第8話:そして深層へ……
あれから1カ月、修行した。
最初は部屋を周回するのに30分もかかっていたけど、ある時、コツを掴んだ僕はそこから飛躍的に成長した。体の動きそのものではなく、脳から筋肉へ送る電気信号そのものに魔力を送るイメージをすると動きが驚くほどスムーズになったのだ。
それからは歩くだけでなく、走ったり、ジャンプしたりすることもできるようになった。
また拳の先に魔力を送って硬化させて殴る「スライムパンチ」や肘から手首を硬化させて身を守る「スライムシールド」なる技も会得した。多少の無茶ができたのはセラのヒールのおかげである。もしかしたら、このことを見越しルミナとアンブラはセラを優先して目覚めさせ、眠りについたのかもしれない。
そうなってくると次の問題は鎧のデザイン面だった。
プロトタイプである全身ピンク色のタイツ状態では、他の冒険者に出くわした時、下手をすると魔物に間違われかねない。
そこで僕は僧侶職をイメージし、胸から膝下までを覆う法衣のようなものをセラアーマーに付け足した。ついでに僧侶職特有の背の高い帽子や武器のメイスも再現してみる。
これなら防御力も多少上がるだろうし、素手の喧嘩なんてしたことがない僕でも魔物に十分対抗できる。
準備を終えた僕は長めの睡眠をとると、次に起きた時にはダンジョンに出ると自分自身に言い聞かせた。
研究途中に発見したアレイスターのメモ書きによれば、外に出るためには【退出】と声帯に魔力を込めて言えばいいらしい。逆に再び入りたい時は同じ要領で【開門】と言えば門が出現するという。
ともあれ帰る場所があるということは非常に心強かった。
目覚めた僕は深呼吸すると、セラアーマーを纏った状態で静かに一言呟いた。
【退出】
――目を開けると、そこはダンジョンだった。
ダンジョン特有の燐光を放つ特殊な材質の壁や天井が、不気味なまでの静けさで周囲を薄暗く照らしている。
7カ月ぶりの光景だ。
ただ今回は以前より余裕を持って周囲を観察できた。
まず例の扉についてだが、跡形もなく消えていた。
それは想定内だった。多分【開門】と唱えた時に改めて出現するのだろう。
その次に僕はダンジョンホール――あの日、落とされた例の穴――に近付いてみた。
ホールは坂道になっていた。だから、もしかするとセラアーマーで強化された今の僕の膂力ならロッククライミングの要領で最上階まで上がれないかと思ったわけだ。
でも、その望みは叶わなかった。
ホールの出口には見えない壁のようなものがあり、メイスでいくら叩いてもそれを破ることはできなかったのだ。なんだかダンジョンそのものに「ズルはナシだよ」と言われた気分だ。
仕方なく僕は正攻法で頂上を目指すことにした。
このダンジョンの最高到達記録は、確か5階層までである。
測量によってこのダンジョンは8階層まであると推測されているものの、6階層より先に進んで戻った冒険者は存在しないといわれている。
もし、ここがダンジョンの深部だとすれば8階層目、前人未到の領域となる。
当然、出て来る魔物や罠なども、表層と呼ばれる3階層までより強力になっているに違いない。
深層の道は一本道だった。
僕はガチガチに緊張しながらセラアーマーの性能を信じ、その道を一歩ずつ進んで行った。
――ますた、こわい?
するとセラが、そんな心情をおもんぱかってか念話で話しかけて来る。
「怖くない……っていうと、嘘になる。けどセラがいるから心強いよ」
そう言って僕は胸をぽんぽん叩いた。
半分はセラに対して、もう半分は自分に対しての言葉だ。
そこから僕はおっかなびっくり一本道を進んで行った。
いつ魔物が出てもいいようにメイスをしっかり握りしめ。
「……あれ?」
体感にして30分くらい僕はその道を進んだと思う。
けれど景色は変わらない。
ひたすら道が続くだけだ。
もしかして、この道そのものが罠なんじゃないかとすら思い始めた頃、ようやく開けた場所に出た。闘技場のような円形の広場で、その先は3つの分岐ルートに繋がっている。
周囲には火の灯りがともっていて、その中心にはかなりの大きさの宝箱が鎮座していた。
果たして、これはご褒美なのか?
それとも宝箱に擬態するミミックのような魔物だろうか?
盗賊職ではない僕の目にその正体はわからなかった。
以前の僕なら躊躇して開けずスルーしたかもしれない。
が、しかし、今の僕にはセラがいる。
魔物への対策は万全だった。
そして何よりも「欲」があった。
それは以前のパーティメンバー、ジェイドたちへの復讐欲だ。
自分が蹴落とし、落命させたはずの男が、財宝をたくさん手に入れて地上に戻って来たら、あいつらはどんな顔をするだろう?
だからそう、僕は多少のリスクは承知で宝箱へと近付いて行った。
もし仮にこれがミミックだったとしても、そんなに強い魔物じゃない。
――ますた、あけるの?
「そのつもり。何か気になることがある?」
――ううんとねぇ……わかんない。けど、なんかイヤなかんじがする」
セラは念話でそう言うが、僕の決断は変わらなかった。
僕は宝箱の口に手を掛ける。
けたたましいアラームのような音が鳴り響いたのは、まさしく、その瞬間だった。




