11.1軍女子にタジタジですが本気出します
こんにちは。数年以上ぶりに偶然会った元同級生に今めっちゃ睨まれててビクついている、田中桃華です。どういうこと?
「あんた、沢田晴人の関係者?」
「沢田晴人、さん?」
「とぼけないでよ!今隠れたじゃん」
「もしかして、あのチャラついてた男の人ですか?」
「……」
まだ疑われているようです。では、反撃をしてみましょう。
「工藤さんも隠れましたよね」
「……」
「あの人何者なんですか」
「あんたには関係ないわ」
「そうですね。でも工藤さん以外にもあの人をじっと見ていた人を私は見ています」
「なんですって!あいつ、他にも女騙してんの!?」
あのチャラ男さんは沢田晴人という名前で、女性を騙したことがある、ここまで判明しました。
ここからは所長の指示を仰ぐべきか、このまま工藤さんに話を聞くべきか悩みました。工藤さんが危険人物だったらまた勝手なことをしてと怒られてしまいます。せっかく手に入れた天職オブ天職。クビにはなりたくないです。
こんな時は、石に聞いてみるべし。聖女の心得です。
私は黙って下を向いている工藤さんの方を向いて、右手にネックレスにしているエメラルドを握って、左手で工藤さんの腕に触りました。
「なに?」
驚いて工藤さんが顔を上げた時、涙が見えたような気がしました。実際には泣いていないようでしたが、彼女の悲しみを感じたのです。そして、彼女からは悪いものは出ていませんでした。
「せっかくお会いできたので、ファミレスでも行きませんか」
私の突拍子のない誘いに、工藤さんはかなり驚いたようで、しばらくぼんやりとしてから、
「ふふっ」
と笑いました。
「行こう行こう。絶対白状させてやるから」
やはりまだ何か勘違いされているようですが、話を聞く機会が得られました。
私たちは駅に向かって歩きました。沢田チャラ男の姿はもう見えませんでした。
駅前のファミレスに適当に入りお互いにドリンクバーを注文しました。
「すごく綺麗になったよね。今何してんの?」
「そちらこそ相変わらずお綺麗ですね。私はこの1年弱で色々ありまして。工藤さんはこの辺に住んでるんですか?」
「昔は学校ではずっと勉強して、終わったらすぐバイトに行ってたよね」
「そうなんですよ。家が色々問題ありで。工藤さんは推薦ですんなり大学決まってましたよね」
「うん。あんた……田中さんも大学行って就職したって聞いたよ。同窓会で。あ、同窓会来なかったね」
「就職できたんですが超ブラックだったんです。もう昔の話ですけど」
「そうなんだ」
ずっと、本題を避けているような噛み合わない会話をしています。綺麗になったと言われて喜んでいる自分は今は引っこめておかないといけません。
さて、どうしましょう。
まだ私じゃ信頼してもらえないかもしれない。
でも本当のことを聞きたくて、思い切ってやってみることにしました。失敗すれば高校時代の知り合い全ての間で私自身の評判が落ちるという大博打です。
もっとも私のことを覚えている人なんてほとんどいないでしょうけど。もしかしたら吉沢さんには怒られるかもしれない、でも自分を止められませんでした。
「私、今探偵事務所で働いています」
と名刺を渡しました。そう!吉沢所長が私にも立派な名刺を作ってくれたんです。
そして、それを裏返しました。
「除霊・お祓いはこちら」
工藤さんは驚いた顔で私を見ましたが、席を立ったりはしませんでした。逆に、
「今度の勤め先は大丈夫なの?」
と心配してくれました。
ここからが勝負です。私は深呼吸をして、話し出しました。
「工藤さんのお姉さんて、やはり工藤さんに似てお綺麗ですか?」
「姉が何か関係あるの?まぁ、美人だったよ」
「だったよ」に全てが込められています。
「お姉さん、あの沢田って人に恨みかなんかありますか?例えば赤ちゃんがらみで」
工藤さんは持っていたカップをガチャンと置いて立ち上がりました。
「なんなの?どういうつもりなの?何を調べてるのよ。詐欺かなんかなの!?」
たくさん質問したまま帰ろうとしています。マズイです。
私は早口で捲し立て答えていきました。
「詐欺でも誰かの依頼でもありません!きのう、偶然赤ちゃんのような形をした悪いものに取り憑かれている男の人を見かけたので、気になって後を追ったらあのマンションに入っていったんです。そしたら、マンション斜め前の、さっき工藤さんが声をかけてきたあそこです、あの場所にマンションをじっと見つめてる綺麗な女性がいたんです!信じてもらえないとは思いますが、私には霊感のようなものがあるんです!」
ふぅ〜言ってやったわ。私も強くなりました。今なら淀川くらい言い負かせることができそうです。
「その女の人ってどんな人?」
事情はわかりませんが、お姉さんはもう亡くなっていて、工藤さんはその女性をお姉さんかもしれないと思っているのかもしれません。
「お綺麗でしたが、少しずつ悪霊化が進んでいます。今は彼のマンションをひたすら見ているだけですが」
「……」
彼女は黙ったままです。言葉通り、半信半疑といったところでしょう。
なにか特徴があれば本人かどうかわかるんだけど。
「あの。お姉さんかもしれないその人、沢田晴人さんが家にいる時にしか出てこないっぽいんです。もし、写真とかあれば私が本人と見比べてみます」
「えっ、近くに寄ってみるってこと?大丈夫なの?」
心配してくれてるんですね。工藤さんて意外といい人みたいです。
「あくまでも、今のところですが、他の人に興味を持っていないみたいなんです。ちょっと近づくくらいなら大丈夫かと思います」
「じゃあ、お願いするわ。写真送るからメッセージ交換ね。あと、同級生なんだからさ、敬語やめよ」
「……うん。なにかわかったら連絡するね」
私たちはアドレスを交換して、解散することにしました。工藤さんはフレックスで午後から仕事だったのでなんとなく、お姉さんのマンションを見にきたと言っていました。
フレックス!さすが1軍女子です。そういえば、工藤さんは美人さんでしたが成績も良かったんですよね〜きっとグリーンに囲まれた素敵なオフィスで働いているのでしょうね。
それにしても、「なんとなく」でわざわざ亡くなったお姉さんの住んでた場所を見に来るというのは少し不思議です。もう少し信頼されるようになったら突っ込んで聞いてみようと思いました。
さて、私は仕事の続きです。先ほどの電柱まで戻って女性の霊の気配を探りました。あまり強い気は残っていませんでした。よくある交通事故跡くらいのものです。もしかしたら、恨んでいるわけではないのかもしれません。しかし、少しずつ顔や体が崩れていましたから今後どうなるかわからないのです。
そして、近所に同じような気が残ってないか探しながら歩きました。駅とは反対側に向けて歩いていたので、もうすぐ母校が見えてくる坂に差し掛かりました。
私は当時、違う最寄駅から通っていたのでこの坂を登ることはなかったのですが、ああ、この坂嫌だなと思いました。当時からこうだったのか最近そうなったのかはわかりませんが、何かが起こったような嫌な気配を感じたのです。電柱とは似ているようでまた少し違うような嫌な気配です。
そして、坂を上り切ると私の通っていた高校があり、その少し手前に個別塾がありました。言われてみれば昔からあったような気がしました。
大学生の講師のバイトを募集している張り紙がやたら年季が入っているので、長続きしないのかな、ブラックなのかなと勝手に心配してしまいました。
今日は色々あって疲れたので、そろそろ帰って報告をしなくてはと思いました。でも私はどう報告すべきか悩んでいます。
とりあえず終了の報告をメッセージでして、お時間がありましたら事務所で報告会をお願いしますと付け足しました。
考えがあって、今日はオムそばを作りたいと思います。
夜、事務所に吉沢さんがやってきました。吉沢さんは、私が住み始めてから事務所がきれいに保たれていてありがたいとおっしゃってくれます。カーテンがピンクなのだけ、少し気になるようで、いつもチラッと見ます。淡い色だし無地だし、これでも抑えたんで勘弁していただきたいと思います。
私は応接セットのテーブルにオムそばと麦茶をお出ししました。吉沢さんは一瞬嬉しそうな顔をしてから、難しそうな顔に戻してこちらを見ました。
「とりあえず話を聞こう」
私は今日あった出来事を、全て話しました。
「沢田晴人ってのは、こっちの調査とも一致している。大学生の頃から小さいトラブルが絶えなくてちょっと前までヒモ生活していたそうだ」
流石所長です。1日でそこまで調べがつくなんて、どんな手を使っているんでしょう。警察のお知り合いでしょうか、探偵仲間や情報屋がいたりするんでしょうか。
私はただ犬のように魔物の匂いを追うだけしかできません。向こうの世界での修行中に、怪我を治すとかドラゴン波を撃つ他にもっと何かにチャレンジしても良かったのではないかと、今更ながら思いました。人にすぐに信用されて、相手がペラペラ喋ってくれるようなスキルとか……いいえ、人の心を操るようなことは許されるはずがありません。自分自身でコミュニケーションを築く、努力あるのみです!
「あの、聞いてる?」
「はっ、はい!えっと、ヒモ生活は終わってあのマンションに住んでいるということですね」
吉沢さんは、つい自分の考えに入り込んでしまう私を怒らず会話に戻してくれます。アンガーマネジメントも習得しているのかもしれません。流石です。
「あのマンションは分譲で、持ち主が亡くなったから相続したらしい。無くなる直前に婚姻届が出されていたそうだ」
「それってもしかして、工藤咲良さんのお姉さんの工藤椿さんですか」
「妹さんのことは知らなかったけどそんな名前だった」
「そのマンションを、または、彼をずっと外から見ているってのは椿さんの愛なんでしょうか。まだ確定しているわけじゃないんですけど、写真と似ていた気がするので本人だと仮定してなんですけど……あまり恨みは感じられないんです」
「それはわからない。けど、少しずつ崩れてきてるんだろ。このまま放っておいたら、悪霊化して地縛霊のようなものになるかもしれない。早めに浄化が必要だ」
「本人に理由を聞くってのはできないものでしょうか」
「それは、絶っっ対にダメ」
「ですよねー」
わからないことがいっぱいです。結局赤ちゃんと工藤椿さんは関係ないのか、高校へ登る坂の嫌な感じはなんなのか。これも無関係なのでしょうか。
「で、オムそば美味しかったよ」
「あ、いえ、お粗末さまです」
「……」
「……」
「何かあるなら言いなさいな」
鋭い。なんて、わざとわかりやすい手を使ったのは私の方です。
「今回の件、依頼者候補は沢田晴人だと思うんですが」
「そうだねぇ」
「はっきりと事情がわかるまで除霊したくないんです。椿さんも」
「お友達のため?」
お友達……工藤さんは今日 久々に会ったばかりのただの古い知り合い。ほとんど口を聞いたこともなかった人。
でも、涙を見てしまった。実際に泣いたわけじゃないけど、心で泣いているのを見てしまいました。ここで、全て浄化して、はいお終いってしていいのかな。
「少しだけ調べる時間をもらえませんか」
「赤ん坊と電柱の女がもう限界に達したら、容赦なく浄化すると約束できるか」
「はい。聖女ですから」
「わかった。俺は、沢田の周りとあの坂について調べてみる。桃華は工藤咲良からとにかく情報を引き出せ」
「わかりました!ありがとうございます」
オムそば作戦成功です。あとは、工藤さんと話をしなくては。
私はメッセージアプリを開いて、工藤さんにポチポチとメッセージを送りました。
「こんばんは。田中桃華です。お昼は大変失礼いたしました。つきましては、お姉さんの椿さんに関してお話を伺いたく、お時間を頂戴したいと思っております。加えてお時間はあまり残されていないことをお伝えさせていただきます」
送った瞬間、スマホに着信がありました。工藤さんです。
「はい田中です」
「もしもしー?ちょっとさぁ、笑わせないでよ。硬すぎるって」
「まだ距離感が上手く……」
「なにかわかった?」
「相手の沢田という男、昔から良くない人のようですね。あと、高校へ登る坂から嫌な気配がしまし……したの。あと、お姉さん亡くなる間際にご結婚されてたとか」
「そうなの!そんなの私聞いてなかったし、絶対ウソ」
「そのへん、詳しく聞いてもいいかな。私のことは信用できないかもしれないけど、うちの所長はとても優秀なんだ。本当はね、彼についてる赤ちゃんも椿さんもすぐに除霊できちゃうの。でも何か気になることがあって、本当のことを知りたいから、工藤さんあのマンションまで来たんでしょ?そんなに長い期間は無理なんだけど、少しだけ待ってくれるって言うんだ」
「……わかった。田中さんを信用するよ。なんでも聞いて」
私と工藤さんはその後時間をかけて情報のすり合わせをしました。
工藤さんのお姉さんの椿さんは、バリキャリで忙しく働いて自分のマンションを購入するまでになりました。
妹の咲良さんにとっても、頼りになる自慢のお姉さんだったそうです。そのマンションにもよく遊びに行っていたとのこと。
仕事も順調、後は30歳を迎える前になんとか結婚して子供が欲しいと思ったそうです。
そこで、ハイスペックな人が集まるお見合いパーティに参加したところで出会ってしまったのが、沢田晴人。
一流企業から独立してフリーの建築家をしていると言う彼は借金を抱え寄生先を探す大嘘つきでした。ただ、一流大学を出て一時期建築業界にいたのは本当で、大学での体験談や業界の知識は本物だったため、椿さんはすっかり騙されてしまったのです。
大学時代にはあの高校の手前にあった個別塾で講師のバイトをしていたこともあり、妹の通っていた高校近辺の地理にも詳しくて、運命のようなものを感じてしまったと言っていたそうです。
椿さんが彼の邪悪さに気付いたのは、彼が椿さんのマンションに居候を始めてからでした。不況だから建築の仕事も不安定だし、将来のために早めに一緒に暮らして節約しようと言われて椿さんはそれに従うことになりました。
その途端、彼は変わりました。ガラの悪さを隠さなくなり、椿さんのお財布からお金を取って遊びに行くようになりました。咲良さんが様子を見に行った時、彼女の妹なのに上から下まで舐め回すような目で見られて不快感を覚えたそうです。
ただ、バリキャリのお姉さんはそんなのに負けるタイプではありません。「別れよう、出ていけ、金返せ」というようなことをはっきり伝えました。
すると、やはりと言うしかありませんが、彼は暴力に訴えてきました。一流大学を出ている割には頭が悪いです。お姉さんはもちろん、傷やアザの写真を撮り病院で診断書を書いてもらい、弁護士を雇いました。
しかし、訴える直前にマンションに強盗が入り、椿さんは帰らぬ人となりました。縛られて口に貼った粘着テープが鼻まで塞いでいてそのまま窒息してしまいました。
警察では「犯人のミス」と考えているようです。防犯カメラの映像からは沢田の姿は朝出かけたきり翌朝椿さんのご遺体を発見されるまで戻ってこなかったことが証明されています。外でのアリバイも証明されています。
犯人は複数の外国人のようで、よくある強盗事件として捜査中となっています。
そして、驚いたことに強盗に入られた当日の朝、沢田と椿さんは入籍していました。婚姻届を提出したのは沢田です。妻に頼まれて出したのだと泣きながら、結局葬儀の喪主まで務めていました。
途中経過をずっと聞いていた妹の咲良さんは、そんなわけがないとご両親と一緒に沢田に詰め寄りましたが、沢田の近くにはコワモテの男が数人守るようにしていて、ご家族は引き下がるしかなかったそうです。
何度聞いても警察は「調査中です」としか返してくれず、もう1年以上経ってしまいました。
「暴力を振るわれた時、弁護士なんか用意する前に、その日のうちにさっさと被害届を出しておくべきだった。私がもう少し強く言えばよかった」
工藤さんは言っていました。でもご本人もまさか亡くなることになるとは思わなかったのでしょう。
「それは仕方ないよ。それで、工藤さんは彼が強盗にも関与していると思っているんだよね?」
「咲良でいいよ。そう。お葬式の時に、なんかヤクザっぽいのに囲まれていたんだけど、ペコペコしてて、仲間って感じじゃなかった。借金返すためにやらされてるんじゃないかな。実際お姉ちゃんの遺産マンションも含めてほとんどアイツのものになったし。少し後に、家族でお姉ちゃんの写真とか家族の思い出に当たるものは返してくれって部屋に行ったの。びっくりしたよ、物がすごく減っていたの。とりあえずアルバムとかは返してもらったけど、ほとんど売っぱらってたみたいなの。本人は悲しい思い出だからとかなんとか言ってたけど」
「なるほど。借金のカタにマンション以外全部持ってかれたってところかな。確かに昨日と同じ服着てましたし、お金に余裕があるわけじゃなのかな」
「あたし、仕事に余裕がある時に、あのマンションちょくちょく見に行ってたんだけど、一時期女を連れ込んでたことがあるんだ。あったまきたよね。乗り込んでやりたかったけど、別に違法じゃないし、その時は写真だけ撮って帰るしかなかった。でもその女もすぐに見なくなったな」
「あ、もし残ってたら一応その写真も後で送ってもらえる?」
「うん、わかった」
私は最後にセンシティブなことを聞かなくてはなりませんでした。
「あのね、お姉さん、妊娠していたとかはなかった?」
「ないと思う。順番にこだわるタイプだったし、早い段階でアイツのこと疑い始めてたから。でも子供は好きだったよ。子供ができたら仕事辞めてもいいなんて言ってたくらい」
「そう……辛いこと色々聞かせてくれてありがとう。何かあれば必ず連絡するから、とりあえず咲良さんはしばらくあそこに近寄らないようにして」
「わかった。ダメ元で頼む。……ううん、期待してる!お願いね桃華さん」
どうやら咲良さんの信用を得られたようです。これは本気で頑張らないと!
もう真夜中でしたが、私は所長に今仕入れた話をかいつまんでメッセージにして送りました。かいつまんだつもりですが、とんでもない長文になりました。でも、これで所長の調査もしやすくなると信じて。
てはおやすみなさい。
うーん、とはいえ私は明日何をすればいいのでしょう?




