第29話:真犯人
場所はアレイスターの工房内。
錬金釜の置かれた研究区画。
そこに1人の青年と3匹のスライムたちがいた。
僕、クリフ・カリオスは神妙な目で机の上に置かれたものを見つめる。
……こいつが犯人だったのか。
そう思い、僕はそいつをピンセットでつついた。
それはピクピクと痙攣する虹色のヒルのような生き物で、つい今さっき僕の口の中から胃液とともに吐き出されたものだ。
〝サンチケーズル〟
魔力を糧にし、成長する、寄生虫型の魔物である。
この虫に寄生された者は体内で徐々に魔力を吸われ、幻覚や妄想を抱くようになる。外の世界でも生息する魔物で、普通は獣の生食と言った経口経路での感染が主流である。
しかし、どうやら例の碑文には、触れると体内にこれの卵を植え付けられる仕掛けが施されていたらしい。
そのことに気付いたルミナが人間に害が少ない毒素、いわゆる「虫くだし」を注入してくれたおかで、こいつは僕の中から出てきた。
おかげで今は頭の中がすっきりしている。
「何か」に見られているという感覚もすっかり消え失せていた。
「ますた、なおったの? よかったねぇ~」
「フッ、我は最初から大丈夫だと思っていたぞっ! なにせ我が王は我が王だからなっ!」
セラとアンブラがやんやと騒ぐ。
僕は心配をかけたことを改めて皆に謝罪した。
「ふがいない主でごめんな、お前たち。そしてルミナ、お前には感謝の気持ちでいっぱいだよ。助けてくれてありがとう」
心の底からそう言うと「お褒めにいただき恐縮です」と、ルミナはあくまでかしこまる。
「大したことではありませんよ。私はマスターの従者として当然のことをしたまでです」
「謙遜なんてしなくていいよ。だって、お前がいなければ、僕は詰んでいたはずだから」
「そうですか。なら1つお願いさせていただいても?」
「なんでもいいよ。言ってみて」
そう言うとルミナは自分の唇に指を当て、いたずらっぽく微笑を浮かべた。
「次はマスターの方からしてほしいです」
「……っ! あ、いやっ、それは、そのっ……」
「冗談ですよ。ですが期待はしています」
ルミナはクールな口調で言った。
僕が、どのようなやり方で虫くだし薬を注入されたか知らないセラとアンブラは、僕らの謎めいたやりとりに「?」という表情を浮かべていた。
「と、とにかくっ。碑文にあった謎掛けは、多分この虫のことだよね?」
「ククク……我が王よ、覚えているぞ。〝汝、内なる世界に目を向けよ。最後の鍵は其処にある〟だったな」
思春期病のアンブラはドヤ顔で文句をそらんじる。
何かを漠然とほのめかすような、その意味深な謎掛けをよほど気に入っているのだろう。
僕の推測が正しければ、多分、この虫を倒した時に条件が達成されるはずである。
誰かに頼んでもよかったけれど、ここ数日間、自分を蝕んだ敵に僕は個人的な恨みがあった。よって、自分でけりを付けることにした。僕は右手に手袋をはめて拳を作ると、思い切りそれを振り上げて、
「消えろ!」
一気にドンと振り下ろした。
拳を上げると黒煙とともにサンチケーズルは消滅する。
煙の中から現れたのは豆粒ぐらいの小さな魔石と、魔物の体積を遥かに上回る金色に光る装飾品だった。十字架に龍を巻き付けたようなその装飾品は、碑文のくぼみの形にまさしくフィットするものだった。
恐らく、これをはめ込めば縮地点は起動するのだろう。
僕は安堵の表情を浮かべ装飾品を握りしめた。
「よし、行こう」
「よいのか、我が王? 原因が取り除かれたとはいえ、病み上がりだ。顔色もまだあまりよくないぞ?」
「心配してくれてありがとう。でも、もう僕は大丈夫だよ」
「おんも、でれるの?」
「かもしれない。今いるエリアの特異さから見ても、これが最後の試練の気がするんだ」
そう言った僕はスライムたちを腰に下げている瓶の中へと戻した。
いっしょに外に出るためだ。
【退出】と声を上げ、僕は工房を後にする。
さっそく僕はポータルの中央に置かれた石碑に向かった。
落ち着くため、一度、深呼吸。
そして石碑のくぼみの中に装飾品をはめる。
――頼むからうまくいってくれ!
願った僕が後ろに下がると、何かが起動したようなブオンという音が鳴り響く。
そして祭壇の上の魔法陣がまばゆい光を帯び始めた。
僕はごくりと唾を飲む。
縮地点の起動に成功した。
果たして、この先は地上なのか、それともさらなる深淵なのか? 答えは神のみぞ知るところだ。
だが躊躇しても仕方ない。
僕は覚悟を決めると、いずこかに続く縮地点に思い切って足を乗せたのだった。




