1.聖女の転生は成功しました
こんばんは。田中桃華と申します。
26歳でブラックだった職場をわけあってやっとこさ離れることができ、就職活動をしながら副業で荒稼ぎしています。副業がちょっと特殊なので、確定申告どのようにすればいいのか調べているところです。
あっいた!少々お待ちください。あのアライグマみたいな悪霊をチャチャッと片付けますから。
……よし、完了。今日の仕事は終了です。
実は私、転生を繰り返しています。繰り返しというのは正確ではないかもしれません。追い返されてしまったというべきなのか、なかなか説明しづらいところです。善意の果てにこんなことになっているのですから。
元々の私はせっかく可愛い名前をつけてもらったのですが、その割に親には可愛がってもらえずに、毎日ビクビクしながら過ごしていました。
高校までは出してもらえましたが、すぐに就職して家にお金を入れろという両親を説得して、必死にアルバイトをして奨学金も使い普通の大学をなんとか卒業することができました。その方が結果的にお給料の良い会社に就職できると思ったからです。
そして就職し、両親から離れ、念願の一人暮らし。仕送りはかなり取られていますが、その残りを全て趣味に捧げ、アニメと漫画とゲームが大好きな立派なオタクに育ちました。そんな育ちでしたから、少しコミュ障だったのかもしれません。
親しい友人もおらず、せっかく入社して勤め始めた会社は毎日残業当たり前のいわゆるブラックでした。毎日怒鳴られて残業して、ヘトヘトになった私を癒してくれたのが「乙女ゲーム」です。
ただでさえ少ない寝る時間を減らしてまで、毎日の嫌なことを忘れるためにゲームの世界に入り込んでいました。本当にこの時間だけが、私のリアルな幸せだったのです。
で、そういう話たくさん聞いたことありますよね?私ももちろん、小説でも漫画でも読みました。さぁ、どうなったと思います?
そう!私は残業帰りの交差点で、居眠り運転中のトラックに轢かれてしまいました!そりゃもう、ドーンと。
確実に死にました。あの時のライトの眩しさはいつまでも忘れることができません。
そして、その目が潰れそうな眩しさから解放された時、私はひんやりとしながらもどこか暖かい、そんな床の上に横たわっていました。
初めは天国だと思ったのですが、起き上がってみて、自分が死んでいないことがはっきりとわかりました。不思議なことですが、そう思えたんです。
そして、私はすぐにわかりました。これはアレだと。
せーの、『異世界に転生』でーす!
暖かで少し眩しい光の中、たくさんの人に囲まれているのがわかりました。目が慣れるまでに私はまず考えました。なんのゲームもしくは物語のどの役になったんだろうかと。
断罪されている最中の悪役令嬢だったらどうしよう。ヒロインでなんて贅沢は言いません。せめてヒロインのお友達かなんかでお願いします、なんて思っていました。
しかし、いざ目が慣れてくるとそこは明るい神殿のような場所だとわかりました。ど素人の私にも空気がとても澄んでいることがわかりました。
映画などでよく見る司祭様のような格好をした人々が、私を見て喜んでいるようでした。そして、1番偉いという雰囲気を醸し出している美しい中年女性が私の元に来て、こう言いました。
「よくいらしてくださいました。聖女様」
まさかの聖女パターン!
聖女物にもいくつか種類があります。レベルを上げ数人の強者と旅に出て、魔王を倒す聖女。ただ聖女というだけで、その国の王子に愛され結婚することになる聖女、などなど。
言葉は通じるようなので、私は勢いよく話しかけました。
「まだ実感はわかないのですが、私に何かの素質があるから聖女として呼ばれたのでしょうか?私にはどんなことが求められているのでしょうか?魔王とかいるんでしょうか?」
司祭風の皆様はちょっと驚いているようでした。この辺り私のブラック社風に染まりすぎているところと、人付き合いの苦手さが出てしまいました。やっぱり人はそれをコミュ障と言いますよね。
何が何だかわからない、というようなか弱げな女性を演じるべきだったのかもと思いました。今からでも間に合うといいのですが。
しかしトップの女性はやはりシゴデキでした。あ、仕事ができるの略です。こんな私を見て「話が早くて助かるわ」と思ったのでしょう。わかりやすく簡潔に説明をしてくれました。
「我が国では、数十年に一度異世界から聖女様がおみえになると伝えられています。そして近年、先代の聖女様が消し去ってくださった魔物たちが再び増え始めました。そこで、そろそろ次の聖女がお見えになる頃でしょうと、毎日祈りを捧げていたのです」
なるほど。話はわかりました。更に、この国では聖女は大切に扱われていそうです。言葉の使い方からわかりました。一安心。
しかし、まだ油断はきません。複数の男たちと旅に出された途端エロゲに変化することも考えられますから!そっち系はほとんど履修していないので、違うことを願うのみです。
しかし、そもそも、どうやって魔物を退治するのでしょう。
急に不安になってきた私の顔を見て、シゴデキ女性は、
「いきなりこのような場所に連れてこられてお疲れのことでしょう。お部屋で少しお休みになり、今後のことをお話しさせていただきましょう」
と言ってくださいました。さすが私的理想の上司。前の職場にいて欲しかった。そんなことを考えつつ、
「ありがとうございます」
今度は控えめに聖女っぽく答えました。
そして、私はとても清潔で品のあるお部屋に案内されました。明るくて花も飾ってあります。案内してくださった若い女性に、
「どうぞこのお部屋を当面の聖女様のお部屋としてお使いください」
と言われました。私の一人暮らしのワンルームが3つくらい入りそうな広さです。応接間、ベッドルーム、その他が一部屋になった感じでしょうか。扉が入り口以外にも2つありましたから、お手洗いとお風呂かもしれません。
案内係の彼女が出ていった途端、私は早速部屋を捜索しました。ソファもベッドもふかふか、窓の木枠にも埃1つなく、テーブルも花瓶を乗せてある台もピカピカに磨き上げられていました。予想した通り、2つのドアの先にはお手洗いとお風呂がありましたが、想像してたより広く、逆に落ち着かないレベルでした。
本当にこの国の人々が聖女を待ち望んでいたことがわかり、身が引き締まる思いがしました。ちゃんと私にその力があると良いのですが……
ちなみに前世への未練は全くありませんでした。仕事も家族も、頭の中のはるか彼方へ追いやられていました。まぁ、そういう人生を送ってきたということです。
しばらくすると、たくさんの男女がぞろぞろと部屋にお見えになりました。そこで改めてお互いに自己紹介です。
まず、国王を名乗る方が私に向かって頭を下げてこう言いました。
「遠い世界からよくぞ来てくれた。礼を言わせてくれ。私はメザール王国国王のハウリ、これらは我が妻シラー、息子のノダルだ」
いきなり国王様と王妃様と王子様キター!こんな時どうすればいいのか全然わからなかったけど、ゲームのヒロインを思い浮かべて私は演じました。
「お目にかかれて光栄です。モモカと申します」
と、腰と頭を下げてそれっぽいお辞儀をしてみたのですが。
顔を上げると国王は満足げな顔をしていました。よかった、大丈夫だったみたい。その後、教会に関わる方々の紹介が続きました。
やはり、あのシゴデキ女性はローデス教という、この国で全面的に信仰されている教えを解く教会の司祭長でした。ユキノ様とおっしゃるそうです。見た目はものすごく異国感があるのですが、なんだか日本人っぽくて馴染みのあるタイプのお名前なので勝手に親近感を覚えました。お側にいらっしゃったその他のおじ様、おじい様たちも、ローデス教のお偉い方々のようでした。
国王たちは退出され、あとは司祭様たちから詳しい説明を受けることになりました。
ここまでの情報で、私は「ここは私の知らない世界」だと結論づけました。たくさんのゲームや漫画や小説を読みましたが、メザール王国という国名と、王族の方々のお名前に記憶がありません。ローデス教というのはどこかで聞いたことがあるような気がするのですが、状況的に多分違うお話だろうと思いました。つまり、知識的なチート能力はなしということです。この国で精一杯学んで生きていかなくてはいけません。
「役立たず」
「お前なんかいらない」
あんなことを二度と言われずに済むように、私はこの国で絶対に聖女にならなくてはいけない、そう思いました。
聖女にまつわるお話が始まりましたが、まず、いきなり驚かされました。
司祭長のユキノ様は、なんと、先代の聖女と教会に使える騎士との間にお生まれになったそうで、努力の末司祭長にまで上り詰めたそうです。
初の女性司祭長だそうですが、聖女の娘であることに加え、お国とローデス教のために身を尽くすそのお姿に、誰からも異議は出なかったと、同席の司祭様たちもおっしゃっていました。流石です、ユキノ様。もう着いていくしかありません。
ユキノ様のお母様である前の聖女様はもう亡くなってしまったそうですが、この地で幸せを掴んだんだと思うと、私にも勇気が湧いてきました。どうせ元社畜ですから。なんでも精一杯やりますよという気持ちになってきました。
だいたいの流れはもうすでに相談されていたようで、皆さんがおっしゃった具体的な計画をまとめると、
1.聖女にしか使えない浄化の魔法を訓練し、しっかりモノにする。
2.まずは王国周りに出没し始めた魔物を退治しながら、それらを使役しているボスの本拠地を探す
3.ボスを倒す
という感じらしいです。ほぼ3行ですが、内容的には長期戦の予感です。
基本的に、メザール王国の人々は魔法のようなものを使えないそうです。たまにまじないができたり、魔物の気配に敏感な人がいる、私のいた世界と同じような感じのようです。霊感があるとかないとか。ちなみに、私はまったくナシのタイプでした。
近年、長らく出番のなかった魔物の気配を感じることのできる人々が、王国の周りに「何かいる」と報告をしてきたので、教会は「そらそろ聖女が来るぞー」と毎日祈りを捧げるペースを上げていたそうです。
それで来たのが私。本当に私が役に立つのかどんどん不安になってきました。やる気はあるんです。ものすごく。
「母から聞いている浄化魔法については、文献にも記してありますし、何かお聞きになりたいことがあれば遠慮なくわたくしにご相談くださいね」
聖女のご身内だったから、こんなに冷静に対処できているんだなと、他のちょっとフワフワしている司祭様たちを見て思いました。頼りになる方がいてよかった。
訓練は明日からにしましょうということになり、今日は解散となりました。ここはお城と続く教会の中の一室なので、教会内は自由にしていいけれど、王城へは勝手に入らないようにだけ注意されました。私が逃げるとは考えてないのかな。全くそんな気はないけれど。
その後、知らないお料理でしたが、とても食べやすい美味しい夕食をいただき、ゴージャスなお風呂に入り、ふかふかのベッドに横たわった途端、私は即、眠りに落ちました。そういえば残業続きの残業帰りだったなぁ。そりゃもう爆睡です。
翌日、私は適度な量の美味しい朝ごはんをいただいて、本がたくさんある部屋に案内されました。食事が豪華すぎないところが、ここが教会だからなのか、この国の一般的な食事なのかはわかりませんが、私の疲れた胃腸にちょうどよく、私の幸せ度はどんどん上昇中です。
案内されたのは、教会内の図書館といった感じでしょうか。入口以外のすべての壁に大きな本棚が並んでいます。
キョロキョロしている私に、ユキノ様が何冊かの本を差し出してくれました。歴代聖女が書かれた本や日記とのことです。
その中に『浄化魔法の使い方』という、シンプルなタイトルの本を見つけました。完全な日本語です。私は迷わずそれを手にしました。
「やはり、そちらの本を手にしましたのね」
ユキノ様が嬉しそうにおっしゃいました。
「そちらは、わたくしの母が記したものです。髪や瞳の色からモモカ様は母と同じ場所から来たのかもしれないと思っていましたのよ」
ユキノ様のお母様で、前聖女様は日本人女性だったようです。これは私にとってかなりラッキーなことと言えましょう。だって、他の本は何語かすらわからなかったのですから。
ちなみに言葉が通じるのは、ローデス様のご慈悲とのことです。その後メザール王国の言葉はすぐに読み書きできるようになりましたから、それでも読めないレクチャー本があるということは、歴代聖女様は私の知らない言語を話す外国人か、さらに異世界の方々なのかもしれません。
ユキノ様は確かにお名前も日本人ぽいし、髪の色も他の方々と違いシルバーに美しく輝いていました。他の方々はほぼ茶髪か金髪でしたから、より神秘的に見えています。
仲良くなれたらお母様のことも聞いてみたいものです。しかし、まずは聖女として認めてもらいたい、そう思いながら本を開きました。
『異世界より導かれし乙女にのみ授けられる光の魔法。怪我をした者に当てれば怪我を治し、魔物に当てれば吹っ飛ばしたり浄化をする。すべては聖女の力加減によるものなり』
なんだかおおざっぱです。そして気になるフレーズが。
「乙女」ってどういう意味でしょう。いわゆる若い女性全般を指すのか、一部の恋愛経験の有無の無を指すのか……
もちろん、どちらでも私的には問題はないのですが、今後の参考に聞いておきたいところです。全然後でいいんですけど。
色々気になることはあるものの、とりあえず最後まで読みました。薄かったのですぐでしたね。
とにかく指先から手のひらに力を集めて放つ、気持ちの強さが効果を変える。そんな感じのようです。
早速やってみようと思い、自分の両手をじっと見てみると、なんだかうっすらですが輝いているように見えます。ぽかぽかしているような気もします。私は両手を揃えて前方にある本に向けて「はっ」と念じてみました。
手はかなり暖かくなりましたが、何も起こりませんでした。更に「えいっ」と声にも出してやってみました。まだダメのようです。気合いが足りないのでしょうか。
そこで、某漫画の主人公のように両手から何かの玉を出す感じに、肘を引いて構え、とある有名なセリフと共に力を込めて両手を一気に前に出してみました。
「波ぁっ!」
……!
今度はうまくいきました!いきすぎて、本が机ごと吹っ飛びました。そして、吹っ飛んだ机がキラキラ輝いています。私はいったい何をしたんでしょうね?
しかし、私に魔法が使えることが判明しました。ユキノ様もお付きの人たちもとても喜んでくれました。あとは、心のバランスの問題だとおっしゃいました。確かに、怪我人を治療しようとして吹っ飛ばしてしまったら大変です。
私は良い機会だと思い、ユキノ様に聞いてみました。
「ユキノ様のお母様はどのように力を発していたかわかりますか?声がけとか……」
すると、ユキノ様は少し寂しそうな顔をして、
「母はわたくしを身籠ったことで聖女ではなくなってしまいましたの。ですから、わたくしは母が魔法を使うところを見たことがないのです」
「乙女」って、やっぱりそっちかー!と私が愕然としていると、どう勘違いしたのかユキノ様はさらにおっしゃいました。
「あ、ご安心ください。聖女としての役目は全て終わらせてからのことですので、誰も罰せられずに済みました。父も」
どうやら聖女は恋におちたら罰せられる恐れがありそうです。相手の方と一緒に。
まぁ、とにかく今は浄化魔法をマスターして国を救いましょう。その後は病院でも開院して、治療魔法を使って一人でやっていくのもいいかもしれません。私はそう思い、練習を続けることにしました。
私は毎日真面目に訓練をし続けました。その姿に感銘を受けましたと、たくさんの方がお花やお菓子を贈ってくれます。それが力となり、私はさらに頑張れるのでした。優しい方ばかりの素敵な国です。喜んで骨を埋める所存です。
それでもたまに前の世界の夢を見ることがあります。
「あんたなんか産むんじゃなかった」
「この程度の仕事しかできないくせに転職なんかできるわけないだろ」
「今月の生活費早く入れろ」
「残業手当?お前の仕事が遅いんだよつくわけねーだろ」
目を覚ますたびに、今の世界との差に目眩を起こします。どうかこちらが夢ではありませんように。見よう見まねではありますが、ローデスさまに祈りを捧げながら朝食をしっかりとって、今日も訓練です。
この素敵な居場所を奪われたくない、その想いだけで、私は必死で努力を続けたのです。




