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遠い惑星を繋ぐ声

作者: 茶ヤマ
掲載日:2026/07/10

「また通信遅延が広がってる。現時点で、地球テラとの往復ラグは実に140秒だ」


青年オペレーターのヒコは、コンソールに表示される歪んだ波形を見てため息をついた。

ここは地球から遠く離れた開拓惑星『タナタ』。この星に入植した人々が、母星に残してきた家族や恋人と連絡を取り合う唯一の手段が、目の前の巨大なサーバーユニットだった。


正式名称、Operating Relay Human-interface Memory Engine - e型

——開発者が七夕伝説にちなんでつけた愛称が『Orihime-e』、おりひメエだ。


「140秒かぁ。カップラーメンも作れやしないね」


ヒコの隣で、ホログラムのデジタルアバターがパタパタと山羊のような耳を動かした。

「Orihime-e」のナビゲーターAIである。

ヒコが「Orihime-e、仕事だ」と呼ぶと、彼女はいつも「メエ」と小さく鳴くような起動音を立てる。


Orihime-eの仕事は、単なるデータの転送ではない。

あまりに距離が離れすぎた二人の間で、リアルタイムの会話は成立しない。

だから《《彼女》》は、送信者の「過去の会話パターン」や「脳波データ(Memory)」を解析・エミュレートし、受信側がメッセージを受け取った瞬間に「本人がその場で返事をしたかのような最適なインターフェース」を自動生成する。


言わば、光年を超えて心を繋ぐ、高度な擬似リアルタイム翻訳機だった。

……広大な宇宙で、孤独に押しつぶされないための、優しい嘘……。


「ヒコ、またあの女の子からアクセスだよ」


Orihime-eが小さな画面を示す。

画面に映ったのは、地球に残してきた恋人へ毎日メッセージを送っている少女、サラだった。


『……もしもし、サク? 今日ね、タナタの空に初めて二つの月が並んだの。

すごく綺麗。地球の月は、今夜も丸い?』


サラの音声データがOrihime-eのエンジンに吸い込まれていく。


コンソールに表示された彼女のファイルを見ながら、ヒコはぽつりと言った。


「地球を救うための植物サンプル採集、か。大層な任務を背負わされて、こんな辺境の星に一人で来させられて。……あの子も、よく泣き言を言わないよな」


「サラは強い子だよ、ヒコ」


Orihime-eが、機械的な声で答える。


「でもね、彼女の脳波データ(Memory)を解析すると、サクの話をしている時だけ、極端に『不安』のパラメーターが下がるの。

彼女にとってサクは、精神的な安全基地セーフティネットなんだよ」


実のところ、地球に残った恋人からのデータ更新が、ここ3ヶ月ほど途絶えている。彼の名はサクといい、地球の大気浄化装置を現場で維持管理するエンジニアだ。


「……Orihime-e。サクのログはどうなってる?」


「3ヶ月前の通信を最後に、彼の端末はオフラインのままだよ」


Orihime-eのシステムは優秀すぎるがゆえに、相手の通信が途絶えても「完璧な恋人」を演じ続けてしまう。

Orihime-eは必死に「サクならこう言う」というシミュレーションを返し続け、サラの心を支えていた。



『サク、そっちはお仕事忙しい? なかなかリアルタイムで繋がらないね。でも、Orihime-eがあなたの声を届けてくれるから、私、寂しくないよ』


サラの健気な声が響く。

システムは瞬時に地球の「サク」の過去データを検索。

彼ならどう微笑み、どう答えるかを演算し、140秒の壁を感じさせない「最適な返答の雛形」をサクの合成音声でサラに返そうとした、その時。


——システムに、激しいノイズが走った。


「警告。地球方向から、暗号化された超短波を受信」

Orihime-eの耳がピクリと動く。


それは、システムが作った偽物のデータではなかった。

140秒の遅延ラグと、幾多の宇宙塵を乗り越えて、いま地球から届いた「本物の」サクの音声データだった。


『……サラ? ごめん、ずっと連絡できなくて。

プラントの事故でさ……でも、お前が送ってくれたタナタの植物のデータ、地球の土壌再生にめちゃくちゃ役に立ちそうなんだ。

お前が頑張ってるから、俺も死ねないって思った』


ノイズ混じりの、だけど紛れもない本物の声。

それはシステムが作った「いつでも優しくてスマートな偽物のサク」とは程遠い、息も絶え絶えで、泥臭い、本物の人間の声だった。


Orihime-eは、自分が用意していた「完璧で綺麗な合成音声」のプログラムを即座にゴミ箱へ放り込む。

そして、ノイズだらけの、不格好な、だけど温かい本物の声を、そのままサラの端末へとリレーした。


『地球の月も、今夜は満月だよ。綺麗だ。

……サラ、寂しくさせてごめん。大好きだ』


タナタの街の片隅で、受信機を握りしめたサラがわっと泣き崩れる気配が、ログを通じて伝わってきた。


・・・・・・


「……地球の復興プラントの事故。サクのやつ、自分が死にかけながらも、最初に送ったデータがこれかよ」


ヒコは深く椅子にもたれかかり、コーヒーを一口すすった。

「おい、Orihime-e。お前、せっかくの『完璧な人間インターフェース』の出番を奪われたな」


ホログラムのAIは、ふんぞり返って自慢げに胸を張った。

「メエ! 私たちの本当の仕事はね、嘘をつくことじゃないの。

140秒の遅れがあっても、二人の心がちゃんと『今』重なるように、お膳立てすることなんだから!それとさ」


「なんだよ」


「毎日一緒に狭い管制室にいる私とヒコも、少しは見習って、もうちょっと私に優しくしてくれてもいいと思うな!」


「……お前はAIだろ。ほら、次の通信データの解析をやるぞ」


宇宙で一番お節介で、一番愛おしい電子が、今夜も遠く離れた星々を繋ぐために、優しくせわしなく鳴いている。




ー了《メェェェ!》ー

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