第28話:ルミナの探索(ルミナ三人称視点)
……最近、マスターの様子がおかしい。
ここ数日を振り返り、ルミナはそのことを確信していた。
始めのうちは森の探索中、ふと何もない場所で後ろを振り返ったり、ちょっとした物音に敏感になってビクッと肩をすくめたりするぐらいだった。
だが直近のマスターは、森林はおろか工房の中でも非常に気分が悪そうなのだ。
その証拠に彼の顔色は悪く、その目には濃い隈ができていた。
睡眠もろくに取れていないのだろう。
心身を癒やすスライム浴を提案しても「……今日はいいよ」と断られてしまう。
ルミナは心を痛めていた。
これではまるで、ジョン・ドゥームの手記にあった「何か」なるものに主人が侵されているようではないか、と。
そこでルミナは姉妹たち(慣例的にそう呼ぶことになっている)を工房に集め、会議を開いた。
恐らく、自分たちの主人の不調は単なる妄想のせいではなく、何か明白な原因があって起こっているに違いないと考えたからだ。
「単刀直入に聞きますが、皆は〝何か〟なる存在のことをどういうふうに考えていますか? 似たような気配を感じたことはありますか?」
ルミナが姉妹たちにそう聞くと、2人は顔を見合わせた後、彼女を見つめ首を振った。
「セラ、〝なにか〟のこと、わかんない。しせんも、けはいも、かんじない」
「うむ、正直言って我もそうだ。しかし、そんな存在が本当にいるのであれば、我らもそれを感じるはずだと思うが……」
スライムたちは頭を抱え、自分たちのふがいなさを呪った。
それは無理からぬことである。
彼女たちの主人は今日は食事も摂らずにベッドに伏したままなのだから。
このままだといずれマスターも、ジョンと同じ結末を辿るのではなかろうか? そんな不安がルミナにはあった。
ゆえに問題を解決したいが、そもそも「何か」は実在するのか? 仮に実在したとして実体を持つ存在なのか? それすら手がかりを掴めない。
ルミナはぎゅっと胸を押さえると、姉妹たちとの会話を終えた。
そのまま居住エリアへ移動する。
彼女はコンコンとノックをし、主がいる部屋のドアを開けた。
そして「マスター」と声をかけると、ややあってから青白い顔をしたクリフがのそりとベッドから起き上がる。
「…………ごめんよ、ルミナ。給餌の時間だね」
「いえ、そのために来たのではありません。外出の許可をいただきたく、失礼させていただきました」
言うと、クリフは理由を尋ねた。
「〝何か〟の調査をするためです」とメイドスライムは淡々と答える。
「……駄目だ、ルミナ。許可できない。もしお前も〝何か〟に目を付けられたら、僕と同じような状態になる」
「ですが、このままではマスターが衰弱してゆくばかりです。知っての通り、我々〝化合獣〟は主人からの魔力を糧として生命活動を維持しています。ゆえにマスターを失えば共倒れになってしまうのです」
毅然とした口調でルミナが言うと、クリフは少し考えた後「……確かにね」とぽつりと呟く。
「……でもルミナ、〝何か〟に見られてる感覚は今、この瞬間にもあるんだよ。外の世界に出たとしても〝何か〟は見つかるはずがない」
「だとしても、何もしないよりマシです。あの縮地点を調べれば何かわかるかもしれません」
ルミナの決死の説得により、ついにクリフは首を頷かせた。
彼女の手を取った青年が「退出」と唱えると、たちまち2人は工房の外に転移する――そこは縮地点の前だった。
(何か手がかりがあるはずです。マスターは最初の縮地点を見つけた時から、様子がおかしくなりました)
ルミナは1人、祭壇に乗り出し非活性状態の魔法陣を見回した。
特にこれといった異常はない。
ダンジョンであれば時々目にする一般的な縮地点だ。
で、あるならば碑文はどうか?
彼女はそれを調べてみた。
――汝、内なる世界に目を向けよ。最後の鍵は其処にある。
そんな文言が書かれた石碑に彼女はそっと指で触れ、
「……っ」
その時、何か違和感を胸の内側に覚えた。
それは物理的なものだった。
彼女は胸部をどろりと溶かし、紫色のゲルにすると、つい今しがた違和感を覚えた場所に直接腕を入れてみる。
「――っ、これは……っ」
彼女の手の中にあったのは、ごく小さな、米粒ほどの塊だった。
一見すると、それは植物の種か、細長い砂利のようにも見える。
だがルミナは、それがなんなのかという知識を主人であるクリフとの念糸を通じ、即座に理解することができた。
「マスター、完全にわかりました。あなたを蝕む〝何か〟の正体が」
そう言うとルミナは祭壇を降り、ぐったりと木に体を横たえる主人の下へ近付いて行った。クリフはとろんと据わったまなこで自らを見下ろすしもべを見つめる。
「……一体、何がわかったの?」
「全てです。〝汝、内なる世界に目を向けよ。最後の鍵は其処にある〟その言葉の意味がわかったのです」
ルミナはそう言いその場にしゃがむと、主人の蒼白な顔を撫でた。
「少し苦しいかもしれません。でも、これで全てよくなるはずです」
「……な、何を――」
そう言いかけた唇にやわらかいものが押し当てられた。
クリフは驚き、目を見開く。
ルミナに接吻されたのだ。
「~~~~ッ!?」
突然のことに硬直するうぶな青年の口の中に、直後、猛毒を帯びた彼女の唾液が舌を介して流し込まれた。




