12.刑事と聖女も悪くない組み合わせのようです
おはようございます。早朝所長からのメッセージで
「事務所に待機」
と言われて待機中の田中桃華です。
昨日は、1つの出会いとたくさんの出来事があり、その情報量に頭がパンパンになりました。それでもぐっすりとは眠れましたが。
朝食をとってテレビを見て過ごしていますが、そわそわと落ち着かない気持ちになっています。早く何かをしたいと焦ってしまいます。
そして午前10時をすぎた頃、やっと所長がやって来ました。スラリとしたスーツの男性と一緒です。どこかで見たような?
「こいつは若林。刑事」
「おはようございます、田中桃華さん。伊織が世話になっているようで」
ニコニコと挨拶してくださって、優しそうな方です。
「騙されんなよ。鬼刑事だぞ」
お2人は大学の同期だったそうです。信頼しあってる感が出ていて、素敵な関係で羨ましいです。
「今日はまず、こいつと一緒に坂の途中の塾に行って聞き込み『その他』を頼みたい」
『その他』っていうのは魔物の気配、いえ、こちらの世界では魔物じゃないですね、怨霊の気配や変わったことを見てこいってことです。怨霊とか悪霊とか幽霊とか、何か違うんでしょうか。わかりにくいですよね。私は適当に使いわけていますが。
「はい、自分の世界に入らない。で、その塾、沢田晴人がバイトしてたことがあるらしいからそのあたり怪しいことがないか、塾長の顔色も見てね」
「あっ、すみません。聞いてます聞いてます」
相変わらず若林さんはニコニコしている。この人は何をどこまで知っている人なんでしょうか。そんな私の考えを表情から読み取ったらしい吉沢さんは、
「そいつは信じて大丈夫だから。好きに暴れていいよ」
と言ってくださいました。
「え、暴れないでね。一応部下のふりをしてもらうんだからさ」
笑顔で答える若林さん。でもドーンと構えている感じがします。こちらも頼りになる上司って感じです。
こちらの世界に戻って来てから上司運が上がりました。これもローデス様のお導きかな。私はそっと胸のペンダントに手を当てました。
「俺はヤクザ関係調べてくるからとりあえずよろしく」
吉沢所長がそう言って、3人で事務所を出ました。
私と若林さんは、私の頼みで、ちょっと遠回りなのですが沢田の家の最寄り駅から坂道を登るルートを選びました。もう1度マンションの周りを見たかったのです。
いました。つまり、沢田は在宅中ということです。私は咲良さんに送ってもらった写真をスマホ画面に出して、改めて電柱下にいる彼女と比べてみました。
やはりご本人のようです。私はよーく観察してみました。彼女は相変わらず私たちに目を止めることはなく、ひたすら元自分の部屋のカーテンを見つめていました。そういえば、沢田は昼でもカーテンを開けない主義なんでしょうか。マンションを自分のものにしてからカーテンは変えたのか、後で咲良さんに聞いてみようと思いました。
椿さんは半袖のワンピースを着ていました。生前着ていた服だとしたらきっととてもお似合いだったことでしょう。左腕の内側に大きなアザが見えました。そのあたりから悪い気が出ているように思えました。足は裸足でした。
よし、先に進みましょう。私が椿さんを観察している間、若林さんは黙って少し離れて待っていていてくれました。
「何か聞きたいことがあったら、答えられる範囲で答えるよ」
若林さんは急にそう言いました。私が何か聞きたそうにしていたのでしょうか。流石こちらも理想の上司です。
もしかしたら、私がわかりやす過ぎなのかなんてことが、ふっと頭をよぎりましたが、転生先ではミステリアス聖女なんて言われてましたからね。そんなわけないない。
「工藤椿さんの最後の服装はわかりますか?半袖の素敵なワンピースじゃないかと思うのですが。あと裸足で、腕の内側に大きなアザが」
若林さんは分厚い手帳をめくり、突然立ち止まって私を凝視しました。当たっているってことかな?さては、信じてなかったな。
「俺はね、寺の息子なんだよ。吉沢は神社の縁者だけど」
「そうなんですね」
「だから、ほんの少しの不思議体験は経験済みだし、吉沢のことも信用してる。犯人逮捕に協力してもらったことも多い」
「そうなんですね」
「でも、ここまではっきりと言い当てられたのは初めてだよ。たとえ遺族でも服装のことまであれこれ言いふらさないからね」
「そうなんですね」
「他に何か気付いたことない?どんどん言ってよ!」
私はそれ以上話すことがなかったのですが、とりあえず椿さんは、沢田がマンションにいる時にしか出てこないことと、ひたすらカーテンを見ていることを伝えました。
「カーテンか。強盗に入られた時、窓を破られていたんだ。だから破片だらけになって違うものに変えた可能性はあるな」
「単にカーテンが閉まってて中が見られないからそこを見ているだけなのかもしれません」
私たちは先へ進み坂道に着きました。登るのはかったるい上に、うっすら嫌な気で覆われています。念のため、若林さんに聞いてみましたが、若林さんは何とも思わないようでした。もしかしたら、滝野川の時のように時が経って恨みの気持ちが少し和らいでいる残り香のようなものなのかもと思いました。
私たちは、坂を登り切る直前にある個別指導塾「くすのきゼミナール」へ入って行きました。
若林さんは警察手帳を出しながら、
「捜査一課の若林です。こちらは田中。少々、過去のアルバイト学生についてお聞きしたくて参りました。塾長さんをお願いできますか」
とスマートに、かつ適度な圧をかけて塾長を呼び出しました。
捜査一課の方だったんですね。よくわからないけど凄いに違いありません。そして私も自動的に捜査一課の人っぽく扱われています。怪しまれないようにしないと若林さんに迷惑をかけてしまいます。背筋を伸ばしてドラマの新人刑事っぽく振る舞うことに決めました。
私たちはパーテーションで区切られた、生徒が個別で勉強をするであろうスペースの1番端の少し大きめの部屋に案内されました。三者面談なんかをする場所かもしれません。ここなら生徒にも聞こえないかな。
呼ばれて来た塾長さんは60歳くらいで、困惑した顔でやって来ました。
「うちになにかありましたか?」
若林さんは落ち着いて、何でもないというような顔をして、
「いえ、ご安心ください。昔こちらでアルバイトをしていた人についてお聞きしたいだけです。小さな事件なんですが、裁判の証拠やらで過去の話もまとめないといけないもので」
とおっしゃいました。田中桃華、刑事さんの言うことを簡単に信用してはいけないことを、今学んでいます。
しかし、「沢田晴人」と名前を告げた途端、塾長さんの顔は微妙に曇りました。空気がピシッと鳴った気がしました。霊的な何かではありません。ど素人の私がそう思ったのですから、捜査一課の若林さんにはとっくにお見通しでしょう。
塾長さんが過去の履歴書などを取りに行っている間、私は塾内の空気を調べましたが、特に変なものは感じませんでした。少なくとも、坂道の嫌な気はこの塾から出ているわけではないようでした。ちなみに隣の高校も前回帰り道に横を通って大丈夫だと確認済みです。七不思議については知りません。私の頃はなかったと思うので、ここ数年にできたと思われます。凄いペースで7個も集まったものですね。
私は油断していました。室内は清浄だったのでここではたいした情報を得られないかなと思っていたのですが……
塾長の持ってきた沢田晴人の履歴書は、血だらけでした。もちろん、そう見えるのは私だけだと思います。もしかしたら夜になっても吉沢さんにも見えないかもしれない。滝野川の時と同じ、遠隔的な恨みがついて残っているという感じです。
履歴書自体は普通でした。10年くらい前のものなので紙の履歴書で写真が貼り付けてあり、学歴や特技などを書く欄があります。
顔写真、学歴の大学名、特技のテニスのところにベッタリと血のようなものがついていました。
さらに当時の出勤表。特定の生徒数人のところがやはり血まみれです。見ると女子ばかり。何となく見当がついてきました。
「彼がここで問題を起こしたことは?」
「は、いいえ、と、特に覚えていません……」
若林さんの質問にしどろもどろの塾長さん。
若林さんは私の方を見て、
「田中から聞きたいことは?」
と振ってくれました。
刑事らしく刑事らしく。
「こちらで調べたところ、この3人の生徒さんと何か問題があったようですね?」
「ひえっ」
「塾に責任があるとは言っていません。正直に話していただければ、ですが」
「はい、はい、話します」
どうですか!私やりました。ちょっと得意げな顔で若林さんを見てしまいました。すると若林さんも塾長と同じくらい驚いていました。すぐにクールな表情に戻していましたが。
「コホン、ではお願いします」
沢田晴人は大学生の頃からクズでした。生徒の女子高生に手を出して傷つけて、受験前に不安定になってしまった子が2人。自殺未遂までいった子が1人。親たちが塾に怒鳴り込んできて最終的にクビになったそうです。
若林さんも波に乗ってきたようです。
「その3人はその後どうなりました?」
「はい、他の懇意にしている予備校を紹介して全額こちら持ちで移ってもらいました。2人はちゃんと現役で、自殺未遂した子は1浪しましたが、3人ともいい大学に入りましたよ」
「いい大学、ってまさか沢田と同じところじゃないですよね?」
「……」
都内有数の大学だからたまたま同じところを目標にして入学しても不思議はないです。でも何か引っかかりました。
私は若林さんに耳打ちして「今持っているキーワードは大学名とテニスです」と伝えました。きっと私より上手く情報を使ってくれると思いました。
「3人ともあの大学に?沢田と同じ」
「実はそうなんです。まさか彼を追いかけてってわけじゃないと思うのですが、志望校への執着は強くて……」
「その後のことは聞いていますか」
「……すみません。もう10年前のことですので」
「今話していただかないと、署に帰って調べてからまた改めてこちらに伺うか、もしくは署に来ていただくことになりますが。例えばテニスサークルのこととか」
強気の若林さん、かっこいいです!やれやれー!
テニスまで出てくると思わなかったー!と言う顔をした塾長さんは降参して話してくれました。顔が真っ青になっていました。テニスってそんなに怖いスポーツでしたっけ。
「3人ともそれぞれ入学が決まってから報告に来てくれたんです。私には割と懐いてくれてましたから。サークルとか決めたのか、なんて言いましたらテニスに決めたって、現役の2人は嬉しそうに言っていました」
「もう1人の子は?」
「自殺未遂して1浪した子は、親の希望だしいい大学に入れたのは嬉しいけど、不安で仕方がない、テニスをやらなくちゃいけないって憂鬱そうでした。そして、入学して割とすぐに今度は本当に自殺してしまったんです」
「えっ」
「坂の途中にある大きな桜の木わかりますか?あの木で首を吊ったんです」
私たちはくすのきゼミナールを後にして、坂を下りました。
途中に低い位置の枝が何ヶ所も切られた桜の木がありました。私は効き目があるかわからないなと思いましたが、その桜の木に向かって祈り、両手を向けました。
(きっと辛いことがあったんだね。できるだけのことはするから安らかに眠ってください)
キラキラ輝いて木自体は浄化されましたが、坂全体の気が完全に良くなったわけじゃなさそうです。でも過去の因縁が1つ消えたため、霧が晴れたようになってはっきりわかったことがあります。
この坂の悪い気は後1つ。坂自体にあるってことが。女子高生の自殺よりずっと最近ついた悪い気です。
若林さんは、
「今日はありがとう。帰ってやつの大学時代の悪さをもっと深掘りしてみる。自殺した女子は写真を撮られたとかで脅迫されていたのかもしれない。君は知っているかわからないが、当時のテニスサークルってやつは酷いものもあったんだ」
若林さんとはそこで解散することになりました。
私ももう少し坂について調べたいと思いましたので。
所長に若林さんとの調査内容を簡単に報告して、さらに坂について調べてみたいとメッセージを送りました。ホウレンソウ、社会人のたしなみです。
所長の返事は一言、
「暗くなる前に帰ること」
でした。子供扱いなのか、霊的に危ないと予告しているのかわかりませんでしたが、従うことにします。
ついでに、咲良さんにカーテンについてメッセージを送っておきました。
さて、調査。何かが見えるわけじゃなくて、過去にここで何かがあっただろうというタイプの嫌な気配なので、新聞などを調べた方が早いのかなぁ。そう思いながら坂を降りていると、途中に老舗って感じの和菓子屋さんがありました。
頭の中で、和菓子をいつくか買いながらさりげなくこの辺で事故かなんかなかったかを聞いてみる、そんなシミュレーションを繰り返し、いざ突入です。
お店に入り、ヘラヘラと
「こ、こ、こんにちは〜」
とコミュ障がちょっと出てしまい、変な人と思わないで!と思いながら店員さんを見ました。和菓子が置いてあるはずのガラスの棚の前に50歳前後の奥様がいらっしゃったのですが、
「ごめんなさいね、もう1個しか残ってないのよ」
と大きな豆大福を指して言いました。奥には職人ぽい同じくらいの年代の男性、ご夫婦で経営でしょうか。素敵です。
「あ、じゃあそれをお願いします」
「はい。ありがとうございます」
奥様が豆大福を袋に入れている間に、早口で話しかけました。多少不自然ですがもう仕方がありません。
「あのっ、変なことを聞きますが、この坂で割と最近変な事件ありませんでしたか」
奥様の手が止まりました。
「変な事件?」
「あ、すみません。急に変なことを」
「あなた、刑事さん?……じゃないわよね」
「はい。さっきまで捜査一課の刑事さんと一緒でしたが、私は探偵助手をしています」
少しだけ自分を底上げして正体を明かしました。
「警察の方と……どこへ行っていたの?」
えっ、どうしましょう。塾の名前を出したら風評被害になりますよね。
すると後からお婆さんが入ってきて、
「あら、今日はもう売り切れ?」
「そうなんですよ、川本さんすみません」
「お供えのお菓子替えるのは明日でいいか。じゃあ明日また来るわ。あら?」
と私の方を見て、
「さっきくすのきに行ってた子ね。刑事さんなの?」
と勝手にバラしてくれました。あちゃー
すると、奥にいた旦那さんがすごい勢いで出てきました!
「あの野郎、また何かやったんだな」
奥様はエプロンの裾をぎゅっと握ってこちらを見ています。
「えっ、あのあの野郎とは?」
「とぼけないでくれ。沢田に決まってるだろ」
「あの、確かに沢田さんの過去について聞いてきたところなんですが、あなた方も何かされたんですか?」
「……」
肯定したも同然です。
「お願いします。教えてもらえませんか、この坂で何があったのかを」
「知ってどうする。あいつをこれ以上裁けるのか」
「これ以上?」
沢田晴人は裁かれたことがあるということでしょうか。塾をクビになったのは聞いたのですが。
すると、私のせいで売り切れになっちゃったお婆さんが代わりに答えてくれました。
「そこの坂から自分の恋人を突き飛ばして大怪我させたのよ」
「ええっ。知りませんでした。大学時代にクズだったってことしか聞いていないんです。あ、あとその後ヒモをやってたクズだってことしか……」
「ちょっと前に妊娠した恋人を蹴り飛ばして流産させたクズなのよ」
お婆さん、なかなか言います。
奥様が続けました。
「今までは逃げられたけど、今回は目撃者もいたし、暴行容疑で逮捕されたのよ」
「その彼女さんはどうしてるんですか?」
「……流産して、手術の後行方不明なの」
「で、被害者がいなくなったから結局すぐに出てきちゃったんだよ」
旦那さんも入ってきました。
沢田晴人は話を聞いた上に、更に想像したよりもクズのようです。もしかして、憑いてる赤ちゃんはこの坂での事件に関係するのかもしれません。
それにしても、このご夫婦の沢田への憎しみ方は不思議な気がします。
「もしかして、沢田晴人に恨みがおありですか?」
「……」
ご夫婦は黙り込んでしまいました。人に聞きたいことがある時は、ある程度真実を語る必要がある。最近読んだ探偵物の小説に書いてありました。ダメ元で参考にさせてもらいましょう。
「私の友人のお姉さんが沢田に酷い目に遭わされて亡くなりました。でも彼がやったことにはなっていません。なんでも構いません。沢田に関して教えてもらえませんか」
「他にもやってるのか」
ポツリとご主人が呟きました。
「あんた、あいつをどうするつもりだ?」
私は沢田を……お金を取って除霊する?当初の目的はそれでした。本当に?そして椿さんも除霊して終わりにするの?
なんだかわからなくなってきました。頭がぐるぐるして、いつのまにかペンダントを握りながら、私は声高らかに宣言していました。
「私は、沢田が本当に悪いことをしているのなら必ず罪を償わせます!そのために今日は刑事さんと一緒にくすのきゼミナールに行ったのですから!」
ヤバいヤバい。勝手な約束をして、きっと吉沢さんに怒られます。啖呵を切った割りにアワアワしている私に、ご主人は言いました。
「頼む。娘の無念を晴らして欲しい」
「娘さん……くすのきゼミナールに通っていたんですか?」
「ああ。あの男に乗せられて大学に入ったまでは良かったんだが、あいつに誘われて入ったサークルで多分薬の入った酒を飲まされたんだろう。酷い目にあって今は、俺の実家の田舎にいる」
お嬢さんは生きているようで良かったです。もう10年経っているのに癒えない傷を負わされたのだと思うと胸が痛みます。彼が捕まったら少しは癒されるでしょうか。私のヒーリング能力も使いましょう。そのためには、事件解決。1つ1つのパーツを組み合わせなくてはなりません。
やはり吉沢所長に相談しなくてはいけないでしょう。
私は怒られるために事務所に戻ることにしました。




