第27話:「何か」の足音
ジョン・ドゥームの手記を読み終えた僕は、研究区画にスライムたちを呼び、その内容を報告した。
話しておくべきか迷った箇所は、例の「何か」の部分である。
妄想めいた箇所を話すことでいたずらに不安を煽るべきではないと思う傍ら、一応、情報共有した方が後で何かあった時に役に立つかもとも思う。
考えた末、僕は後者を選んだ。
つまり白骨の遺体の主が「何か」に見張られているという、ある種の強迫観念に心を蝕まれ、自害したことを伝えたのだ。
しもべたちの反応は様々だった。
「なにか、ってなに? かみさま、かなぁ~?」
「ククク……上等だ。見えない〝何か〟よ。我が混沌の第六感でその正体を暴いてみせよう!」
のんきなセラと、いつも通りのアンブラ。
一方、ルミナはやれやれと首を振り、そんな姉妹たちを一蹴する。
「くだらない考察はやめなさい。これは妄想の類です。気が触れた男が死の間際に抱いた幻にすぎません」
確かに、僕もそう思う。
自分たちの運命が仕組まれてたとか、常に行動を監視されているだとか、正直言って荒唐無稽だ。きっと気の毒なこの男はダンジョンの深淵に独り取り残された絶望から、このような記述を残すに至ったに違いない。
とはいえ彼の手記にある〝縮地点〟という記述は気になった。
もし、それが彼の妄想でないのなら、それを目指すことが僕たちの最終目標になるからだ。
こうして僕らは探索を再開した。
獣道を道なりに進んでゆくと、そこにはマンドラフラワーの他に、ゴブリンやオークといった地上でも多く見られる魔物が多く潜んでいることが判明した。
一般的にダンジョンの魔物は地上で見られる魔物より強力なものが多いといわれる。その法則はゴブリンやオークたちにも例外なく適応されているようだったが、それらはレベルアップしたスライムたちの敵ではなかった。
ルミナがナイフで一突きし、セラがメイスを振り下ろし、アンブラアーマーを纏った僕が闇の魔法を唱えると、大抵の魔物は黒煙となり魔石を落とすのだ。
僕たちの旅は順調だった。
もし、ここがダンジョンの最深部だとするならば、それは今まで経験してきた旅路より難易度が低いような気がする……
順調に仲間が増えてゆき、レベルが上がっていったためにそう感じたのかもしれないが、にしても何か物足りない。不自然に平和すぎるというのも、それはそれでちょっと不気味ではあった。
やがて1時間もしない内に、僕らはお目当てのものを発見した――縮地点だ――それは祭壇上に積み上げられた台座の上に浮かび上がった魔法陣で、見たところ光は放っておらず不活性状態のようだった。
縮地点の中央には碑文の書かれた石がある。
そこには苔むした古代文字で以下のようなことが書かれていた。
――汝、内なる世界に目を向けよ。最後の鍵は其処にある。
一体、どういう意味だろう?
何か謎掛けのようなものだろうか?
僕は碑文に手を触れた。
その時、胸の内側にチクッと小さな痛みが走る。
多分ちょっとした胸焼けだろう。
「マスター、碑文に何か嵌めるようなくぼみがあります」
「本当だね。一応、念のため試してみようか」
言いながら僕は、以前、宝箱から手に入れた銀色の鍵を駄目元で窪みに嵌めてみた――けど、やはり何も起こらない。恐らく、これは別の分岐ルートを通った際に役に立つ類のものだったのだろう。
仕方がないと肩をすくめた僕はルミナとともに縮地点から離れようとする。
その時だった――見知らぬ誰かに見られている――そんな感覚が脳を駆け抜けた。急いで後ろを振り向くが、そこにはセラとアンブラしかいない。
「ますた、どうしたの?」
「むっ、まさか混沌の第六感が発動したのか!?」
不思議そうに首を傾げるセラと、大げさに驚いてみせるアンブラ。
僕は彼女たちに「なんでもないよ」と告げて、祭壇から降りた。
今のは多分、気のせいだ。
ジョンの記述を真に受けすぎて気になっただけに違いない。
自分に言い聞かせた僕は、その後も探索を続行した。
碑文の意味はわからなかったが、多分この森のどこかに鍵となるアイテムがあるのだろう。そう漠然と考えたのだ。
それから僕らは数日間、森林エリアを見て周った。
そうして、わかったことがある。
縮地点は1つだけではなく、いたるところに点在している。
ただ、そのどれもが不活性であり、起動にはなんらかの条件が必要なようだった。
ポータルに近付き、調べるたび、僕は何者かに見られているという例の感覚を味わった。
最初は気のせいと誤魔化していたが、その感覚は日に日に悪化し、ついには探索途中にまで同じ感覚を得るようになった。それが誰のものなのかはわからない。人か獣かもわからない。それこそ「何か」としか言いようがないものに常に見張られている感じがあったのだ。
……大丈夫、気のせいだ。
僕は自分に言い聞かせ続けたが、探索を始めて6日経った辺りになると、ついにその「何か」からの気配を工房の中ですら感じるようになっていた。
この頃になると、さすがにスライムたちも僕の異常に気付いたらしい。
「ますた、だいじょぶ? ヒールする?」
「我が王よ。少し休むがいいぞ。顔色がまるで怨霊のようだ」
スライムたちはそう言うが、僕は大丈夫と言い続けた。
しかし内心はそうではなかった。
なぜなら、そう言ったその時にも僕は「何か」 からの視線を絶えず感じていたのだから……




