5.次は普通のお仕事ですか?
銀色の髪を肩まで伸ばした小さい女の子がいました。私はユキノ様だなと思いました。そばにはベッドがあり、黒髪の美しい女性がそのベッドの背もたれに寄りかかるように座っていました。あまり顔色は良くないようです。
「お母さま、大丈夫?わたしが大きくなったら、元の世界に返す研究をするからそれまで待っていてね」
ユキノ様はおっしゃいました。するとお母様らしき方は、
「私はね、ユキノとお父様と一緒に暮らせてとても幸せなのよ。本当よ」
と、ユキノ様を抱き寄せ、隣に座らせました。笑顔でしたが、やはり寂しそうな笑顔に見えました。
「何か本を読みましょうね」
「ううん!今日はナツノおばさまのお話がいいな」
「あなたはナツノの話が本当に好きねぇ」
「聖女のお母さまのように、悪い魔物をバッタバッタ倒すナツノおばさまのお話はとても楽しいもの!」
可愛らしいユキノ様に伝えたいです。本当に帰りたいか本人に聞いてから魔法陣を描いてね━━━
おはようございます。急に元の世界に返され路頭に迷いかけたけど、除霊探偵さんに拾われた田中桃華です。
今日は地方のビジネスホテルで目が覚めました。先程の夢は本当のことなのか、ただの夢なのかはわかりませんが、ちょっとだけ寂しい気持ちと羨ましい気持ちになりました。
あんなお母さんが欲しかったな。ユキノ様を見る瞳に愛しさと優しさが詰まっていました。
いけない、私は過去は捨てた女です。さっさと支度をしましょう。目一杯冷たい水で顔を洗いました。
身支度を済ませ、昨夜コンビニで買っておいたサンドイッチを頬張っていると、吉沢さんからメッセージが届きました。
「出られるか」
「はい!」
私は急いで荷物を持ってフロントに向かいました。
吉沢さんは会計を済ませていたようで、そのままレンタカーに乗せられました。
今日は依頼人への報告を済ませてから帰るそうです。
まずは、トンネルの私が入った側の依頼者のところへ向かいました。公民館のようなところにお年寄りが2人いらっしゃいました。吉沢さんが任務が終わったことを報告して、お2人に質問していました。
「女性が関係ある事件が最近起こりましたか?あとウサギなんですが」
お年寄りたちの顔色が変わりました。2人はしばらく顔を見合わせて黙っていましたが、吉沢さんには嘘をつかないという約束をしていたそうで、無表情の吉沢さんの圧に負け、観念したように話し出しました。
「ちょっと前にドライブデート中の女性があのトンネルの中で彼氏に置き去りにされてしまってな。あのトンネルはすれ違うのもやっとの狭さだから1台の車に跳ねられてしまい、更に後続の車に何度も轢かれて……あれは酷いもんだった」
「ちゃんと供養しなかったんですか?」
「引きづられてあっちの管轄に行ったから向こうに任せたんじゃが、その女を捨てた男がこっち側の男だったため、結構もめたんだよな」
ひどすぎる。誰も彼女のことを考えていない。思わず口に出していた。
「彼女はこちら側に近いところにいましたよ。ものっすごい恨み言を言っていました!」
2人は黙り込んでしまいました。そして私を怖いものを見るような目で見ていました。そりゃそうか。そうですよね。
「それは置いておいて、ウサギに関しては?」
吉沢さんはあくまでも冷静に聞きました。
「それは、完全にあっち側だな。危ない奴が住んどって、小動物を殺しまくって捕まったやつがいたからな」
「わかりました。とりあえず、しばらくは大丈夫でしょう」
2人のおじいさんは吉沢さんに分厚い封筒を渡しました。そして小さな声で、
「その女を捨てた男っちゅーのが、こっちの大将の息子でな。早く風化させたいんじゃ」
つまり、地元の有力者の息子だからさっさとなかったことにしたいってことですね。
吉沢さんは黙って頷いて、封筒をもらって公民館を出ました。
私は彼らを一睨みしてから外に出ました。彼女の無念が少しでも晴れますように。ただ、あの時言われたことは忘れないけどね!
次にトンネルの向こう側へ車で移動して、やはり同じような建物の会議室に通されました。
そちらはおじいさん1人でした。腰の低い方で、私にも丁寧にお辞儀をしてくれました。
「終わりましたよ村長さん」
ほほう、この方が村長さんでしたか。
「やはり良郎でしたか」
「たぶん。かなり様変わりしていましたけど、見せていただいた写真の人物によく似ていました」
私は黙って聞いていましたが、どうやらこちら側の異変にも心当たりがあったようですね。
「しかし、彼の自殺とトンネルでの現象に微妙な時差があるんですよね」
吉沢さんは村長さんにそう言いました。
「といいますと?」
「お孫さんが収監されていた1年間はあのトンネルには異常がなかったんですよね?」
「ええ。良郎が戻って来て、家で大人しくしている間に女の霊が出るだの言われだしましてね」
「そして、またウサギが大量に殺されて、良郎さんのせいだと騒がれてあのトンネルの入り口付近の木で首を括っていたわけですね?警察は自殺と断定したんですか?」
村長さんは、悲しい顔をして首を振りました。
「最初の動物虐待は真実でした。しかし、良郎はちゃんと罪を償い、真面目に生きようとしていたんです。刑務所でかなり悪夢に悩まされたようで、もうあれはごめんだと」
「ところが、大量のウサギの死骸が見つかった」
「はい。強力なエアガンが使われていましたが、そんなものうちにはなかったはずなんです。しかし、庭の物置から見つかったと警察に言われまして。その晩良郎はいなくなりました」
「警察は『状況的に自殺と判断される』とか言ったんじゃないですか?」
村長さんは驚いた顔をして、吉沢さんを見上げました。
しかし、吉沢さんはそれ以上はその話を続けませんでした。
「とにかく、もうあのトンネルはもう大丈夫です。村長さんは良郎さんのご供養だけしてあげてください」
そして、やはり分厚い封筒をもらって外に出ました。
車に乗り込む前に、吉沢さんは電話をかけていました。盗み聞きは良くないと思いつつ、静かな村ですからところどころ聞こえてしまいました。
「……手前側の村の地主だか議員の息子だか……そう、女を置いてったやつ……良郎さんの身体に不自然な……ああ、よろしく」
他にもエアガンの指紋がどうとか聞こえちゃってましたが、私はひたすら景色を眺めていました。
吉沢さんが電話を終えたので、私たちは車に乗り込みました。そして、吉沢さんはもらった2つの分厚い包みのうち、1つをポンと私に投げて寄越しました。
「今回の給料」
中を見ると、とんでもない枚数の札束が入っていました。とんでもないと言ってもあくまで私比で、ギリ帯はついていない、そのくらいの額です。え、すごいですよね?良かった。
「ひぇっ、こんなにもらっていいものなんですか!?」
吉沢さんは真面目な顔で、
「これから先、どれだけ起こるかもわからない事故や行方不明事件を防いだんだ。正当な報酬だ」
事務所のカーテンを変えてもしばらくやっていけそうです。とりあえず奨学金の残りと年金は払わないと。行方不明だった半年分。結構なくなるな。
「あの、これって確定申告とかはどうすればいいんですか?」
「……就職が決まるまでは、事務所の事務スペースに金庫があるからそこに入れとけば。番号は4438」
「はい。ヨシザワですね」
とにかく助かります!就活用のスーツも買えそうです。細かいことはあえて考えるのをやめました。
私たちはレンタカーを返して、また電車と新幹線を乗り継ぎ事務所に戻って来ました。
「じゃあ、また何かあったら頼む」
それだけ言って、吉沢さんは帰ってしまいました。もしかして、送ってくれたのかな?
もっと吉沢さんのことを聞きたかったのですが、新幹線では爆睡なさってましたので話しかけることができませんでした。
吉沢さんの言った通り、事務所のデスクの裏に小さな金庫がありました。番号を入力して開けると中は2段になっていて、上の段だけに書類のようなものが入っていました。私はお給料の一部をお財布に、その残りを下の段に入れました。
私は、人様のものを勝手に見るような人間ではありません。しかし、上の段の1番上に写真立てがこちらを向いて置いてあったのですから、目に入ってしまったのは仕方がないことですよね。
それは白黒の古い写真で、2人のお綺麗な女性が微笑んでいらっしゃいました。すぐに目を逸らしましたが、最近どこかで見たような気がしました。
それでも、いつか吉沢さんが見てもいいと言ってくれるまでは勝手に見るのはやめようと、その写真立てを伏せておきました。真面目が取り柄の田中桃華ですから。
それにしても、吉沢さんはこんな素敵な事務所があるのになぜあのアパートで暮らしているのでしょう。たぶん本人が住んでいただろう形跡があります。事故物件かどうかは私には隠すことはできませんし、違うようです。むしろ清浄な気を感じます。彼女を連れ込むとしてもあのアパートよりはこちらの方がマシなんじゃないかなぁと思います。いつか、聞くことができるのでしょうか。
数日後、私は事務所の応接間でオムライスを食べながらテレビを見ていて、びっくりしてソファから滑り落ちました。
ある町に住む県議会議員の息子が、ウサギなどの小動物をエアガンで撃ちまくった挙句、その罪を前科のある赤の他人になすりつけるために、自殺に見せかけて殺害したことがわかり、協力者と共に逮捕された、というニュースが流れたのです。
僭越ながら、私の見解を述べさせていただきますと、トンネルの怪異を全て良郎さんの仕業ということにしたかった、自分が捨てた女性が原因だということから目を背けたかった、たったそれだけのことで彼は人や動物を殺したのです。
トンネルの怪異を知らないほとんどの人から見たら「なんじゃそのヘンテコなニュース」だと思います。しかし、たぶんですが、吉沢さんがあの日誰かに電話をしなかったら、犯罪者は世に放たれたままとなり、いつか更に凄惨なニュースが報じられることになったのかもしれません。
2人の人間とたくさんのウサギを殺した彼はこれから悪夢に悩ませられるのでしょうか。
私はもらったお金でネックレスにアレンジしてもらった緑色の石を両手に挟むようににぎり、前の世界でそうしていたように両膝をついて、ローデス様に祈りを捧げました。
あの毒舌の女性と良郎さん、そしてウサギさんたちが安らかに眠れますようにと。
あれから数日経ちました。
さて、今日は転職サイトで申し込んだ会社の面接の日です。紺のジャケットとスカートを身につけ、髪の毛を縛った自分を鏡で見た時、一瞬社畜モードに落ちそうになり事務所の真ん中で立ちすくんでしまいました。
それはほんの数秒のことでしたが、私は就職したら明るい服しか着ないぞと心に誓いました。
そして、頭をブンブン振って動き出そうとした瞬間、事務所のチャイムがなりました。
「所長がすぐに参りますので、少々おまちください」
私は依頼人の女性にお茶をお出しして、吉沢さんにメッセージを送りました。
「お客様です!大至急お願いします!!」
「わかった、すぐ行く」
吉沢さんは10分くらいで来てくれました。近所にいてくれてたようで良かったです。
事務所に入るなり
「うおっ、ピンク……」
と、カーテンを見ながら呟いていましたが、すぐにお客様に、
「大変お待たせいたしました。所長の吉沢です」
と名刺を差し出していました。
今日の吉沢さんは普通のスーツを着ていて、シュッとしています。最寄駅は同じとしても、連絡をもらってから10分で着替えてここまでやってきて息切れしていない。ユキノ様以来のシゴデキ上司です。憧れます。私もいつかそうなりたいという意味で。
こちらに来るお客様は普通の依頼だと聞いていましたので、ドラゴン波を撃つ以外に取り柄のない私に役に立てることはないだろうと、後は吉沢さんにお任せして面接に向かおうと思っていました。
しかし、その依頼人が高級そうなジャケットを脱いで話し始めた途端、私の足は止まってしまいました。
奥様?なんでそんな禍々しい気配に覆われたネックレスをつけていらっしゃるんですか?




