9.聖女モモカ就職しました
こんにちは、何か地雷を踏んでしまったのか中華屋さんで時が止まっている田中桃華です。そして吉沢所長。
「あっ、すみません。プライベートなことを」
「……彼女なんていないけど。何か見えるってこと?」
吉沢さんに見えないものが、私にはたまに見えることがあるのでそう思ったのでしょうか。少し怯えた顔の吉沢さんは新鮮です。きっと激レアです。
「いえ、全然!」
「あーびっくりした」
「以前、お化粧品を貸していただいたので、きっと彼女さんのだと。では元カノさんのでしたか」
「……」
また黙ってしまいました。辛い過去なんでしょうか。ほじくり返すことをしてしまい申し訳なく思いました。コミュ障ここにあり、です。
「俺のだから」
ポツリと呟きました。
「えっ、あっ、そ、そうですか。大丈夫です。私差別とか」
「いやいやいや、違くて!」
「?」
「たまに、女相手にしか出てこない怨霊とかいんのよ。そん時はかつら被ったり軽く変装するっていうか」
なるほど!そんなことがあるんですね。本当に除霊って奥が深いですね。感心しながらも、私は吉沢さんの女装姿を想像していました。きっと私よりお綺麗でしょうね、と、ついふふっと笑ってしまいました。
「はいはい、笑わない。……だから、あんたが協力してくれると助かるなと思っている」
今度は私が黙ってしまいました。「助かるな」という言葉が頭の中でリフレインしています。聖女だった頃は当たり前のように毎日感謝されていましたが、こちらに戻ってきてからは、何をしてもどこに行っても自分の無能さを強制的に思い出させられているようなとこがありました。
嬉しい。それ以外の感情がどこかへ行ってしまいました。
「ごめん、迷惑だったよな」
「いいえ!この2ヶ月、とても充実していました。せっかく授かったこの力を使うことができましたし」
「就職活動、上手くいかなかったりまたブラックだったら、すぐにうちに来いよ。税金関係とかはちゃんと知り合いにプロがいるから大丈夫だ」
「えっ、いいんですか。前に言っていただいたのも社交辞令だと思ってましたし、この前女を使うべきではなかったと怒ってらっしゃったので」
「ん?そんなこと言ったか?……ああ、あれか」
吉沢さんは、まっすぐ私を見て言いました。
「あの日は単に、女性が怪しい男について行くという常識的に危険なことをしたからで、知り合いだろうが聖女だろうが、気をつけてほしいと思っただけだ。心配だろうが」
私はあの時、確かにドラゴン波があるので大丈夫だろうと過信していました。でも複数の男性に押さえつけられたりしたら力が振るえなかったもしれません。
気がつくと涙が溢れてしまっていました。チャーハンについているスープからぽちゃんと音が聞こえました。吉沢さんのラーメンは伸びかけています。
「わわわ、いや、なんともなくてよかったよ。怒ったわけじゃない」
わかっています。違うんです。最後の「心配だろうが」が嬉しくて嬉しくて、つい涙が出てしまっただけです。
吉沢さんは、私が今までずっと欲しかったけど、どうしてももらえなかった言葉をサラッと言ってくれる。ホストになったらものすごいことになりそうです。ならないで欲しい。
そんなこんな自分でも整理できていない気持ちを、どう伝えたらおかしな空気にならなくて済むのか考えすぎて言葉が出てこないのです。
そして、絞り出した言葉は、
「もっと吉沢さんと怨霊を蹴散らしたいです」
でした。
なんとかお互いにラーメンやチャーハンを食べ終えて、とりあえず事務所に戻ってきました。きちんと今後のことを話し合おうと。
気持ちを落ち着けようと、お客様用のちょっといい紅茶を入れてテーブルに2つ置き、事務所のソファに向かい合って座りました。
吉沢さんは提案してくれました。
「方法としては、あんたはきちんとしたところに就職して、普通の暮らしをしながら、たまに俺の裏の仕事を手伝ってもらう、これが1つ」
「はい」
「もう1つは、もういっそうちに就職して、浮気調査から悪霊退散までやる。ある意味ブラックだ」
「はい」
「急がなくていい。ゆっくり考えてみてほしい。1つ目の方なら好きな仕事をして、恋愛や結婚も可能だ。2つ目だと……俺には変な知り合いしかいないからなぁ」
「はい」
「…………あああっ!!」
「えっ何?」
大変なことを思い出しました。
ユキノ様のお母様、秋乃様の書いた『浄化魔法の使い方』の一文に「異世界より導かれし乙女にのみ授けられる光の魔法」とありました。そして、秋乃様は恋をして聖女の資格を失いました。
「吉沢さん、すみません。私聖女の資格を失う可能性があります」
「へ?」
どうして、こちらの世界に来てもいつまでもこの力を持っていられると思ったのでしょうか。乙女どうこうを置いておいても、いつか力を使い果たす可能性もあります。
どうしよう。吉沢さんの役に立てなくなるかもしれない。
この時私は自覚していませんでしたが、人々を救うことよりも吉沢さんの役に立てないことを嘆いていました。
「おーい、説明して」
「あっ、はい。えっと……誠に言いにくいのですが、前の聖女、秋乃さまの書いた文献を当時読みまして、その中に『乙女』という言葉があったんです。それが聖女の資格です」
「……」
「そして、秋乃様はあちらで恋に落ちてユキノ様を身籠り、聖女の資格を失ったとお聞きしました」
「……」
「……」
自分で言っていることの恥ずかしさに、私の顔は真っ赤になっていたと思われます。内容的にも恥ずかしいのですが、自分が乙女であることも自動的にカミングアウトしてしまっています。
あちらの世界へ行くまで、男の人なんて恐怖の対象でしかなかったのですから仕方がありません。もし、あのままあそこにいたら、私も身近な騎士様に恋をしていたかもしれません。みなさんとても紳士的で優しかったですから。
もしかしたら秋乃様もそんな感じだったのでしょうか。
吉沢さんは微妙な顔をしていました。
そうでしょうそうでしょう。急にこんな変な話を聞かされて微妙ですよね。
しかし、吉沢さんは違う事を考えていたようです。
「夏乃ばあちゃんに聞いた感じだと、秋乃さんて結構若い頃からブイブイ言わせてたタイプだったらしいけど」
「はい?」
「霊感は夏乃ばあちゃんにしかなかったから、ばあちゃんは裏家業で忙しいのに、妹は遊びまくっててずるいって思ってたって言ってたんだよな。それでも突然いなくなった時、これは自分の意思じゃないってずっと信じて探していたんだ」
夢で見た儚い感じの秋乃様は、若い頃ブイブイ……
もしそれが本当なら、もしかしたら、あっちの世界が退屈で帰りたいと言ったことがあったのかも?教会暮らしで真面目な人々に囲まれていましたからねー
「そうだとすると、子供を産むことか、単に年齢を重ねることが聖女の力を失うトリガーになるのでしょうか」
「えっ、そればかりは試してみたいとわからないな」
試すとか何を言ってるんですか!流石の吉沢さんも少しパニクっているようです。
あ、そうだ。私はいつも胸に下げている大きなエメラルドを両手に抱き祈りを捧げました。
(ローデス様、その辺どうなんでしょう。私の浄化の力はいつか失われるのでしょうか)
エメラルドはポカポカと温かいを通り越してまた熱々になってきました。そして、言葉ではなく心で感じることができるメッセージを受け取りました。
『あなたの望むように進めばよいのです。国を救ってくれたあなたをローデスが見放すことはないでしょう』
私は今聞いたローデス様の思いを、そのまま吉沢さんに伝えました。吉沢さんはこんな荒唐無稽な話も真面目に聞いて信じてくれます。こんな人にはこの先巡り会えないだろうな。年は少し差がありますが、やっぱり絶対友達になってほしい、私はそう強く思いました。
「ということは、秋乃さんは自ら聖女の力を手放して普通の暮らしを望んだのかもしれないな」
「確かに、魔物が出ることは当分なくなったわけですから必要はないんですよね。私は向こうで病院でも開けないかと考えていたんですが」
「本当に君は面白いね」
吉沢さんは笑っていました。
浄化の力は私が望まない限り無くならないという前提で、今後のことはゆっくり考える方向に落ち着きました。
数日後、面接を受けた1社から採用の連絡がありました。やりがいはありそうです。その分残業もそこそこあるという会社です。
面接を受けに行った時、社内の雰囲気も明るく、嫌な負の気配もありませんでした。そこでなら、パワハラやセクハラに怯えることもなく仕事に励めて、もしかしたら友人、さらには恋人ができるかもしれません。いや流石に調子に乗りすぎました。一緒にランチしてくれる同僚くらいで大丈夫です。
その晩不思議な夢を見ました。知らないはずなのに、どこかでみたようなおばあさんが、
「孫をよろしく。あの子は両親を早くに亡くしてちょっと世界を斜めに見るようになってしまったけど、真っ直ぐな子がそばにいたら変わると思うのよね。オムそば」
そう言って消えていきました。オムそばが何?私は夢の中で叫んでいました。
私はその日、美容院に行き、長い黒髪をボブまで切り少しだけ明るい色にしました。心機一転です。
軽くなった頭を触って、何故今までわざわざあんな邪魔で重いものを背負っていたのかと思いました。
あ、そうだ大昔美容院に行きたいと言ったら「色気付きやがって」と父親に殴られたんでした。もうそんなことを思い出してもなんとも思いません。なんなら、今度こそあの交差点に行って、両親が事故にあった場所を浄化しまくってこようかな、そんな気分です。
そして、スーパーで買い物をして事務所に帰り、吉沢さんにメッセージを送りました。お話ししたいことがありますと。
20分くらいして吉沢さんがやってきました。
努力の結果、今日は吉沢さんがたくさん驚く姿を見ることができました。
まず、私のイメチェン。とてもよく似合うと言ってくれました。お世辞でも嬉しいですが、たぶん本当に思ってくれていると感じました。
私は吉沢さんに、なぜ家具も揃っているこの部屋を出てわざわざ元私のアパートで暮らしているのか聞きました。
「ばあちゃんがあれこれうるさいんだよ。姿が見えるわけじゃないけど。たまに夢に出てきたりとか。ばあちゃんはここの近所で秋乃さんの気配を感じてからはずっとここで仕事して、最期もここで過ごしたんだ。あ、でも事故物件じゃないぞ。俺にしか見えないし」
なるほど。納得です。
私は前もって作っておいたオムそばを温めて直してテーブルの上に置き、吉沢さんの前に座りました。
「吉沢さんのご両親は早くに亡くなったんですか?」
「何でそれを……なるほど」
オムそばとの合わせ技で気付いたのでしょう。
「美味しいかはわかりませんが、どうぞ召し上がってください。あと就職させてください」
「いただきます。えっ!?」
どうでしょう。たくさん驚かせてどさくさに紛れて就職先も手に入れる作戦です。そこで、私はいつもクールな吉沢さんが慌てたり驚いたりするところを見るのが大好きだと気付きました。ドM社畜だと思っていましたが、もしかしたらSなのかもしれません。吉沢さんと一緒にいたら私もたくさんの知らない私を知ることができ、吉沢さんも斜めじゃなくなるかもしれません。
「助かる。よろしく、桃華」
「はいっ。精一杯頑張ります、所長!」
そして、数日後の夜、私はまた前とは別のトンネルに連れて行かれて懐中電灯の灯ひとつで猿のような「何か」を探す仕事をしています。
田中桃華、やる気はありますがやっぱり怖いものは怖いです!ではまたごきげんよ……「波ぁっ!」




