第30話:地上への帰還
転移して最初に感じたもの、それは陽光のまぶしさだった。
森林地帯の疑似太陽とは明らかに異なる強い光源。肌を焼くような熱の刺激。
そんな光景に圧倒されて、しばらく動くことができなかった。
だが、やがて目が光に慣れてくると、みすぼらしい皮鎧を着た冒険者らしい1人の男が、ぎょっとしたような表情で自分を見ていることに気が付いた。
「あ、あんた、今どこから来たんだ!? 何もないところからパッと出てきたぞ!?」
「あ、えっと……」
「もしかして、何か魔法の類か!? 俺ぁ詳しくねぇけどよぉ!?」
男は僕を指差して口早にそんなことを聞いた。
スライム以外の「人間」と話すのが久しぶりすぎて、咄嗟に言葉が出てこない。
「あ、あの、ここは……どこ、ですか?」
「どこって、そりゃあダンジョンの入口さ。あんたもそのために来たんだろう?」
男が後ろを指差したので、振り向いて確認すると、そこには岩肌にぽっかりと開いた洞窟のような穴が開いていた。それは男の言うように、僕らが今までいたダンジョン〝クアッドラビリンス〟の入口の1つだった。
しばらく、それを見つめた僕は自分の頬をぎゅっとつねる。
「あんちゃん、何をやってんだい?」
「……これが夢じゃないか確かめてるんです」
「面白ぇことを言うあんちゃんだな。あいにく、これは現実だよ」
そう言われ、僕は力が抜けてその場にぺたんとへたり込んだ。
「おい、あんた!?」と目の前の男が慌ててこちらへ駆け寄るが、ふいに押し寄せた安堵の波が僕を脱力させた。
帰ってきた! 生きたまま!
五体満足で地上に出られた!
それから僕は男に肩を貸され、しばらくの間、木陰で休んだ。
連日の睡眠不足もあってか、僕はそのままその場所で眠りこけそうになってしまうけど、その衝動をぐっとこらえ、しばらくしてから立ち上がる。
行かねばならない場所がある。
ダンジョンから帰還したことを冒険者ギルドに知らせなければ。
思った僕は歩を進めた。
クアッドラビリンスを中心として、それを取り囲むように円形の城壁が築かれている街エイネストは、経済基盤を迷宮に依存したいわゆる「ダンジョン都市」である。
ギルドはそんな街中のほぼど真ん中に位置している。
まるで小さめのお城のような煉瓦造りの大きな建物。
地上に戻ってきた実感がいまだに湧ききらない僕は、道行く人々の往来をどこか別世界のできごとのように知覚しながら、およそ8ヶ月ぶりにその扉をくぐることとなった。
「狼の牙に所属するクリフ・カリオスさん……ですか?」
受付嬢に帰還を告げると、その女性は怪訝な顔をして手元の水晶玉を覗き込んだ。
これはログ・クリスタルと呼ばれるもので、このクリスタルに冒険者タグ――僕の場合は青銅級のもの――をかざすと、その素性が一瞬で明らかとなり新たな実績が記録される。
だがしかし、これには仕様上、厄介な制限が存在していた。
半年以上、更新がない冒険者のデータは自動的に削除されてしまうのだ。
ただでさえ、僕は最低ランク、青銅級の冒険者だ。
顔見知りでない受付嬢が眉をひそめることは十分に予測できることではあった。
……まあ、僕だって逆の立場なら、同じ対応をしていたろう。
錬金術師を自称する最低ランクの冒険者が8ケ月ぶりにダンジョンから帰還しましただなんて、にわかに信じられることではない。
だが魔導学園の卒業資格である金のペンダントを奪われた以上、僕の身分を保証するものは、この安っぽいタグしかないのだ。
妄想で余計な仕事を増やさないでくれ――決して口にはしないものの、目の前にいる受付嬢の顔にはそんな表情が浮かんでいる気がした。
だからといってアレイスターの工房や、人型化したスライムのことなどを正直に話すわけにもいかない。それこそ妄想と片付けられて追い払われるだけだろう。
帰還の証明はできないか……
諦めかけた、その時だった。
対面してしている受付嬢の後ろから別の女性がやって来る。
その女性は僕の顔を見るなり目を見開いて、信じられないという表情を作った。
「あ、あなた、もしかしてクリフ君!?」
「あなたは、確か……シェリルさん?」
そう、それは、僕が駆け出しの冒険者だった頃、お世話になっていた受付嬢だった。
年齢は20代半ば、その知的な性格を表すような楕円形の眼鏡を掛けたこの女性は、カウンターに身を乗り出すと、まるで死人でも見るような目でこちらの顔をまじまじ見つめた。
「……本当に生きているのね、あなた?」
「ええ、自分でも驚いてますが、最下層で色々ありまして」
「わかったわ、ちょ、ちょっと待っててちょうだい! すぐギルマスに伝えてくるから!」
断る理由はもちろんなかった。
こうして僕は戻って来たシェリルさんに招かれて、冒険者ギルドの奥にあるギルドマスターの執務室に招かれることになったのだった。




