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4.聖女のお仕事再開です

 こんばんは。転生して聖女となり国を平和にした瞬間、現世に戻されて一文無しとなった田中桃華です。


 元私のアパート、現吉沢さんの部屋に戻ったのは5時過ぎでした。吉沢さんは、昨夜から朝にかけてのリラックスした感じの服装ではなく、黒い上下に身を包んでいました。スーツではなく学ランのように全身が黒で包まれていました。


 そういえば、私のスーツは特別な布で織られていたはずですが、こちらでも通用するのでしょうか。少し楽しみ、なんて思っていました。その時が来るまでは。


 今は10月とのことで、6時を過ぎると外は暗くなってきました。あぁ、そういえば私が向こうへ行ったのは5月だったんですね。

 新入社員がすぐに辞めてしまって、毎日毎日残業だったのを思い出しました。辞められる人が羨ましく思えたのを覚えています。


 今思えば、私は何故逃げ出さなかったんでしょう。ドMだったんでしょうか。両親もちょっと変わっていたので(言い方を抑えています)、「逃げる」という選択肢が私の中になかったんだと思います。そのおかげで、聖女としても成長できたのかなと無理やり美談に記憶を改ざんしていきましょう。


 聖女時代のあの世界はずっと春先のような暖かさと涼しさがありました。だから5月に転生されても違和感がなかったんですね。私にとっては2年弱の日々でしたが、思わず懐かしくなって目が潤んでしまいました。


「そろそろ出るぞ」

「はいっ」

 どこへ何をしに行くのかわかりませんが、私は吉沢さんについて行きました。


 電車を一度乗り換えて、少しだけのどかな景色の駅に降り立ちました。もうすっかり夜です。そして、その駅の裏側に位置する小高い丘の方を向いた途端、身体中がゾワゾワするのを感じました。


 メザール王国で感じた魔物の気配とは違う何かを感じました。ちなみに、私は昔から霊感的なものを感じたことはありませんでした。怖いの嫌いでしたから!


 そんな私の顔色を見て、吉沢さんは満足そうでした。

「おっ、ちゃんと感じとれてるようだな」

「あのっ、怖いんですけど!あっちの世界の魔物って動物的な感じであまり怖いとか思わなかったんですぅぅ」

「よく目を凝らせ。こっちのは、ちゃんとした形を持っていないものもいる」

「ええ……」


 私は一瞬パニックに陥りそうでしたが、腐っても元聖女!指先に力を集めて、用心深く周りを見渡しました。

 何も見えない。心細くなり私はいつのまにかポケットの中の緑の石を握りしめていました。すると自分の視界が明るくなって広がるのを感じました。


 そして、前方のちょっと右側、遠くでうごうごうごめく縦長の「何か」が見えました。

「見つけました!動物なのか人間なのかよくわからないものがいます」

「やれるか?」

「通用するかわかりませんが、とりあえずやってみます」


 私はためらうことなく、例のポーズを取ってドラゴン波を放ちました。

「波っ」

 上半身は消えましたが、まだ下半身が残っています。というか、地面に半分入り込んでいるようです。


「下半身が地面にめり込んでいます。どうしたらいいですか」

 横にいるはずの吉沢さんを見るとお腹を抱えて笑っていました。こんな時に!?

「ごめん、ここからは俺がやる」

 彼は地面に手を置いて、なにやらブツクサ言っています。そして、やはり手から力を送り込むように一気に地面の中に何かを放出しました。


 吉沢さんのなんらかの力が嫌だったのでしょう。例のよくわからない物体の下半身が地面から飛び出しました。これならいけそう、私はまたドラゴン波を打ち込みました。

「波ぁっ」

 キラキラしながら消えていくその物体を見て、自分の力がまだ残っていたことに感謝しました。すごく怖かったけど、退治できた。これで誰かが助かるかもしれない。


 あたりの空気も綺麗になったような気がします。

 私は嬉しさと誇らしさでいっぱいの顔で、吉沢さんを見ました。……やはり彼は大爆笑していました。


「なんなんですか!」

 私にしては強気に出てしまいました。すると、吉沢さんは、

「ごめん、真面目にやってるのは理解してる。でも、あれってアレだよな」

 あ〜、ポーズと掛け声のことでしたか。こちらの世界ではあまりに有名。ギャグのように見えていたのかもしれません。

「力の調節が1番しやすかったのがあれだったんです……」

 違うやり方を急ぎ特訓しなくては。このままでは夜遅くに子供達が集まってきちゃう恐れがあります。

「いいよいいよ、いや、すごいよ。あんなに綺麗に浄化されたところを見たのは初めてかもしれない」

 と、褒めてくれた吉沢さんは何かが消えていくキラキラを楽しそうに眺めていました。


 用が済んだので、私たちは帰ることにしました。とりあえず吉沢さんのアパートに帰っていいのでしょうか?なんとなく聞けなくて黙ってついて行きました。アパートの最寄駅に着きましたが、吉沢さんの部屋とは別の方向に歩いて行きます。やはりどこかに置いて行かれるのでしょうか。過去のトラウマが少しだけ蘇ります。もうあの人たちはいないのに。


 黙って下を向きながらトボトボ吉沢さんの足だけを見て着いていきました。気がつくと、1階が中華屋さんのビルの2階に連れて行かれました。入り口には「吉沢探偵事務所」の文字が。


「しばらく、うちの手伝いをしながら今後どうするのかを決めたらいい」

 そう言って、私に事務所の合鍵らしきものを渡してくれました。

 中に入ると、事務所とは言っても普通のマンションのような作りで、トイレ、お風呂、小さめのキッチンもあり、ベッドルームもありました。それらはパーテーションで入り口からは見えなくなっており、入り口からはリビングに少しだけ高そうな応接セットだけが見えるようになっていました。ここで依頼を受けるんですね!


「こっちは普通の事務所。浮気調査とかの。滅多にこっちには人が来ないからしばらく住んでていいよ。あとこれ、今日のギャラね」

 といって一万円札を6枚くれました!ひと晩6万円!

「たったあれだけで、こんなにいただいていいんですか?」

 私がそう言うと、

「たったあんだけのことが、普通の人間にはできないんだよ」

 と、笑って帰って行きました。彼はなぜあんなことができて、このような仕事をしているのでしょう。いつか聞いてみたいものです。


 しかし、確か彼女さんがいる気配がありました。彼女さんにあまり嫌な気持ちになってほしくはないので、私はあくまで臨時職員として邪魔にならないように、ひっそり頑張ろうと自分に誓いました。



 事務所の住み心地はとても良いものでした。あの日いただいた6万円で、下着や化粧品など、生活必需品を買うことができました。下の中華屋さんの隣はコインランドリーでしたので、洗濯面も安心です。カーテンが薄汚れたベージュだったので、淡いピンクにしたいな、でもまだこのお金は取っておかないとな、なんて考えているところに、吉沢さんがやってきました。


「こっちでの生活に問題はないか?」

「はいっ。おかげさまでよく眠れています。今日は職安に行ってみようかと」

「いや、それは今度にしてもらっていいかな。今日は例の案件が2件入ってるんだ。手分けしたい」

 例の案件?霊の案件でしょうか。手分けということは私一人でやるってことですよね。

「それってやはり夜なんですか?」

「夜だねぇ」

「そうですか……」


 じゃあ昼間職安行ってもいいじゃないかと思ったのですが、行き先を聞いて納得しました。今から、新幹線に乗らないといけないところまで行くそうです。吉沢さんとは同じ県の山の向こう側とこちら側でそれぞれ仕事をするそうです。


 具体的にはトンネルの途中にいる「何か」のせいで、人が正気を失ったり事故に遭ったりしているそうです。そして、その依頼がトンネルの両側の地区から来た、つまり1つの依頼を2件にして受けて、お金を両方から貰うということです。


 私は素直に感心しました。そうですよね。結構危険なことをしているわけだし、馬鹿正直に生きても損をするだけ、田中桃華、聖女ですが、悪女にもなろうと思います!


「ただ、本当に一つの霊が起こしてるとは限らない。お互いに複数の悪霊を相手にすることになるかもしれないから気をつけろ」

 そう言って、吉沢さんはスマホを1つ渡してきました。

「今後は連絡はこれで。経費で落とすから安心して」


 ほほぅ!久しぶりのスマホです。あとで、乙女ゲームをダウンロードしましょう。クレジットカードも持たない現在の私には無課金一択ですが、それでもまたゲームが楽しめる日が来るなんて!


 旅行なんて修学旅行以来です。ウキウキしながら新幹線に乗りこみましたが、混んでいたので吉沢さんとは座席が離れていました。色々話を聞きたかったなぁと思いつつ、仕方なく私は乙女ゲームをダウンロードして無音で楽しみました。イヤホンを買っておかなかったのが悔やまれます。


 その後、新幹線の次に乗り換えた列車も降り、吉沢さんが借りたレンタカーに乗り込みました。


 私は吉沢さんについて全く知りません。あまり人様を詮索するのも良くないと思っていたのと、正直自分のことで精一杯で頭が回らなかったというのもあります。


 新幹線と電車では話す余裕がありませんでしたから、今度こそ色々聞いてみるぞと口を開けた途端、

「着いたぞ。真ん中で合流できればいいんだが。もし手に負えないと思ったら戻ってここで待ってろ」

 と、懐中電灯を渡してきました。わりと駅近でした。しかし、吉沢さんは反対側に回らないといけないので大変です。

 そして、車を降りようとする私に、

「よろしく、田中」

 とおっしゃいました。その瞬間、私の身体は固まってしまいました。田中と呼び捨てにされるたびに良くないことが起こる。無茶な仕事を命令される。怒られる。怒鳴られる。


 指先が冷たくなっていくのがわかりました。吉沢さんは、私の異変に気付いたようで、

「どうした?無理そうなら車で待ってても……」


 あぁ、また役立たずと思われてしまった。さすがに追い出されてしまうかもしれない。自己肯定感上がりまくりで、トラウマなんてすっかり克服したと思えた2年間って簡単に無かったことになるんですね。


 すると、また右のポケットが暖かくなってきました。この石は私を叱咤激励するために私の元に来てくれたのでしょうか。


 暖かい……あっつ!!熱いです、わかりました!わかりましたっ!

 また指先に光がともるのを感じました。


 私は車を降りながら、吉沢さんに言い放ちました。

「申し訳ありませんが、田中呼び捨てはご遠慮ください。あと桃華呼び捨てにも良い思い出ないので、できれば他でお願いします!」

 そして、そのままトンネルの入り口に向かいました。強く言ってしまったので、ちょっと怖くて吉沢さんの顔は見ずに行きました。しばらくすると、車が去っていく音が聞こえました。


 吉沢さんの反応、見たかった気もしますが、多分首を傾げてそのまま行ってしまったとかそんな感じでしょう。大きな仕事ですから、私のことなんか構っていられないはずです。


 威勢よく飛び出してきたのは良かったのですが、誰もいないトンネルです。夜で暗いし普通に怖いです。

 私は懐中電灯で中を満遍なく照らしながら、少しずつ歩を進めました。怖いけど、嫌な気配はまだ感じていません。


 入り口が見えなくなりました。怖いです。それでも歩いていれば吉沢さんに出会えるはずです。あ、このトンネル何キロあるのか聞いていませんでした。普通に歩ける距離なんでしょうか?


 それでも暗さと怖さにも慣れ始め、少し気持ちがだれてきたまさにその時、全身に鳥肌の立つあの感覚が急にきました。何かがいるってことです。私は懐中電灯をブンブン振り回して元凶を探しました。そして、思い出したかのように緑の石を握りしめました。懐中電灯の光が大きく明るく見えるように感じられました。


 簡単には見つからないはずです。トンネルの途中にとても細い横道が出ていて、その奥に女性のような何かがいました。それはこちらを睨んでいました。怖い怖い!


 今回は人間のように見えたので、話し合いでなんとかならないかと思いました。しかし、そう甘くはありませんでした。

 そいつは私に話しかけてきたのです。


「搾取サレルダケノ女、ヒツヨウノナイ女、イキルカチノナイ女、デテイケ、ソシテシネバイイ」

 ハキハキと喋っていたわけじゃないのに、確実にそう聞こえました。私の心が勝手に聞いてしまっているのかもしれません。


 なかなか痛いところをついてきます。何か返事をしたらきっと心を乗っ取られてしまう、そんな気がしました。霊感のないほとんどの人には意味不明のうめき声にしか聞こえないのかもしれません。でも私には心当たりのある言葉をぶつけてきました。酷い。でもね、私はもうあの頃の私じゃない。車を降りる時に私は捨てたんです。親も会社も。


 車を降りるあの時、緑の石が語りかけてきたんです。もしかしたら、ローデス様のお言葉なのかもしれません。

「あなたの2年は本物です。あなたは聖女としてひたむきに努力を続け、国を一つ救ったのですよ」

 そう、役に立ったし、大切にされる喜びも知った私はもう昔の私じゃない。だから、言い返してやりました。


「ざーんねんでした!!私はあなたなんかドラゴン波で消し去ることができるし、もう誰からも搾取されませーん」

 そして、特大のをお見舞いしてやりました。

「波ぁぁぁっ!」


 消え側に奴は捨て台詞を残して逝きました。

「アイサレナイ女……」

 うーん、これはちょっと効いたかも。でもまあ、この辺はおいおいね、と私は先に進むことにしました。


 さっきの女の霊がいたところは緊急時のトンネルの抜け道か何かなのでしょうか。彼女がいなくなった途端、その細い通路の1番奥に扉が見えました。でも鍵がかかっているようでしたし、そこら辺からはもう嫌な感じがしなくなっていたので、私はトンネルのさらに奥に進むことにしました。


 静まり返ったトンネルをさらに奥へと歩いて行きました。少しずつ嫌な気が濃くなってきました。懐中電灯をぐるぐるしてみたら、壁にたくさんのウサギが張り付いている箇所に出くわしました。結構な数です。そして、ウサギといってもそんなに可愛いものではなく、目が赤くて耳が長いというだけの魔物です。目を見ればこちらに敵意を持っていることがわかります。


 私は嬉しくなりました。またあの機関銃式波動砲を使える日が来るなんて。ストレス解消にはぴったりなんですよ。さっきの女の分までやってやりましょう。


 私は笑いながら逃げ回るウサギたちを浄化しまくりました。あと3匹くらいかなというところで、

「うわっ、あぶね」

 という声が聞こえました。吉沢さんとついに合流です。

「すいませーん、少し離れててくださーい」

 そう言って私は機関銃をうち続け、ウサギを殲滅してやりました。ふぅ、スッキリ。


 情報交換したところ、吉沢さん側にも大物が1匹?いて、その後にあのウサギたちだったようです。大量のうさぎをどうしようと考えていたところに、私が笑いながらドラゴン波を一斉掃射していたので、人生で2番目に怖かったとおっしゃっていました。いつか1番を聞いてみたい。でもここはまだ暗いトンネルの中なのでやめておきます。


 車があるのは吉沢さん側の入り口なので、私たちはそちらに向かって歩きました。私は途中にいた中ボス的なやつが言葉を発していたことは話しましたが、何を言っていたかはわからなかったと答えました。もう過去のことですし。


 それより聞きたいことがたくさんあります。

「吉沢さんはどうやって、あれらを倒しているのですか?」

「あー、倒してるってより封じてる感覚かな。小さいものならこないだみたいに手から出る力を使ってなんとかなるけど、じっさいにさわらなきゃならないことが多い。そうやって大物は弱らせてから、札で封印する。だから、あんたみたいに遠くからドラゴン波?で完全に浄化できるのは羨ましいな。訓練したら俺にもできるかな」

「きっとできますよ!私に教えられることがあればなんでも聞いてください!」


 途中、少し空気が一際澄んでいるところがあったので、

「あそこら辺ですか?大物がいたの」

 と聞いたら、

「さすが聖女様だな。本物なんだな……」

 と、感心してもらっちゃいました。人の役に立てるのって嬉しいな。私はルンルンでした。


 そうこうしているうちに、出口が見えてきました。結局、このトンネルは全長が歩いても1時間程度の長さだったようです。そしてちょうど中間地点で会えたようです。

 行きはゆっくり捜索しながら歩いていたので時間はかかりましたが、帰りはあっという間でした。


 その後はレンタカーに乗って駅前に戻り、もう夜中に近い時間でしたので、駅前のビジネスホテルに泊まることになりました。コンビニで一緒にお弁当を買って、今日は解散です。もっと色々聞きたかったのですが、また今度にしましょう。


 お弁当を食べていると、吉沢さんからメッセージが届きました。

「なんて呼べばいいの」

 忘れてました。色々ふっきれたつもりでしたが、まだ田中と桃華の呪縛は解けていない気がします。


 先ほどは「あんた」でしたね。どうしよう。今まで不快感がなかったのは「モモカ様」と「聖女様」だけでした。さすがにお世話になっている所長様にそんなこと言えません。考えに考え、私は、

「あんたでも君でも。お前は嫌です。名前が必要な時はももちゃんか田中桃華でお願いします」

 と返しました。するとしばらくたってから、

「おやすみ田中桃華」

 と返ってきました。ももちゃんは不採用でした。ちょっと呼ばれてみたかったなと思いながら、シャワーを浴びて就寝しました。どうか良い夢が見られますように。



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