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3.帰ってきました聖女ですがなにか

 はい、田中桃華です。聖女やっていました。さっきまで。


 いえ、たった今まで!まだ大蜘蛛を倒した興奮は冷めやらずですよ。ユキノ様ー!聞こえますかー

 ……聞こえないようです。


 急に現世へ戻るという魔法陣の中に入れられまして、どうやらそれは成功した模様です。

 確実に現代の日本に戻ってきたのがわかりました。交差点ということもあり、空気が悪く感じられました。メザール王国の清浄な空気とは天と地の差があります。まぁ、大きな交差点ですからね、仕方ありませんが。


 今は夜。ここは、多分転生時に私が轢かれた交差点。今はどの時点なのでしょう。過去に戻って事故を防ぐのか、事故がなかった未来なのか。私はしばらくそこで立ちすくんでいました。


 しばらく様子を見ましたが、トラックは来ないようなので、とりあえず私は自宅に向かうことにしました。とにかく今日は寝てしまいたい、明日は会社休もう、いや、もう辞めてしまおうなんて考えながら。


 自分のアパートに着き、習慣となっていること、当たり前のように郵便受けを開けようとして、慌てて手を止めました。愕然としました。私の部屋の番号の下に知らない人の名前が書いてあります。「吉沢伊織」と。

 私は一度アパートの外側に出て、窓側に回りました。


 私の部屋だった場所には濃いブルーのカーテンがかかり、灯りがついていました。私のピンクのカーテンはどうなったんでしょう?とりあえず話だけでも聞いてみなくてはと思い、自分の部屋のインターホンを鳴らしました。今思えばとても危険なことをしていたなと思います。


 ピンポーン


「はい?」

インターホン越しに男性の声が聞こえました。しまった!吉沢伊織さんって男の人だったんだ。でも、ここで逃げたらもう二度と真実を知ることはできない、そんな予感がしたので、私は賭けに出ました。


「そちらに以前住んでいた田中さんの知り合いです。少しお話を伺うことはできますでしょうか?」

「……」

 少し時間をおいて、鍵を開ける音がしました。そして、顔を出したのは30代中盤と思われるいわゆる「イケメン」でした。久々に現代人を見たのでもしかしたら「普通」から「ちょいイケ」くらいなのかもしれませんが。


 以前の私なら男の人というだけで怯えて挙動不審で警察行きだったと思います。しかし、あちらの世界での約2年間、私は十分に人とコミュニケーションを取れるようになったのです!


「あ、あ、あの、実は私この部屋に住んでいた、はずなんですけど」

「はぁ」


 まずい、失敗している感じ。負けるな自分、聖女モードオンよ!私は優雅にゆっくりと話し始めました。さっきのことは忘れたかのように。


「大変失礼ですが、あなた様はいつからこの部屋にお住まいになってらっしゃいますか?」

「……よかったら、入って話します?」

 どうしよう。知らない男性の部屋に入るのはよくないよね。でもここ、私の部屋だし。うーん。

 私は念のため指先の感覚を確かめました。

 使える!暖かい力が指先に集まるのが感じられました。いざとなったらアレをお見舞いすればいいのです。

「おじゃまします」


 入れてもらったお部屋は私が住んでいた頃とはまったく異なるインテリアになっていました。棚いっぱいのゲームや漫画、小説は無くなっていました。

 カーテンもブルー。普段表に出せない乙女心を唯一表していたのがピンクのカーテンだったのに。今のこの部屋は、普通に男の人の部屋って感じです。もちろん男の人の部屋なんて行ったことがありませんから、「漫画で見たような」男性の部屋ですが。


 私はソファとミニテーブルを挟んだ反対側に座らせてもらいました。流石にソファには座れません。結果テレビの前に鎮座してしまいましたが、お許しいただきましょう。


「俺がこの部屋に引っ越してきたのは半年前。前の住民が失踪したらしく、その親ってのがやってきて家具とかゲームとか全部売っぱらって引き上げたって聞いてるよ」

 吉沢さんは、麦茶らしきものをペットボトルからグラスに移し替えて私の前に置きながらおっしゃいました。


 私は失踪扱いだったんですね。そして、私の親は私の親らしいことをしていったと。ん?半年?


「あの、半年前に失踪したというのは確かですか?」

「あぁ、会社の人間が彼女が一日来ないだけですぐに親に連絡をして、文句を言ったらしい。もちろんここにも来たらしいよ。サボってるなら無理矢理連れていくつもりだったらしい。すげぇブラック。で、その田中さん?の親も働いた分の給料を払えと騒いで、警察沙汰になったらしい。親御さんは結局本人が戻らないから家財道具を売ってアパートを解約したんだ。それから俺がすぐにこの部屋に入ったから半年前なのは間違いないよ」

「あの、よくご存知ですね。そんな細かいことまで」

「あぁ、俺ここの大家の遠縁にあたる親戚だから詳しく聞いたんだ。とりあえず事故物件じゃないならいいかと思ってここに住むことにしたんだけど」


 私は黙り込んでしまいました。会社も親も本当に変わらない。でも失踪したことになっているなら、このままどこかで1人で暮らそうか。とはいえ、今夜のホテル代すらもっていない。保証人もなく部屋を借りて就職ができるのだろうか。シェルター的なところを調べるべきか。


「……聞こえてる?もしもーし」

「あ、すみません。何かおっしゃいましたか?」

 話しかけられていたらしい。


「前に住んでいたってことは、田中さんて君なの?」

「……はい」

「まぁ、あんな職場と親じゃ逃げたくもなるか」


 とにかく考える時間が欲しい。私はこの見知らぬ吉沢さんという方にお願いをしました。

「勝手なお願いだとわかっていますが、私が戻ってきたこと内緒にしていただけませんか」

「内緒って、会社とご両親に?内緒にするも何も、君の両親ここからの帰り道に事故にあって亡くなってるよ。トラックが突っ込んできたとか」

「ふぁっ?」

「あと、勤めていた会社、君が失踪して警察の調査が入った時に、たくさんの労働基準法違反が見つかったうえに、大勢の社員から訴えられて倒産したはずたよ。一時期ネットで騒がれてた、若い女性社員をこき使って殺して埋めたんじゃないかって」


 えええーっ、埋められてはいないのですが、驚きすぎて口が開きっぱなしです。

「家賃は毎月きちんと払ってたみたいだから、アパート的には大丈夫だったと思うよ」


 私が聖女をやっている間にこちらではゆっくりと時間が進み、いつのまにかとんでもないことが起こって、私は自由を手に入れていたようです。住所不定の無職、無一文ですが。


「で、どうすんの?君」

「はい。色々教えていただいてありがとうございます。そろそろ失礼します」

「そんな様子で行くところあるの?」

「……」

「よかったら話してみなよ。俺、探偵やってるんだ。何か助けになれるかもよ?あ、今日のところはお金はいらないから」


 探偵さん。今必要なのは弁護士さんのような気もしますが、そういうツテもあるのでしょうか。

 頼りたい、とにかく話を聞いてほしい。でも、異世界転生なんて、聖女の話なんて、信じてくれるはずがありません。


 ただ、この吉沢さんという方、なんとなくですがユキノ様のようなまっすぐな優しさを感じます。まだ出会って数分で、人を見る目に自信なんてありませんが。


 この人を信用できるのか、私は自分自身に聞いてみようと思いました。指先に力を込めて、両手を彼の方へ向けました。

 両手がどんどん暖かくなってくるのがわかりました。邪悪なものは感じません。

 その間、吉沢さんは、少し驚いたような顔をしましたが、それは一瞬で、動かずじっとしていました。なんとなくですが、信用できる人だと更に思うことができました。私が何しているのか、「何か」を知っている人、そんな風に思いました。


 私は決断しました。

「信じてもらえないとは思います。もしも私のことを危ないやつだと判断したら、警察などは呼ばずに外に追い出してください」

 と、前置きしてから私は半年前に失踪してからのことを話し出しました。適当に端折りながら。


 吉沢さんは真面目な顔をして最後まで聞き終わると、

「まとめると、トラックに轢かれて聖女として転生して、修業をして魔物を倒して……用が済んだらこっちに……くっ、返されたってこと?……ぷっ」

「そうです。でも用済みだからではなく、私を思って返してくれたんです!」

 途中から笑いを堪えている彼に私は言い返しては見たものの、自分でも自信がなくなってきました。あれは夢だったのかな。半年間どこかで寝ていたのかな。


 すると、スーツの右ポケットがほんわかと暖かくなってきました。暖かいというより熱い!慌てて手を入れて確認すると緑色の大きな石が出てきました。

 「夢じゃないよ」と主張するように輝いていました。

 私は石を両手に挟んで暖かさ、いえ熱さを改めて確認しました。

 がむしゃらに頑張って幸せだった2年間を思い、涙がこぼれそうでしたが、よく知らない男の人の前で泣くなんてしたくないと堪えました。相手も迷惑でしょうし。


 再び勇気が湧いてきた私は、探偵としての吉沢さんを頼ってみることにしました。

「すみませんが、住み込みで働かせてくれるようなところご存じありませんか。住み込みはダメでも、気功師とかそんなのを雇える人ご存じありませんか」

 この石を売り飛ばすのは最終手段にしたい。今はなんとか雨風凌げるところを確保しないといけまけん。


 吉沢さんは、

「なんで気功師?さっきのあれ?」

 とおっしゃったので、私は実践した方が話が早いと、彼の体を見渡して手の甲にある小さな傷を見つけました。猫にでも引っ掻かれたのでしょうか。そして、お得意の治癒魔法をそこに向けて放ちました。

 キラキラと光って傷が無くなるのを見た吉沢さんは、さすがに今回は笑いませんでした。


 しばらく私たちはお互いに黙っていました。そして、先に口を開いたのは吉沢さんでした。

「とりあえず今日はここに泊まりなよ。ソファあるし。今後のことは一緒に考えよう」

 そう言って、私に名刺を差し出しました。


『吉沢探偵事務所 所長 吉沢伊織』

 そして裏側には「除霊・お祓いはこちら」と表に書いてあるのとは別の電話番号が書いてありました。


「君のその治癒能力、人に言わない方がいい。どんな悪いやつに利用されるかわからないからね」

 ご親切にもそう言って、更にそこら辺にあるカップ麺は好きに食べていいよとおっしゃってくださいました。思い切って話してみてよかった。

 私はその後、久々の現代食をお腹いっぱい食べて、そのまま気を失うように寝てしまいました。


 翌朝、目が覚めると綺麗なタオルと少しだけ使いかけの化粧品がテーブルに並べられていました。

「使えるのあったらどうぞ」

 と吉沢さんがおっしゃいました。彼女さんのとかだったら申し訳ないなと思いつつ、これから仕事探しなど頑張らなくてはなりません。遠慮なくお借りしました。


 簡単なメイクが終わると、朝ごはん食べに行くぞと近所の喫茶店に連れて行かれました。

 モーニングです!喫茶店でモーニングを食べるなんて贅沢をしたのは初めてです。興奮しているのがバレないよう、聖女モードで微笑みながらゆで卵を食べました。幸せです。


 食後コーヒーを飲みながら、本題に入りました。

「自分的にはどうするつもりなの、これから」


 言い方はずっとぶっきらぼうではありますが、吉沢さんはとても優しくていい人のようです。昨日から私を気遣ってくれているのがわかります。私は聖女に転生するまで、あまり人に優しくされたことがなかったので、聖女時代の記憶がなければ吉沢さんに惚れて簡単に騙されて怪しい店で働かされていたに違いません。聖女やっててよかった。わりと冷静でいられています。


「まずは働かないといけないと思っています。ただ、当てがないどころか戸籍さえあるのかわからない状態です。まずは実家と役所にでも行ってみようかと思います」

「そうだね、もし捜索願いが出されているなら適当な理由をつけて取り下げてもらわないとね」

「はい。実家がまだあるならそこに少しおいてもらおうと思うのですが、実家も所詮賃貸ですからもうないかもしれません」

 

 さすがに半年経ってたら次が入ってるかな。お墓とかどうなってるんだろう。私が仕送りしたお金もどうなってるんだろう。私はどんどん暗い気持ちになってきました。どうせ、実家に帰ってみても何もなくて嫌な思い出だけが蘇るのでしょう。


 すると、吉沢さんが意外なことをおっしゃいました。

「実家関係は調べといてあげるから、君は役所と警察に行って身分を回復しておいでよ。ほら、俺探偵だから」

「えっ、本当ですか。ありがとうございます。でもまだお礼はできませんが。どうしましょう。お金稼ぐならやっぱり水商売でしょうか。私、向いてない気がするんですけど」

「そうだね。向いてないんじゃない」

 彼は笑っていました。でも不思議とバカにされた感じはしませんでした。

「昨日の怪我を治してくれたことでチャラにするよ」


 家に泊めてくれた上に、朝食までご馳走になっています。もう少し大怪我をしてくれれば恩返しができるかしらなんて不謹慎なことを考えていると、吉沢さんは更に意外なことをおっしゃいました。


「俺の仕事を手伝ってみない?もちろん給料は払う。もちろん、特殊な方の仕事中心だけど」

 私はいただいた名刺の裏側を思い出しました。

「除霊、お祓い?」

「そう、その聖女の力ってやつ、使えないかな」

「やってみないことにはなんとも……ただ、今のところ魔物の気配は感じていません」

「こっちの世界では、そういうのは夜って相場が決まってるんだ」

「なるほど。そういえば、あちらでは昼間に活動していましたので気がつきませんでした」

「ちょうど今夜、ひとつ片付けたい件があるから同行してもらう」

「わかりました。では昼間のうちにやることをやってまいります。で、申し訳ないのですが……」


 私は吉沢さんに交通費をお借りして、役所で私の戸籍が残っていることを確認し、警察に行って失踪届を解除してもらい、やっぱり気になったので、実家のアパートへ行ってみました。


 吉沢さんの言うとおり、私の両親は亡くなっていました。私の仕送りと家財道具と大切なゲームやグッズのおかげで借金はなくなっていてたので助かりました。もちろん遺産もないようでした。

 警察では家出人としてちょっと怒られたので気持ちは沈んでいましたが、両親が住んでいたアパートのお隣の一軒家に住んでいて、よく私を両親から庇ってくれていたおばさんに、生きていて良かったと泣きながら抱きしめられました。


 私のことを心配してくれていた人もいたことがわかって、少しだけ救われました。ご近所では私の両親が私を保険金目当てに殺害してどこかに埋めたなんて噂もあったそうです。私はどれだけ埋められキャラなんでしょう。


 お墓は父方の田舎のお墓に入れてもらったそうです。私はほとんど会ったことのない親戚ですので、お墓参りは諦めました。どうせ話したいこともないですし。


 これだけの情報を教えてくれて、私のために泣いてくれたおばさんは膝が痛そうだったので、こっそり治しておきました。しばらくはスタスタ歩けると思います。もう、ここへ来ることはないでしょう。おばさんお元気で。


 色々気が済んだので、今日は帰ることにしました。

 元自分のアパートに着く頃には夕方になっていました。

 お世話になった吉沢さんのお仕事を手伝うということで張り切っていたのですが、私はすっかり忘れていました。自分が怖い話が苦手なことを。


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