10.エピローグかと思ったらお仕事発生です
ご無沙汰しております田中桃華です。
探偵事務所に就職して2ヶ月経ちました。昼は尾行や経費の計算、夜は怨霊退治とブラック生活を楽しんでいます。
もちろんブラックと言っても、毎日仕事がある訳じゃありません。ないことの方がゴニョゴニョ……
そんなわけで、今日は仕事探しを命じられています。私は吉沢所長とは違って、真っ昼間から悪いものが視えますから、街中を歩き回って、これはという人を見つけたら尾行することになっています。尾行の練習にもなって一石二鳥です。
一石二鳥って良い言葉ですよね。損ばかりしてきた自分の人生を早いペースで取り戻すことができるような気になります。
もう半日近く、繁華街を練り歩いてみましたが、そうそう変なものに取り憑かれている人を見かけることはありません。人間普通に生きていれば、そんなものです。
以前関わったことのある、化け猫3匹連れた人なんて超特別なんですよ。逮捕されましたし。
ちょっと顔色悪いなーという人は何人か見かけましたが、たぶん事件性はないんじゃないかと、元聖女の勘が教えてくれます。時が解決するか、本人が反省すれば終わり、そんな程度のものです。
あ、ちなみに私、守護霊なんてのは視えないんです。視えるの悪い子だけなんです。残念、視えたらもっと役に立ちそうなのに。探偵事務所社員兼お祓い師兼占い師みたいな感じで。
今は真冬でとても寒いんですが、エメラルドのペンダントを握ればポカポカします。本当に良いものをいただきました。今日もローデス様に感謝です。
3時になったのでおやつタイムにしようと喫茶店を探しました。お洒落なカフェにはパソコンを持ち込んで「仕事してます!」的な人がたくさんいて、自分の会社員時代の働き方とあまりにも違っていて少しだけ劣等感が戻ってくるような気がするので、ちょっとレトロな喫茶店に好んで入るようにしています。そもそも、カフェも喫茶店も贅沢すぎて当時の私には行けませんでしたけど。
今の私は喫茶店で、あんみつを食べることができるんですよーと幸せを噛み締めながら寒天を噛み締めています。
更に!スマホでゲームもしちゃいます。黒スーツ姿で。
相変わらず異世界に転生した主人公のステータスを上げて、恋をしながら世界を救う旅をしています。
当時から自分にできない事をゲームや小説の中のヒロインに全て託していましたが、今も同様、異世界に残れなかった自分を投影させて本気のレベル上げに燃えています。どんな世界でも国を救いますよ!恋愛イベントは置いてきぼりです。
小腹も満たされて、もう夕方が近づいてきました。あとは道ゆく人々を観察しながら、事務所兼今の私の自宅へと帰っていくことにしました。
電車に乗っていたら、まだ帰宅ラッシュの時間ではないけれど、それなりに混んでいる静かな車内に、
「ふにゃーぁ」
という鳴き声が聞こえてきました。いえ違う、泣き声です。赤ちゃんの泣き声が遠くから聞こえてきます。周りの人はピクリとも反応もしないし振り向きもしません。
もしかしてこれは、私にしか聞こえない声なのかもしれないと、泣き声のした方へゆっくりと移動しました。
いました。赤ちゃん「のようなもの」を背中に乗せた人が吊り革を掴んで普通に立っていました。背中の赤ちゃんはたまに泣いています。その度にその人は少し苦しそうな顔をしています。若くてチャラついた感じの男の人でした。
不思議に思いました。
例えばですが、その男性がお付き合いしている女性が妊娠して堕胎を迫った、または、赤ちゃんを産んだ女性を捨てたため、女性が無理心中をはかって赤ちゃんが亡くなってしまった、そのくらいでは正直なところこのような状態にならないと思うんです。なぜなら赤ちゃんにはこの人こそが恨む相手だとはっきりとわからないと思うので。それに、そのくらいでいちいち取り憑いていたら世の中取り憑かれた人だらけになっていると思うのです。あくまで聖女の勘なのですが。
以前のトンネルの大量のウサギの悪霊も誰を恨めば良いのかわからず、トンネルを通るすべての人に危害を加えようとしていました。
そこにいた女性の霊も多分混乱していて、通りかかる人に片っ端から呪いの言葉を投げかけていました。なぜあんなに相手に的確にダメージを与える言葉を選んでいたのかはわからないままですが。
自分が言われた事を言葉にしたのか、私の過去を見抜いていたのか、知りたいような知りたくないような気持ちです。もっとも、私以外の人にはうめき声にしか聞こえなかったそうなので、もう一生わからないままです。
ちなみに、後から聞いたんですが、吉沢さん側にいた元良郎さんは通りかかる人をひたすら睨んで追いかけてくる系だったらしいです。怖っ。
逆に猫の事件のように、赤ちゃんを使ってこの人を呪う、またはこの人が呪いに利用したとかだったらあり得るかもしれません。
興味深い怪異です。あとは、私がこの人をうまく尾行できればいいのですが。
一応所長にメッセージを送って軽く説明して、私はその男性が降りる駅で一緒に降りることにしました。
その男性は30歳前後かと思われました。見た目のチャラさの割に歩みは遅く、ダラダラ歩いています。背中の怨霊のせいで体調が悪いのか、家に帰りたくないのか判別が難しいところです。尾行もやりにくいったらないです。
彼がマンションの部屋に入っていったのを確認したころにはすっかり日は暮れていました。
怪しまれないように急いで住所と部屋番号を写真に撮り、私は来た道を戻ることにしました。郵便受けと玄関には表札は出ていませんでした。
私は昼間から魔物を見ることができますが、それは一日中存在感を出している子に限ります。だから、夜にしか出ないと本人?が決めている場合やタイミングが決まっている場合には私にも夜にしか視えないことがあります。
そんなわけで、振り向くと女性らしき「人」がいたので私は驚いてしまいました。さっきまでいなかったのに、先程のチャラ男のマンションの斜め前にある電柱脇に立っていました。私よりいくつか年上と思われる綺麗な女性です。嫌だな、また悪口を言われるのかも。
しかし彼女は私に目を止めることはなく、マンションの方をじとっとした目で見続けていました。
赤ちゃん、チャラ男、女性の幽霊、関係あるのでしょうか。
とりあえず私は事務所に帰り所長の指示を仰ごうと思いました。吉沢さんは私とは現世での霊体験の経験値が違うので、何かわかるかもしれません。
ちょうど夕食時ということで、私と吉沢さんは1階の中華屋さんで待ち合わせをしました。
私はチャーハンと餃子、吉沢さんはラーメンと餃子とビールを注文しました。そして、
「飲む?」
とメニューのビールを指さして軽く聞いてきました。
どうしましょう!飲んでみたい気もします。でもこれから仕事の話をするし……
悩む私を見て、お酒に弱いと思っているのでしょう。吉沢さんは、
「無理しなくて良いよ」
とメニューを引っ込めてしまいました。
仕方ありません。次回に取っておきます。
今日の話を聞いて、吉沢さんは、
「その男のことはたぶんこっちで調べられる。桃華はその女の霊がいた場所を昼間にもう1度調べて、その近所に似たような気配を持った場所がないか調べてくれ」
「はいっ」
「赤ちゃんか。女に恨まれてるのは確かだろうなぁ。あとは金になるかだな」
そうなんですよね。依頼に繋がらなきゃお金になりません。
「あのチャラ男、かなり辛そうではありました。マンションもそこそこのレベルでしたから、場合によってはいけるんじゃないかと思いますけど」
「そうか」
美味しく晩ご飯を食べて、今日は解散です。
明日に備えてお風呂に入り、お肌のお手入れなんかもしてから、寝る前になんとなく明日調べる街について何か情報はないか検索してみました。
「夕陽が丘3丁目」
なんだか胸の辺りがモヤっとしました。最寄駅が違ったのですっかり忘れていましたが、そこは私の通っていた高校の隣町でした。明日の調査次第では高校の近くまで行くかもしれません。
高校では、特にいじめられたりはしていませんでした。適当な成績を取ってひたすらアルバイトをする毎日でしたから。バイト代が入ると半分以上親に取られてその残りを大学へ行くためにこっそり貯金し、本を1冊買う。そんな生活でした。
親は8割給料を取っていたつもりでしたが、明細を細工して少しだけ、自分のお金をキープしていました。
今思えば、私もなかなかの悪女ですね。よく聖女に選ばれたものです。
いじめはありませんでしたが、いわゆる1軍とそれ以外ははっきりと分かれていました。学園祭も運動会も1軍が楽しむためのもの。
私たちはひたすら裏方仕事でした。口を聞くこともほとんどありませんでした。でも、すでにコミュ障だった私は構わないで欲しかったのでちょうど良かったです。
検索の結果、近所の学校(たぶん我が母校)の七不思議くらいしか出てきませんでした。高校生にもなって七不思議とか言ってるのが少し恥ずかしいと思いました。
忘れてしまいましょう。
翌日ゆっくりと朝食をとって、出発です。いざ夕陽が丘3丁目です。
最寄駅の「夕陽台」から、昨日のチャラ男のマンションまでゆっくり歩きます。昨日は尾行に必死だったので、辺りの気配にまで気を配れませんでした。
電柱の影や細い道が出ている場所など、いかにも出そうなところは特によく見てみましたが、なんともなさそうです。
そして、もうすぐチャラ男のマンションというところで……
えっ!いるんですけど!
昨日見た電柱の影の彼女が今日は午前中からいました。なんで?
いないと思い込んでいたので、私はかなり彼女の近くに移動していました。
間近に見る彼女はところどころ汚染されていますがやはりお綺麗な方のようでした。そして、すぐそばにいる私には目もくれず、ずっとチャラ男のマンションを見ていました。
「ねぇ、あんた」
「うわぁっ」
急に後ろから話しかけられて叫んでしまいました。
振り向くと、見たことあるような、ないような同じ年くらいの女性でした。綺麗な人でした。
「なんでしょう?」
不審者と思われたのかもしれません。私は頭の中でいろんなパターンのシミュレーションをしながら聞きました。簡単なのお願い!
「あんた、夕陽高じゃなかった?」
「えっ、あ、はい」
「やっぱり。同じクラスだったバイトばっかりしてた子に似てたから。本人か、あはは」
はいはい、思い出しましたよ。1軍の中の1軍、工藤咲良さんですね。
「ああ、工藤さん、お久しぶりです。じゃ私はこれで」
「ちょっと待って、あんたあのマンション見てなかった?」
「えっ、どのマンションですか?私仕事でこっちの方来たので、せっかくだから高校見て帰ろうかなと歩いてたんです」
元聖女、どんどん嘘が上手くなってきています。
「工藤さんはあのマンションにお住まいなんですか?」
「……違うわ」
急にトーンが変わりました。
「昔姉が住んでたの」
そう言った工藤さんは、さっきの電柱の女性と同じようにそのマンションをじっと見つめていました。
あ、似ている。そう思いました。
その時、マンションの玄関から例のチャラ男が出てきました。
私たちは思わずそのマンションから見て駅とは反対側にある別のマンションの入り口に隠れるように入りました。予想通り男は駅の方向に歩いていったので見つからずに済みました。
背中には相変わらず赤ちゃんのようなモノが乗っかっていました。
しかし、なぜ工藤さんまで隠れたの?
私たちはしばらく黙ってお互いを見つめていました。
そして、ふと目を逸らした私は、電柱から彼女が消えているのに気づきました。
そして、また工藤さんに視線を戻すと、工藤さんはものすごいキツイ顔で私を睨んでいました。
今日の予定は狂いっぱなしです。どこから修正したらいいのか、私は途方に暮れていました。




