第26話:ジョン・ドゥームの手記
「ま、まさか、そんなはずは……っ!?」
僕は目の前の光景を信じられない目で見つめた。
その原因は大きく分けて2つある。
1つは自分以外にもこの領域に訪れた者がいたという衝撃。
2つ目の理由はもっと単純で、そもそも白骨化した遺体がそのままの形で残っていることに対する衝撃だ。
というのも、ダンジョンには「ダンジョンイーター」と呼ばれる微生物が棲み着いていており、内部で落命したものは体が朽ちる前に分解されてダンジョンに吸収されてしまうのだ。
つまり白骨化した遺体などというものは、理論上、この場所に存在しえないのである。それは世界の理に反した光景だと言えた。
「活動を停止したアンデッド……って線はないかな?」
思ってもないことを口にする僕だが、目の前にある骸骨は風化した皮鎧を纏っており、組織の黄ばみ具合から見ても、明らかに〝スケルトンソルジャー〟ではない。
「恐らくマスター、この空間は通常のダンジョンとは異なる法則が適応されているのではないでしょうか?」
ルミナは冷静にそう言った。
確かに彼女の仮説なら、この人物の遺体が残っていることに一応の説明を付けることはできる。
僕はその場にしゃがみ込み、遺体を調べようとした。
するとアンブラアーマーが突然ビクッと固まって僕の動きを妨害してくる。
――我が王よ、待つがいいっ! 本当にこのまま調べる気か? 罰当たりではあるまいか?
「それはそうだけど……調べれば何かわかるかもしれないし」
――わ、我はそれに反対だっ! 我が内に宿る混沌の第六感がそうすべきでないと告げるのだっ!
アンブラアーマーがぷるぷる震えた。
もしかして、怖がっているのだろうか?
「意外と臆病だね、お前」
――そ、そんなことは断じてないっ! ただ武者震いをしているだけだっ!
「本当に~?」
――本当だっ!
「わかったよ。じゃあ【鎧化】を解除して調べるのはどう?」
――ウム、それならば我も賛成だっ!
言ってることがめちゃくちゃである。
けれども僕は忠実なしもべをいじめる趣味はなかったので、それ以上からかったりはせず、そのまま【鎧化】を解除した。
〝スウシャイ〟よ。
神様の名を唱えた僕は、一度お祈りのポーズを取って目の前の死者を弔った。
そうして遺体を調べ始める。
彼か彼女かは知らないけれど、この人物は戦士だったらしい。すぐ近くにある錆びた剣と小型の盾がそのことを物語っていた。
む、これは……
鎧の下にある服のポケットを漁ると、ぼろぼろになった手帳が出て来た。ぱらぱらとそれをめくってみると、それが簡易的な日記であることがわかる。
「ますた、それ、よむの?」
「うん、そうだね。この場所のことがわかるかもしれないし、一度、みんなで工房に戻ろう」
かくして僕は【開門】と唱え、工房に続く扉を呼び出した。スライムたちには、おのおので休憩するよう指示を出す。
そうして手記を読み始める。
始まりにはこう書かれていた。
――我、ジョン・ドゥームの記録をここに残す。
白骨遺体の人物はどうやらジョンというらしい。
黄ばんだ紙に書かれた文字はところどころにじみ、読みづらかったが、僕はルーペを取り出してそれらを解読していった。
手記の前半辺りの記録は、これといってめぼしいものでもなかった。
それはダンジョン表層のごくありふれたできごとについて触れたもので、こういう魔物を狩ったとか、ああいう魔物に襲われたとか、そんな感じの記述が続いた。
変化が訪れたのは中盤以降だ。
どうやらジョンのパーティはかなり腕の立つ方だったようで、そこには現状のこのダンジョンの生還ラインである5階層以降の記録が綴られていた。
どうやら彼らは長期の遠征を計画していたらしく、最下層であるこの地点まで潜ることを目標として探索を続けていたようだった。
だが6階層で異変が起きた。
彼らは床全体が崩落する初見殺しの罠にかかったらしく、恐らくそれは僕が落ちたのと同じダンジョンホールのことだと思われた。
幸いホールの傾斜は緩く、滑り台を下りるかのような要領で落下したために死者は出なかったようなのだが、パーティメンバー全員が軽い打撲を負ったという。
そこから先の記録は僕が経験したものと被る部分があった。
たとえば宝箱を触るとイビルスケルトンが大量に出たり、分岐の1つを進んでゆくと毒沼地帯に辿り着いたりなど。
彼らは彼らなりのやり方でこの最下層を進んだらしい。
だが、持ち運びできる工房や知性あるスライムといった〝いかさま〟要素のない彼らの冒険は過酷を極め、メンバーは1人、また1人と、命を落としていったという。
彼らはアイアンゴーレムを連携プレイで倒したようだが、すでにヒーラーが亡くなっていたため仲間の傷を癒すことができなかった。よって最後の仲間が倒れ、最終的にジョン1人だけが扉の先に辿り着いたという。
そこから先のジョンの筆跡はこれまでより明らかに乱雑のものになっていた。
曰く、この森の木々にはパントリーと同じく、栄養満点の木の実がなっている場所があるのだそうで、魔物の縄張りを上手に避ければ戦闘を回避することもできたという。
しかし孤独というものは簡単に人を狂わせる。
彼の気持ちは痛いほどわかった。
僕も工房を見つけてからの半年間は、誰とも話せない状況が続き、時々鏡に向かって話しかけないと言葉を忘れてしまいそうになるほどだった。
ただし僕には研究という明確な「作業」があったから、まだ救いがあったのかもしれない。
果実を食えば飢えることはない。
魔物の縄張りを避ければ傷を負うこともない。
仮にそういう状況だったとしても、ただ1人森に残されたジョンに一体何ができただろう?
するうち彼は謎めいた「何か」に常に見張られているという感覚に陥るようになった。
床を崩落させたのも、自分をここに導いたのも、全て「何か」の謀略だ。
「何か」はひどく退屈している。
「何か」は1人で遊戯をしている。
自分はそれに操られる駒の1つにすぎないのだと、ジョンは妄想めいたことを書き殴るようになっていった。
そのうち彼は自棄になり、魔物に食われて死ぬために単身で探索を進めたという。しかし皮肉にもその旅で彼は魔物に一度も襲われなかった。
代わりに見つけたものがある。
それは縮地点だったという。
彼は、それこそが地上に繋がる出口なのではと考えたようだが、ある条件を満たさない限り、その縮地点は使えないようだった。
彼はこんなふうに考えた。
自分を絶望させるために「何か」がこれを見つけさせたのだ、と。
彼の精神は限界だった。
その後、拠点としていた場所に再び戻って来た彼は、魔物に使用するための毒ポーションを飲み干し、自ら命にけりを付けたらしい。
彼の手記には震える文字で、最後にこういう記述があった。
――ここまで辿り着いた者よ。「何か」は常にお前を見ている。
――ここにはなんの希望もない。もし延命を試みるならば、それは「何か」を悦ばせるだけだ。
読み終えた僕はしばらくの間、なんとも言えない感情で工房の壁をじっと見つめていた。




