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第3話:時の間の大賢者

 扉に触れた瞬間に世界に光が満ち溢れた。


 上にも横にも全方位、見渡す限り白い場所。

 そんな空間に、気付けば僕は立っていた。


「あれ、えっと…………なに、これは?」


 思わず出たのはそんな言葉。

 何が起こったかわからなかったから、そのままそれが声に出た。


「ここは、どこ?」


「ここは〝時の間〟じゃ」


 急に後ろから答えが返って、思わず僕はビクッとなった。 

 振り向くと、そこに1羽のカラスがいた。

 この空間と同じ色をした全身真っ白(アルビノ)のカラスだった。


「か、カラス!? カラスがしゃべった!?」


「いかにも、わしがしゃべったのじゃ」


「き、君は? 君はだれ?」


「儂の名前はアレイスター。錬金術師アルケミストを志すものならば名前ぐらいは知っておろう」


 白いカラスはしわがれた老人の声でそう告げた。


 もちろん、その名は知っている。

 大賢者アレイスターといえば、今からおよそ300年前に錬金術のいしずえを作り、それを学問たらしめた伝説の偉人だ。

 その名をカラスが名乗っている。なんて珍妙な話だろう?


「あ、わかった。これ夢だ」


「残念ながら夢ではない」


「じゃあ、ここはどこ? もしかして、死後の世界とか?」


「そうであるとも言ってよいし、そうでないとも言えるじゃろう」


 謎掛けみたいにカラスは言った。

 もしかして、からかわれているんだろうか?


 なんていうふうに思っていると、カラスがじっと僕のことを……いや、厳密には、僕の足元にいる3匹のスライムを見つめていることに気が付いた。


「それがお主の使い魔か?」


「そうだけど……文句ある?」


「いや、素晴らしいと思ってな。よくぞここまで〝神の雫〟を丁寧に、丹精こめて育て上げたものじゃ」


 一見するとその回答は、化合獣キメラの失敗作であるスライムを育てることを皮肉るような言葉にも聞こえる。けれどカラスのその声には、そういうネガティブな感情はなくて、純粋に僕の行いを褒めているように感じられた。


「お主にならば、儂の研究の続きを任せられるじゃろう」


「へ? 研究?」


「いかにもじゃ。儂の研究の目的は、〝賢者の石〟を錬成し、この世で最も完璧に近い生物〝ホムンクルス〟を作ることじゃった。じゃが目的を達する前に、儂の人としての寿命は尽きた。そこでお主に頼みがある。儂の全てを残した工房アトリエがこのダンジョンの最奥にあるのじゃが、そこでこの儂の研究の続きをやってはくれまいか?」


 その矢継ぎ早の発言に、僕は「?」という顔をした。

〝賢者の石〟〝ホムンクルス?〟

 このカラスは何を言ってるんだ?


「えっと、あの……アレイスターさん(?)。よくわからないけど、あなたが僕をこの場所に呼んだってことだよね?」


「いかにもじゃ。儂は300年もの長きに渡って、神に選ばれし才を持つ錬金術師アルケミストがこの地に来るのを待っておった」


「期待させちゃって悪いんだけど、僕はそんな御大層な人物じゃないよ。素材を錬成しても全部スライムになる、スライムしか使役することができない、底辺の中の底辺なんだ」


 自嘲の笑みを浮かべながらそう言うと、カラスは鳥類独特の柔軟な首で90℃首を傾けてきた。なんだかそれは「何を言っとるんじゃこの小僧は」とでも言いたげな仕草のように感じられた。


「もしやお主……自分の稀有な才能の価値に、いまだに気付いておらぬのか?」


「そんな才能は僕にはないよ」


「では聞くが、そのスライムたち何年ものじゃ? 相当練度が高いように見えるが?」


「ざっと2年ってところかな」


「2年じゃと? 数日か、持って数週間の儚い命をそこまで生きながらえさせたのか?」


「それって、そんなにすごいこと?」


「ああ、この儂にもそんなことはできぬ。お主は1000年に一度の才を持つ、この儂をも凌ぐ大天才じゃ」


 カラスがしわがれた声でそう言い切った時、白い世界がぐにゃりと歪んだ。

 ひとたびそれが始まると、渦巻き、歪んだ空間からは光の粒子が漏れ出して、世界はまるで化学反応中のフラスコの中みたいな混沌とした場所に変わっていく。


「うむ、思ったより時間が無いな……じゃが、言うべきことは全て言った。儂はお主を信じておる。そのスライムらを触媒に〝ホムンクルス〟を創るのじゃ」


「あ、ちょっと!? アレイスターさん!」


 手を伸ばしかけたその腕は、ぐにゃりと歪んだ空間に飲み込まれ消えていった。

 再び世界は光に飲まれ、何も見えなくなる。





 ――どれほど、そうしていただろう?





 気付けば、僕は床に横たわっていた。

 さっきまでとは別の空間だった。

 よろりと身を起こし、見回すと、魔晶のライトがぱっと灯り、 その全容があらわとなる。


「こ、ここは………っ」


 僕はごくりと唾を飲む。


 果たして、そこは工房アトリエだった。

 あらゆる書物、材料、機器が取り揃えられた広い部屋が、まるで魔法でも使ったみたいに僕の目の前に広がっていたのだ。

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