第25話:扉の先へ……
アイアンゴーレム討伐後、僕はアンブラアーマーを10日間かけて実戦に使えるように練り上げた。
その外観はフード付きのローブを纏った魔導士をイメージしたもので、色が真っ黒いこともあり、遠目からは多分、本職の人のように見られるだろう。
しかし普通のローブと違い、防御力は決して捨てていない。
ローブの布地のように見える素材は、柔性と剛性を併せ持つスライムアーマー特有の丈夫な作りになっており、下手な皮鎧を着るよりも物理攻撃に強いといえる。
また生ける「賢者の石」である僕は魔力をほぼ無尽蔵に生み出せるため、闇魔法を連射する戦法を得意とするアンブラは特に【鎧化】との相性がよかった。
僕の考えた戦法はこうだ。
前衛にルミナ、後衛にアンブラ、殴りヒーラーのセラは状況に応じて、適宜、立ち位置を決めていく。同じく、その時々の状況に応じて僕はどのスライムを【鎧化】するか決め、攻防の隙のない陣形を組み続けるというものだ。
旅立つ準備は万端だった。
こうして工房から出た僕たちは、この部屋の宝箱から入手した鍵で扉を開けると、その先にある未知の空間に足を踏み出したのだった。
「――っ!」
だが直後、目の前に広がる光景を見て思わず僕は息を呑む――それは道でも部屋でもなく、辺り一帯に広大に広がる森林地帯だったのだ。
「こ、こんな場所がダンジョンに?」
咄嗟にそんな言葉が出たのは無理のないことと自分でも思う。
何がおかしいって、まず明るさだ。
基本ダンジョンは薄暗く、燐光を放つダンジョンの壁や各所に掛けられた松明などが唯一の光源となっている。
けれど、その空間はステンドグラスのような広大ドーム状の天井に覆われていて、その奥にある疑似的な太陽が、まるでこの場所を地上のように明るく照らしていたのである。
「ますた、ここ、おんも?」
「いいや、そんなはずはない。ここはダンジョンの内部だよ」
「疑似的に外の世界を再現しているのでしょうか? にしても凝りすぎな気はしますが」
ルミナの疑問はもっともだった。
パントリーなどの例外を除き、基本的にはダンジョンに草木が生えることはない。
いくら最下層といえど、このような場所があることに僕は驚きを隠せなかった。
「ククク……我が王よ、怖れているのか? 手ぎゅってしてあげてもいいぞ?」
アンブラが茶化すように言う。
それを適当にいなした僕はその場にかがみ、地面の様子をチェックした。
「これ本物だ。ただの装飾品じゃない。本物の落ち葉と腐葉土だ」
「どうします、マスター? 進みますか?」
「怖気づいても仕方ない。とりあえずフォーメションを組もう」
ルミナからの問いにそう答えた僕は、ルミナとセラを前衛にしてアンブラとともに後衛をとりあえず務めることにした。
森には獣道のように踏み鳴らされた箇所があり、とりあえず僕らはその道に沿うように探索を開始する。
それから5分と経たない頃、最初の魔物が現れた。
〝マンドラフラワー〟――ダンジョンの外にも生息している、いわゆる「人喰い植物」だ。
長く伸びたツタ状の胴体に、鋭い牙を持つ花弁様の器官が付いているこの魔物は、外界であれば最大サイズでも子供を丸呑みにできる程度の大きさにしか育たない。
だが、この森ではそうではなかった。
それは大柄な大人でも余裕で丸呑みにできるほど大きく成長していたのである。
「ルミナ、植物に効く毒は作れる?」
「即効性のあるものは無理です」
前衛のルミナはそう言うと、かぶりついてくる牙付きの花弁を見事なバックステップでかわした。
その時、僕が指示したのはみんなで後退することだった。
なぜならマンドラフラワーは地中にその根を張っている。
つまり、その場から動けないのである。
「ククク……我々の出番のようだなっ!」
「そのようだね。準備はいい?」
期待と興奮を隠しきれないアンブラに落ち着いた口調で僕は答える。
僕はアンブラを【鎧化】した。
漆黒のローブ姿の僕は手の先に杖を生成し、闇属性の魔法を放つ。
「暗黒魔弾!」
杖の先から発射されたエネルギー弾は敵の花弁部に命中した。
急所直撃! 大成功!
開け放たれた顎門の中で闇のエネルギー爆発する。
しんなりと萎れ、地に伏したマンドラフラワーの花弁部に、とてて、と走り寄ったセラがとどめのメイスをお見舞いした。
「とりゃあ~~~」
それ以上の追撃は必要なかった。
グシャッという音が鳴り響いた後、敵はその他の魔物と同じく真っ黒い煙となって跡形もなく消えてしまったからだ。
――ウム、流石だな我が王よっ! 1発であれを当てるとは!
――君のアシストのおかげだよ。
僕とアンブラは念話を通じ、お互いのことをたたえ合う。
これは2人だけの会話はずなのだけど、なぜだか面白くなさそうに、ルミナは【鎧化】した僕のことをじっとりした目で見つめていた。
「楽しそうですね」
「えっ、そうかな?」
「私を纏っている時よりも顔が明るい気がします」
ルミナの表情は読みにくい。
だが言動から察するに、息を合わせた僕たちに、ちょっと妬いているようだった。
「動物系の魔物が来たら君とも【鎧化】するよ」
「その必要はありません。恐らく、今後も植物系の魔物がこのエリアには多く湧くでしょう。それらに私の毒が効かない以上、今の陣形を維持するのが戦略的には正しいかと」
そう冷静に答えるルミナ。
彼女は感情よりも効率を優先する優秀なメイドなのである。
僕は彼女に近付くと、その肩をとんとんと叩いた。
「頼りにしてるよ、君のことも」
「お褒めいただき恐縮です」
ルミナはクールな表情を決して崩すことはなかったけれども、その声には少しうれしさがにじんでいるように思われた。
と、その時、僕はいつの間にやらセラの姿がなくなっていることに気が付いた。
僕らは辺りをきょろきょろ見回す。
さっきまで、そこにいたはずなのに……
僕は「おーい」と声を出し、セラを呼ぶ。
すると獣道を外れた茂みの中から「ますた」と声が返って来た。
「ますた、こっちきて」
「どうしたのさ?」
「ひとがいる」
「いや、そんなわけ……」
そう答えかけ、だが僕はセラの直感がすぐれていることを思い出した。
こういう時は彼女の言葉をないがしろにしない方がいい。
僕とルミナは頷き合って、いっしょに茂みに分け入った。
すると、しゃがんだセラがいる。
その先にあるものを見て、思わず僕は絶句した。
「ま、まさか、そんなはずは……っ!?」
ややあって、そんな声が出る。
セラの目の前にあったもの……
それは木に寄りかかるようにして朽ち果てた、何者かの〝人骨〟だったのだ。




