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第31話:緊急会合

 「にわかには信じられない話だ」


 片目に眼帯をした壮年男。

 ギルドマスターのバドル・ガスネルは、シェリルさんから話を聞くと開口一番にそう言った。


 場所はギルドの受付奥にある執務室。

 石造りの壁に囲まれた部屋の中、葉皮紙ログリーフの書類の山がたくさん積まれた大きなデスクに両肘を突く彼は、鷹のように鋭い眼光でこちらの顔をじっと見る。


 めちゃくちゃ値踏みされている……


 当然と言えば当然だろう。

 自分で言うのは悲しくなるけど、僕だって自分自身の容姿を強そうだとは思わない。


「もう一度聞くぞ、シェリル君。例のジェイド・グリードの一件は完全に裏が取れているのだね?」


「もちろんです。実際にグリード氏が彼をホールに落とすところを見た目撃者が複数いる上に、氏が質に入れた金の首飾り(アカデミックメダル)が証拠となって〝目の前で魔物に食べられた〟という証言は、偽りであると証明されています」


「なるほど。つまり本当に、彼はダンジョンホールから生還したということだね」


 こちらを指差す壮年男に眼鏡の女性は頷いた。


 2人の視線が僕へ向く。

 一体、どういう顛末で帰還を果たすに至ったか、説明しろということらしい。


「……わかりました。全て話します。でも、その前に会ってほしい子たちがいるんです」


 僕は腰に吊るした3つの瓶をやさしく指でとんとん叩いた。

 すると瓶から粒子が漏れ出し、膝下ぐらいの大きさの3匹のスライムが出現する。


 ピンク色のヒールスライムと、紫色のポイズンスライム、そして漆黒のシャドウスライムだ。


 2人の顔に困惑の色が浮かぶ。

 錬金術師アルケミストが使役する中で最弱といわれる化合獣キメラを突然目の前に出したりして、一体、何が言いたいのかといいたげな顔だ。


「みんないいよ、元の姿に戻って」


 僕がそう言うとスライムたちに変化が起きた。

 まずピンク色のスライムがむくむく体を膨張させて、男物のシャツを裸体の上に纏う幼女の姿に変身する。


「ぷは~、おんも~」


「しゃんとなさいセラ、人前ですよ?」


「ククク……我が王よ、流石だなっ! 臆すことなく全ての手札を最初にさらしてしまうとはっ!」


 その横で紫スライムがメイドの姿に変身し、次いで漆黒のスライムはゴスロリファッションの少女になった。


 ギルマスとシェリルさんはあんぐりと口を開けて、そんな少女たちを見つめていた。特にシェリルさんは持っていた書類を落とし「えっ、えええっ!?」と甲高い声を上げる。


「紹介したかったのは、この子たちです」


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って! 今、目の前で何が起こったの!? なんでスライムが女の子にっ!?」


「あー、えっと、話すと長くなっちゃいますけど、順を追って説明させてもらいます」


 僕はぽりぽりと頬を掻きながら、事情を説明し始めた。

 そういえばセラが初めて人型になった時の僕もこんなリアクションしてたなぁ……


「ええとまず、アレイスターという人がおりまして、その人がカラスになりました」


「はい?」


「カラスは僕に言いました。〝汝に自分の生前の研究を引き継いでほしい〟と」


 僕は八カ月前のできごとを正直に全部話すことにした。

 生活インフラの整ったあの特別な工房アトリエのことも、ホムンクルスとなる存在となった目の前にいるスライム娘たちのことも。


 ――いや待て待て、迂闊すぎるだろ! 普通、隠さなきゃ駄目だろ、それは!


 そう思う人もいるかもしれない。

 ただ、この行動には僕なりの合理的な理由が存在していた。


 というのも、色々なことを考えた結果、何をどう嘘をついたとしても、最弱錬金術師の僕が、あの状況から生還できた訳を説明できないと思ったからだ。


 僕を奈落へと蹴落とした憎き敵、ジェイド・グリードは、すでに評議会に連行されて収監されているという。

 正直、ちょっと複雑ではある。なぜなら憎き怨敵に自らの手で復讐することができなくなってしまったのだから。


 ただ、その結果に満足している自分も確かに存在するわけで……


 ゆえにジェイドの悪行を覆しかねないようなシナリオを――たとえば僕が実際にはダンジョンホールに落とされていなかったといようなもの――を、考えるさせるわけにいかなかった。ギルマスたちには本当に、僕が八カ月間も最下層で生きていたことを証明する必要があったのだ。


「にわかには……信じられない、話だ」


 再び彼はそう言った。

 だが、どのような突飛な話でも、セラたちの姿を見せられた後では信じざるを得なくなるだろう。


「シェリル君、君はどう思う? 私は自分が夢でも見ているのではと考えているよ」


「そうですね、私も同感です。ねえクリフ君、この子たち本当にスライムなのよね? 私には、どう見てもごくごく普通の人間の女の子にしか見えないのだけど?」


 スライムたちは顔を見合わせた。

 うん、まあ、確かにそれはそう。

 僕だって逆の状況だったら、多分、同じことを言ったろう。


「ククク……ならば、見せてやろう。我が漆黒身体ダークネスボディの真なる姿を」


 言うと、アンブラは自らの首に手刀をぐっと押し付けた。

 そうすると、まるで斬首されたがごとく彼女の首はぶらんと垂れ下がり、断面からは黒い粘液がまるで血のように滴り落ちる。


 ギルドマスターは息を呑み、シェリルさんは甲高い悲鳴を上げた。


「こら、アンブラ」


 僕はいつもより強めの口調で思春期病のしもべを叱り付ける。

 彼女は「むぅ……」と口を尖らせて、しぶしぶ首を元に戻した。


「驚かせてしまって申し訳ありません。でも、これで信じていただけましたか?」

 

 シェリルさんはこくこく頷いた。

 ギルマスはしばらく黙った後で、厳かに首を頷かせる。


「私は長年、人を見てきたが、どうにも君は嘘をつけるほど器用なタイプには思えない。とすれば、本当なのだろう。そのアレイスターの工房アトリエとやらや、そこで生まれた人型のスライムたちのことも」


 ギルマスは腕を組みながら、また鷹のような眼光でこちらの顔をじっと見た。

 もし仮に嘘をついていたとすれば、目を背けそうになる迫力だ。

 だが僕は「ええ」と頷いた。あったことを全て話した以上、後ろめたいことは何もない。


「では、これからの話をしよう。わかっているとは思うが君、今、我々に話したことは他言無用で頼む。そのような工房アトリエやスライムの存在がほのめかされれば、君と同じようにダンジョンホールを通じて、無謀な冒険に出る者が現れかねない」


「もちろんです。逆に僕からもお願いします。どうか、このことを魔導学園アカデミーとかに報告したりはしないでください。僕が望むのは平穏です。富や名声じゃないんです」


 壮年のギルドマスターは「承知した」と短く答えた。

 こうして僕とギルドの間には、今回の件に関しては互いに口外しないという取り決めが結ばれたのだった。

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