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君が怖がるのは俺だけでいい  作者: しあゆさこ
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影の副会長

放課後の生徒会室には思わず目を細めるほどの夕日が差し込み、

対照的に真っ黒な影を2つ落としていた。

 

「よしっ! これで今日までにやらなきゃいけない書類作業は全部終わり! かげり、手伝ってくれてありがとね!」

 

腕をぐーっと伸ばしながら、快活な声を上げたのは生徒会長の天輝(あまき) 葵(あおい)だ。

凛とした眉に、澄んだ瞳。剣道部の主将も務める彼女は、

文武両道を地で行くこの学校の有名人であり、俺の幼馴染でもある。

その容姿と性格から他校にも彼女のファンは多い。


ツヤのある綺麗な黒髪を高い位置で結んだ、彼女の代名詞とも言えるポニーテール。

だが——葵の髪型には、ひとつだけ不自然な特徴があった。

顔の左側だけ、サイドの髪が頬から首筋にかけて長く下ろされているのだ。


開け放たれた窓から夕風が吹き込み、その黒髪をふわりと揺らす。

毛先の隙間からチラリと覗くのは、色白の肌に刻まれた、小さな引き傷の痕。

一瞬だけ見えたその過去の爪痕に、俺の胸の奥で冷たい黒い炎が静かに萌した。

 

「いいよ、副会長の仕事だしね。葵が頑張ってるから、俺もサポートし甲斐があるよ」

 

俺——陽空(ひそら) 陰(かげり)は、書類を綺麗に整えながら

胸の奥の炎を抑え、人当たりのいい笑みを向けた。


学校での俺は『仕事ができて、主張しすぎない優秀な副会長』だ。

おそらく誰も俺に嫌な印象は抱かないし、危険な奴だとも思わないだろう。

 

「えへへ、かげりが副会長になってくれて本当によかったよ~!私さ!もっと強くなって誰もが安心して暮らせる学校にしたいんだよね。……あの『凛子先輩』みたいにさ!」

 

葵が目を輝かせて、壁に飾られた歴代生徒会長の写真パネルを指さす。

そこに写っているのは、数年前にこの学校の生徒会長を務めていた女性

凛とした立ち姿と、本当に人当たりのいい包み込むような優しい笑顔。

葵がずっと憧れ続けている、命の恩人だ。

 

「……そうだね。凛子先輩は、最高のヒーローだったから」

 

俺は笑顔を崩さずに頷く。 葵の憧れを否定するつもりはない。

だが——俺の胸の奥を、冷たい氷のような感情が濁らせた。

(……でも、遅かった…………)


 あの夜。俺と葵が不審者に襲われたあの瞬間。

助けに来てくれた彼女、鳳月凛子(ほうづきりんこ)——凛子先輩には感謝している。

死ぬほど感謝している。

彼女がいなければ今の俺たちの命も、この生活もないだろう。


だけど彼女が駆けつけたとき、俺と葵はすでに刃物を突きつけられ、死の恐怖に震えていた。

トラウマは刻まれ、取り返しのつかない傷が心に残った後だった。

 

『事件が起きてから助けに来る』 世間はそれをヒーローと呼ぶかもしれない。

だが、俺に言わせればそんなものは三流だ。


助かったところで、被害者の心には一生消えない恐怖が残るのだから……

 

「葵、そろそろ帰ろうか。途中まで送るよ。」

「うん! ありがと!私こそかげりを送ったげる!」

 

通学路を並んで歩く。


俺は葵と他愛のない会話を交わしながらも、

視線は常に周囲の影、路地裏、街頭の死角を観察していた。


葵が気づく必要のない『違和感』を、俺の脳が克明に記録していく。

(……昨日の夜から、あそこの古いアパートの2階から葵を見てる視線があるな)

 

不審者。


葵を狙う害虫。


葵は「自分の力で強くなる」と言って剣道を頑張っているが、

そんなものを使わせる機会すら俺は与えるつもりはない。

 

 

葵と途中で別れ、

 

「じゃあね、かげり!気をつけて帰るんだぞ!」


と満面の笑みで手を振る彼女を見送る。

姿が見えなくなった瞬間——俺の顔からは、一切の感情が消え失せた。


 

 



◇◇◇


 


 

深夜一時。月明かりすら届かない、駅裏の寂れた路地。

 

「……ひっ、な、なんだお前!?」

 

湿ったアスファルトの上に、一人の男が倒れ込んでいた。

手には葵の盗撮写真と、小型のナイフ。

男の足元には、俺が計算して配置しておいた空き缶とロープ。


ある程度の知性と先回りがあれば、刃物を持った大人を転ばせて体勢を崩すことなど、

剣道の歩法と護身術の応用で容易い。


俺は倒れた男の手首を、容赦なく靴の底で踏みつけた。

 

「アッーーガッ!?」

「静かにしろよ。近所迷惑だろ」

 

冷徹な声で告げる。昼間の『人当たりのいい副会長』の面影は、どこにもない。


男が落としたナイフを遠くへ蹴り飛ばすと、

俺は男のポケットから吐き出されたスマートフォンを拾い上げた。


拒む男の親指を掴み、強制的にロックを解除させる。

そのまま110番を押し、スピーカー通話をオンにしてアスファルトの上に転がした。


ついでに、男が持っていた盗撮データ(SDカード)と不法侵入の証拠物件を

警察が言い逃れできない形で男の胸ポケットに突っ込んでおく。

 

「お前……警察呼んだのか!? 助けてくれ、悪かった! 二度と近づかないから!」

 

通報口から警察官の応答の声が漏れる中、

怯えた目で俺を見上げる男に俺は冷ややかな目を向けた。

 

「助ける? なんで俺がお前を助けるんだ?」

 

警察のサイレンの音が、遠くから近づいてくる。

俺は男の胸ぐらを掴み、耳元で低く囁いた。

 

「ピンチになってから助けるなんて、遅すぎるんだよ。……俺は、あいつに二度とあんな恐怖を味わわせない」

 

男が俺の瞳に宿る狂気に気づき、

ひっと息をのむ。

 

(あいつの世界に、事件なんて起きさせない。……だから)

 

通話状態のスマホと、怯えて動けない男をその場に残し、

俺は影の中に身を躍らせた。


(あいつの世界に、事件なんて起きさせない。

 ……あいつの平和を脅かす害虫は、俺が影の中で全部潰す)



アスファルトを真っ赤に染め始めるパトカーの赤色灯を背に受けながら、

俺は昼間の『優秀な副会長』の顔に戻るべく、静かな夜の街へ消えていった。



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