央にいる僕が辺りを見回すと、いくつかのものが目に入る。まず、この部屋の唯一の出入り口だと思われる扉。見事に施錠されていて開けることは叶わない。この扉がどこに続いているのか僕には分からない。次に机。勉強机の様な形をしていて、右側に三段の引き出しが備え付けられている。不思議なことに椅子は無い。ちなみに三段の引き出しを一段ずつ開けてみたが、一段目には鍵が掛かっていて開かず、二段目と三段目には何も入っていなかった。そして最後に、この部屋で最も目を引く真っ赤な箱。白い床と壁に相反して鮮烈な赤は、明らかに異質で不気味だった。僕はまだその箱に触れられずにいる。

 ――何時間経ったのだろう。正確な時間が知りたい。もしかしたらまだ一時間も経っていないのかもしれないし、半日以上経っているのかもしれない。時間の感覚など酷く曖昧なものだ。目を覚ましてからの数十分をこの部屋の調査に使った以外、僕は殆ど動いていない。余計な体力を使うことは良くない気がしたし、この部屋で調べられるものはとても少なかった。だから僕は動かなかった。動けなかったとも言える。

 大声で助けを呼んでみようかと思ったけれど、止めた。大声を出しても、壁を殴っても、無駄な足掻きにしかならないと分かっていた。この部屋の周囲から人の気配はしない。物音も人の声も全く聞こえないのだ。これは僕が動かずにじっとしていた事によって判明した事実であり、僕の判断が一定の功績を上げたと言ってもいいだろう。

 さて、どうしたものか。

 このまま誰かがここへ来るのを大人しく待つか、それとも目の前の赤い箱に触れてみるか。僕が思いつく選択肢はこの二択しかなかった。真紅の正方形が僕の視界から離れてくれないのだ。そもそもあれは箱なのだろうか。中に何か入っているのだろうか――確かめなければ答えは出ない。触れてみなければ分からない。

 硬くなった身体を伸ばしながら立ち上がる。僕が寄りかかっていた壁の向かい側、そこに赤い箱は置かれている。部屋はそれ程広くない。足音を立てないように気を付けながら、数歩で目的の場所へと辿り着いた。近くで見てもその異様な赤は揺るがない。両手で持つと丁度良さそうな大きさだ。そう、人の頭くらいの。自分で考えておいてぞっとする。いくらなんでも人の頭なんて入っているわけがない。血のような赤が僕の思考を歪ませたのか。恐ろしい。箱に触れることが更に恐ろしくなってしまった。

 目を瞑って手を差し出す。もう少しで箱に当たる、そう思うとそれ以上手が進まなくなる。伸ばせない。触りたくない。

 ――やめよう。

 触りたくないものには触らなければいい。

 観たくないものは観なければいい。

 僕は元いた場所へと戻った。再び壁に寄りかかる。こうしていればいつか誰かが僕を呼びに来てくれる。誰かが僕を助けに来てくれる。信じて待てばいい。

 僕はしばらく他愛もない事を考えるように意識して時間を潰そうと試みた。だがその試みもすぐに中断しなくてはならなかった。

 ――視線。

 背後から視線を感じた。もちろん僕の背中は壁と接していて、背後にスペースなど無い。気のせいだとは思う。精神的に疲弊してきたのかもしれない。でもじっと見つめられているような、そんな視線を感じる。その感覚を拭い切れない。じっとしていることすら辛くなってきた。ありもしないはずの視線から逃げ出したい衝動に駆られる。

 ここに来て黙って待つ、という選択の変更を迫られる。背後から感じる圧迫感は微かにあった余裕を潰すのには十分すぎた。

 待つという選択肢を選べない以上、僕の取る選択は一つだけだ。拳を握りしめ、決心する。

 変化することの無い周囲の状況に視線を泳がせながら、再度僕は箱の前に立った。

 箱の前に屈み、その側面を両手でそっと挟み込んだ。軽く、持ち上げてみる。意外と重みがある。中に不安定な物が入っているようで、持ち上げた時に手前から奥へ何かが動くのが分かった。動かしても危険は無いようだ。確かめるように少し力を込めて左右に振ってみる。やはり何かが入っている。箱の側面から何かがぶつかるような衝撃が伝わってくる。音は聞こえない。吸音素材で出来ているのだろうか。これだけでは中身が何なのか、判断できない。

 触れてしまえばどうということは無くて、あれほど抱いていた恐怖心はだいぶ薄らいだ。僕は思い切って箱を開けてみようと思った。中に机の引き出しの鍵や、扉を開く鍵が入っているかもしれない。いざ開けてみようと思うと、開け方が分からない。蓋や継ぎ目なんてものが全くないのだ。ただの正方形。それは収納を目的としていなくて、ただ内部に何かを閉じ込めておく為の箱のように思われた。

 ――僕に鍵を取らせないようにしているのか。

 そんな風に感じた。やはり誰かが僕をここに閉じ込めて、そして僕をどこかから見て笑っているに違いない。そう思うと無性に腹が立った。赤い箱に翻弄されている僕を嘲笑っているんだ。

 こんな箱など。

 僕が必要としているのは中身だ。

 ならばこんな箱など壊してしまえばいい。

 僕は頭上に大きく箱を振りかぶると、思いきり床へ叩きつけた。大きな音を響かせて、箱は見事に四散した。

 箱の中身、僕はそれを探した。

 そして見つけた。赤い液体の水溜まりと、そこに横たわっている物体を。人のような形をした物体を。

 ――僕だ。

 それはどう見ても僕だった。髪型、体型、服装、まるでミニチュア模型のような大きさをした僕だった。いや、これは模型そのものだ。人形だ。現に僕は今ここにいるし、こんな小さな自分など存在するはずがない。手の込んだイタズラをしてくれるものだ。精巧に作られた僕の人形は先程まで生きていたかのような生々しさを帯びている。まるでこの小さな僕は直前まで生きていて、箱が叩きつけられた衝撃で死んでしまったかのように。

 恐ろしくなった。まただ。また自分の想像で自分を追い詰めている。そんな事あるはずがないのに。僕は無残な姿をした人形を視界から外し、他に何か無いのか探してみた。

 机があった。割れた蛍光灯があった。箱の内側には偽物の扉があった。どこにも続いていない扉が。全て今僕が居る部屋と同じだった。違うのはサイズだけ。

 鍵は、無かった。

 ふらふらとした足取りで、僕は定位置に戻る。そして壊れた箱を眺めた。そういえば机の引き出しにも鍵が掛かっていた。もしかしたら力づくで開けられるかもしれない。目の前の状況から逃げるように、半ば無理やり机に意識を向けた。

 立ち上がり、机に向かおうとした時、部屋が揺れた。揺れたなんて生易しいものではなかった。部屋が傾いた。僕は前方に投げ出され、壁に激突した。肩を強打してしまった。痛みで思うように動けない。うずくまっていると今度は左右に揺れが来た。激しい揺れに加え、身体を支えてくれるものが皆無なこの部屋で、僕は揺られるがまま左右の壁に叩きつけられる。痛みで思考がおぼつかない。それでもこの揺れと、続いて来た上昇するような浮遊感で僕は全てを悟った。

 ああ、僕は死ぬんだ――。


 ――僕は箱を床へ思いきり叩きつけた。そして四散した箱の破片の中から、血溜まりを思わせる赤い水溜まりと、人の形をした何かを見つけた。


 終わり。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  はじめまして。拝読させていただきました。  構成が良くできていると思います。オチは途中で予想できましたが、それが逆によかったです。 [気になる点]  主人公があまりに冷静というか、謎の部…
2011/11/10 23:26 退会済み
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